「中小企業白書2019」を元に、事業承継の現状と課題を紹介していきます。
中小企業は、全企業の99.7%を占めます。
また中小企業の従業者は、全体の約70%を占めます。
そのため、日本経済の現状を理解するためには、中小企業について詳しく知る必要があります。
そこで、経営資源の引き継ぎや、次世代の経営者の活躍の面から、近年の事業承継の現状と課題を分析していきましょう。
事業承継の説明に入る前に、未だ中小企業の経済動向を把握していない方は、こちらの記事を先に一読してから本記事を読み進めた方が理解が深まります。

またここで用いる図や画像は全て、中小企業白書2019を引用したものです。https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2019/PDF/chusho/00Hakusyo_zentai.pdf
中小企業基本法上の中小企業の定義
まずここで述べる中小企業とは、中小企業基本法第2条第1項の規定に基づく中小企業者をいいます。
また小規模企業とは、同条第5項の規定に基づく小規模企業者をいいます。
さらに中規模企業とは、小規模企業者以外の中小企業者をいいます。
中小企業者や小規模企業者については、具体的には以下の表に該当するものを指しています。
なお上記に記載した業種に関して、以下に述べる業種については、中小企業関連立法における政令に基づいて以下のように定められています。
- 《中小企業者》
- 製造業ゴム製品製造業
- 資本金3億円以下、または常時雇用する従業員900人以下
- サービス業
- ソフトウェア業や情報処理サービス業
- 資本金3億円以下または常時雇用する従業員300人以下
- 旅館業
- 資本金5000万円以下、または常時雇用する従業員200人以下
- 製造業ゴム製品製造業
- 《小規模企業者》
- サービス業
- 宿泊業や娯楽費
- 常時雇用する従業員20人以下
- サービス業
経営資源の引継ぎ
経営者の高齢化が進む中で、経済動向編の記事で確認したように休廃業と解散件数は増加傾向にあります。

また中小企業と小規模事業者の数は年々減少してきています。
このような状況下において、日本経済が持続的に成長するためには、企業が今まで築いてきた「未来に残すべき価値」を見極め、さらに事業や経営資源を次世代に引き継ぐことが重要です。
しかし中小企業と小規模事業者が築いてきた授業や技術とノウハウまたは設備などの貴重な経営資源は、次世代へと引き継がれる事無く散逸してしまう可能性もあります。
そこでこの項では、経営者が引退するまでの現状と、経営資源を引き継ぐにあたっての問題点などを明らかにしていきます。
経営者引退の概観
まず、これから分析していく経営者の参入と引退の概要を説明していきます。
その上で特に経営者の事業承継や廃業の経緯の整理を行います。
経営者の参入と引退の概観
経営者の参入と引退の全体像と、それを分析する背景を説明していきます。
経営者の参入と引退の概念
次に示す図は経営者の参入と引退の概念を示しています。
経営者の参入には自ら授業を開始する企業と他社から事業を引き継ぐ事業承継があります。
一方で、経営者の引退には他者への事業を引き継ぐ事業承継と、事業を停止する廃業があります。
最近では事業承継が注目されてきていますが事業承継は、経営者の参入と引退が同時に行われていることを指します。
経営の担い手の推移
次に示す図は、日本の個人事業主を含む企業の経営の担い手の数の推移を示しています59歳以下の経営の担い手は1992年から2017年に置いて45%減少してきています。
一方で60歳以上の経営の担い手は同時期に25%増加しています、経営の担い手の高齢化が進んで2017年の時点において経営の担い手の高齢化が進んいます。
例えば2017年時点で、経営の担い手の数は60歳以上が59歳以下を上回っていることが分かります。
年代別に見た中小企業の経営者年齢の分布
次に、中小企業の経営者の年齢の分布を見てみると、最も多い経営者の年齢は1995年に47歳でしたが、2018年には69歳となっています、つまり経営者年齢の高齢化が進んでいることが分かります。
今後は経営者の高齢化が進んだ場合、年齢を理由に引退を迎える、経営者が増加すると予想されます。
こういった中で、地域社会と日本経済を維持発展させるためには、新たな経営の担い手の参入や、有用な事業と経営資源を、次世代に引き継ぐことが重要になってきます。
経営者の引退は事業が継続されるか否かによって、事業承継と廃業に分けられます。
そして事業の継続状況とは別に、事業で使用されていた経営資源がどうなったかという観点から捉える経営資源の引き継ぎがあります。
経営資源と事業
事業承継と廃業、あるいは経営資源の引き継ぎに関して整理するためには、分類する上での軸となる経営資源と事業について説明していきます。
中小企業庁が2016年に策定した事業承継ガイドラインによると、経営資源というのは人と資産また知的資産に大別できます。
具体的にいうと、以下の3つです。
- 人
- 経営権
- 資産
- 株式
- 事業用資産
- 設備
- 不動産
- 資金
- 知的資産
- ノウハウ
- 取引先との人脈
- 顧客情報
- 知的財産権
ここでいう事業というのは、これらの経営資源を用いた生産活動を行っていることを指します。
事業承継
ここでは傾斜が引退した後も事業を継続するものを、事業承継としています。
授業を継続するというのは、経営者の引退前後で生産活動が停止せずに連続して授業が行われている状態を指しています。
経営者が引退して生産活動が一時的に停止して、その後に誰かが復活させた場合は継続とはみなしません。
授業を継続する場合、事業を行うために必要な経営資源は当然引き継がれます、後継者の判断で一部の経営資源を引き継がないケースもあるかもしれません。
しかし、事業承継する際は少なくとも何らかの形資源の引き継ぎが行われると言えます、事業承継の類型としては事業承継ガイドラインで以下三つが示されています。
- ①親族内承継
- 現在の経営者の子供をはじめとする親族に承継させる方法です。
- 一般的に他の方法と比較して内外の関係者から心情的に受け入れられやすいです。
- また後継者の早期決定によって長期の準備期間の確保が可能になります。
- さらに相続などによって財産や株式を後継者に移転できるので、所有と経営の一体的な承継が期待できるといったメリットがあります。
- ②役員・従業員承継
- 親族以外の役員や従業員に承継する方法です。
- 経営者としての能力のある人材を見極めて、承継することができます。
- また社内で長期間働いてきた従業員であれば、経営方針などの一貫性を保ちやすいというメリットがあります。
- ③社外への引継ぎ (M&Aなど)
- 株式譲渡や事業譲渡などによって承継を行う方法です。
- 親族や社内に適任者がいない場合であっても、広く候補者を外部に求めることができます。
- また現在の経営者は、会社売却の利益を得ることができるなどのメリットがあります。
- 事業譲渡には事業の一部譲渡も含まれています。
廃業
ここで用いる廃業という言葉は、経営者が引退した後に事業を継続しない事を指します。
また、法的には倒産した企業に関してはここでは分析の対象としていません。
廃業した場合でも、個別に経営資源が引き継がれる場合があります。
廃業企業からの経営資源の引き継ぎに関する先行研究については、井上(2017)があります。
この論文の元となる、株式会社日本政策金融公庫総合研究所(2017)では、経営資源の譲渡の定義を「事業をやめたり縮小したりする際に自社が保有している経営資源を、他社や開業予定者、自治体、その他の団体などに、事業に活用してもらうために譲り渡すこと」としています。
該当の調査の経営資源事の引き継ぎ状況を見てみると、以下3つの引き継ぎ割合が比較的高いです。
- 従業員
- 機械・車両などの設備
- 販売先・受注先
このような個別の経営資源の引き継ぎの動向に関しては、井上(2017)によると、「廃業した企業の実に約3割もが経営資源を譲り渡しており、日本全体での譲り渡し社数は、既存企業における譲り渡しを含めると37 万社を超えると推計される。
また、その結果として、既存企業の1割強が経営資源を譲り受けている。」と説明されています。
また経営資源の引き継ぎのメリットに関しては、「経営資源の引き継ぎは円滑な廃業および譲り受け企業の成長を促すうえで有用である。
引き継ぎの満足度をみると、約半数の企業が引き継ぎに『満足している』と回答している。
他方、引き継いで良かったことが『特にない』という割合は、譲り渡しでは25.7%、譲り受けでは19.3%にとどまっており、多くの企業が引き継ぎによるメリットを享受している。」との説明があります。
これを踏まえて廃業を次の二つに整理しました。
- 経営資源の引継ぎを実施
- 事業を停止する前後に自社が保有する経営資源を他者や開業予定者などに引継ぎを行います。経営資源を個別に引継ぐ場合と、複数の経営資源を一体で引継ぐ場合があります。
- 経営資源を引継ぎせず
- 事業を停止する前後に自社が保有する経営資源を、他者や開業予定者などへ引継ぎを行いません。
経営資源の引継ぎ
以上の説明により、これらの場合は経営資源の引き継ぎを実施していると言えます。
事業承継だけではなく、廃業した企業から個別又は一体で経営資源を引き継ぐ取り組みも経営資源を散逸させないことにつながります。
概念整理の最後となりますが、社外への引継ぎ (M&Aなど)における事業の一部譲渡と、経営資源の引継ぎを実施における複数の経営資源を一体で引き継ぐ場合の違いについて具体例を挙げて説明していきます。
- 複数店舗を運営する家具小売事業者の例
- 営業中の家具店のうち1店舗をそのまま譲渡
- 営業をしている状態のまま店舗を引き継ぐケースでは、事業を継続しているとみなされます。そのため、社会への引き継ぎにおける事業の一部譲渡に該当します。仮に店の名前を新しくして販売方法が一新されるとしても、それは以前の店の名前や販売方法からの変更ということになります。
- 営業中の家具店のうち1店舗をそのまま譲渡
- 営業を停止(閉店)した家具店の経営資源(土地・建物・備品など)をセットで譲渡
- 生産活動が既に停止していて、事業は継続されていないので、「経営資源の引き継ぎを実施」において「複数の経営資源を一体で引き継ぐ場合」に該当します。以前のように家具店として営業をする、あるいは別業種での事業のための経営資源を活用するか、などの様々な選択肢があります。
調査の概要 (まとめ)
経営者の引退に伴う経営資源引き継ぎの概念を考えると、
- 親族内承継
- 役員・従業員
- 承継、社外への引継ぎ
- 経営資源の引継ぎを実施
により、次世代に経営資源を引き継いでいるといえます。
また、経営資源の散逸を防ぐためには、この取組が重要であるといえます。
経営資源の引き継ぎの実態と課題を把握するために、これ以降は、特に引退する経営者に着目します。
また、経営者を引退した者を対象とした「中小企業・小規模事業者の次世代への承継及び経営者の引退に関する調査」を使って、事業承継した経営者と、廃業した経営者別に分析していきます。
またこれ以降では、事業承継について、承継の形態別の状況や、より効果的な承継とするための後継者教育の取組を説明していきます。
さらに、経営資源を譲り受ける側に関しては、他の調査を用いて分析していきます。
事業承継
円滑な事業承継の重要性に関しては、事業承継ガイドラインで詳しく述べられています。
それらを踏まえて、この項では以下3点を説明していきます。
- 事業承継の課題
- 後継者教育の取り組み
- 事業承継が企業のパフォーマンスに与える効果
事業承継した経営者の実態と取組
ここでは、事業承継した経営者への調査を基に、事業承継の形態別に、事業承継の時の課題や、事業用資産の引継ぎの実態について分析していきます。
事業承継の全体像
次の図は、引退した経営者と、事業を引き継いだ後継者との関係を示しています。
親族内承継が過半を占めていて、その大半は子供(男性)への承継です。
一方で、親族外の承継も3割を超えていて、事業承継の有力な選択肢になっています。
次に示す図は、事業承継の形態別に、引き継いだ事業を示しています。
この図をみてみると、全体の90%が、事業の全部を引き継いでいます。
そのうちで、社外への承継では、事業の一部を引き継ぐ者の割合がやや高いです。
次に示す図は、事業承継の形態別に、後継者を決定してから実際に引き継ぐまでの期間を示すものです。
親族内承継の場合は、長い期間をかけて引き継ぐ傾向にあります。
そして社外への承継でも、約3割は引継ぎに1年以上の時間をかけています。
以下の図は、後継者を決定して、事業を引き継ぐ上で苦労した点を示すものです。
役員・従業員への承継では、「後継者の了承を得ること」、社外への承継では、「取引先との関係維持」、「後継者を探すこと」に苦労したとする回答が多いです。
この図を見ると、事業承継の形態別で、事業を引き継ぐ上での苦労が異なることが分かります。
また全体的には、「特になし」との回答が最も多いですが、「取引先との関係維持」や「後継者に経営状況を詳細に伝えること」など、承継前に後継者へと引き継ぐための取組や、教育が必要であるという項目も比較的高い割合となっています。
事業承継時の事業用資産引継ぎの実態
以下の図では、事業承継の形態別に事業用資産の引継ぎの状況をみてみると、全体では60%が「事業用資産の全部を引き継いだ」と回答しています。
また親族内承継では、他の形態と比較して、「事業用資産の全部を引き継いだ」割合が低いことがわかります。
次の図は、事業承継の形態別に、後継者に全部の事業用資産を引き継いでいない理由を説明するものです。
親族内承継では、「贈与税の負担が大きい」と回答した比率が高いです。
これは、親族内承継では無償で引き継ぐことが多いからです。
また、生前贈与では税負担が課題になっているとも考えられます。
この課題に対して、2018年度に法人版の事業承継税制の特例措置が創設されました。
また、2019年度からは、個人版の事業承継税制の特例措置が創設されています。
役員・従業員への承継では、「後継者が買い取る資金を用意できない」と回答した比率が高いです。
経営を引き継いだ後に、事業用資産を全て後継者に引き継ぐためには、後継者側の資金の準備が必要になります。
そのため、後継者が早めに金融機関などに相談を始められるように、経営者として早めに意思決定を行って、その旨を後継者に伝えることが、将来の安定した事業継続につながると考えられます。
社外への承継では、「後継者が引継ぎを希望しない資産がある」と回答した割合が高くなっています。
このことから、後継者が今後の経営方針を検討する際に、引き継ぐ事業用資産を選択しているのでは、と推測することができます。
評論
事業承継関連施策
ここでは、円滑な事業承継を行うために活用可能な、事業承継支援策についての概要を紹介していきます。
経営承継円滑化法に基づく総合的支援
- 遺留分に関する民法の特例
- 一定の要件を満たす親族外も対象となる後継者が、遺留分権利者全員との合意と、所要の手続(経済産業大臣の確認、家庭裁判所の許可)を経ることによって、以下の民法の特例の適用を受けることが可能になります。
- 後継者に贈与した非上場株式等を遺留分に係る請求の対象外とすることで、相続に伴う株式分散を未然に防止することができる。(除外合意)
- 後継者の貢献による非上場株式等の価値の上昇分を、遺留分に係る請求の対象外とすることで、企業価値の向上を心配することなく経営に集中することができる。(固定合意)
- 一定の要件を満たす親族外も対象となる後継者が、遺留分権利者全員との合意と、所要の手続(経済産業大臣の確認、家庭裁判所の許可)を経ることによって、以下の民法の特例の適用を受けることが可能になります。
- 金融支援
- 事業を承継した後継者と、今後事業を引き継ごうとしている個人に対して、事業承継に伴う自社株式の買取資金や納税資金などの資金需要への支援や、信用力低下による経営への影響を緩和するために、都道府県知事による認定を前提として、以下2つによる貸付けを利用できるようになります。
- ①信用保証枠の実質的な拡大
- ②日本政策金融公庫など
- 事業を承継した後継者と、今後事業を引き継ごうとしている個人に対して、事業承継に伴う自社株式の買取資金や納税資金などの資金需要への支援や、信用力低下による経営への影響を緩和するために、都道府県知事による認定を前提として、以下2つによる貸付けを利用できるようになります。
- 事業承継税制
- 法人版事業承継税制
- 後継者が先代経営者からの贈与・相続によって取得した非上場株式等に課される贈与税や相続税について、納税を猶予するあるいは免除する措置です。2018年4月1日から10 年間限定で特例措置が創設され、従来の一般措置と比べると主に次の点が拡充されました。
- 対象株式数の上限を撤廃して、猶予割合を100%に拡大した。
- 雇用要件を抜本的に見直して、5年平均で80%の雇用維持が未達成であっても猶予が継続可能になった。
- 対象者を拡大して、複数の株主から最大3名の後継者に対する承継も対象になった。
- 経営環境の変化に対応した減免制度を導入した。
- 特例措置を活用するためには、2018年4月1日から5年以内に都道府県知事に対し特例承継計画を提出した上で、2027年12月31日までの10年間のうちに、実際に株式を後継者に承継する必要があります。
- 後継者が先代経営者からの贈与・相続によって取得した非上場株式等に課される贈与税や相続税について、納税を猶予するあるいは免除する措置です。2018年4月1日から10 年間限定で特例措置が創設され、従来の一般措置と比べると主に次の点が拡充されました。
- 個人版事業承継税制
- 2019年4月1日から、個人事業者が事業用資産を後継者に贈与・相続した時に課される贈与税・相続税の納税を、猶予または免除する措置が創設されました。
- これは、法人版事業承継税制の特例措置と同様に、2019 年4月1日からの10 年間限定の特例措置です。
- 土地、建物、機械、器具備品等の幅広い事業用資産を対象として、100%納税猶予を受けることができるようになりました。
- この制度が適用されるためには、2019年4月1日から5年以内に都道府県知事に対し個人事業承継計画を提出した上で、2019年1月1日から2028年12月31日までに事業用資産を後継者に承継する必要があります。
- ちなみに、個人版事業承継税制は、事業用小規模宅地特例との選択制となっていますので、どちらかを選択する必要があります。
- 2019年4月1日から、個人事業者が事業用資産を後継者に贈与・相続した時に課される贈与税・相続税の納税を、猶予または免除する措置が創設されました。
- 法人版事業承継税制
事業引継ぎ支援センター
事業引継ぎ支援センターとは、後継者のいない中小企業の「事業引継ぎ」を支援する国の事業を実施する機関です。
具体的には、登録機関と連携してM&Aの支援を行っており、全都道府県に48か所設置されています。
事業承継補助金
事業承継補助金とは、
- 事業承継をきっかけとして、
- 新たな分野へのチャレンジや事業転換に取り組み、
- 更なる成長を目指す中小企業者を支援するために、
- 設備投資・販路拡大・既存事業の廃業等に必要な経費を
補助するためのものです。
具体的にいうと以下の2つが挙げられ、これによって多様な事業承継が可能になります。
- 親族内での承継などによる経営者交代
- 補助上限
- 最大500万円
- 補助率
- 1/2または2/3
- 補助上限
- M&Aによる事業の再編・統合
- 補助上限
- 最大1200 万円
- 補助率
- 1/2または2/3
- 補助上限
個人版事業承継税制の創設
平成30年度税制改正によって法人版事業承継税制の抜本的な拡充が図られました。
その一方で個人事業者に関しては、事業用の土地に対する特定事業用小規模宅地特例のみ拡充が図られました。
土地以外の事業用資産の承継や、生前の事業承継を促すための支援策は拡充されていませんでした。
このため、平成31年度税制改正においては、個人版事業承継税制が創設されました。
これは以下の図で示すとおり、個人事業者の事業承継を集中的に促進するために、2019年4月1日から10 年間の時限措置とされたものです。
この制度を活用するためには、2019年4月1日から2024年3月31日までの5 年間に個人事業承継計画を都道府県に提出する必要があります。
また、2019年1月1日から2028 年12 月31 日までの10 年間に、実際に事業承継を行う必要があります。
個人版事業承継税制のポイント
- 承継時の税負担が実質ゼロになる
- 対象となる事業用資産の承継に係る贈与税・相続税を100%納税猶予することが可能になります。
- また、猶予されている税金は、承継した後継者が死亡した場合、一定期間経過後に、後継者が次の後継者へバトンタッチをした場合等には免除されるようになります。
- ただし、節税を目的とした制度の乱用を防止するための、所要の事業継続要件や資産保有要件等が設けられている必要があります。
- 多様な事業用資産が対象になる
- 従来
- 従来から、小規模宅地特例(最大400 ㎡まで80%減額)が存在しました。しかしこの特例は土地のみで、かつ、相続によるものが対象であり、土地以外の事業用資産は対象外となっています。
- 今後
- 個人版事業承継税制では、贈与による承継も対象となります。
- さらに、事業用の土地に加え、事業用の建物、車両、機械、器具備品等の承継に係る贈与税・相続税についても、100%納税猶予可能になります。
- なお、個人版事業承継税制と、事業用の小規模宅地特例は選択適用となるので、どちらかを選ぶ必要があります。
- 従来
- 親族外への承継も対象になる
- 従来
- 事業用の小規模宅地特例は、親族への承継のみ適用が認められています。
- 今後
- しかし、個人版事業承継税制では親族外への承継も認められるようになります。
- また、直系卑属のみ適用が認められる相続時精算課税制度についても、個人版事業承継税制を適用する場合には、親族外への承継ができるようになります。
- 従来
- 経営環境の変化に応じて減免されるようになる
- 従来
- 経営環境の変化によって廃業や事業の譲渡を行うなどの、一定のやむを得ない事情が生じた場合には、廃業時の評価額・譲渡額を基に贈与税・相続税を再計算します。
- そして、猶予されていた贈与税・相続税との差額が減免されることで、経営環境の変化による将来の不安を軽減する仕組みとなっています。
- 今後
- 個人版事業承継税制では、法人版事業承継税制のような雇用要件は設けられていません。
- 承継した後継者が重度障害により事業の継続が困難となった場合は免除されるなど、個人事業者の実態に即した制度設計となっています。
- 従来
事業承継に関する融資制度
ここまでみてきたとおり、事業用資産を引き継ぐ際の課題は、
- 相続税・贈与税の負担や、
- 資産買取りの際の資金
が挙げられます。
こうした事業承継を行うために、以下の図で示すような資金の融資を株式会社日本政策金融公庫が行っています。
後継者教育
後継者教育の取組
次に、円滑な事業承継にとって重要な後継者教育についてです。
取組の効果などを明らかにしていきます。
中小企業庁が2017年4月に策定した「事業承継マニュアル」においても、次期経営者として必要な実務能力や、心構えを習得するための後継者教育の重要性について述べられています。
まず、事業承継した経営者が後継者を決定する際に重視する資質・能力について見たものが次の図です。
重視した資質・能力としては、「自社の事業に関する専門知識」や「自社の事業に関する実務経験」を回答する割合が高いです。
このことから、自社の事業への理解を重視していると分かります。
ただし、最も重視される資質・能力は、「経営に対する意欲・覚悟」という心構えの部分であると思われます。
以下の図は、上記の図で見た後継者を決定する際に重視した資質・能力を、事業承継の形態別に示すものです。
親族内承継では、「血縁関係」と回答した比率が高いです。
しかし、それ以上に、「自社の事業に関する専門知識」、「自社の事業に関する実務経験」が高いです。
このことから、知識や経験がより重視されていることが分かります。
役員・従業員承継では、他の形態と比べて、「社内でのコミュニケーション能力(従業員からの信頼、リーダーシップ、統率力等)」と回答した割合が高くなっています。
役員・従業員から経営者となる場合は、将来のビジョンを打ち出す力や、組織のマネジメント能力、信頼に足る人格を有するかどうかを重視していると考えられます。
社外への承継では、他の形態と比べて、「自社の事業に関する専門知識」や「自社の事業に関する実務経験」を回答する割合は低いです。
そのため、「経営に対する意欲・覚悟」を重視している傾向にあると考えられます。
経営者が後継者に対して、意識的な後継者教育を行ったのかどうかを事業承継の形態別に示したものが次の図です。
親族内承継及び役員・従業員承継では、半数近くが意識的な後継者教育を行っていました。
社外への承継でも30%は意識した後継者教育を行っています。
また、経営者の外部招聘やM&Aによる引継ぎにおいても、後継者教育を行う人が一定数いることが分かりました。
次の図は、実施した後継者教育の内容についてで、以下の3つの事業に直接関わる内容の実施割合が高いです。
- 「自社事業の技術・ノウハウについて社内で教育を行った」
- 「取引先に顔つなぎを行った」
- 「経営について社内で教育を行った」
最も有効だった後継者教育の内容に関しても、社内教育や取引先への顔つなぎなどの回答が多くなりました。
実施した内容別にみてみると、回答企業のうちで最も有効と回答した企業比率を見ると、「同業他社で勤務を経験させた」が最も比率が高くなっています。
そして、事業承継の形態別にみたときに、実施した後継者教育の内容が以下の図です。
親族外承継(役員・従業員承継及び社外への承継)は、親族内承継と比較して、
- 「経営について社内で教育を行った」
- 「自社事業の技術・ノウハウについて社内で教育を行った」
などの社内教育の実施比率が高くなりました。
一方で親族内承継は、親族外承継に比べて、同業他社における勤務や資格の取得を含めて、社外における教育の割合が高くなりました。
次の図は、特に最も有効な後継者教育の内容に関してです。
事業承継の形態別に示しています。
親族内承継では、他の形態と比較して、「同業他社で勤務を経験させた」が最も有効だったとする人が多いです。
長期的視点に立って、親族の後継者に同業他社で経験を積んでもらい、それを自社に還元することが有効だとしている経営者が多いと考えられます。
役員・従業員承継においては、「経営について社内で教育を行った」ことが最も有効だとする比率が高くなりました。
役員・従業員に引き継ぐ場合は、経営に関する教育は、社内で経営者から後継者に直接実施することが有効であると考えている経営者が多いと推察されます。
また、社外への承継では、
- 「自社事業の技術・ノウハウについて社内で教育を行った」
- 「取引先に顔つなぎを行った」
ということが、最も有効な後継者教育とした比率が高くなりました。
そして、社外の人材に対しては、直接自社事業に関わる内容の教育が効果的だったと考える経営者が多いです。
現在の後継者の働きぶりに対する満足度
以下の2つの図は、現在の後継者の働きぶりに関する満足度を示すものです。
全体でみたら70%が「満足」または「やや満足」としています。
また親族内承継においては、後継者の働きぶりに対する満足度が、他の承継の形態に比べて高いです。
ただし、最も重視した後継者の資質・能力別に、現在の後継者の働きぶりに対する満足度についてみた場合は、「血縁関係」を最も重視する人は、他の資質・能力を重視した場合に比べて、「満足」と回答した比率が低くなりました。
このことから、親族内承継を重視するとしても、血縁関係以外の後継者の資質・能力を重視して承継するということが、働きぶりへの満足に結びつく傾向が高いといえます。
また、「一般的な経営に関する知識」を最も重視する人は、他の資質・能力を重視する場合に比べて、「満足」、「やや満足」と回答した割合が低くなりました。
このことから、一般的な知識よりも、
- 業務に関する専門知識、
- 実務経験、
- 人脈や経営に対する意欲・覚悟
を重視したほうが、後継者の働きぶりに対する満足度が高くなる可能性があると推察されます。
以下の図は、意識的な後継者教育の有無別に、現在の後継者の働きぶりに対する満足度を示したものです。
意識的な後継者教育を行った人の方が、現在の後継者の働きぶりに対する満足度は高いといえます。
そして、最も有効だったとした後継者教育別に、現在の後継者の働きぶりに対する満足度を示すものが次の図です。
- 「社外セミナー等へ参加させた」や
- 「取引先に顔つなぎを行った」
などの比較的短期間で実施可能なものと比較して、
- 「自社事業に関わる勉強を行う学校に通わせた」や
- 「同業他社で勤務を経験させた」
などの長時間を要するであろう教育を実施した場合の方が、現在の後継者の働きぶりに対して「満足」と感じた比率が高いです。
いいかえると、効果的な後継者教育には時間をかける必要があるといえます。
さらに、次の2つの図をみてみましょう。
一つ目は、後継者決定から実際に引き継ぐまでの期間別に、意識的な後継者教育実施の有無を示しています。
また、二つ目に示す図は、経営者引退を決断してから実際に引退するまでの期間別に、意識的な後継者教育実施の有無を示しています。
これらから、後継者決定後、引き継ぐまでの期間が長いほど、また、経営者の引退決断から引き継ぐまでの期間が長いほど、意識的な後継者教育の実施比率が高い傾向があります。
つまり、後継者教育に十分な時間をかけるには、経営者としての引退や後継者の決定に関して、より早期に決断を行うことが大切であるといえます。
株式会社クシムラ組
「段階的に仕事を任せることで後継者の成長を促し、事業承継を円滑に行った企業」
福井県南越前町にある株式会社クシムラ組があります。
この会社は、1958年に設立した型枠工事の企業であり、従業員14名、資本金1,000万円の規模です。
櫛村悦生社長は、3代目となる経営者です。
櫛村繁一前社長は、娘婿となった悦生氏を、2005年に従業員として迎え入れました。
以前勤務していた建設会社では、現場監督の経験しかなかったので繁一氏は悦生氏に、先ずは現場の型枠工としてのノウハウを学ばせました。
その後リーマンショックや、公共事業が減ったことによって、売上高はピーク時の8000 万円から3500 万円まで落ち込んで、非常に厳しい経営状況になりました。
しかし繁一氏は、この経営危機を打破するため、将来の事業承継を見据えました。
そして、この難局を乗り越えることで、悦生氏に後継者として成長してもらいたいという狙いから、現場は熟練した社員に任せました。
さらに2011 年からは悦生氏を専務に昇格させ、経営改革に専念させました。
悦生氏は取引先や従業員と一体となり、様々な経営改革を実施しました。
例えば、売上を安定させる取組としては、同業の若手経営者らと連携して、お互いに仕事を紹介し合うことにしました。
業務効率化の取組としては、これまでは1つの現場に全員で対応していました。
しかしそれ以降は、大・小の工事をバランスよく受注することで、複数の現場を同時に対応できるようにしました。
人材活用の取組としては、外国人の採用活用を積極化しました。
技術向上の取組としては、熟練技術者が若手技術者に指導する体制を整備し改善を行いました。
また、どんぶり勘定であった資金繰りを、より厳しく管理することで、業務の改善点の洗い出しや、経営計画の策定を行うことができるようになりました。
それと同時に、前述の経営改革を効果的に実施できました。
その結果、経営改革は受注増加や従業員の働きやすさにつながり、最終的に売上高は1億5000万円とリーマンショック前の水準を超えて、従業員も取組前の7人から14人まで増加させることに成功しました。
2016 年に新しく社長になった時点で、悦生氏は、経営に関わる業務のほとんどを経験していました。
また経営を好転させた実績などから、従業員からの信用も厚く、円滑な事業承継を実行できたといえます。
悦生氏は、型枠工としての経験のない状態で同社に入りましたが、繁一氏から段階を踏んで業務を任されたことにより、着実に経営者としての力をつけることができました。
悦生氏は、「経営改革は進んだが、従業員の高齢化が進む中での若手育成など、まだ課題はある。
今後の事業発展のために、経営改革の取組はこれからも積極的に行っていく。」と語っています。
ツジ電子株式会社
「早めに従業員へ引継ぐ方針を決め、時間をかけて従業員に事業承継を行った企業」
茨城県土浦市のツジ電子株式会社は、1977年に創業しました。
この会社は、放射光施設向けステッピングモーターなど、主に研究所や大学で利用される特注の電子装置を設計製造しています。
また、会社の規模は従業員18名、資本金3,000万円です。
創業25 年を迎えた2002年、創業者である辻信行社長は当時50代半ばでしたが、先を見据えて、事業承継について考え始めた頃でした。
辻氏の2人の娘は事業を引き継ぐ意思がなく、娘婿も関心を持たなかったため、親族以外への事業承継が必須になりました。
同社は、自由な社風でした。
例えば、従業員が裁量を持って研究に注力でき、顧客に無期限でメンテナンスを行うなど、従業員も顧客も大切にしていました。
M&Aによる事業譲渡においては、
- 社風の変化や、
- 従業員の士気の低下、
- サービスの質の低下など
を招きかねないとの懸念から、企業文化を十分に理解している従業員への事業承継が最適と考えました。
辻氏は、従業員のうち指導力に長けている植松弘之氏(現社長)に後継者になるよう打診しました。
しかし、植松氏はエンジニアとして働きたい、他に適任者がいるのではないか、という思いから後継者になることを辞退しました。
辻氏は、植松氏にまずは経営に触れてもらうため、植松氏を説得して2006 年に取締役に抜擢しました。
辻氏は2010 年に、植松氏の右腕になる人材として、経理を一手に引き受け、ISO9001 の認証取得にも尽力した高野稔氏を取締役に抜擢しました。
2013 年には将来を見据え、中小企業診断士の支援のもとで、知的資産経営報告書を作成しました。
これによって従業員全員が、自社の強みの源泉や経営方針を認識しました。
また、会社をより良くするための知恵を出し合える体制を構築できました。
その結果、売上高、収益の向上につながりました。
植松氏は、同社が進むべき方向性が明確になったことが後押しとなり、他の従業員のためにも社長に就任することを決断しました。
2017 年に、辻氏から植松氏に社長を交代を行い、辻氏は会長となりまた。
株式については、2018 年までに辻氏の株式を徐々に植松氏に譲渡しました。
そして現在では、植松氏の持ち株比率が辻氏を逆転しています。
事業承継に十分な準備期間を設けたことや、組織が成長できる土台を作ったことにより、承継は円滑に進み、今後の発展を見据えて様々な取組を実施できています。
植松氏は、「これからも、従業員・顧客の両方にとって良い企業であり続けたい。
知的資産経営報告書を軸に、成長に向けた取組を実施していく。」と語っています。
株式会社恵比須堂
「支援機関の円滑なマッチングにより、異業種企業へ事業を譲り渡した老舗和菓子店」
福井県福井市の株式会社恵比須堂は、1917 年に創業しました。
この会社は、和菓子製造を行う老舗企業です。
規模は従業員5名、資本金1000 万円と大きくはないが、「羽二重餅」や「けんけら」等の福井を代表する銘菓を作り続け、駅や空港、観光地で販売されてきました。
中道直社長(2017 年当時)は、老舗の3代目として1983 年に同社の従業員から社長に就任しました。
それ以降、事業環境の変化に揉まれながらも、伝統を守るために懸命に働いてきました。
近年はようやく経営は安定してきましたが、自身の年齢が60 代半ばとなり、体力の限界を感じるようになりました。
事業承継を考えましたが、社長の子供達は県外で働いていて、従業員にも引き受け手がおらず、後継者を見つけるのに苦労していました。
そこで中道社長は2017 年9月に、事業を引き継いでくれる候補者を探すために、福井商工会議所に相談に行きました。
その結果、福井県事業引継ぎ支援センターを紹介されました。
相談する中で「従業員の雇用の維持」などを条件にできるということがわかり、第三者に事業を引き渡すことを決めて、広くマッチング先を募りました。
そして、同センターの効果的な周知活動によって、早速2か月程度で福井信用金庫から、事業規模拡大のために譲受けを検討している会社を紹介されました。
従業員15 名、資本金300 万円の有限会社ワークハウスです。
この会社は、障害者就労継続支援(A型・B型)事業を行っており、利用者の仕事内容は袋詰めやアイロンがけ等の軽作業が中心でした。
しかし能力の高い利用者も多くいることから、仕事内容の多様化を求めていました。
嶋田祐介社長は、和菓子製造事業であれば、能力を活かすことができ、やりがいもあるため、うってつけの事業だと判断しました。
中道社長は、話を聞いた当初は、異業種への引き継ぎに不安もあったといっていますが、嶋田社長との対話や、利用者の真摯に学ぶ姿勢を見て、事業譲渡を決断しました。
同センター、福井商工会議所、福井信用金庫らのサポートのもとで、手続き面も順調に進みました。
その結果、2018 年5 月には事業の全部譲渡が成約しました。
小規模な事業譲渡のため、代表間の合意により、引き継ぐ経営資源の内容や評価を判断できたということがスムーズな引継ぎにつながりました。
もともといた従業員5名は継続雇用されました。
また、そこに若手の利用者4名が加わり、職場の活気も増しました。
これまでは、事業の先が見えなかったので、事業の改善が進みませんでした。
しかし現在は、新商品の開発や仕事の効率化に積極的になっています。
また中道社長は会社を畳み、社長を退いた後も指導役として週に3回ほどは出勤しています。
それゆえ、取引先との関係や、細かなノウハウについても遺漏なく承継できています。
中道社長は、「従業員や取引先との関係を守ることができ、肩の荷が下りた、という思いである。
引き継いだ後も、事業に関わることができ充実している。
新しくなった『えびす堂』の発展に貢献していきたいと思う。」と語っています。
有限会社いばら
「譲渡し側、譲受け側相互が積極的に動き、税理士の支援のもと、早期のM&Aを実現した事例」
新潟県新潟市の有限会社いばらは、自動車販売、自動車整備を行う企業です。
会社の規模は従業員7名、資本金300 万円です。
この会社は鈑金や塗装技術に強みを持ち、地域に根付いて事業を営んできました。
前社長(現会長)の佐藤武雄氏は、経営者仲間から事業承継には7、8年ほどかかると言われていました。
そして、65 歳(2019 年現在は74 歳)頃からは事業承継の準備を始めました。
当時いた従業員4名と、会社を信頼してくれている顧客のためにも、事業を継続したいと考えていました。
まず息子や従業員への引継ぎを検討しました。
しかし、息子も従業員も望まなかったため、M&Aによる社外の第三者への譲渡を検討しました。
広く譲渡先を探すため、取引先の同業や銀行、損害保険会社の担当者などにも相談しました。
現社長の櫻井裕樹氏は、父の経営する自動車販売会社に勤務していました。
しかし、自分自身で事業を経営したいという思いが強く、同業種で個人事業者として独立開業しました。
開業後、事業展開を検討する中で、異業種も含め、M&Aによって事業を引き継ぐことで、事業拡大したいと考えるようになりました。
近隣にM&A仲介業者と連携する税理士がおり、櫻井氏はその税理士が主催する勉強会で、M&Aのメリットなどについて学びました。
また櫻井氏は、様々な機会で同業者や業界関係者に、M&Aに関心があることを伝えていました。
そのような中、櫻井氏は、中古車のオークション会場で知り合った損害保険会社の担当者経由で、佐藤氏を紹介されました。
その際に櫻井氏にとっては、独立したばかりの自身の事業にはない、同社が、創業以来50 年かけて築いてきた、
- 顧客基盤、
- 自動車整備のノウハウ・施設、
- 自動車販売用のショールーム
などに魅力を感じ、M&Aで引き継ぐことを希望しました。
佐藤氏は、面談などでのやりとりを通じて、櫻井氏が自社にはない自動車販売の知識やノウハウを有しているため、今後の事業成長が期待できました。
また、経営者としても従業員や顧客から信頼される人物だと判断し、事業の譲渡を決断しました。
M&Aの手続きに当たっては、前述の税理士の支援を受けました。
当事者だけでは分からないことが多数ありましたが、専門性の高い税理士のサポートのお陰で、
- 価格算定、
- 譲渡の条件の調整、
- 売買契約
などのM&Aに関する一連の手続きを2か月という短期間で完了することができました。
そして、櫻井氏が全株式を引き継いで社長に就任しました。
佐藤氏と櫻井氏が、それぞれM&Aに関する準備をしていたことが、スムーズな合意と引継ぎにつながったといいます。
引継ぎ後、櫻井氏はショールームのレイアウトを変えました。
また、新たにリースの商品を増やすなど、より顧客に満足してもらえるような取組を進めています。
また、従業員とのコミュニケーションを密にとり、安心して働ける職場づくりを行っています。
櫻井氏は、「まずは、これまで佐藤会長が培ってきた顧客との信頼関係を引き継ぐことを第一に考えている。
また、従業員との良好な関係を築くことにも注力している。
今後は、顧客に満足してもらえる体制を整えながら、更に地域の役に立てるよう新事業にもチャレンジしていきたい。」と語っています。
佐藤氏も、「櫻井氏に安心して事業を任せることが出来ており、安定した引退生活を送ることができている。」と語っています。
有限会社平船精肉店
「事業引継ぎ支援センターを介し、独立を希望する個人に事業を引き継いだ企業」
岩手県盛岡市の有限会社平船精肉店は、平船繁社長(当時)が、1960年に創業しました。
規模は承継時の従業員2名、資本金300万円で、精肉及び惣菜を販売してきました。
看板商品のローストチキンは商店街の名物ともなっています。
平船氏は、70 歳を超えてから事業承継を検討し始めましたが、子どもは勤め人で、従業員は60 歳を超えていて、事業継続を最優先に考え、社外の第三者への譲渡を決意しました。
第三者に引き継ぐには、同社の経営の健全性を示す必要があると考えました。
そこで、詳細な決算書の作成や、自社株式評価の算出を行うなど入念な準備を行いました。
2013 年にM&A仲介会社に相談したが良い譲渡先が見つかりませんでした。
そして、2016年にラジオで知った岩手県事業引継ぎ支援センターに、後継者探しの相談を行いました。
竹林誠氏(現代表)は、医療福祉関係の会社員でしたが、飲食店を経営していた母親の影響で、「いずれは経営者になりたい」と考えていましたが、知人経由で同センターを知りました。
その際に、事業を引き継いで経営者になるために同センターに相談し、同社を紹介されました。
平船氏は、
- 「平船精肉店」の屋号を残すこと、
- ローストチキンの味を守ること、
- 従業員の雇用を守ること
を引継ぎの条件としました。
竹林氏は、経営状態の堅実さや譲渡条件の明確さに加え、実際に店舗を訪れて同社が地域で親しまれている精肉店であることを知りました。
それゆえ、この店を守りたいと思い、事業を承継することを決断しました。
平船氏も、竹林氏の人柄とやる気に触れて、精肉店の経験はなくても事業の将来を託すことができると考えました。
引継ぎ資金に関しては、竹林氏は同センターから紹介された日本政策金融公庫から、スムーズに融資を受けられました。
同センターの支援で、マッチングから半年ほどで事業譲渡の手続きは滞りなく完了しました。
そして2017年6月、竹林氏は個人事業者として「平船精肉店」事業を引き継ぎました。
竹林氏は、引き継ぐまでの3か月間、平船氏からローストチキンの仕込みや精肉の扱いなどを教わりました。
また、平船氏は、引継ぎ後も顧問として、取引先の問屋との顔つなぎや、常連客への紹介などを行うことで、竹林氏が円滑に事業を始められるよう尽力しました。
その結果、現在も竹林氏は順調に事業を経営できています。
2019 年1月には法人成りし、株式会社ちくりん館を設立しました。
竹林氏は同社社長として、平船精肉店を運営しています。
平船氏は、経営・技術ともに十分な引継ぎが行えたため、2019年5月末で顧問からも退く予定です。
平船氏は、「平船精肉店の屋号と看板商品のローストチキン、従業員が働く場所を守れて、安心して引退できた。」と語っています。
竹林氏は、「経営の経験がなかったため、事業引継ぎ支援センターから事業計画作成を手厚くフォローしてもらったことが心強かった。
今後はローストチキンの販売先を広げるなど、事業を拡大していきたい。」と語っています。
アイフォーコムホールディングス株式会社、アイフォーコム京栄株式会社
「M&Aにより隣接業種のグループに加わり、シナジー効果を発揮した企業」
神奈川県相模原市のアイフォーコム京栄株式会社は、ハードウェア及びソフトウェアの受託開発を行う会社です。
同社は、1954 年に株式会社京栄として創業した企業であり、規模は従業員13 名、資本金1,000 万円です。
同社は2016 年、ソフトウェア開発を行うアイフォーコム株式会社(資本金1億円)を中核とするアイフォーコムグループ14に加わりました。
同社の前社長の田中章夫氏は、70歳を超えてから事業承継を検討したが、親族及び従業員に後継者が見つかりませんでした。
そこで、M&Aによる社外への引継ぎを検討するため、M&A仲介会社に声をかけました。
田中氏は、事業承継を円滑にするために、借入金を事前に完済し、不要な在庫の削減を行うなど、入念に準備を行いました。
アイフォーコムの加川広志社長は、今後の成長のために、事業の幅を広げることや、能力の高いICT 技術者の確保を狙いとして、M&Aによる事業の引継ぎを検討していました。
そのような中、M&A仲介会社から、同15 社を紹介されました。
加川氏は、
- 同社がアイフォーコムにはない、ハードウェアの設計・製造ノウハウを有していること、
- 大手メーカーの要望に応えることができるICT 技術者がいること
などに魅力を感じ、M&Aを行うことを決断しました。
引継ぎに当たっては、田中氏が事前に負債や在庫の整理を実施していたことや、社長退任後も田中氏がシステム運用の指導役として1年間従事したことによって、円滑な事業承継を行うことができました。
現在は、加川社長が同社の社長も務めています。
同社は、アイフォーコムグループの一員となった後、様々なシナジー効果を発揮しています。
例えばこれまで同社は、新たな仕事の機会があっても従業員が少ないため対応が難しいこともありました。
しかし、アイフォーコムグループの傘下になったことで、従業員の補充や業務支援を受けられるようになり、仕事の機会を逃すことがなくなりました。
また、アイフォーコムにとっても、同社が持つ技術を活用することで、ハードウェア(マイコンなど)の製造をアイフォーコム内で出来るようになりました。
その結果、これまで対応できなかった受注も獲得できるようになっています。
加川社長は、「田中氏が事業承継の準備をしっかりとしてくれていたお陰で、スムーズな事業承継を実行できた。
今後、同社の持つ強みをより発揮できるように、グループが一体となるための取組を実施していきたい。」と語っています。
みずほフィナンシャルグループ
「グループ一体となって事業承継を支援する金融機関」
みずほフィナンシャルグループ(FG)では、取引先企業の経営者の高齢化が進行する中で、事業承継を喫緊の課題と捉えました。
そして、グループ各社が保有する知見やノウハウを活用して、グループが一体となり、中小企業が円滑に事業承継を進めていくための解決策を提供しています。
みずほFGの事業承継支援の特徴は、
- 「親族内承継」
- 「役員・従業員への承継」
- 「社外(第三者)への承継」
それぞれの形態の課題に対し、ワンストップでコンサルティングとソリューション提供を行うことです。
具体的には「親族内承継」に対しては、みずほ銀行とみずほ信託銀行の各コンサルティング部が営業部店と協働し、
- 承継計画全体像の作成、
- 株式評価の試算、
- 不動産の活用・売却、
- 遺言信託
など幅広く専門的な支援を実施しています。
「役員・従業員への承継」では、グループ内のファンドも活用し、MBO の計画策定及びファイナンス支援などを行います。
「社外(第三者)への承継」では専門部署が
- M&Aにおける候補先選定、
- デューデリジェンス、
- 相手先との交渉、
- 契約
まで一貫したアドバイザリー支援を行っています。
事業承継案件の発掘は全国の営業部店が担っており、
- 短時間で自社株式評価をシミュレーションする株価アプリや、
- 顧客からの要望に対応した提案資料の作成など、
どこの営業部店でも質の高い一次提案を行える体制を整えています。
また、定期的に事業承継コンサルティングに関する研修を実施し、各行員へ事業承継の知識を身につけさせています。
専門的な提案ができることで、顧客からは、「金融支援だけでなく、こちらが期待する承継の形になるよう、
- 承継計画の作成から、
- 事業承継税制の活用提案、
- 個人資産の承継に関する遺言作成まで、
寄り添って支援をしてもらえた。」という声もあがっています。
グループ一体で専門性を発揮することにより、顧客の期待を上回る提案を行なえているといえます。
また、グループ一体で後継者育成の支援も行っています。
みずほ総合研究所が、みずほ銀行やみずほ信託銀行の顧客向けに、後継者育成プログラムを実施しています。
1年間に15 回も、オーナー企業の後継者・後継者候補が合同で、研修、企業視察などを行います。
これにより経営者としての知識を身につけるとともに、同じ立場の後継者仲間とコミュニケーションを図ることができ、抱えている悩みの解決などの手助けにつながっています。
みずほFGリテール・事業法人業務部次長の中林直博氏は、「様々な形の事業承継に、専門性を発揮して支援する体制が構築できていることが当グループの強みである。今後も、事業承継を検討する中小企業の経営者の役に立てるようにグループ一体での支援体制を強化していきたい。」と語っています。
事業承継センター株式会社
「中小企業の円滑な事業承継や引退する経営者を支援する企業」
東京都港区の事業承継センター株式会社は、役員4名全員が中小企業診断士の資格を有し、事業承継のコンサルティングを行う企業です。
規模は従業員4名、資本金1,000万円です。
具体的な事業としては、
- 企業へのコンサルティング、
- 自治体からの受託業務として事業承継セミナー、
- 後継者塾、
- 事業承継に関する個別訪問相談
なども行っています。
同社への相談者は、事業を続けるべきか判断に悩んでいることも多いです。
そのような場合、事業継続について相談者自身が判断できるように、まずは自社の収益や資産の状況などを「見える化」します。
そして、今後の事業見通しを立てる支援を行いますが、その上で、家族で話し合う機会を設けることを勧めています。
なぜなら、家族にも自社の状況を理解してもらい、今後の事業の方向性について経営者の考えを聞いてもらうことが、意思決定の後押しになるためです。
決断後は、承継や廃業の形態に応じた支援を実施します。
同社の金子一徳社長は、「経営者、後継者双方の立場に立ったコンサルティングが重要である。」と言っています。
例えば親族内承継の場合、後継者は、事業の現場は分かっていても、借入金などの財務状況を正確に把握していないことが多いです。
また、経営者は、後継者にとって借入金は重荷ではないか不安に感じることがあります。
しかし、実は後継者は気にしていないということも多いです。
そのため、同社が第三者として間に入り、経営者と後継者の間で情報を整理することで、円滑な事業承継につなげています。
自社の状況を踏まえ、廃業を決断した相談者に対しては、廃業計画の作成を支援しています。
取引先などに迷惑をかけないための、資金繰りや、資産の売却などについてアドバイスしています。
また、相談者が経営者を引退した後の人生設計の支援も行っている。
例えば、引退後にやりがいや収入を失う経営者も多いです。
そこで、活躍の場として一般社団法人やNPO の設立を推奨しています。
これまでとは異なる形で人の役に立つことで、新たな充実感を得られる人が多いです。
金子社長は、「相談者は抱えている悩みがそれぞれ違う。
悩みに耳を傾け、それに応じた専門性の高い支援を行うことが大切である。
当社では、事業承継の専門家として『事業承継士』という資格を作り、500 人以上を育成した。
今まで以上に、事業承継をする方をサポートできる体制を整えていきたい。」と語っています。
経営者交代と企業のパフォーマンス
これまで、事業承継をきっかけとして、企業の業績が改善する可能性が指摘されてきました。
例えば、2018 年版小規模企業白書によれば、事業を承継した経営者と60 歳以上の経営者に関して、直近3年間の経常利益額の動向を比較しています。
その際、前者の方が「増加傾向」と回答した者の割合(29.4%)は、後者で「増加傾向」と回答した割合(17.9%)を上回っている。
しかし、当然ながら業績には事業承継以外の要因も影響しており、業績が改善する見込みがあるから事業を承継できたと推察することも可能です。
事業承継が業績に与える影響を把握するには、その他の要因による業績への影響をできる限り排除することが望ましいです。
そこで、以下では、「傾向スコアマッチング」及び「差の差分析」の手法を利用して、事業承継が業績に与える影響について分析していきます。
ここでは、経済動向編の記事で用いた、CRD データを利用します。
経営者が若返ることによる事業拡大意欲に関連する指標としては、
- 売上高、
- 総資産、
- ROA、
- 従業員数
の4つを取り上げ、事業承継した企業と承継していない企業の間で成長率を比較します。
また一般的に、経営者の年齢が低くなるほど、長期的な視野に立って経営を行い、事業を拡大しようとする意向が強くなります。
その結果、売上高や経常利益が増加すると見込む経営者の比率が増加すると言われています。(例えば、2016 年版中小企業白書。)
その結果、事業承継後の新たな経営者の年齢が若いほど、業績拡大意欲も強く、実際に業績を拡大するケースも増えると期待されます。
そこで、2011 年度に行われた事業承継について、承継後の経営者の年齢により30 代以下、40 代、50 代の3つの場合に分けて、上記と同様の分析を行います。
以下の図は、事業承継した企業と事業承継していない企業の売上高成長率を比較したものです。
事業承継した企業は、承継の翌年から5年後までの間、事業承継していない企業と比較して成長率が高く、概ね統計的に有意な差が確認されました。
また、事業承継年から年が経つにつれて、差が拡大しています。
それゆえ、事業承継後に売上高が成長することが多いと考えられます。
また、承継後の新経営者の年代別の効果を比較した場合、事業を引き継いだ経営者が30 代以下、40 代の場合、事業承継の翌年から5年後までの間、事業承継していない企業と比較して売上高成長率を押し上げる効果が顕著であるといえます。
しかし、50 代への事業承継になると、事業承継から2年後、3年後を除き、有意な効果が確認できませんでした。
続いて、以下の図では総資産成長率について比較を行いました。
2010 年度に事業承継した企業は承継後全ての年で、2009 年度、2011 年度に事業承継した企業も5年中3年で、事業承継していない企業の総資産成長率を有意に上回っています。
また、総資産成長率についても、事業承継後によりおおむね上昇すると考えられます。
新経営者の年代別に見ると、30 代以下への事業承継では承継の翌年から成長率を押し上げる効果が明確に観察されています。
一方で、ほとんど効果が確認できない40 代、50 代への事業承継は対照的な結果となっています。
続いて、ROA に対する事業承継の効果を以下の図で確認していきます。
ROA に関しては、事業承継を行った企業と行っていない企業の間に有意な差が観察されることは少なかったです。
また、新経営者の年代別の効果を見ても、若い世代ほど、事業承継していない企業に対してROA が高くなるという傾向は観察されませんでした。
最後に以下の図では、従業員数成長率への影響を比較しました。
2009 年度と2010年度に事業承継した企業について、事業承継していない企業と比較して従業員数成長率が有意に上回るケースはありませんでした。
しかし、2011 年度に事業承継した企業については、事業承継から4年後以降、事業承継していない企業を上回る従業員成長率を記録しています。
また、新経営者の年代別効果を見ても、30 代以下、40 代への事業承継では、従業者数の成長率が事業承継していない企業を有意に上回っています。
また、事業承継が従業員数の成長率を押し上げる一定の効果が見られました。
以上の結果によって、事業承継は、他の要因を制御した上でも、企業の売上高や総資産を押し上げる効果があるといえます。
また、従業員数を押し上げる場合もあることが確認できた。
そして、30 代以下、40 代の経営者に事業承継を行う方が、50 代への事業承継と比較して売上高などを押し上げる効果をもたらすことも分かりました。
本項の冒頭で述べた、事業承継により業績が改善する、事業を引き継ぐ経営者の年齢が若いほど業績が改善する、といったこれまでの通説は、いずれもおおむね正しいといえることが分かりました。
まとめ
ここまでは、事業承継についての取組や効果などを見てきました。
事業承継の形態別に見ると、後継者を決定する上で重視した資質・能力や、有効だと感じた後継者教育に違いがあることが分かりました。
これを踏まえると、これから事業承継を検討する経営者は、後継者探しや後継者教育と一口に言っても、自分の狙いにあった方法を検討することが大切だと考えられます。
また、意識的な後継者教育、特に教育に時間を要すると考えられる取組ほど、後継者のパフォーマンス向上につながりやすいことが分かりました。
意識的な後継者教育を行うためには、十分な時間が必要であり、早めの決断が肝要だと言えます。
そこで、事業承継後の企業のパフォーマンスについて見ると、事業承継を実施していない企業に比べ、売上高や資産が増加傾向にあることが分かりました。
事業承継は、企業の収益状況や財務状況向上に貢献する傾向があると考えられる。
そのため、早めに事業承継を見据え準備し、効果的な引継ぎを円滑に行っていくことが、日本経済の成長につながるといえます。
廃業とそれに伴う経営資源の引継ぎ
ここからは再度「中小企業・小規模事業者の次世代への承継及び経営者の引退に関する調査」を使用します。
また、廃業(事業を停止)した企業からも経営資源が次世代へ引き継がれているということを確認します。
さらに、引継ぎを円滑化するための方策を検討していきます。
廃業した企業からの経営資源の引継ぎの実態
前項でも述べたとおり、廃業企業から他社に経営資源を引き継ぐ取組は、経営資源を譲り渡す側、譲り受ける側双方に利点があります。
「廃業した経営者」への調査を基に、経営資源の引継ぎの実態を明らかにします。
そして、引継ぎを円滑化するための方策を検討していきましょう。
事業を継続しなかった理由
以下の図は、廃業した経営者が事業を継続しなかった理由について見たものです。
事業を継続しなかった理由としては、「もともと自分の代で畳むつもりだった」が最も多いです。
廃業した経営者の半分以上は、事業を次世代へ引き継ぐ意思がなかったことが分かります。
その次に、以下のような回答が多いです。
- 「事業の将来性が見通せなかった」
- 「資質がある後継者候補がいなかった」
- 「事業に引継ぐ価値があると思えなかった」
- 「事業の足下の収益力が低かった」
これらを選択した企業の中には、早期の経営改善の取組や、後継者探し・育成の取組、またはより幅広いM&Aの可能性の模索をしていれば、事業を引き継ぐ選択肢があった可能性もあります。
廃業に向けた取組の中で苦労したこと
以下の図は、廃業に向けた取組の中で苦労したことを示したものです。
40%は「特になし」ですが、60%以上は何らかの取組で苦労しています。
以下の3点に苦労したとする回答が多いです。
- 「顧客や販売先への説明」
- 「従業員の処遇」
- 「資産売却先の確保」
これら「顧客・販売先」、「従業員」、「資産」などは、第1節で触れたように、廃業時にも個別に他社へ引き継ぐことができる経営資源である。
それぞれ引き継ぐためにも、苦労があると考えられる。
以下では、こうした廃業企業からの経営資源の引継ぎについて、経営資源ごとに実態や課題を明らかにする。
従業員の引継ぎ
まず、廃業する企業からの再就職・独立を希望する従業員の実態や課題に関して見ていきます。
次の図は、経営者が引退を決断してから引退するまでの間に再就職・独立を希望する従業員がいたのかを示しています。
廃業した企業のうち40%に再就職・独立を希望する従業員がいます。
そして、そのうち経営者の支援により再就職・独立が決まった従業員が1人以上いた割合は50%です。
さらに以下の図で、従業員の再就職先について見ると、同業種が中心となっていることが分かります。
販売先・顧客の引継ぎ
次に販売先・顧客の引継ぎについて見ていきましょう。
以下の図は、経営者の引退決断時点における継続的な取引のある販売先・顧客の有無と、その引継ぎの有無を示したものである。
60%の廃業企業が、継続的に取引のある販売先・顧客を有しており、そのうち、65.6%が他者に引き継いでいることが分かります。
引継ぎを実施した販売先・顧客について、どのような先に引き継いだかを見たものが次の図です。
従業員の引継ぎと同様に、同業種への引継ぎが中心となっています。
販売先・顧客の引継ぎをしなかった理由を見たものが以下の図です。
「特に理由がない」が最も多く、次いで「引継ぎをするという発想がなかった」が多いです。
販売先・顧客を他者に引き継ぐという選択肢が念頭にない人が多いことが分かります。
設備の引継ぎ
次に事業用設備の引継ぎについて見ていきましょう。
次の図は、経営者引退決断時点における事業用設備の所有の有無と、事業用設備の引継ぎについて見たものです。
60%の廃業企業が、事業用設備を所有しています。
そのうち、53.6%が他者に引き継いでいることが分かります。
引継ぎを実施した設備について、どのような先に引き継いだかを見たものが以下の図です。
中古設備取扱業者へ売却するよりも、同業種への引継ぎが中心となっていることが分かります。
設備の引継ぎをしなかった理由を確認したものが以下の図です。
「引継ぐ価値があるとは思わなかった」、「引継ぎ先が見つからなかった」という回答が多いことがわります。
不動産の引継ぎ
次に事業用不動産の引継ぎについてみていきます。
次に示す図は、経営者引退決断時点における事業用不動産の所有の有無と、事業用不動産の引継ぎについて見たものです。
36.1%の廃業企業が、事業用不動産を所有しています。
そのうち、48.2%が他者に引き継いでいることが分かります。
そして次の図で事業用不動産の引継ぎ先についてみてみると、「不動産会社」、「経営者の家族・親族」、「代表者個人」に引き継いでいる比率が高く、これらの次の用途が事業用なのか非事業用なのかは定かではありません。
事業で活用することを目的に、直接他の企業に引き継がれる比率は低いといえます。
不動産の引継ぎをしなかった理由を確認したものが次の図です。
これをみてみると、事業用不動産が自宅と一体になっている場合が多いことが分かります。
また、「引継ぎ先が見つからなかった」、「引継ぐ価値があるとは思わなかった」とする回答も一定数あります。
もし引継ぎ先のマッチングや、価格算定の支援があれば、引き継げた者もいた可能性があります。
廃業にかかる費用と経営資源引継ぎの対価
ここまで経営資源の引継ぎの実態を確認した結果、経営資源の引継ぎは少なからず実施されていて、有償で引き継ぐケースも一定数あることが分かりました。
もし経営資源の引継ぎを有償で行えば、廃業時の費用を賄ったり、廃業費用を抑えたりすることもできます。
そこでここでは廃業に際してかかる費用と、経営資源の引継ぎによる対価についてみていきます。
まず以下の図では、廃業のために必要となった費用の内容を示しています。
「登記や法手続などの費用」が最も多く、次いで
- 「設備の処分費用」、
- 「従業員の退職金」、
- 「在庫処分費用」
の順となっています。
このことから、廃業に当たって様々な内容の費用が発生することが分かります。
そして、発生した廃業の費用総額について見たものが以下の図です。
36.2%が廃業に当たって、100 万円以上の費用がかかっています。
次の図は、何らかの経営資源を引き継いだ者に関して、経営資源を引き継いだ際の対価の総額を見たものです。
何らかの経営資源を有償で引き継いだ者が60.8%います。
その中でも、100 万円以上の対価を受け取った者は44.1%と40%を超えています。
廃業時には様々な費用が発生するが、経営資源を有償で引き継ぐことができれば、廃業費用の一部を賄うこともできるでしょう。
事例
株式会社小山本家酒造
「廃業する酒造会社からブランドなどの一部の経営資源を引き継いだ企業」
埼玉県さいたま市の株式会社小山本家酒造は、清酒の製造、販売を行う、1808年(文化五年)創業の老舗です。
会社の規模としては、従業員160 名、資本金3775 万円です。
全国11か所の工場・事業所、7つのグループ企業を有しており、「金紋世界鷹」などの人気ブランドがあり、売上高は業界上位となっています。
2017 年12 月に、同社の小山景市会長は、東京都北区で同業種を営んでいる小山酒造株式会社の社長から、2018 年2月に廃業するため、清酒ブランド「丸眞正宗」を引き継いで欲しいとの打診を受けました。
「丸眞正宗」は、地元赤羽で愛されてきた140 年間続くブランドであり、存続を望む声が多かったです。
そこで急な廃業に際して、取引先に迷惑を掛けないようにするために、小山酒造の代表者は、遠縁の親類関係にあった小山会長に声をかけました。
その際に、ブランドを譲り受ける同社にとっても、商品ラインナップを広げることができるというメリットがありました。
廃業時期が決まっており、事業の全てを引き継ぐことは困難であったため、同社は、小山酒造の有する経営資源を個別に引き継ぎました。
残っていた在庫の原酒は、同社のブレンド商品に配合して活用しました。
醸造するための機械設備については、一部の規格の合うものを引き継ぎました。
「丸眞正宗」ブランドは、商標登録の変更を行い、商品としては5アイテムを引き継ぎました。
離れる販売先もいましたが、最も懇意にしていた赤羽の居酒屋などとの取引は継続しています。
従業員については、元の職場の近隣にあるグループ会社に2名採用しました。
打診を受けてから廃業まで3か月弱と、引継ぎの手続きを行う時間が短い難しさがありました。
また、互いの会社の実務に長けている者同士が直接調整したことで、十分な引継ぎを実施することができました。
引き継いだ経営資源は、全て同社の事業に活用できているといいます。
同社の小松崎功社長は、「伝統あるブランドを残すことができ、居酒屋などから喜ばれ、引き継いで良かったと感じている。
新たに、スーパー向けの2Lパックの丸眞正宗の製造も開始し、全国展開している。
これまでの顧客を大切にしながら、新しい顧客にも愛される商品を作っていく。
今後も、地域に密着した地域の清酒を大切にして、成長していきたい。」と語っています。
藤田商事株式会社
「廃業した同業者から取引先や従業員、設備を引き継ぎ、成長につなげた企業」
千葉県浦安市の藤田商事株式会社は、1947年に創業しました。
建設機械、産業機械、工作機械などに使われる特殊鋼の加工・卸売を行う専門商社であす。
同社の規模は従業員105名、資本金4500万円です。
浦安鉄鋼団地に本社を構え、東日本6都県と愛知県の7箇所に事業所を持っています。
同社専務取締役の藤田憲義氏は、神奈川県にある取引先の鉄鋼販売会社(従業員5名)の社長から、「70 歳を超えたが後継者がいないため廃業する。
信頼できる人に大手メーカーなどの販売先との関係を引き継ぎたい。
できれば、当社で働いている従業員もそのまま雇用し続けてくれる会社を探している。」と提案を受けました。
先方が同社を選んだ理由としては、これまでの取引実績から信用ができ、関東に拠点があるため大手メーカーなどの販売先からの仕事に対応可能であるためです。
また、継続雇用が可能で従業員に迷惑を掛けずに済むということも挙げられます。
同社は販売先と従業員3名、設備と原材料などを引き継ぎました。
土地と建物は、所有者と賃貸契約を結び直し、同社の神奈川支店としました。
引継ぎ元の企業と承継した同社の企業文化が異なっていたため、業務の進め方のすり合わせに3か月程かかりましたが、同社の技術力・対応力が、引き継いだ販売先に認められ、引継ぎ前よりも取引が増え、売上増加につながりました。
また、同社では顧客の工場が地理的に拡大していく中で、その動きに対応していくことが課題でした。
しかし、当時は事業所がなかった神奈川県に新たな事業基盤を構築できたことで、顧客の期待に応えられるようになりました。
引継ぎ元の企業の社長にはまとまったお金が入りましたが、それ以上に、従業員と取引先に迷惑を掛けずに済んだことが、引退後の満足につながっているといいます。
今後について、同社代表取締役の藤田忠義氏は「同社と引継ぎ元の企業が、長年の取引でお互いの事業を理解し合い、信頼関係を築いていたことが円滑な経営資源の引継ぎにつながった。
本業に活かすことができる経営資源であれば、今後も引継ぎを検討したい。
顧客が何を望んでいるか考え、自社の専門性をいかして顧客に貢献することで、地道に成長していきたい。」と語っています。
新生銀行
「廃業を検討する企業からの経営資源の引継ぎを支援する金融機関」
新生銀行(東京都中央区)では、中小企業の廃業時に生じる問題の解決に戦略的に取り組んでいます。
近年は、経営者の高齢化が進んでいます。
また、事業承継や廃業に向けた取組が喫緊の課題となっている経営者も多いです。
業績が堅調な企業であれば、事業承継をすることは比較的容易ですが、業界の状況が厳しく業績が低迷している企業では、円滑な事業承継が難しい場合が多いです。
廃業となると、経営者には、従業員に迷惑をかけるのではないか、手続きが煩雑ではないか、といった悩みが生じます。
このような問題を解決する方法の一つが、同行が第三者と共同で設立するファンドが廃業を検討している経営者から株式の全てを買い取り、円滑な廃業及び事業譲渡を行う
ための支援を行うというものです。
この取組を、同行では、「廃業支援型バイアウト®」と呼んでいます。
赤字の状態が継続すると、資産状況が悪化し、債務超過となって倒産しかねません。
赤字状態で事業自体に価値を付けることが困難であっても、資産価値がプラスであれば、上記ファンドが会社全体の価値を適切に評価して、株式を買い取ることできる可能性があります。
株式買い取り後、不動産や在庫の売却、売掛債権の回収などを進めて、最終的には会社を畳みます。
株式を手放した時点で、オーナー経営者には代表から退いてもらい、経営者保証も外します。
オーナー経営者は、経営の責任から解放され、企業の価値に応じたキャッシュを手元に残すことができるメリットがあります。
また経営者にとって、廃業支援型バイアウト®は、株式を譲り渡すだけで廃業の手続きが完了するため、時間と手間をかけずに済むというメリットもあります。
資産の売却や取引先との調整、金融機関等とのやりとりには、長い時間を要することが多い。
通常は売買が困難な赤字企業の株式を評価する仕組みがあることで、経営者の持つ資産を早期に資金化することができます。
引き継いだ企業の従業員に対しては、専門家に依頼し、再就職支援の仕組みを導入している。
これを利用することで、90%以上の人が再就職先を決めることができているといいます。
また、上記ファンドが廃業を検討している企業を買い取るにあたって、必ずしも廃業を目指す訳ではなく、まずは事業の全部又は一部を継続できないか検討します。
あるアパレル企業の例では、半年かけて不採算店舗を整理して、黒字の店舗だけを残して、従業員への承継を実現させました。
赤字の企業であっても、価値のある経営資源については、次世代に引き継ぐことが可能です。
廃業は経営者にとって、考えてはいてもなかなか口に出せません、特に取引先銀行には相談することが難しい悩みです。
同行は、こうした経営者の本心に寄り添えるよう、様々な専門家と連携して経営者が決断し易い環境を作ることにも取り組んでいる。
同行の舛井事業承継金融部長は、「廃業は経営の失敗を意味するものではないと捉えている。
むしろ取引先や従業員への影響を軽減するために、余裕のあるうちに廃業を決断することができる経営者は高く評価されるべきものと思う。
ご苦労を重ねてきた経営者の皆様に、胸を張って有終の美を飾っていただくお手伝いをしたいと思っている。」と語っています。
休廃業・解散した企業の収益状況
前項では、廃業企業からの経営資源の引継ぎについて見てきました。
廃業する場合にも費用がかかることを踏まえれば、費用を負担する余裕があるうちに廃業を決断し、準備することが望ましいです。
特に、もし廃業に至るまでに業績の悪化が見込まれる場合には、決断の迅速さが重要となります。
この点を確認するため、廃業企業の収益状況の推移を明らかにします。
経済動向編https://strategy777.com/small-business-white-paper2019/では、開廃業の動向について、「経済センサス」、「雇用保険事業年報」の2つの統計を用いて確認してきました。
しかし、廃業企業の収益状況については、公的統計からだけでは詳細に把握することが難しいです。
そこで、株式会社東京商工リサーチ「企業情報ファイル」(2008~2016 年)などを活用して、休廃業・解散した企業の収益について分析していきます。
休廃業・解散件数の推移
まず、次の図では、年間の休廃業・解散件数の推移を示しています。
休廃業・解散件数は増加傾向にあります。
そのことは、中小企業の経営者の高齢化などによって事業継続を断念せざるを得ない企業が増えていることが原因と考えられます。
休廃業・解散企業の収益状況の推移
次に中小企業はどのような経過をたどって、休廃業・解散に至るかを確認します。
そのために、2016 年、2013 年、2010 年に休廃業・解散した中小企業が、その前年までにどのような収益状況で推移したかに着目して、分析をすすめていきます。
以下の図は、休廃業・解散企業の売上高の中央値の推移です。
休廃業・解散する企業は、中小企業全体に比べ、売上高の水準は40%に満たない程度となっています。
また、休廃業・解散に至るまでに、徐々に事業を縮小させていることが分かります。
廃業準備のために、売上を減少させていっている場合も考えられますが、意図せずに売上高の減少を続けた後に、休廃業・解散する企業もいると思われます。
以下の図では、休廃業・解散企業の純利益の中央値の推移を示します。
全体として、中小企業の中央値に比べたら、休廃業・解散した企業の純利益は低い水準となっています。
また2013 年、2010 年に休廃業・解散した企業が、減益を続けた後に事業を停止しています。
2016 年に休廃業・解散した企業は、中小企業の中央値の純利益が増加傾向にある中、横ばいの純利益で推移を続けた後に、事業を停止しています。
このことから、収益状況が、徐々に苦しくなった後に、休廃業・解散を決断していると考えられます。
以下の図は、休廃業・解散企業の売上高純利益率の中央値の推移を示しています。
2016 年、2013 年に休廃業・解散した企業の2007年時点の売上高純利益率としては、むしろ中小企業の中央値よりも高い水準にあります。
その後徐々に、中小企業全体との差が開いて低下していき、休廃業・解散するに至っています。
2016年に休廃業・解散した企業の収益分布の推移
ここまでは、中央値の推移を見てきました。
しかし、中央値のみでは全体像を捉えきれません。
そこでこれ以降は、2016 年に休廃業・解散した中小企業の売上高や利益の分布状況の動きを明らかにしていきます。
以下の図は、2016 年休廃業・解散企業の、2007 年時点と2015 年時点の売上高の分布の推移について示しています。
2016 年休廃業・解散企業について、0円以上1,000 万円未満、に位置する企業の比率は、2007 年から廃業前年の2015 年にかけて、大きく増加しています。
休廃業・解散する直前に、売上高が小さくなる傾向にあることが分かります。
一方で、1億円以上10 億円未満に位置する企業は、2007 年に比べ2015 年では減少していますが、なお12.7%存在しています。
また、売上規模の大きい休廃業・解散企業が一定数いることが分かります。
次の図は、2016 年休廃業・解散企業の純利益の分布の推移について示しています。
2016 年休廃業・解散企業について、純利益がマイナス1,000 万円以上0円未満である企業の割合は、2007 年に比べ、2015 年が大きく増加しています。
中小企業全体の赤字企業の割合が微増にとどまるのに対し、休廃業・解散する企業は、休廃業・解散の前年に赤字になっている企業が多いことが分かります。
廃業の準備には時間がかかるとはいえ、長い時間をかけて準備をするよりも、赤字状態が続き資産を大きく減少させてしまう前に、廃業することが望ましい場合もあると考えられます。
一方で、休廃業・解散する前年の2015 年の時点で、66.4%が黒字又は利益0円となっています。
利益0円と回答した企業が一定数いることを考えても、直前まで黒字の状況で休廃業・解散する企業の方が多いです。
こうした未来に残す価値のある事業や経営資源を有する企業に対して、事業承継や経営資源の引継ぎの支援をしていくことは重要といえます。
次の図は、2016 年休廃業・解散企業の売上高純利益率の分布の推移を見ています。
2016 年休廃業・解散企業について、売上高純利益率がマイナス5%未満である企業の割合は、2007 年から2015 年にかけて大きく増えています。
休廃業・解散に至るまでに、業績が特に厳しくなった企業がいたことが分かります。
一方で、2016年休廃業・解散企業について、利益率が10%以上の企業の割合も、2007年に比べ、2015 年の方が増えています。
2015 年に10%以上であった企業は、中小企業全体(2015 年)の割合よりも高いです。
このことから、収益状況が好調な状態で、休廃業・解散する企業も一定程度存在することが分かります。
つまり、休廃業・解散する直前の中小企業の収益状況は、二極化しているといえます。
まとめ
この項では、まずはじめに、廃業企業からの経営資源の引継ぎについて見てきました。
廃業に向けた取組の中で苦労したことは、
- 「販売先・顧客」
- 「従業員」
- 「仕入先」
- 「資産」
などの経営資源の引継ぎに関わるものが多かったです。
廃業企業からの経営資源の引継ぎの実績については、
- 「従業員」
- 「販売先・顧客」
- 「設備」
- 「事業用不動産」
について、該当する経営資源を保有する企業のうち、約半数が他者に引き継げていることが分かりましたた。
なお、不動産については、親族への引継ぎが多く、事業用として引き継がれた割合は、他の経営資源に比べて低かったです。
一方で、廃業に当たって経営資源を引き継いでいない経営者については、引き継がなかった理由を見ると、経営資源ごとに異なるものの、
- 「引継ぎするという発想がなかった」
- 「引継ぐ価値があるとは思わなかった」
- 「引継ぎ先が見つからなかった」
とする回答が多く見られました。
有償で経営資源を引き継げば対価を廃業費用にも充てられるため、経営資源の引継ぎを検討する上での、
- 価格算定
- 経営資源のマッチング
- 経営資源の引継ぎ
という選択肢があることの周知などの支援ニーズがあると考えられます。
その次に、休廃業・解散企業の収益状況の推移を分析しました。
これらの企業の利益率は、解散などの数年前までは、中小企業全体に遜色ない水準です。
しかし、徐々に利益率を減少させ、休廃業・解散するに至る傾向にあることが分かりました。
収益状況が悪化していく前に、早めに事業承継を見据えた経営改革、または廃業の準備をすることが重要だといえます。
経営者引退の実態
ここまでは事業承継に向けた取組について、また、廃業とそれに伴う経営資源の引継ぎの取組について詳しく分析してきました。
では、経営者が引退に向けて事業承継、または廃業を選択することで、どのような課題に直面し、その解決に向けてどのように取り組んだのでしょうか。
また、引退した後はどのような生活になるのでしょうか。
そこで、本節では、経営者引退を決断した時点での事業の状況や、引退に際しての課題、課題克服に向けての取組、引退後の生活に関して、「事業承継した経営者」、「廃業した経営者」別にみていきます。
経営者引退前の状況と取組
経営者引退決断時の事業内容
まず、経営者を引退することを決断した時点での、売上高や利益の傾向、資産状況について比較していきます。
以下の図は、経営者引退決断前3年間の売上高の傾向を示しています。
事業承継を選択した企業では増加又は横ばいと回答した経営者の割合が3/4 を超えます。
その一方で、廃業した経営者の70%以上が、売上高が減少傾向にある中において、経営者引退を決断しています。
経営者が引退を決断した時の営業利益の傾向について示したものが以下の図です。
事業承継した経営者は、約2/3 が2期以上連続黒字の状況で経営者引退を決断しています。
一方で、廃業した経営者は、約半数が2期以上連続赤字となった末に経営者引退を決断しています。
しかし、約半数は、直近2年間のうち少なくとも1年が黒字であったにもかかわらず、経営者引退を決断していることが分かります。
以下の図で、経営者引退決断時の事業資産と負債の状況について見ると、廃業した経営者の30%が負債超過の状況で、経営者引退を決断しています。
引退決断時の事業継続の意向
次の図で、引退決断時の事業継続の意向をみてみましょう。
経営者引退を決断した時点で事業継続を検討していた経営者の90%以上が、実際に事業の引継ぎを行っています。
また廃業を検討していた経営者の90%以上が実際に廃業しています。
その一方で、引退決断時には廃業を検討していた者の中にも、事業の一部承継を実施した経営者が一定数いることが分かります。
経営者引退を決断した理由
続いて、以下の図では、経営者引退を決断した理由を示しています。
事業承継した経営者が引退を決断した理由は、「後継者の決定」、「後継者の成熟」が多いです。
後継者に引き継ぐ目途がついてから、自身の引退を決断する者が多いと考えられます。
その一方で、廃業した経営者の引退決断理由は、「業績の悪化(事業の見通しが立たない)」が多く、前項で分析したように業績が低下してから廃業に追い込まれるケースが少なからずあると思われます。
両者に共通する引退決断理由は、「経営者本人の高齢化・健康上の理由」、「想定引退年齢への到達」とする人が多いです。
経営者引退の準備期間
ここでは、経営者引退の準備期間についてみていきます。
経営者引退の準備期間を、「経営者引退を決断してから、実際に引退するまでの期間」として示したものが、下の図です。
事業承継した経営者に比べて、廃業した経営者の方が、引退するまでの準備期間が短い傾向にあることがわかります。
準備期間が1年未満と短い場合が、事業承継した経営者では33.9%であるのに対して、廃業した経営者では43.5%となっています。
以下の図は、経営者引退の準備期間別の過不足感に関してです。
事業承継した経営者、廃業した経営者ともにおおむね準備期間が短いほど、「時間が足りなかった」とする割合が多いことがわかります。
経営者引退の課題と相談相手
経営者引退に向けて、自身や周りに及ぼす影響についての心配事は様々です。
ここでは、実際に引退した経営者の課題や取組を明らかにしていきます。
まずは、事業承継した経営者が、経営者引退決断時に何を懸念し、その後、引退に際し何が問題になったかについて以下の図でみていきます。
懸念事項は、経営者自身については、「自身の収入の減少」や「引退後の時間の使い方」が多いです。
また、周囲については、
- 「後継者の経営能力」
- 「従業員への影響」
- 「顧客や販売・受注先への影響」
が多かったです。
一方で、実際に問題になったこととしては、懸念事項と比較した場合、「自身の収入の減少」の割合は増加します。
しかし、
- 「後継者の経営能力」
- 「従業員への影響」
- 「顧客や販売・受注先への影響」
は大きく減少しています。
引退に向けた準備は重要である一方で、事業承継前の懸念事項は実際には顕在化しないこともあるため、過度な心配は不要であるともいうことができます。
続いて、廃業した経営者が経営者引退決断時に懸念したこと、その後、引退に際し問題になったことを下の図をもとにみていきましょう。
実際に問題になったこととしては、「自身の収入の減少」が最も多いです。
「顧客や販売・受注先への影響」、「従業員への影響」は、経営者引退決断時に懸念していた割合に比べ、実際に問題になったとする割合は低いです。
前項でみた、経営資源の引継ぎの取組などにより、こうした懸念は軽減される場合があるでしょう。
次に、経営者が引退に向けて、相談した相手について示したものが下の図です。
事業承継した経営者、廃業した経営者ともに、「家族・親族」や「後継者」など、関係が近しい相手への相談が中心となっています。
「外部の専門機関・専門家」は3番目です。
相談した「外部の専門機関・専門家」について、その内訳を以下の図で確認していきましょう。
これを見ると、事業承継や廃業にかかる手続きを行う上で接点の多い「公認会計士・税理士」を相談相手とする割合が最も高いです。
次に、「取引先金融機関」への相談が多いです。
他の専門機関・専門家への相談は、それほど行われていません。
経営者引退決断時の懸念事項が様々あることは、前項で見たとおりです。
それを解決するためには、それぞれの懸念事項に応じた専門機関・専門家の助力が重要であると考えられます。
さらに、次の図では、専門機関・専門家に相談したことで最も役に立ったことに関してで、前項で割合の高かった専門機関・専門家別に見ています。
各専門機関・専門家に共通して、「引退するまでの手順や計画を整理できた」、「事業継続の可否を決定することができた」とする割合が高いです。
また、「事業の引継ぎ先を見つけることができた」ことを役立ったとした回答が多かったです。
専門機関・専門家は、「取引先金融機関」と「事業引継ぎ支援センター」が多いです。
これらは、事業承継を検討する上で、有効な相談先だといえます。
そして、以下のように回答する割合も高いです。
- 「税の手続きを知ることができた」に対しては
- 「公認会計士・税理士」
- 「後継者を確保できた」に対しては
- 「商工会議所・商工会」
- 「借入金の返済方法を相談できた」に対しては
- 「弁護士」
このことから、それぞれ得意とする相談内容が異なると考えられます。
評論
小規模企業共済について
上記の図で見てきたように、現経営者にとって、現役引退後の経営者自身の収入が大きな課題となっています。
このような経営者の不安を取り除くための制度として、1965 年に創設されたのが「小規模企業共済制度」です。
本共済制度は、小規模事業者の廃業、退職、転業などに備え、廃業後の生活の安定や事業の再建の資金を準備するための制度です。
また、半世紀もの間、経営者のセーフティ機能を担ってきました。
在籍者数は、平成30 年3月末で、138.1 万人となっています。
小規模事業者の経営者の退職金制度
小規模企業共済制度は「経営者の退職金制度」とも呼ばれています。
そして、小規模事業者の経営者を対象に、廃業や引退時に備えて、毎月資金の積立を行う共済制度です。
事業活動を止めた後の、小規模事業者の生活の安定を容易にすることを目的としています。
また、個人事業の廃止、会社等の解散など、廃業に至る場合について、A共済事由として最も手厚い共済金を支給しています。
また、65 歳以上かつ180 ヶ月以上掛金を納付した場合(老齢給付)については、B共済事由として、廃業に次いで高い共済金を支給しています。
そして、個人事業者については、従来の事業と同一の事業を営む会社に組織替えをして、当該会社の役員とならなったなどの場合、会社の役員については、法人の解散、死亡、疾病や負傷以外の理由、または65 歳未満で役員を退任した場合は、準共済事由として、掛金相当額が支給されることとなっています。
平成28年4月には、事業承継の円滑化の観点からの制度見直しを実施しています。
また、「事業の承継」を事業の廃止と同列に位置付け、事業承継に関する共済事由について、以下2つの引き上げを実施しています。
- ①個人事業主が親族内で事業承継した場合に廃業と同様のA共済事由への引き上げを実施(平成28 年4月以前は、準共済事由とされていた。)。
- ②会社の役員の退任時の共済事由について、65 歳以上である場合について、老齢給付と同様のB共済事由への引き上げを実施(平成28 年4月以前は、法人の解散、死亡、疾病や負傷以外の理由による退任については、準共済事由とされていた。)。
小規模企業共済制度の加入メリットとして、税制措置と貸付制度の2 点が存在します。
- ①税制措置
- 掛金は全額所得税控除の対象。
- 共済金は退職所得扱い(一括支給の場合)又は公的年金等の雑所得扱い(分割支給の場合)の対象。
- ②貸付制度
- 積み立てた掛金総額の7~9割の範囲で、2,000 万円を上限に、低利、かつ、無担保・無保証の融資を受けることが可能。
地域での事業承継支援体制(事業承継ネットワーク)
2017 年度からは、
- 商工会・商工会議所、
- 金融機関、
- 士業団体
等の支援機関で構成する「事業承継ネットワーク」を都道府県単位で構築しました。
中小企業にとって身近な存在である支援機関が、日ごろ経営者と対話をする一環として、事業承継診断を行います。
そして、早期・計画的な事業承継の準備に対する経営者の「気付き」を促します。
それと同時に、課題を抱える経営者に対しては、課題に応じた専門家に取り次いでいます。
2018 年度には全都道府県で事業承継ネットワークが立ち上がり、事業承継コーディネーターを設置しました。
そして、県内の支援戦略を策定するとともに、事業承継診断から顕在化した具体的な課題をもとに、経営者のニーズに基づいて専門家を派遣する個社支援も実施しています。
円滑な事業承継を進めていくためには、当事者である現経営者及び後継者や支援機関がこれまで以上に事業承継の重要性を認識し、自分事として取り組んでいく機運を醸成することが必要です。
そのために、2018 年10 月29 日に約3千人の経営者・後継者・支援機関が一堂に会した「全国事業承継推進会議」を開催しました。
安倍総理から、「事業承継は待ったなしの課題」とのビデオメッセージが届けられ、引き続き政府一体となって事業承継を力強く支援していくことが表明されました。
また、商工青年4団体の代表による事業承継に向けた決意表明や、約30 の支援機関・協力団体による事業承継のサポートに関する宣言などが行われました。
これをキックオフとして、その後は地方でも開催し、全国へ普及しています。
経営者引退に際した借入金の状況
無借金企業の割合
経営者が引退を決断してから、実際に引退するまでの期間における借入金の状況について明らかにしていきます。
前項で、中小企業向け貸出金の推移についてみました。
ここでは無借金企業の割合の推移についても財務省「法人企業統計調査年報」を用いて以下の図で確認していきましょう。
無借金の中小企業の割合は2000 年代まで増加した後横ばい傾向にあります。
また、2017 年度では34.2%の中小企業が無借金となっています。
経営者引退に際した借入金の状況
次に、経営者引退に際した借入金の状況についてみていきます。
はじめに、経営者が引退を決断した時点の、事業に関する金融機関からの借入金の状況について以下の図で見ていくと、事業承継した企業のうち、44.5%が無借金となっています。
これは、前項の図で見た中小企業全体の割合よりも高いです。
さらに、廃業した企業が借入金を有する割合は22.7%にとどまっています。
これは、経営者引退を決断する前に、借入金を完済した企業が多いためと推察されます。
なお、事業承継した企業の中には、借入金を完済できないことを理由に、廃業を選択できなかった企業もいる可能性が考えられます。
そして、経営者を引退するまでの、事業に関する金融機関からの借入金の返済原資について見たものが次の図です。
事業承継した企業については、「事業からの収益」が大半です。
他方で、廃業した企業は、「経営者個人の貯蓄、資産」を原資とした返済が最も多いです。
事業承継した企業と比較すると、「家族の貯蓄、資産」の割合も高くなっています。
経営者引退を決断した時点の借入金が、経営者引退時点で残っているかに関するものが以下の図です。
事業承継した企業は、そのまま引き継がれることがほとんどです。
一方で、廃業した企業は、経営者引退を決断した時点で借入金を有する者のうちで、過半数が完済していますが、40%は経営者引退後まで借入金を残しています。
続いて、「経営者引退を決断した時点」及び「経営者を引退した時点」の、事業に関する金融機関からの借入金の保証について以下の図でみていきます。
事業承継した企業は、経営者引退時点までに、引退する経営者が保証する割合が下がり、後継者が保証する割合が上がっています。
これは、実際に事業承継が完了する前から、経営者保証の引継ぎが実施されていると推察されます。
一方で、廃業した企業のうち、経営者引退時点までに借入金を完済していない企業としては、経営者の個人保証がそのまま残っている場合がほとんどです。
次の図では、経営者引退時点で、事業に関する金融機関からの借入金を完済しなかった理由に関してです。
事業承継した企業では、「事業を継続するため、完済する必要がなかった」とする回答が大半を占めています。
一方で、廃業した企業においては、
- 「債務超過のため、完済が困難だった」、
- 「引退後の収入で完済しようと思った」、
- 「資産の売却が進まなかった」
とする回答が多いです。
経営者引退後の、借入金の返済について相談する相手が必要とされている可能性が示唆されているといえます。
評論
事業承継時における経営者保証の動向
ここでは事業承継時における経営者保証の動向について以下4つの図を見ていきましょう。
まず、新規融資に占める経営者保証に依存しない融資の比率を以下の1つ目の図からみてみます。
2014 年2月の「経営者保証に関するガイドライン」の運用開始以降、民間金融機関、政府系金融機関ともに着実に増加しています。
それと同様に2つ目の図からは、事業承継時(代表者交代時)の経営者保証の徴求状況について、旧経営者の保証を残しつつ、新経営者(後継者)からも保証を徴求する、いわゆる「二重徴求」の割合が20%を下回る水準にまで減少していることがわかります。
もっとも、新経営者(後継者)が保証提供するケースは、いわゆる「二重徴求」を含めて、全体で60%弱に上ります。
そこで、3つ目の図である、経営者保証に関する事業者へのアンケート調査結果を見ると、「後継者候補はいるが、承継を拒否」しているとの回答のうち、「経営者保証を理由に承継を拒否」しているとの回答割合が60%弱を占めています。
このことから、経営者保証が円滑な事業承継の阻害要因の一つになっていることが考えられます。
さらに、その背景を見ると、「多額の弁済をしなければならなくなることへの不安」や「経営者保証についての漠然とした不安」など、保証提供への不安が挙げられています。
また、4つ目の図をみてみます。
経営者保証の取扱い全般に亘っての課題として、同じく事業者へのアンケートでは、
- 「経営者保証に関するガイドライン」において、無保証融資のために主債務者及び保証人に求められる要件(要件充足状況についての金融機関の判断基準)が曖昧で、無保証融資・保証解除についての予見可能性が低い、
- 金融機関の現場での判断・対応に大きなバラツキがある、
- 税理士や会計士、弁護士等の支援専門家と一緒に保証解除の申し出・相談をしないと、金融機関は具体的に対応してくれない
などの声が聞かれています。
こうした課題に対応すべく、『未来投資戦略2018』では、
- 事業承継時も含めた「経営者保証に関するガイドライン」の活用状況をはじめとする各金融機関の金融仲介の取組状況を客観的に評価できる指標群(KPI)を設定しました。それと同時に、
- ガイドラインQ&Aの見直し等により、事業承継時を含め、同ガイドラインを融資慣行としてより一層浸透・定着させることとしています。また、今後、関係省庁では、金融機関や中小企業団体等の協力も得ながら、
- 事業承継時の取扱いに焦点を当てたガイドラインの要件の更なる明確化や、
- 専門家が関与する形での経営者保証解除に向けた支援スキームの導入などを検討することとしています。
こうした取組を通じて、経営者保証に過度に依存しない融資が一層推進されるとともに、円滑な事業承継が促進されることが期待されています。
経営者引退後の生活
最後に経営者を引退した人の、その後の生活についてみていきましょう。
経営者引退後の収入の状況
以下2つの図は、引退した経営者の直近1年間の生活資金についてみたものです。
事業承継した経営者、廃業した経営者の両方が、公的年金を生活資金としている割合が高いです。
事業承継した経営者においては、勤務収入を得ている者も半数以上います。
主たる生活資金をみても、事業承継した経営者は公的年金と勤務収入、廃業した経営者は公的年金が中心となっています。
次に、引退した経営者の、現在の雇用形態について見たものが以下の図です。
事業承継した経営者は、「会社・団体などの役員」が最も多いです。
法人企業では、経営していた企業の代表を退いた後も、役員として在籍している場合が一定数いると推察されます。
その一方で、廃業した経営者は、70%が無職となっており、年金生活が主になっている
と考えられます。
そして、引退した経営者の現在の収入の満足度を示したものが以下の図です。
事業承継した経営者は、経営者引退後も、収入に「満足」、「やや満足」と回答している割合が53.5%となっている。
経営者引退後も、働いている者が多いことが要因だと考えられます。
その一方で、廃業した経営者は、「満足」、「やや満足」に比べて、「やや不満」、「不満」と回答した人が多くなっています。
経営者引退後の生活の状況
さらに、引退した経営者の現在の生活の満足度を示すのが以下の図です。
事業承継した経営者は、現在の生活について「満足」、「やや満足」とする割合が70.8%と大半を占めています。
廃業した経営者に関しても、「満足」、「やや満足」が約半数となっています。
つまり、事業承継した経営者、廃業した経営者ともに、収入の満足度に比べ、生活の満足度が高い傾向にあります。
経営者引退の準備期間別に、引退した経営者の現在の生活の満足度について聞いたものが以下の図です。
経営者引退の準備期間が長い方が、現在の生活について「満足」と感じている者が多い傾向にあることが分かります。
準備期間に行う引退準備の取組は様々ですが、早めの引退準備がその後の生活の満足度の向上につながることが多いと考えられます。
現在の生活が、「やや不満」、「不満」とした理由について見たものが次の図です。
事業承継した経営者、廃業した経営者の両方が、「経済的余裕がない」、「健康上の問題」を理由とする割合が高いです。
現在の生活が、「満足」、「やや満足」とした理由に関して示すものが以下の図です。
事業承継した経営者、廃業した経営者ともに、「時間的余裕がある」、「精神的余裕がある」とする比率が高いです。
経営者としての多忙さや責任感から離れ、肩の荷が下りたと感じている人が多いと考えられます。
事例
株式会社アトム電気
「専門家の助言で廃業を決断し、同業者へ円満に事業を引き継ぐことができた企業」
東京都練馬区の株式会社アトム電気は、山辺茂社長(当時)が1965年に創業しました。
当時から、地域に根付く電器店として約50 年間、事業を営んできました。
時代の変化に柔軟に対応してきた山辺氏でしたが、大手電器店の台頭など事業環境に大きな変化が生じる中で、1999 年に脳梗塞を患いました。
その結果、身体の自由が利かなくなってしまいました。
従業員も自分の思ったとおりには動いてくれず、業績は悪化の一途をたどっていきました。
それでも、山辺氏は常連客へのアフターサービスを途絶えさせるわけにはいかないと粘り強く営業を継続しました。
しかし、その後も経営状況は好転せず、資金繰りにも窮するようになりました。
そのため、2012 年に山辺氏は、東京商工会議所を訪れ経営相談を行いました。
中小企業診断士の内藤博氏に経営状況を分析してもらったところ、事業環境を踏まえると、今後も赤字が続くこと避けられないと判明しました。
さらに、このまま赤字で営業を続けると自宅を売却せざるをえない状況になることを示唆されました。
救いだったのは、すぐに会社の資産を売却すれば、自宅を手放さずに老後資金を確保できる、とアドバイスしてもらったことです。
山辺氏は会社を畳むことを決断し、店舗とその運営を同業者に引き継ぐことにしました。
この同業者は長年の知り合いで、お互いに何でも相談できる間柄であした。
引き継ぐ資産の選定その売却額の調整は、内藤氏に助言を受けることで滞りなく進められました。
引継ぎ後、資産の売却で得た資金で借入金を完済し、自宅を手放すことなく廃業しました。
山辺氏は、「自分では事業を続ける自信があったが、専門家から具体的な経営状況の分析結果を見せられ、客観的な立場で事業継続が困難であることを告げられたことで、廃業を決断できた。」と言っています。
引き継いだ同業者は、事業規模の拡大が仕入単価の引下げにつながり、業績を伸ばしている。
また、山辺氏は顧問的な立場で店舗運営に関わり続けており、引退後も常連客と接点を持ち続けています。
「常連客に迷惑を掛けずに済み、安心している。今は事業に関わりながら、趣味にも時間を使えて充実している。」と山辺氏は語っています。
A社
「支援機関の助言のもと、倒産を回避し、計画的に廃業した企業」
栃木県宇都宮市のA社は、1972年に創業し、自動車に用いるネジの加工を行ってきた企業で、2018 年に廃業しました。
会社の規模は有限会社、従業員5名、資本金500万円です。
創業以来、長らく売上高、利益額ともに順調に推移してきたが、2000 年以降、海外との競争による売上減少や価格低下などで、収益状況が厳しくなっていきました。
こうした中、社長のA氏は、膝の怪我で重労働が難しくなり、75 歳を迎えて事業継続に不安を感じたため、2017 年に宇都宮商工会議所に相談に行きました。
A氏は、そこでいくつか支援機関を紹介され、幅広い相談に応じられる栃木県よろず支援拠点からアドバイスを受けることにしました。
A氏は、当初から廃業を希望していた訳ではなく、従業員だった娘夫妻に事業を引き継ぎたいと考えていましたが、借入金が大きく収益が少ない状況で、事業を継続すべきか迷っていました。
また、娘夫妻自身も事業承継できるか判断できずにいました。
そこで、同よろず支援拠点のチーフコーディネーターの矢口季男氏は、経営状況を分析して、事業継続に必須である収益力の向上が可能かを明らかにして行きました。
まず、費用の削減に必要な新たな設備投資は、財務状況を踏まえると困難だとわかりました。
次に、販売先との交渉の結果、競合企業との兼ね合いもあり、販売価格の引上げも困難だと判明しました。
これらを踏まえ、A氏は、事業の好転は難しいと判断し、廃業を決断しました。
廃業をサポートするため、矢口氏は、同社の財務状況も詳細に分析し、借入金が多く、今事業を停止すると法的整理が避けられず、自宅を手放すことにもなりかねないことがわかりました。
A氏夫妻・娘夫妻は、「長年世話になった取引先に迷惑をかけることになる。どうにか法的整理は避けたい。」という思いから、矢口氏の支援のもとで、綿密な廃業計画を作成して、実行して行きました。
まずは、資金繰り表を作成し、廃業に向けて事業を縮小していく中で、必要になる金額とその時期を確認しました。
A氏夫妻・娘夫妻は、売掛金の回収、不動産・機械の売却、在庫の販売などを、少しでも条件を良くするよう取引先や業者と交渉して、資金を工面しました。
金融機関からの借入金は、資産の売却で得た資金のほか、一部親族からの借入で返済しました。
これらの取組の結果、倒産を回避し、2018 年に廃業することができました。
親戚からの借入も、間もなく完済予定です。
A氏は、「よろず支援拠点の矢口氏からアドバイスを受けたことで、周りに迷惑を掛けず、胸を張って事業をやめることができた。
廃業に関わる相談は、同じ地域の人には相談しにくいが、普段接することがないよろず支援拠点には抵抗なく相談することができた。
娘婿の就職も無事に決まり、安心している。
これからは家族で穏やかに生活していきたい。」と語っています。
まとめ
ここまでは、経営者引退前の状況について見てきました。
経営者引退にかかる懸念事項、実際に問題になったことは、
- 「自身の収入の減少」、
- 「顧客や販売先、受注先への影響」、
- 「従業員への影響」
など様々です。
経営者引退に関する相談先は大半が「公認会計士・税理士」となっています。
そして、その相談内容は、「引退するまでの手順や計画を整理できた」が最も多いです。
経営者引退というデリケートな相談内容ですが、それぞれ強みを持つ支援機関から助力を得ることができれば、解決する課題もあるでしょう。
経営者引退の準備期間を長く取り、余裕をもって、専門機関・専門家に相談することが、滞りない引継ぎにつながると考えられます。
次の項では、経営者引退に際した借入金の状況に関して見てきました。
廃業した経営者について、引退決断時に借入金がある比率は少ないですが、事業承継した経営者と比較して、経営者保証割合が高いです。
また、廃業した経営者は、完済に向けた借入金の返済に際して、個人や家族の資産を原資とする比率が高いです。
倒産した場合だけでなく、廃業をした場合も、経営者の引退に際し、個人資産を減少させてしまっているケースが一部ではあるが存在すると推察されます。
次の項では、経営者引退後の状況に関して見てきました。
引退した経営者のその後の状況を確認すると、収入の状況はそれぞれです。
しかし、生活の満足度については、事業承継した経営者・廃業した経営者ともに「満足」、「やや満足」とした回答が多かったです。
理由としては、「時間的余裕がある」、「精神的余裕がある」とする比率が高く、多忙さや責任感から離れることで、肩の荷が下りたと感じている者が多いと考えられます。
そのため、経営者を引退することは決して後向きなことではないといえます。
また、引退準備の期間を長く確保する方が、引退後の経営者の生活の満足度の向上につながるということがわかりました。
経営者として有終の美を飾るためには、引退後の生活を見据えるという観点からも、早めの引退準備が重要であると言えます。
事業承継や廃業にあたっての意見 (生声集)
ここまでの分析で用いた「中小企業・小規模事業者の次世代への承継及び経営者の引退に関する調査」では、引退した経営者から、事業承継や廃業に当たっての意見を集めています。
将来事業承継や廃業を考えることになる現経営者などの参考として、以下に、意見の一部を紹介していきます。
- 当初は60 才で代表を退く予定であったが、後継者の引継ぎへの覚悟を待つ時間として5年を要した。
早めに準備し、後継者本人にその気になってもらうことが大切である。
(福岡県 不動産業、物品賃貸業)
- 廃業は余力のあるうちにするのが理想的だと思う。
我社は5年かけて少しずつ事業を縮小していった。
結果的に、周りへの影響を最少に抑えられたと思う。
(東京都卸売業)
- 技術・ノウハウの引継ぎへの考えの甘さが、反省点となる。
人材育成が不足していた。
(愛知県 学術研究、専門・技術サービス業)
- 事業の将来性について、後継者ともっと早くより話し合うべきだった。
事業環境の変化に、自分の能力で対応ができなくなってしまった。
成長期に培った自信を捨てきれなかった。
(滋賀県 小売業)
- M&Aであれ親族間譲渡であれ、会社を他に譲るに当たっては、事前の「整理整頓」が大変重要だと経験に基づき考える。
Happy Retirement とするため、これから会社の代表者になる人に是非認識して欲しい。
(岩手県 製造業)
- 引退した経営者の経営ノウハウなど、活用できるものが多くあると思うが、それらが消滅してしまうのが勿体ないと思う。
後進に伝えたいものがあるので、それを行う場があってもよいと思う。
(山形県 情報通信業)
まとめ
ここまでは、経営者が引退する企業からの、経営資源の引継ぎについて概観してきました。
まず、経営者引退の全体像を確認しました。
経営者の高齢化が進み、経営の担い手の数も減少しており、このままでは中小企業が持つ貴重な経営資源が散逸してしまう恐れがあります。
そのため次世代に経営資源を引き継ぐ取組が重要です。
経営資源の引継ぎには、事業承継のほか、廃業企業から経営資源を引き継ぐという方法もあります。
次に、事業承継について分析しました。
事業承継の形態別で、
- 後継者を決定する上で重視した資質・能力、
- 有効だと感じた後継者教育
に違いがあることがわかりました。
これから事業承継を検討する経営者は、それぞれの状況に応じた後継者探しや、後継者教育を検討することが大切だと思われます。
また、効果的な後継者教育を行うためには、十分な時間が必要であり、早めに準備することが大切です。
さらに、事業承継後の企業のパフォーマンスについて見てみると、事業承継を実施していない企業に比べて、売上高や資産が増加傾向にあることがわかりました。
事業承継は、企業の財務状況向上に貢献する傾向があると考えられます。
さらに、廃業企業からの経営資源の引継ぎについて見てきました。
- 「従業員」、
- 「販売先・顧客」、
- 「設備」、
- 「事業用不動産」
について保有する廃業企業のうち、約半数が他者に引き継ぐことができていることがわかりました。
その一方で、廃業にあたって経営資源の引継ぎを行っていない経営者に関しては、引き継がなかった理由を確認すると、経営資源ごとに異なりますが、
- 「引継ぎするという発想がなかった」、
- 「引き継ぐ価値があるとは思わなかった」、
- 「引継ぎ先が見つからなかった」
というものが多かったです。
このことから、廃業に当たって、経営資源の引継ぎという選択肢があることの周知や、経営資源の引継ぎを検討する上での価格算定、経営資源のマッチング、などの支援ニーズがあると考えられます。
また、廃業企業の収益状況について確認すると、高い利益水準にあった企業が、徐々に利益率を減少させた後に、休廃業・解散するに至る場合があることがわかりました。
収益状況が悪化していく前に、早めに先を見据えた経営改革もしくは事業承継・廃業の準備をすることが重要であると言えます。
最後に、経営者引退時と引退後について概観しました。
経営者引退に際しては、様々な課題があり、準備期間を長く確保することが余裕につながることがわかりました。
また、引退後の経営者の状況を確認すると、収入の状況はそれぞれですが、生活の満足度については、事業承継した経営者・廃業した経営者ともに、「満足」、「やや満足」している者の回答が多かったです。
多忙さや責任感から離れることで、肩の荷が下りたと感じている者が多いと考えられます。
経営者は、誰しもいつかは引退するものです。
経営者として有終の美を飾り、これまで作り上げてきたことを未来の価値につなげていくには、引退が視野に入る早い段階から、事業や経営資源の引継ぎや、自身や周囲の人の暮らしの満足に向けた準備をすることが重要であると言えます。
次世代の経営者の活躍
ここまでは、中小企業の経営者が早めに事業承継に向けて準備することや、有用な事業や経営資源を次世代の経営者に譲り渡すことの重要性などについて見てきました。
本章では、そのような事業や経営資源を譲り受ける者を含む「次世代の経営者」に着目して、分析を行っていきます。
具体的には前の項で、
- 日本における起業や事業承継の実態について、国際比較などにより概観しました。
- また、起業に関心のある者や、事業を承継する可能性のある者が、経営者になるまでの実態や課題の分析を行いました。
そしてこの項では、起業後に成長を続けていく企業の実態や課題を明らかにすることで、経営者を増やしていくために求められる支援策などの在り方について検討していきましょう。
経営者参入の概観
本節では、各種の統計や調査を用いて、我が国の経営者参入の実態を時系列に見るとともに、起業活動の国際比較を行うことで、我が国の経営者参入(起業・事業承継)の実態を明らかにしていきます。
経営者参入の概念整理
はじめに、ここで「次世代の経営者」全体を分析していくに当たっては、経営者参入の概念を整理ていきます。
ここでいう「次世代の経営者」とは、新たに経営者に参入する者のことを指しています。
以下の図で示す通り経営者参入には、「起業」と「事業承継」の二つがあります。
事業承継
ここまで見てきたとおり、「事業承継」とは、経営者が引退しても「事業が継続する」ことを指します。
つまり、参入する経営者にとっては「既存の事業を継続させる」ということになります。
また、「事業承継」した場合は、事業を行うために必要な経営資源を何かしら引き継ぐことになります。
起業
ここでいう「起業」とは、新たな事業を開始することを指し、次の二つに整理しています。
- 経営資源の引継ぎを実施
- 経営資源を引継ぎせず
最後に、「起業」を目指していた者が、新たに事業を開始するより、既存の事業を承継する方がメリットが大きいと判断し、「事業承継」により経営者になるケースも考えられます。
ここではこうした「事業承継」による経営者参入も視野に入れながら、「起業」を目指す者についても扱っていきます。
日本の経営者参入の概観
ここでは、総務省「就業構造基本調査」を用いて、「新たな経営の担い手」の実態や経年変化を概観していきます。
そして、日本の経営者参入の実態について分析していきます。
具体的には、まず、新たな経営の担い手全体の経年変化を概観していきます。
新たな経営の担い手には、起業により経営者に参入する「起業家」、事業承継により経営者に参入する「後継経営者」が含まれています。
これを踏まえて、起業家や起業を希望する者、及び後継経営者や事業承継を希望する者についてもそれぞれ分析していきます。
新たな経営の担い手の概観
次の図は、新たな経営の担い手の推移を参入の形態別(起業・事業承継)に見たものです。
これを見ると、新たな経営の担い手全体で減少傾向にあり、かつ起業家、後継経営者ともにそれぞれ減少していることがわかります。
次の図は、新たな経営の担い手が参入する業種の割合の長期的な推移について見たものです。
これを見ると、1992 年以降、主に情報通信業が増加しています。
その一方で、
- 製造業、
- 運輸業、
- 小売業
などが減少傾向にあることが分かります。
特に2017 年については、起業家と後継経営者に分けて参入する業種を見たものが次の図です。
起業家では後継経営者に比べて飲食店や学術研究、専門・技術サービス業の割合が高く、後継経営者では起業家に比べて農林漁業、製造業、不動産業、その他サービス業の割合が高いことがわかります。
起業の担い手の概観
ここからは、起業家や起業を希望する者(以下、「起業希望者」)、起業の準備をする者(以下、「起業準備者」)などを「起業の担い手」と捉えて、経年変化を概観することで、日本の起業の実態について分析していきます。
次に示す図は、
- 起業希望者数、
- 起業準備者数、
- 起業家数
などの推移を示したものです。
これを見てみると、
- 起業希望者数、
- 起業準備者数、
- 起業家数
ともに2007 年以降は減少傾向にあります。
その一方で、起業家数の減少割合は、起業希望者数と起業準備者数の減少割合に比べて、緩やかであることが分かります。
また、副業として起業を希望する者や、準備をする者(以下、それぞれ「副業起業希望者」、「副業起業準備者」)は増加しています。
つまり、起業希望者や起業準備者の減少を補っていることが分かる。
なお、起業準備者に対する起業家の割合は、2007 年から2017 年にかけて、
- 34.7%、
- 40.4%、
- 43.6%
と上昇しています。
起業家の概観
ここからは、起業家について概観していきます。
次に示す図は、起業家数の推移を男女別に見たものです。
男性の起業家が減少する一方で、女性の起業家は増加しているので、起業家全体に占める女性起業家の割合は上昇しています。
また、以下の図では起業家の年齢構成を男女別に見たものです。
2007 年から2017 年にかけて男女ともに49 歳以下の年齢層の割合が高まってきています。
特に女性については、62.3%から76.2%へ大きく増加していることが分かります。
後継経営者の概観
そして、年代ごとに母集団数の歪みを補正するため、年齢階層別に起業率の推移を見たものが次に示す図です。
これを見ると、多くの年代で起業率は低下傾向にある中で、26~39 歳では上昇傾向にあります。
以下の図は2017 年の起業家の起業分野について、男女別、年齢別に見たものです。
これを見てみると、男性では相対的に、以下5つの業種での起業が多いです。
- 建設業
- 製造業
- 運輸業
- 情報通信業
- 卸売業
一方女性では、以下5つの業種での起業が多いです。
- 小売業
- 飲食店
- 生活関連サービス業
- 医療・福祉
- 教育
年齢別では、以下に挙げる業種が比較的多いことがわかります。
- 60~69 歳
- 農林漁業
- 学術研究
- 専門・技術サービス業、
- 50~59歳
- 運輸業
- 40~49 歳
- 建設業
- 教育
- 26~39 歳
- 情報通信業
- 生活関連サービス業
起業希望者の概観
ここからは、起業希望者について概観していきます。
次に示す図は、起業希望者の推移について男女別に見たものです。
これによると、1997 年から2007 年にかけて男女ともに、起業希望者・副業起業希望者の合計が減少しました。
しかし、2012 年から2017 年にかけては男女ともに、副業起業希望者の増加が起業希望者の減少を補う形で、起業希望者・副業起業希望者の合計が横ばいを維持していることがわかります。
次に掲げる図は年齢別の起業希望率の推移を見たものです。
これをみてみると、多くの年代で起業希望率は低下傾向にあることがわかります。
直近では26~39 歳、る割合が高いことが分かります。
次の図は、今の仕事をやめて「ほかの仕事に変わりたい」者(転職希望者)を、
- 起業したい者(以下、「起業希望者(有業者)。」)と
- それ以外の者(以下、「その他の転職希望者」。)
に分けて、仕事を変えたい理由について比較したものです。
これを見てみると、「収入が少ない」、「時間的・肉体的な負担」を理由に、仕事を変えたいと回答した起業希望者(有業者)の割合は、その他の転職希望者より少なくなっています。
また、「知識・技術を生かす」を理由に仕事を変えたいと回答した起業希望者(有業者)の割合は、その他の転職希望者より多いことが分かります。
後継希望者の概観
ここからは、後継経営者や、事業承継を希望する者(以下、「後継希望者」)などを「事業承継の担い手」と捉え、経年変化を概観することで、日本の事業承継の実態について分析していきましょう。
まず、後継経営者について概観していきます。
次の図は、後継経営者数の経年変化を見たものです。
これを見てみると、後継経営者数は下げ止まっています。
また、2017 年では女性の後継経営者が占める割合が高くなっていることが分かります。
以下の図は、後継経営者の年齢構成について見たものです。
2017 年を見ると、男性では60~69 歳の割合が高く、経営者や会社役員に就任する中心の年代であることが分かります。
女性では、26~39 歳の割合が高く、男性に比べて若い年代が多いことが分かります。
経年変化については、2017 年は2012 年と比べて、男女ともに49 歳以下の割合が増加しています。
このことから、経営の担い手は、若い年代への代替わりが進んでいるものと考えられます。
そして、年代ごとに母集団数の歪みを補正するために、年齢階層別の事業承継割合の推移を見たものが次の図です。
これを見てみると、2012 年から2017 年にかけては50~59 歳、60~69 歳が低下しており、26~39 歳は上昇していることが分かります。
以下の図は2017 年の後継経営者の事業承継分野に関して、男女別、年齢別に見たものです。
これを見てみると、男性では相対的に以下の業種での事業承継が多いです。
- 農林漁業
- 建設業
- 製造業
- 情報通信業
- その他サービス業
一方、女性では以下の業種での事業承継が多いことが分かります。
- 小売業
- 不動産業
- 生活関連サービス業
また、女性の事業承継分野を起業分野と比較すると、事業承継では建設業や製造業も相応にいることが分かります。
年齢別では、以下の業種が比較的多いことが分かります。
- 60~69 歳
- 農林漁業
- 50~59 歳
- 製造業
- 40~49 歳
- 建設業
- 26~39 歳
- 情報通信業
- 小売業
後継希望者の概観
ここからは、後継希望者について概観していきます。
次の図は、後継希望者数の推移について見たものです。
これを見てみると、男性は減少傾向にあるのに対し、女性はほぼ横ばいで推移していることが分かります。
次に、年齢別の後継希望率の推移を見たものが以下の図です。
これを見ると、25 歳以下では減少しているものの、26~39 歳での後継希望率は、比較的高い水準で推移していることが分かります。
まとめ
ここまでの考察から、経営の担い手全体では、起業家、後継経営者ともに減少傾向にあるもの、年代別で見ると26~49 歳の割合が増加していることがわかりました。
起業の担い手については、副業起業希望者が増えていることや、起業希望者は転職希望者に比べて技術・知識をいかすために仕事を変えたい者が多いことがわかりました。
技術・知識を活かすために起業する場合、必ずしも現職をやめたい理由があるとは限りません。
副業起業希望者が増えているのも、現職をやめることによるリスクを考慮している者が増えているからではないでしょうか。
起業家を増やしていくためには、現職を続けるか起業するかで迷っている層に対し、起業に失敗しても再起しやすい環境や、現職をやめずに副業として起業できる環境を提供することも有効といえます。
起業の実態の国際比較
ここでは、起業するまでのプロセスに着目します。
例えば、起業に関する意識・活動について国際比較を行うことで、日本の起業の実態について明らかにしていきます。
GEM調査について
起業意識と起業活動の国際比較を行うに当たり、世界の多くの国が参加する「Global Entrepreneurship Monitor(グローバル・アントレプレナーシップ・モニター)」(以下、「GEM 調査」)を用いて、
- 日本
- 米国
- 英国
- ドイツ
- フランス
- オランダ
- 中国
の起業意識・起業活動の違いを見て行きます。
GEM 調査では、18 歳から64 歳までの者に対して、起業意識に関して尋ねています。
起業活動に関連する調査項目として、
- 「周囲に起業家がいる」
- 「周囲に起業に有利な機会がある」
- 「起業するために必要な知識、能力、経験がある」
があります。
ここではGEM 調査に従って、これらの三つ全ての項目について「いいえ」と回答した人を起業無関心者、一つでも「はい」と回答した者を「起業関心者」と以下の図のように定義しました。
また、起業活動についても尋ねており、
- 「独立・社内を問わず、新しいビジネスを始めるための準備を行っており、かつまだ給与を受け取っていないまたは受け取ってから3か月未満である人」と
- 「すでに会社を所有している経営者で、当該事業からの報酬を受け取っている期間が3か月以上3.5 年未満である人」
を「起業活動者」と以下の図のように定義しています。
起業活動の国際比較
はじめに、起業活動について国際比較していきます。
起業活動者の割合の推移について見たものが次の図です。
この図を見てみると、我が国の起業活動は諸外国に比べて一貫して低い水準で推移しています。
また2017 年ではフランスに次いで2番目に低い水準となっていることが分かります。
起業意識の国際比較
続いて、起業意識について国際企画していきます。
起業無関心者の割合の推移について見たものが次の図です。
日本の起業無関心者の割合は一貫して高水準で推移しており、起業意識が相対的に低いことが分かります。
そして、
- 「周囲に起業家がいる」、
- 「周囲に起業に有利な機会がある」、
- 「起業するために必要な知識、能力、経験がある」、
- 「起業は望ましいことである」、
- 「起業に成功すれば社会的地位が得られる」
と回答した人の割合について国別に見たものが次に示す図です。
いずれの項目についても、日本において各項目に「はい」と回答した者の割合は諸外国に比べて低く、日本における起業に対する意識は、諸外国に比べて特に低いことがわかります。
起業意識と起業活動の関係
続いて、起業意識と起業活動の関係をみていきましょう。
下に示す図は起業無関心者に占める起業活動者の割合、及び起業関心者に占める起業活動者の割合を見たものです。
これを見ると、日本は起業活動者の割合自体は他国に比べて低いものの、起業関心者に占める起業活動者の割合で見れば、中国、米国に次ぐ3番目の水準であることがわかります。
なお、起業無関心者に占める起業活動者の割合が極めて低いことは各国共通であることが確認されるため、起業活動者を増やすには起業関心者を増やすことが重要であることも分かります。
次に、起業への関心を測る三つの質問項目別に起業活動者の割合を見たものが以下の図です。
これを見ると日本では、
- 「起業するために必要な知識、能力、経験がある」と回答した者に占める起業活動者の割合は
- 23.9%
- 「周囲に起業家がいる」と回答した者に占める起業活動者の割合は
- 16.4%
- 「周囲に起業に有利な機会がある」と回答した者に占める起業活動者の割合は
- 18.0%
となっており、「起業するために必要な知識、能力、経験がある」と回答した者が起業活動者割合が最も高いです。
つまり日本では、起業するために必要な能力などが備わっていると自分自身で認識しているかどうかが、起業に踏み切れるかの大きな要素になっていると考えられます。
まとめ
以上の結果から、我が国の起業意識の水準は、諸外国と比べて低い水準で推移していることがわかります。
その一方で、起業関心者、特に起業に必要な能力等を持つ者に限定すると、起業活動を行う割合は、相対的に高いことがわかりました。
また、日本においては自身の能力等で起業ができるかどうか見極める機会を増やすことが、起業家を増やすための有効な支援策になり得るといえます。
経営者参入に至るまでの課題
ここでは、経営者参入に至るまでの実態と課題を明らかにしていきます。
はじめに、経営者参入に至るまでの過程について、以下の図のように整理しました。
まず、現在経営者である者については、
- 起業により経営者になった者(特に、起業から10 年超経過していない者を「起業家」という。)
- 事業承継により経営者になった「後継経営者」
に分類しました。
次に、現在経営者でない者のうち、身近に継げる事業があり、その事業を継ぐ意思が僅かでもある者、すなわち今後、親族内承継や役員・従業員承継をする意思が僅かでもある者について、
- 事業を継ぐことについて現経営者と合意がとれている「後継決定者」
- 事業を継ぎたいと考えているがまだ合意はとれていない「積極的後継者候補」
- 前向きではないが事業を継ぐかもしれないと考えている「消極的後継者候補」
に分類しました。
最後に、事業を継ぐ意思が全くない者(以下、ここでは「後継無関心者」。)と、そもそも身近に継げる事業がない者について、
- 起業に向けて準備をしている「起業準備者」
- 起業する可能性のある「起業希望者」
- 起業に関心のない「起業無関心者」
に分類しました。
またここでは「中小企業・小規模事業者における経営者の参入に関する調査」(以下、「経営者参入調査」。)をもとに、
- 起業準備者
- 起業希望者
- 後継決定者
- 積極的後継者候補
- 消極的後継者候補
に特に着目して、まず起業に至るまでの実態と課題、また事業承継に至るまでの実態と課題について、以下に示す図のように分析を行っていきます。
起業準備者・起業希望者の概観
はじめに、「経営者参入調査」における、起業準備者・起業希望者について概観していきます。
起業準備者・起業希望者の現在の勤務先
次に示す図は、現在会社員である起業準備者と、起業希望者の現在の勤務先の従業員数について見たものです。
これを見ると、起業準備者、起業希望者ともに40%が301 人以上と回答しています。
また、規模の大きい企業に勤めている者の割合が高いことが分かります。
起業準備者・起業希望者が起業を検討している業種
次に、起業準備者及び起業希望者が起業を検討している業種に関して見たものが以下の図です。
これを見ると、起業を検討している業種はいわゆるサービス業に多いことが分かります。
起業準備者・起業希望者の起業後の売上高に対する成長意向
以下の図は、起業準備者及び起業希望者の売上高に対する成長意向関してみたものです。
ここでは売上高を、
- 「短期間で拡大させる」者を
- 「急成長型」
- 「中長期的かつ安定的に拡大させる」者を
- 「安定成長型」
- 「拡大を意図しない」者を
- 「事業継続型」
と呼びます。
そして、これを「起業後の成長意向」としてタイプ別に分析を行っていきます。
起業を目指すきっかけ
ここからは、ステージごとの実態と課題について見ていきます。
前の項では、諸外国と比較して、日本では起業に無関心な人が多く、起業家を増やしていくには起業無関心者が関心を持つきっかけが重要であることがわかりました。
現在起業に関心を持っている起業準備者や起業希望者は、どのような経験をきっかけとして、起業に関心を持つようになったのでしょうか。
ここでは、起業準備者と起業希望者にとって起業の動機付けとなった経験を見ていくことで、起業に関心のない者に関心を持ってもらう方法について検討していきます。
次の図では、起業準備者及び起業希望者が経営者になることを意識する前に経験し、起業の動機付けになったものを見たものです。
これを見てみると、
- 「本・テレビ・インターネットなどからの起業家に関する情報」
- 「正社員としての勤務経験」
- 「アルバイト・パート経験」
がきっかけになったという者の割合が高いです。
就業経験の中では、何かしら起業に関心を持つきっかけがあった者が多いものと考えられます。
さらに、起業準備者と起業希望者にとって、起業の動機付けとなった経験を、起業後の成長意向別に見たものが次の図です。
以下に挙げる回答をした者の割合は、成長意向が強いほど高いことが分かります。
- 「経営に関する授業・セミナー」
- 「ビジネスプランの作成」
- 「起業家などによる講演会や交流会への参加」
- 「企業・商店における職場体験・インターンシップ」(以下、「起業家教育など」)
また、動機付けとなった経験をした時期について見た次の図によると、多くの者が社会人になってから経験していることが分かります。
以上より、実際の就業経験が起業に関心を持つきっかけになっていること、起業家教育などを体験することは、成長意向の強い起業家が増えることにつながると思われます。
また、学生時代に起業家教育などを経験し、動機付けとなった者は多くはありませんでした。
しかし、前の項で見たように若い経営者が増えている中、より若い世代に起業に関心を持つきっかけを与えていくことも重要であると言えます。
評論
創業支援施策
日本における創業支援施策について見ていきます。
【産業競争力強化法における創業支援等事業計画認定制度】
平成26 年1月に施行された産業競争力強化法においては、地域における創業を促進させるため、市区町村と民間事業者が連携して行う創業支援の取組を支援してきました。
ちなみに、民間事業者とは以下の三つが挙げられます。
- 地域金融機関
- 特定非営利活動法人
- 商工会・商工会議所等
以下の図で示す通り平成30 年7月には産業競争力強化法改正法を施行し、創業無関心者を対象として創業に関する理解と関心を深める取組対する支援を開始しています。
平成30 年12 月末時点において、全国1,741 市区町村のうち、1,418 市区町村が創業支援等事業計画の認定を受けています。
全自治体における認定取得率は81.4%で、人口カバー率97%です。
また、平成30 年7月の改正法施行後、新たに121 市町村(平成30年12 月末時点)が創業機運醸成事業を含む創業支援等事業計画の認定を受けています。
【創業支援等事業者補助金】(創業支援等事業者向けの補助金)
創業支援等事業者補助金に関しては以下の図が示しています。
産業競争力強化法基づいて、国からの認定を受けた市区町村の創業支援等事業計画に従って、市区町村と連携した民間の支援事業者等が行う創業支援等(創業支援事業、創業機運醸成事業)の取組に要する経費の一部の補助を行なっているというものです。
【起業家教育事業】
日本は創業を希望する者が、諸外国と比べて少ないことが指摘されています。
開業率の上昇につなげるために、起業家教育を通じて早期に創業に対する理解と関心を深め、創
業希望者の増加を図ることが重要であると言えます。
中小企業庁が行う起業家教育事業は、主に若年層(高校生)に対して、
- 地域課題の探索、
- 企業の現場視察、
- ビジネスアイデアの具体化、
- ビジネスプランの発表
など創業の一連の流れの疑似体験をプログラム化しており、平成30 年度に、全国10 か所でモデル事業として実施しました。
平成31 年度はモデル事業から得られた知見をカリキュラム化する予定としており、今後教育現場での普及を図っていきます。
【潜在的創業者掘り起こし事業】
創業時に必要な財務・税務等の基本的知識の習得や、ビジネスプランの作成支援など、国が定めた一定水準のカリキュラムを実施する創業スクールを国が認定しています。
さらに、創業の意義を全国的に広めることを目的として、全国各地で行われているビジネスプランコンテストや認定創業スクールが推薦するビジネスプランを対象として、その中から特に優れたビジネスプランを表彰する全国的なビジネスプランコンテスト(全国創業スクール選手権)を開催しています。
「高校生ビジネスプラン・グランプリ」をきっかけとした起業家教育
(株)日本政策金融公庫(以下、「公庫」という。)では、次世代を担う若者の創業マインドの向上を目的として、全国の高校生を対象とするビジネスプランコンテスト「高校生ビジネスプラン・グランプリ」を平成25 年度から毎年開催しています。
さらに、地域によっては本グランプリがきっかけとなり、公庫と自治体や高校が連携して、地域ごとのビジネスプラン発表会を開催したり、起業体験の取組を行ったりするなど、創業機運を醸成するための取組が始まっています。
以下、具体化した取組の一例を見て行きます。
【起業体験プロジェクトの事例】
私立聖学院高等学校(東京都)の高校生は、校舎の屋上で育てた蜜蜂から採取した「生はちみつ」を活用して地域を活性化させることを目指していました。
公庫東京創業支援センターは、同校の本グランプリへの参加を機に、高校生自身が「生はちみつ」を用いたメニューを提供するカフェを期間限定で営業することを提案しました。
同校だけでは、関心はあってもビジネスプランを具体化することができませんでしたが、同センターの提案が後押しになり、高校生によるカフェの起業体験を実現しました。
2018 年8月に、「生はちみつ」を使ったクレープやトーストを主力メニューとした高校生による「俺たちのハニーカフェ」が誕生しました。
同センターは、事前にカフェの営業に必要な知識を学ぶための講座を開催し、内容は以下の項目について教える専門的な講座でした。
- 店舗コンセプト
- メニューの作り方
- 収支の計算
- 集客方法
カフェのオープンに当たっては、材料仕入れなどのために資金調達が必要でした。
そのため、クラウドファンディングを紹介し、同センターが手続面もサポートしました。
高校生はハニーカフェの魅力に共感し、応援してもらうためには何が必要か整理するのに苦労していましたが、結果として10 万円超の資金調達に成功するとともに、クラウドファンディングによる宣伝効果も手伝って、カフェには2日間で131名が来店し、盛況のうちに終わりました。
参加した高校生は、「自ら考案したメニューに対し、お客さまからダイレクトな反応を受けることができ、達成感を味わえた。」、「自分たちの給料を計算すると、実際の店舗で利益を出し続けるのは容易ではない。」など、ビジネスの醍醐味や厳しさを実感していました。
このように同センターでは、ビジネスプランコンテストの開催に加えて、より実践的な起業体験の場を設けることで、若者の創業マインド醸成に向け尽力しています。
株式会社タイミー
「学生時代から起業家教育などで経験を積み、若くして起業に成功した経営者」
東京都文京区の株式会社タイミーは、ウェブ上のマッチングサービス「Taimee.」を運営する2017 年に設立されたサービス業者です。
また規模としては、従業員30名、資本金1億7335万1400円です。
「今ヒマな時間に働きたい」ユーザーと「今人手が足りない」企業(飲食店など)をマッチングするサービスで、採用面接が不要な点を特徴とします。
アプリダウンロード数は約5.5 万件、導入事業所数は約700 か所にのぼります(2019 年3月時点)。
同社社長の小川嶺氏は、高校時代、学校行事などでイベントを企画したりアイデアを考えたりすることが好きで、自らのアイデアがどれくらい世間に通用するのか試したくなり、株式会社日本政策金融公庫が開催しています。
また「高校生ビジネスプラン・グランプリ」に参加しました。
応募は軽い気持ちでしたが、思い付いたアイデアを事業性のあるビジネスモデルにまで具体化させるのは難しく、思い通りの結果は得られませんでした。
この悔しさと得られた学びを基に、その後は実現性や事業性のあるビジネスモデルを考えることに没頭するようになりました。
大学在学中はベンチャー企業へのインターンに繰り返し参加し、現場感覚や起業に必要な知識を学びました。
アイデアを具体化してからは、ベンチャーキャピタル(以下、「VC」という。)に何度も足を運びました。
出資交渉は難航しましたが、交渉中に受けたアドバイスは起業のためのスキルの向上に役立ちました。
一方で、VC からのアドバイスを基にビジネスモデルをブラッシュアップしました。
その結果、出資を得られる段階まで進んだこともありましたが、ブラッシュアップの過程で自身のやりたい事業ではなくなってしまい、起業を断念したこともありました。
事業性だけでなく自身の納得感も得られるビジネスモデルになるまで試行錯誤を繰り返しました。
在学期間が残り限られた中でついに思い付いたのが、同社が現在展開している人材シェアサービスでした。
これまでの経験から、このアイデアなら成功できるという自信もあり、起業に向けて具体的に準備を進めました。
事業性を確かめるための市場調査のノウハウも既に身に着けていたほか、VC との交渉にも慣れていたため、資金調達も順調に進みました。
その結果、2018 年8月、「Taimee.」のサービスを開始するに至りました。
事業は順調に拡大しており、2019 年には大型の資金調達にも成功しました。
当初は渋谷区限定で開始したサービスでしたが、既に全国展開も視野に入れています。
「事業を軌道に乗せることができたのは、早くからビジネスを考える面白さに気付き、挫折を含めて多くの経験を積んできたからだと思う。
起業に少しでも関心のある人は、まずは挑戦してみるという姿勢を大事にして欲しい。」と小川社長は語っています。
特定非営利活動法人アスヘノキボウ
「中小企業の経営幹部になることで、経営者としての適性を確かめる機会を若者に提供する起業支援団体」
宮城県女川町の特定非営利活動法人アスヘノキボウ(従業員3名)は、2013 年に設立された起業支援団体です。
もともと、代表理事の小松洋介氏が、東日本大震災で被災した女川町を中心に復興に向けたまちづくりや事業再建などを支援するために設立した団体でした。
そしてその後、起業支援や人材育成のサポートも行うようになりました。
また、女川町からの委託事業として、女川町での起業をサポートする「創業本気プログラム」なども実施しています。
事業を展開する中で、課題として認識したのは地方の中小企業の人材不足でした。
中小企業の経営者は1人で様々な業務を担っていて、事業拡大や新規事業になかなか集中できないので、「右腕となる人材が欲しい」という相談を受けることが多くありました。
他方で、将来的に起業したい、自分という個人の力で道を切り開ける人間になりたい、と考える優秀な学生は多いものの、「就業経験がないと起業が不安」という理由でそのほとんどが都心の大企業に就職してしまうことに疑問を感じていました。
そこで2018年に、地方の中小企業と起業家志望の学生をつなぐマッチングプラットフォーム「Venture For Japan」を立ちあげました。
これは成長や拡大を目指す地方の中小企業・スタートアップに対し、主に新卒や第二新卒に当たる若者を経営者の右腕として紹介するプログラムです。
若者は2年間限定で社長の右腕として働くことで、経営者としての視点や経営スキルが習得できます。
その一方で、中小企業・スタートアップは上昇志向のある都市部の若者の新しい視点を経営に取り込むことができます。
小松代表理事は「給与をもらいながら座学だけではなく、経営の実践の場で経営について学べ、なおかつ経営者から事業プランへの意見をもらったり、起業家や同じ志を持つ若者とのネットワークを作ったりできるということが応募動機になっている」と語っています。
地方の中小企業で経験を積む最大のメリットは、就職1年目から、経営から現場まで全ての事業活動に関われることにあります。
学生は2年間の経験を基に自身の経営への適性を確認後、
- 「起業する」
- 「企業に残る」
- 「転職する」
などの選択肢から進路が選べる上、起業する場合は投資家とのマッチングの機会が提供されることが大きな魅力となっています。
中小企業・スタートアップの経営者の右腕として働いて、起業に必要なスキルやマインドを習得してから起業することを「ステップアップ起業」と名付けています。
そして、「こうしたキャリア形成が一般化するよう尽力したい」と小松代表理事は語っています。
将来的には、地方で働くことがキャリアの一つとして当たり前になるよう、こうした取組を女川町以外の地域に広げて事業を開始しています。
起業家になるための課題
ここでは、起業準備者の能力形成や相談相手に関する意向を見ることで、起業家になるための課題について分析していきます。
起業家になるための資質・能力
次に示す図は、起業準備者が経営者になるために必要だと思う資質・能力と、資質・能力を身に着けるための取組状況について見たものです。
「事業に関する専門知識やスキル」、事業に関する実務経験」については、「必要性を感じており、既に取り組んでいる」と回答した者の割合が高いことがわかります。
また、「経営に関する財務・税務・法務等専門知」、「金融機関・投資家との折衝能力」については、「必要性を感じているが、どう取り組んでいいか分からない」と回答した者の割合が高いことがわかります。
起業家になるための相談先
次の図は、起業準備者が相談した、又は相談したい専門家や支援機関について見たものです。
- 「金融機関」、
- 「商工会議所・商工会」、
- 「士業」
に相談した者や相談したい者が多いことがわかります。
4番目に多い「その他の起業や事業承継を支援する団体等」には、
- 自治体と民間が共同で作った支援機関や、
- 業界団体、
- 民間企業のアクセラレーター
などが挙げられ、支援の裾野が広がりつつあることが推察されます。
起業準備者が専門家・支援機関に相談しない理由について見たものが次に示す図です。
これを見ると、支援機関によって「存在を認識していない」と回答する割合には差異があることがわかります。
認知度の高い専門家・支援機関が、他の支援機関で受けられる相談内容などの情報について周知するなど、支援機関同士の連携を深めていくことで、各支援機関の持つ支援施策をより多くの起業準備者に利用してもらえるようになると思われます。
経営資源の譲受け
起業に当たっては、他者が保有している経営資源を引き継いで起業する方法があります。
前の項では、廃業した経営者が開業予定者に経営資源を引き継いだ実績がまだ少ないことが示されましたが。
ここでは起業準備者に、廃業した企業などを含む他者から経営資源を引き継ぐ意向があるか見ていくことで、そうしたニーズの有無や、それを実現するための方策について検討していきます。
起業家が引き継いだ経営資源、起業準備者が引き継いだ経営資源
次の図は、起業家が実際にどのような経営資源を引き継いで起業したか、また、起業準備者がどのような経営資源を引き継いで起業したいかを見たものです。
経営資源を引き継がずに起業した起業家は約6割いるものの、経営資源を引き継がずに起業したい起業準備者は30%に止まります。
引き継ぎたい経営資源については、
- 「事業のノウハウ」
- 「顧客・販売先」
- 「設備(居抜きを含む)」
と回答した者の割合が相対的にやや高いことが分かります。
次に、起業準備者の起業後の成長意向別に、経営資源の引継ぎの意向を見たものが、以下の図です。
起業後の成長意向が強いほど、経営資源の引継ぎを希望する者の割合が多いことが分かります。
経営資源の引継ぎを支援することは、成長意向の強い起業家の支援につながる可能性が高いと考えられます。
特に、役員・従業員(人材)を引き継ぎたい起業準備者が、人材に求める能力・資質について見たものが次の図です。
これを見ると、「経営を補佐する能力」が最も多く、次いで「事業に関連する専門知識」、「営業スキル」が多いことが分かります。
経営資源を引き継ぎたい理由、引き継がない理由
以下の図は、起業準備者が経営資源を引き継ぎたい理由について見たものです。
他者から引継ぎを依頼されていなくても、経営資源を引き継ぎたいと考える者が多いことが分かります。
また、「設備(居抜きを含む)」、「不動産」では「金銭的コストを抑えられるから」と回答した者の割合が最も高い一方で、
- 「事業のノウハウ」、
- 「ブランド(店名・商品名等)」、
- 「顧客・販売先」、
- 「役員・従業員」
では「一から作り上げるのが困難だから」と回答した者の割合の方が高いことが分かります。
次の図は、起業準備者が経営資源の引継ぎを検討しない理由について見たものです。
「最初から自分で作りたい」が最も多いものの、他方で
- 「思いつかなかった」、
- 「引き継ぐ方法がわからない」、
- 「探し方がわからない」
と回答した者が一定数存在します。
また前の図で見たように、実際に経営資源を引き継いで起業した起業家の方が、経営資源を引き継ぎたい起業準備者より少ないことからも、経営資源を引き継ぐための支援をより充実させれば、引継ぎは拡大する余地があると考えられます。
経営資源の引継ぎの相談先
経営資源を引き継ぐ方法や探し方については、支援機関に相談することで解決する可能性がありますが、起業準備者は経営資源の引継ぎを相談できる専門家・支援機関としてどこを想定しているのでしょうか。
次の図は経営資源の引継ぎについて相談した又は相談したい専門家・支援機関について見たものです。
これを見ると、全ての経営資源について、「相談しない(自分で解決する)」の割合が最も高く、また「その他」の割合も高いです。
また、有形資産では、「相談しない」以外では「不動産・人材などの仲介業者(ウェブ除く)」が多く、民間の事業者に相談すれば引継ぎ先を探せると考えている者が多いと考えられます。
無形資産では、「不動産・人材などの仲介業者(ウェブ除く)」が非常に低いこと、「商工会議所・商工会」、「士業(公認会計士・税理士・弁護士・中小企業診断士等)」が相対的に高いことが分かる。
各支援機関が、経営資源の引継ぎへの支援に関する情報を発信していくことも、経営資源の引継ぎの促進につながるものと考えられます。
事例
株式会社藤綱合金
「引き継いだ技術と地域の支えをいかしつつ、新たな取組にも挑戦する企業」
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大阪府東大阪市の株式会社藤綱合金(従業員3名、資本金200万円)は、銅合金の鋳造を行う企業です。
同社は、代表取締役社長の藤綱伸晴氏が、勤めていた高井田の某銅合金鋳造工場(以下、「B社」。)が廃業した際に、従業員らとともにその経営資源の一部を引き継ぐ形で起業しました。
同氏は、ものづくりのまち東大阪市の高井田地区に生まれ、町工場を経営する父の下で育ちました。
一度はレジャー施設で勤務するも、父の紹介で同じ高井田地区で工場を営むB社に就職し、銅合金の鋳造に魅せられるようになりました。
B社の代表取締役(以下、「B社長」。)は同業者の廃業が増える中で伝統的な鋳造技術を守り事業を継続していた。
また、高井田の防犯支部長を務めたり、東大阪市の弥生町の遺跡から出土した銅鐸を復元して市内全ての中学校に寄贈したりするなど、地域貢献に熱心に取り組む、人望の厚い名物社長でした。
2015 年にB社長が急死したことを機に、B社は廃業することになりました。
藤綱社長はB社の技術が失われることが心残りで、自ら代表となり、同じ思いを持つ同僚たちと銅合金の鋳造会社を起業することを決意しました。
起業にあたっては、高井田まちづくり協議会に所属する町工場の経営者からアドバイスを受けた。
廃業したB社の工場を買い取るには多額の資金が必要になることが分かったので、藤綱社長の父が所有する工場を改装することで開業費用を抑えたものの、溶解炉の購入や工場の改装のためにまとまった資金が必要であった。
商工会議所に事業計画書の作成を支援してもらい、株式会社日本政策金融公庫から融資を受けるとともに、B社長の知人などから寄付を募ることで、必要な資金を確保した。
寄付をしてくれた方には返礼品として銅鐸や銅鏡などを提供することで、感謝の意を伝えました。
B社の廃業から約半年後、個人経営藤綱合金を設立した。
B社の顧客の一部と技術者、営業担当者を引き継いだため、設立当初から一定の売上を確保できたものの、設備や人員の入れ替わりが影響してニーズに対応できなくなり失った顧客もいた。
そこで藤綱社長は、引き継いだ技術だけに甘んじることなく、B社では取り組んでいなかった低コストで高品質な鋳造技術に挑戦することで、新たな顧客の確保につなげようとした。
また、地元紙への掲載による知名度向上や地域の信用金庫からの顧客紹介などもあって、地道に売上を伸ばし、今では、起業後に獲得した顧客の売上が約半分に迫ろうとしている。
売上の拡大に伴い税理士と相談し、株式会社藤綱合金に法人化しました。
藤綱社長は「ゼロからの起業でも、B社の事業をそのまま承継したのでもなく、0.5 からの起業と思っています。
最近でこそ藤綱合金としての色合いが強くなりつつありますが、起業当初から地域の手厚い支援を得られたのはB社長の人望があったからだと思う。」と語っています。
B社から引き継いだ技術と、高井田地区の鋳造以外の町工場の技術も組み合わせて、新たな事業展開をしていきたいと意気込んでいます。
株式会社ジェニュイン
「商工会議所の支援を受け、知人の焼菓子・生菓子店を引き継ぎ、売上を伸ばし続ける経営者」
長崎県佐世保市の株式会社ジェニュイン(従業員4名、資本金100 万円)は、焼菓子・生菓子製造販売を行う企業です。
現在は、先代から引き継いだ本店と、2018 年10 月にオープンした2店舗を運営しています。
同社社長の西春菜氏は、友人の父親である先代が作る焼菓子・生菓子の魅力に惚れ込んでパティシエの道を志し、高校卒業後、先代からの勧めで、先代の弟子にあたるパティシエが経営する福岡の菓子店に就職。
多忙な日々の中、パティシエの技術を必死に磨き、その中で、「10年以内に独立する」という目標を掲げるようになっていました。
8年間勤めた福岡の菓子店を退職後、パン屋、個人経営の生菓子店を経験。
友人の誘いを受けて、単身香港に渡り、新たにオープンするカフェの唯一の菓子職人として、商品開発から製造までを一手に担うようになりました。
そうしたとき、ジェニュインの先代が引退する決意を固め、後継者が見つからなければ廃業するという話が耳に入った。
ジェニュインでの勤務経験も、会社経営の経験もありませんでしたが、「パティシエを志すきっかけになったジェニュインの名前がなくなるのは嫌だ」と考え、自身がジェニュインを引き継ぎたいと申し出ました。
はじめは先代からも反対されたが、自身の思いを伝え、翌月から引き継ぐことになりました。
経営に関する知識がなかったため、佐世保商工会議所の創業相談支援を利用したところ、店舗を引き継ぐ方法や経営のいろはを親身になって教えて出ました。
実際に教わるだけでなく、原価管理の徹底や販売価格の見直し、POS レジやフードプリンターなどの設備を株式会社日本政策金融公庫の支援を受けて導入するなどの業務改善を進めました。
以前から勤めていた従業員と製造方法の考え方の違いなどで衝突することもありますが、とことん話し合うことで前進できました。
商品ラインナップも先代から引き継いだものをベースとして、盛り付けなどには自分のこだわりを加えています。
昔からジェニュインに通ってくれている地元の顧客を大切にしながら、SNS での情報発信などでジェニュインの魅力を伝えることで新たな顧客層を取り込んでいます。
2018 年2月には、従業員に安心して技術を磨いてもらいたいと考え、商工会議所の助言を得ながら法人登記をし、福利厚生も整備しています。
また、最初にお世話になった福岡のパティシエや地元飲食店を営む同級生に、経営の悩みを相談するようになりました。
「先代から引き継いだ顧客や従業員、商工会議所、地元の知り合いなど皆に支えられて今があります。
これからも人とのつながりを大事にしながら、ジェニュインの名を守っていきたい」と西社長は語っています。
サーチファンド
ここでは、起業を希望する者が経営資源を引き継いで経営者になることで、地場企業の事業承継を支援する仕組みの一つとして、「サーチファンド」を紹介していきます。
【サーチファンド】
サーチファンドとは、企業経営を目指す若者と、次の世代に会社と社員を託したい企業の経営者が、
- 互いの能力、
- 人物
- 企業の雰囲気
を見極めて事業の承継を目指す、米国発祥の事業承継のモデルです。
日本でも第三者への事業承継が増える中で、サーチファンドが後継者を探す手段の一つとして注目され始めています。
中小企業庁では、「平成30 年度予算事業:中核人材確保スキーム」事業を実施し、7つの仲介支援機関が、中小企業の中核人材確保の支援を行いました。
仲介支援機関のうちの一つが山口フィナンシャルグループ(以下、「YMFG」)であり、サーチファンドを活用した後継者人材確保の取組も含まれています。
以下、サーチファンドの仕組みを利用して地場企業の事業承継を支援しようとしているYMFG について見ていきましょう。
【YMFG のサーチファンドへの取組】
YMFG は山口県、広島県、福岡県を主要な事業エリアとする金融機関です。
YMFGでは、様々な事業承継に関する企業の悩みに対して、後継者の育成支援やコンサルタント会社の紹介、М&Aなどの承継支援に取り組んでいました。
その取組の中で、М&Aとは違い、地場に企業が残る新たな事業承継支援の形を模索し、後継者不在の企業に対して後継者になり得る外部の人材を紹介できるようにしたいと考えたYMFG は、2019 年に「YMFG Search Fund」投資事業有限責任組合を設立しました。
米国のサーチファンドの仕組みを日本向けに構築し直し、導入しようとしているものです。
まず、MBA 取得者や大企業勤務経験者など、能力とやる気があり企業経営を志望する若者(以下、「サーチャー」。)を公募します。
そして、YMFG の取引先で後継者を探している企業(以下、「候補企業」。)とマッチングを行います。
サーチャーを後継者にしたいという候補企業が現れた場合、「YMFG Search Fund」が候補企業の株式を引き受け、サーチャーが社長に就任します。
通常、サーチャーが自身で直接既存の企業の経営者と事業承継に向けた交渉をし、自身の能力を認めてもらい、社長や従業員の信頼を得るのは非常に難しいです。
この仕組みを利用すれば、取引先である候補企業の事業性を把握しているYMFG が仲介に入るため、円滑な交渉を行うことができます。
また、サーチャーは企業の株式を引き受ける資金を「YMFG Search Fund」から提供してもらえるため、資金確保の面でも利点があります。
サーチファンドへの挑戦は始まったばかりですが、このようにふだんから地場企業と密接に関わっている地域の支援機関が、経営資源を次世代の経営者に引き継いでもらう支援を行うことは重要といえます。
後継決定者・積極的後継者候補・消極的後継者候補の概観
ここからは、事業承継に至るまでの実態と課題について見ていきます。
この項では、「経営者参入調査」における、後継決定者、積極的後継者候補、消極的後継者候補について概観します。
後継決定者と現経営者との関係
はじめに、後継決定者と現経営者との間柄について見てみます。
以下の図を見ると、現経営者が2代目以降である場合(後継決定者が3代目以降に就任する予定の場合)は、現経営者が「父親・母親」である割合が高くなることが分かります。
後継決定者・積極的後継者候補・消極的後継者候補が継ぐ可能性のある事業
次に、後継決定者、積極的後継者候補、消極的後継者候補が継ぐ可能性のある事業の従業員数について以下の図を見てみましょう。
これを見ると、それぞれ1~5人と回答した者の割合が高いことが分かります。
次は、後継決定者、積極的後継者候補、消極的後継者候補が継ぐ可能性のある事業の業種について見たものです。
以下の図を見ると、起業準備者及び起業希望者が起業を検討する業種は、サービス業が多かったのに比べて、
- 後継決定者、
- 積極的後継者候補、
- 消極的後継者候補
が継ぐ可能性のある事業の業種では、
- 建設業
- 製造業
- 不動産業
でも多いことが分かります。
以下の図は、
- 後継決定者、
- 積極的後継者候補、
- 消極的後継者候補
が継ぐ可能性のある事業の業績について見たものです。
これを見ると、「安定的に利益を確保できている(と思う)」と回答した者の割合に大きな差異は見られません。
このことから、後継者が事業を継ぐことを考える際に、その業績は大きくは影響しないと考えられます。
後継決定者・積極的後継者候補・消極的後継者候補の現在の勤務先
次の図は、継ぐ可能性のある事業での従事経験について見たものです。
これを見ると、積極的後継者候補の方が、消極的後継者候補に比較して「現在従事している」と回答した者の割合が高いことが分かります。
継ぐ可能性のある事業に「現在従事している」と回答した者以外で、
- 現在会社員である後継決定者、
- 積極的後継者候補、
- 消極的後継者候補の勤務先の従業員数
について見たものが以下の図です。
これを見ると、
- 後継決定者では
- 40%、
- 積極的後継者候補では
- 30%、
- 消極的後継者候補では
- 50%
が301 人以上と回答していることが分かります。
後継決定者の事業承継後の事業規模に対する意向
以下の図は、後継決定者の事業承継後の事業規模に対する意向に関して見たものです。
ここでは
- 「新しい事業分野への進出・新商品やサービスの開発をしたい」または「新しい顧客・取引先を開拓したい」者を
- 「拡大型」、
- 「現状を維持していきたい」者を
- 「維持型」、
- 「事業規模を縮小のうえ経営したい」者を
- 「縮小型」
と呼び、これを「事業承継後の事業規模に対する意向」としてタイプ別に分析をしていきます。
まず、継ぐ可能性のある事業と、事業承継後の事業規模に対する意向の関係性について見ていきましょう。
次の図は、継ぐ可能性のある事業の従業員数別に、後継決定者の事業承継後の事業規模に対する意向を見たものです。
これによると、継ぐ可能性のある事業の従業員数が多いほど、拡大型の後継決定者の比率が高いことが分かります。
続いて、次の図は、継ぐ可能性のある事業の業績別に、後継決定者の事業承継後の事業規模に対する意向を見たものです。
これによると、業績を一定程度把握している後継決定者は、現在の業績の良し悪しにかかわらず、拡大型が過半を占めていることが分かります。
さらに、事業を継ぎたい年齢別に、後継決定者が事業承継後の事業規模に対する意向を見たものが下の図です。
これによると、若いうちに継ぎたいと考える後継決定者の方が、拡大型の割合が高いことが分かります。
事業を継ごうと思う理由・思わない理由
ここでは、積極的後継者候補が事業を継ごうと思う理由や、消極的後継者候補が事業を継ぐことに前向きでない理由を見ていくことで、事業承継を決断する上で検討材料になっているものについて分析していきます。
また、後継決定者が事業を継ごうと思った理由と、事業承継後の事業規模に対する意向との間に、関係性がないかについても見ていきましょう。
積極的後継者候補が事業を継ぎたい・継いでもよい理由
はじめに、積極的後継者候補が事業を継ぎたい・継いでもよい理由を見たものが以下の図です。
これを見ると、「事業がなくなると困る人(取引先・従業員等)がいるから」、「事業に将来性があるから」と回答した者が多いことが分かります。
消極的後継者候補が事業を継ぐことに前向きでない理由
事業に将来性があるから継ぎたい・継いでもよいと考える積極的後継者候補者が多いことが分かりましたが、事業に将来性があるが継ぎたくないと考えている者の懸念は何でしょうか。
まず、以下の図は消極的後継者候補が事業を継ぐことに前向きでない理由について見たものです。
「事業の将来性」は「自身の能力の不足」の次に多い理由になっていることが分かります。
後継決定者が事業を継ごうと思った理由と事業承継後の事業規模に対する意向との関係
最後に、以下の図を元にみていきます。
そして、後継決定者が事業を継ぎたい、継いでもよい理由を見ていくことで、事業承継後の事業規模に対する意向との関係性について分析していきます。
拡大型では、「事業がなくなると困る人(取引先・従業員等)がいるから」、「事業に将来性があるから」と回答した者が特に多いことが分かります。
また、
- 「事業の関係者(取引先・従業員等)と一緒に働きたいから」、
- 「やりたい仕事をできるから」、
- 「企業文化、技術・ノウハウを守りたいから」、
- 「社会の役に立てるから」
は、他の意向を持つ者に比べて割合が高く、事業に対して愛着ややりがいを感じている傾向にあります。
維持型では、
- 「自分の家族が協力的だから」、
- 「プライベートとの両立ができるから」
と回答した者が多いことが分かります。
継いだ後も安心して生活を送ることができるかどうかが継いでもよいかの判断材料になっていると考えられます。
縮小型では、「他の後継者候補が成長するまでの中継ぎが必要だから」と回答した者が多いことが分かります。
他に継ぐ人が見つからない中でやむを得ず事業を継いだ場合、事業を縮小させても事業継続を優先することがあると考えられます。
事例
C氏
「家業を承継しつつ、大企業での業務にも携わり続けた『二足のわらじ』的後継者」
C氏は、不動産の賃貸及び管理を営む関連会社2社(合わせて従業員約20名)の経営者です。
しかし、従前より勤務していた民間の調査研究機関での不動産関連の調査業務にも引き続き携わっています。
現在では貸会議室などのビジネスにも取り組んでいる、50 代半ばの同氏が「二足のわらじ」的な環境に身を置いたのは12 年前です。
話合いの結果、当時40 代前半だったC氏が高齢の親族から事業を引き継ぎました。
かねてより監査役的なアドバイス等も行っており、その時点で後継者候補の1人でしたが、資産リストラなどが必要な厳しい事業環境下、そのためのリーダーシップの発揮や経営者の若返りなどの社内外の要請等もふまえ承継が実現したものです。
引き継ぐ以上は経営に専念する覚悟で勤務先は辞めるつもりでしたが、結果としてパートタイムの契約社員として従前の調査業務にも携わることになりました。
当時C氏は大規模プロジェクトのマネジメントを任されており、C氏の突然の離脱は大きな影響が出ると懸念する関係者も多かったことが理由の1つです。
兼業的な立ち位置の中で、会社経営もプロジェクト・マネジメントも「考える」「判断する」ことが主な仕事で、フルタイムである必要性は必ずしも高くないことを活かせたと考えています。
主業として会社経営を行いつつ、従前の会社でも大規模プロジェクトに携わり、現在までに後進へ引き継げたことは、C氏に安心感と満足感を与えています。
C氏は、二つの仕事の相乗効果も大きいと考えています。
調査研究機関で培った不動産に関する理論や分析に関する知見が会社経営に資するのはもちろん、逆に不動産関連業の経営者としてのリアルな体験・視点は、調査研究に際しての視野の広がりや、関連プロジェクトメンバーへの有用なアドバイスとしても活かされています。
その中で、大前提となる専門家倫理や非公開情報の扱い、利益相反などには細心の注意を払うべきと考えています。
いわゆる兼業制度について、C氏は複数の企業から雇われる形態は時間管理等の側面から成立し難いと考える一方で、「経営や起業(準備)のための兼業制度は当人、企業ともメリットは存在する。
特にゼロからの起業に際してはリスクヘッジの側面も含め起業支援となるし、最終責任をもって判断・行動するという経営者としての経験を社員が身に付けることは、企業にとっても生きてくるだろう」と語っています。
以下の図は、積極的後継者候補及び消極的後継者候補が自ら起業することに関心を持っているかを見たものです。
これによると、起業に関心を持っている割合は、積極的後継者候補で80%、消極的後継者候補で70%と非常に高いです。
起業に挑戦し、経営の経験を積んでから事業を継ぐか検討するという考えや、後継者として新たな事業を始めたいという思いを持つ後継者候補も一定数存在する可能性があります。
評論
後継者候補の起業に対する関心
事業承継を決断するまでの過程
現経営者が事業承継に向けて準備する期間は、これから経営者になる者にとっては、家族や現経営者の理解を得つつ、経営者になるための準備もしなければならない期間でもあります。
ここでは、経営者と後継決定者、積極的後継者候補、消極的後継者候補の間の対話状況などを見ていくことで、早めに事業承継に向けた準備を進めるための方法について検討します。
後継決定者として認められた契機
以下の図は後継決定者が、後継者として認められた契機について見たものです。
現経営者が3代目以降の場合(後継決定者が4代目以降に就任する予定の場合)、「子供の頃から継ぐことが決まっていた」と回答した者の割合が高くなることが分かります。
また、「現経営者に対し事業を継ぎたいと伝えた」と回答した者の割合は、現経営者が創業から何代目に当たるかにかかわらず少ないことから、少なくとも後継者から見ると、事業承継の決定は現経営者が主導しているということが分かります。
事業承継に向けた話合い
前の項では、引退した経営者が後継者を決定し事業を引き継ぐ上で苦労した点として、「後継者に経営状況を詳細に伝えること」を挙げる者が一定数存在しました。
これに対して以下の図は、積極的後継者候補及び消極的後継者候補が現経営者と事業承継に関する会話をどの程度しているかを見たものです。
これによると、積極的後継者候補の方が消極的後継者候補より「あまりしていない」、「していない」と回答した者は少ないものの、それでも50%以上存在することが分かります。
現経営者と後継者候補が事業承継について話し合うことは容易ではないことがうかがえます。
以下の図は、日常生活に関する雑談の頻度と、事業承継に関する会話の頻度を見たものです。
日常会話をする機会が少ない者のほとんどが、事業承継に関する会話ができていないことが分かります。
家族や社内の形はそれぞれですが、事業承継に関する会話をするには、まずは日常会話から始めることも一つの在り方といえます。
次の図は、後継決定者、積極的後継者候補、消極的後継者候補が事業承継について現経営者と一緒に相談するのに適していると思う相手について見たものです。
これを見ると、「現経営者の親族」、「引き継ぐ可能性のある役員・従業員」と回答した者の割合が高いです。
こうした事業を継ぐ可能性のある者が、信頼の置ける第三者を交えて事業承継に向けて話し合うのも、現経営者と円滑に準備を進めるために有効な一つの選択肢といえます。
事例
有限会社中乃見家
「新店舗オープンを通じた事業の承継と、金融機関の支援を受けた代表の承継を並行して進める企業」
千葉県鴨川市の有限会社中乃見家(従業員3名、資本金300 万円)は、地元の鮮魚を使った寿司や和食を提供する飲食店と、民宿を営む企業です。
同社社長の上村恵司氏が1988 年に設立し、多くの観光客と地元住民に愛されてきました。
しかし、2019 年秋には閉店し、新たに宿泊施設を備えた和洋食レストラン「オルビス」を、鴨川市内の海沿いにオープンします。
洋食の調理は、恵司氏の息子であり、東京でホテルシェフを務めた経験を持つ次期代表の上村航平氏が担当します。
「オルビス」の構想は、上村社長と、女将で社長の妻の上村香代子氏が2016 年2月から検討してきたものです。
その時点では、まだ航平氏が事業を継ぐことは決まっていませんでした。
しかし、上村社長は「女性や子供が食事や宿泊先を決めるようになってきており、中長期的に考えると、女性や子供にも受け入れられる和と洋を組み合わせたスタイルへの転換が必要だ」と考えて、香代子氏と2人で、人気のある飲食店に足を運び、情報を集めました。
また、多くの食や人に出会い、味噌や醤油を手作りするコミュニティにも参加するようになった。
さらに、新店舗の土地探し、建築物の見学や建築家への相談などを通じて、新店舗のコンセプトや構想を膨らませていった。
これらの検討プロセスを香代子氏が記録したノート「夢その日まで」は既に30 冊を超えています。
中学入学時点から、将来的には料理人になって、事業を承継するだろうという意識が漠然とあった航平氏は、2人が「オルビス」の検討をしていることを聞き、事業の長期的な展望をイメージできるようになった2017 年秋頃に事業を承継することを決断しました。
2018年夏に鴨川に戻り、店を手伝うようになりました。
香代子氏が「想像以上で驚かされることが多い」と言うように、航平氏が洋食を振る舞うようになってから、これまで一度も来店したことがなかった近所の住民や若い女性客が訪れるようになりました。
また、POS レジによる業務効率化やSNS による広告宣伝も、航平氏が参画してから積極的に活用するようになり、経営面でも効果が現れ始めています。
上村社長が和食、航平氏が洋食と担当が分かれているため父子間の衝突などもなく、お互い料理人として尊重し合っています。
上村社長は、「オルビス」がオープンしたら代表を退こうと考えていました。
しかし、2018年冬に鴨川市商工会が主催する事業承継セミナーに参加し、株式譲渡など、小規模事業者の親子間での事業承継も時間をかけて進める必要があることを初めて知りました。
すぐに金融機関に相談し、5年後の代表交代に向けて、事業承継計画を作成しています。
「『オルビス』への両親のこだわりはずっと見てきた。
オープンに向けて協力して準備を進めていきたい」と航平氏は語っています。
後継経営者になるための課題
後継経営者になるための資質・能力
次の図は、後継決定者が事業を継ぐに当たって懸念することについて、事業承継後の事業規模に対する意向別に見たものです。
これによると、「自分の経営者としての資質不足」、「実務経験の不足」を懸念する者が多く、特に拡大型、維持型で多いことが分かります。
以下の図は、後継決定者が経営者になるために必要だと思う資質・能力、及び資質・能力を身に着けるための取組状況について見たものです。
起業準備者が経営者になるために必要だと思う資質・能力と比較すると、全体として後継決定者の方が
- 「必要かどうか分からない」者の割合が高く、
- 「必要性を感じており、既に取り組んでいる」者の割合が低い
ことが分かります。
また、事業を継ぐために必要な資質・能力は、起業する場合と比較して、体系的な情報を入手するのが難しいことが推察されます。
次の図は、後継決定者が事業を継ぐために取り組んでいるものと、その中で最も有効だと思うものについて見たものです。
これによると、取り組んでいるもの、最も有効だと思うものともに、「事業内での勤務(経営)」、「事業内での勤務(技術・ノウハウ)」と回答した者が多いことが分かります。
ここでは、引退した経営者が実施した後継者教育の内容と、そのうち最も有効だった後継者教育の内容について、
- 「経営について社内で教育を行った」、
- 「自社事業の技術・ノウハウについて社内で教育を行った」
と回答した割合が高かったです。
後継決定者も近い認識であり、事業承継に当たっては社内で経験を積むことが重要であると考えられます。
以下の図は、後継決定者が経営者になるために必要だと思う準備期間を事業承継後の事業規模に対する意向別に見たものです。
2年以上かかると回答した者の割合は拡大型で一番多く、5年以上と回答した者は意向にかかわらず半分となっています。
経営を補佐する人材の確保
前の項では、引退した経営者が後継者を決定し事業を引き継ぐ上で苦労した点として、「後継者を補佐する人材の確保」を挙げる者が一定数存在しました。
事業を譲り受ける側である後継者はどのような能力を持った人材を求めているでしょうか。
以下の図は、後継決定者が経営を補佐する人にどのような能力を求めるかについて、事業承継後の事業規模に対する意向別に見たものです。
これを見ると、拡大型では「事業に関する専門知識」、「事業に関する実務経験」をはじめ、多くの面で経営の補佐を求めていることが分かる。
事業の拡大のためには周囲のサポートが必要となることが推察されます。
後継経営者になるための相談先
次の図は、後継決定者が相談した、または相談したい専門家、支援機関について見たものです。
起業準備者と比べると、起業準備者では「その他の起業・事業承継を支援する関連組織・団体等」と回答した者が11.2%いたのに対し、後継決定者では4.1%にとどまっています。
このことから、後継者を支援する組織は起業家を支援する組織と比べて、まだ広がりに欠けているか、認知されていないと考えられます。
後継決定者が専門家・支援機関に相談しない理由について見たものが次の図です。
これによると、存在を認識されている割合は、専門家・支援機関によって差があることが分かります。
起業準備者に対する支援と同様、認知度の高い専門家・支援機関が、他の各支援機関でできる相談の内容などの情報について周知するなど、支援機関同士の連携を深めていくことで、各支援機関の持つ支援施策をより多くの後継者に利用してもらえるようになると考えられます。
事例
株式会社シービージャパン
「外部研修を活用した後継者教育により、円滑な事業承継を果たした企業」
東京都足立区の株式会社シービージャパン(従業員数40名、資本金9,900万円)は、生活関連用品の企画開発、製造・販売を手掛けるファブレスメーカーです。
「モノからコトへ。コトからココロヘ。」という理念を掲げ、商品開発力とデザイン力を活かし、年間300 点以上の新商品を世に送り出しています。
同社は、2000 年に現会長である青木宏氏が創業し、非同族の社員による承継を2度経験しています。
現在の代表取締役社長の樋口圭介氏は2016年に現職に就任している。
樋口社長は、創業2年目に入社し、営業一筋で同社を支えてきたベテランでしたが、自身が社長になることは想定していなかった。
ところが、2014 年に前社長の病気を機に後継者に指名され、急遽、事業承継の準備を始めることになりました。
同社が円滑な承継を果たせた要素としては、大きく分けて2点あります。
まず、経営陣の若返りを始めとする、樋口社長が自分では行いにくい社内体制の整備について、青木現会長が早期に着手していたことが挙げられます。
もう一つは、ふだんの業務では得られにくい、経営者に必要なスキルを学ぶために外部研修を活用したことです。
営業担当から社長になるに当たり、まずは必要なスキルを洗い出そうと考えた樋口社長は、外部の専門家による研修を受講して社長業について一から学ぶことにしました。
1年の受講期間の中で、最も不安を感じていた金融・財務の知識を習得でき、金融機関と渡り合う自信が持てるようになった。
さらに、学んだことを社内で実践することで、経営の見習い期間に着実に経営のノウハウを身に着けることができたといいます。
「人財」を大切にする同社では、樋口社長を支える幹部社員にも外部の研修で経営に必要なスキルを学ばせているほか、リーダー層を対象とした社内研修も継続的に実施し、社員のレベルアップとともに、将来の事業承継に向けた準備にも余念がありません。
「青木会長や前社長時代からの事前の準備があったため、短期間でも乗り切ることができた。
次世代への承継の際には、外部研修も活用して経営スキルを身に着けてもらうなど、早期に準備をはじめて、最低5年はかけて計画的に進めていきたい。」と樋口社長は語ります。
評論
中小企業投資育成が実施する後継者育成支援
中小企業の後継者を事業承継に向けて教育していくには、社内でのOJT や研修以外に外部の研修を積極的に活用していくことも効果的です。
中小企業投資育成株式会社(以下、「投資育成」。)は、中小企業が発行する株式の引受け等を行い、株主となって自己資本の充実と健全な成長を支援する政策実施機関です。
1963 年に中小企業投資育成株式会社法に基づいて東京・名古屋・大阪に設立されており、投資育成制度はこれまで日本全国で累計5,392 社(2018 年12 月10 末時点)に利用されています。
また、投資育成では、中小企業に特化した後継者育成支援プログラムを有しており、中小企業の後継者育成を長期的に支援する機関としても活用されています。
【投資育成が行っている後継者育成支援プログラムの概要】
- 対象受講者
- 投資先の経営後継者、後継候補者等
- 内容
- 体系的かつ実践的な経営に関する知識を習得するとともに、ディスカッションやケーススタディ、課題分析、経営企画策定など、後継者、経営幹部としての研鑽を深めるのに資するもの。
- 開催期間
- 数か月~1 年程度
- 参加人数
- 20 名程度
- 参加料金
- 有料
- ※内容は各社によって異なります。詳しくは下記【問い合わせ先】までお問合せ下さい。
- 有料
- 【問い合わせ先】
- 東京中小企業投資育成株式会社(新潟・長野・静岡以東の18 都道県)
- URL
- https://www.sbic.co.jp/
- 電話
- 本社 03-5469-1811
- URL
- 名古屋中小企業投資育成株式会社(愛知・岐阜・三重・富山・石川の5 県)
- URL
- https://www.sbic-cj.co.jp/
- 電話
- 本社 052-581-9541
- URL
- 大阪中小企業投資育成株式会社 (福井・滋賀・奈良・和歌山以西の24 府県)
- URL
- https://www.sbic-wj.co.jp/
- 電話
- 本社06-6459-1700、九州支社092-724-0651
- URL
- 東京中小企業投資育成株式会社(新潟・長野・静岡以東の18 都道県)
事業を継いだ後の方針・課題
ここからは、後継決定者の事業承継後の方針や課題について見ていきます。
以下の図は、後継決定者が事業を継いだ後に、事業の計画・方針を見直す意向があるかを見たものです。
特に拡大型の後継決定者では、事業の計画・方針を見直したり、新たに作成したりすることを考えている者が少なくないことが分かります。
後継決定者が目指す事業の計画・方針を実現するに当たって課題となるものは何でしょうか。
以下の図は、後継決定者が事業承継後の経営課題であると考えるものについて見たものです。
これを見ると、拡大型の後継決定者には「新しいマーケットの情報収集」を課題と考える者が非常に多いことが分かります。
また、維持型では「現経営者からの理解」、「役員・従業員からの理解」を課題と考える者が多いことが分かります。
現状を維持していく場合でも現経営者と後継者で事業の計画・方針が同じとは限りません。
社内での衝突を防ぐためにも、あらかじめ話合いを進めておくことが重要といえます。
事例
サイトウ看板店
「後継者が先進設備を導入し、新しい取組で事業を拡大した事業者」
青森県三沢市のサイトウ看板店(従業員5名、個人事業者)は、1964年に設立され、当初は平面看板の制作を行っていましたが、現在では店舗の「トータルデザイン」をコンセプトとして、デザイン性の高い商品棚や巨大モニュメントの企画・制作を行っています。
塗装のみならず、木工・プラスチック・金属加工も全てワンストップで手掛けることができ、星野リゾート青森屋の依頼で制作した「りんごガチャガチャ」のように、立体物を含む一品ものの企画・制作を得意としています。
代表の齊藤直樹氏は、父の事業を承継することを念頭に置きながら、東京でデザインの専門学校や一品ものの鉄工芸品を制作する会社で経験を積んだ後、1992 年から同社での仕事に従事し始めました。
当時は、注文を受けて平面看板の制作をほぼ手作業で行っており、従業員数も1名でした。
直樹氏は家業に戻った後、同業者に先駆けてコンピュータを導入し、看板のデザイン図面をコンピュータ上で制作し始めました。
さらに、看板制作用シートをカットするマシンに図面データを入力することで、一連の作業を機械化することに成功しました。
その後も業務用大型インクジェットプリンタやNC制御加工マシン、レーザーカッターなど、次々に先進設備の導入を進めました。
先進設備の導入以後、コスト面で折り合いがつかず諦めていたデザイン性の高い立体物を、低価格で制作できるようになり、顧客に平面だけでなく立体物の看板・広告を企画・提案できるようになりました。
父から全ての業務を任され実質的な代表になっていた2008 年頃には、デザイン性の高い立体物を手掛けた実績が口コミで広がり、大手企業から思いもよらぬ相談や引き合いも増え、それによって提案力やアイデアがより一層磨かれる好循環が形成されました。
先進設備を導入することに対する、父や従業員からの反対はなかった。
ものづくりが好きである点は共通していたため、設備の導入だけでなく、皆で試行錯誤することを通じて、仕事の幅を徐々に広げてきました。
経営については、財務会計を独学でゼロから習得するなど苦労も多かったが、商工会の勉強会などに参加し、今では事業計画も自身で作成しており、近く法人成りする予定もあります。
今後は、「Web上だけで注文が完結する仕組作りなどを通して、経営者に依存する仕事の割合を減らし、生産性を更に高めたい」と考えており、更なる事業拡大に向けて余念がありません。
事例
株式会社西村プレシジョン
「異業種での勤務経験と時代に合わせた取組により、顧客開拓と成長につなげた経営者」
福井県鯖江市の株式会社西村プレシジョン(従業員10 名、資本金1,000 万円)は、関連会社である株式会社西村金属の貿易部門として設立され、現在では、眼鏡及び眼鏡部品の企画製造・販売を手掛ける企業です。
西村プレシジョン現社長の西村昭宏氏は、大学卒業後、東京でIT 業界に就職していた。
しかし、2000 年頃から、眼鏡の製造拠点の海外移管が加速し、同氏の父が経営する西村金属の業績が悪化しました。
そして同氏は、危機的な状況にあるときこそ、家族一丸となって乗り切ろうと、2003年に鯖江に戻り、間もなく西村金属の常務取締役に就任しました。
西村金属は、一般的に試作業者が多いチタン加工業界において、珍しくチタン製品の量産技術を有する点で、眼鏡製造が盛んな鯖江市内でも一目を置かれる存在でした。
また、チタン製品の量産技術は医療など他の業界でも必要とされており、眼鏡以外への事業領域拡大の余地は十分にありました。
西村氏は、先代の父が培ってきた技術には自信があったため、自社が有する量産体制が整った設備の情報を開示して新規顧客を開拓することにしました。
それまで眼鏡分野に特化していた西村金属が、他の分野へも進出しないと生き残れないという認識は先代も西村氏も同じ思いでしたが、情報開示については先代をはじめ社内からの反発も少なくありませんでした。
それでも、有益な情報をいかに顧客に提供できるかが勝負になる時代が来ることを、東京での勤務経験を通して予見していた同氏は、「後継者は、先代の経営者と同じことをやっていても発展はできないし、社員にも認めてもらえない」という強い意志を持ち、取組を断行しました。
その結果、新規顧客が大幅に増え、同氏が鯖江に戻ってきてからわずか5年間で、顧客の80%が眼鏡以外の分野となり、売上を2.5 倍に伸ばすまでになりました。
実績が数字として出始めると、社内の同氏への見方も変わってきたといいます。
こうして社員の信頼を勝ち取った西村氏は、祖業である眼鏡の分野で自社ブランドを確立するため、2012 年、眼鏡の販売を手掛ける西村プレシジョンの代表取締役に就任しました。
畳むと薄さ2mm になる老眼鏡「ペーパーグラス」を開発し、2013年に販売を始め、ヒット商品になりました。
また、2018年にはクラウドファンディングを活用し、薄型サングラスの商品化を提案したところ、1千万円を超える資金調達に成功するなど、更なる事業拡大に向けた手応えもあります。
「若い後継者には、特定の業界ややり方、地域に固執せず、時代の変化にあった発想を外から取り入れて、新しいことに挑戦してほしい。」と西村氏は語ります。
一般社団法人ベンチャー型事業承継
「若手後継者が家業の経営資源を活用して新たなビジネスに挑戦する支援をする団体」
東京都千代田区の一般社団法人ベンチャー型事業承継(代表理事2名、理事2名、顧問3名)は、若手後継者が家業の経営資源を活用して新たなビジネスに挑戦する「ベンチャー型事業承継」を支援する団体です。
代表理事の山野千枝氏は、2001 年より中小企業支援機関である大阪産業創造館で中小・ベンチャー企業の支援を手掛けてきました。
中小企業の廃業が増える中、若い世代にとって、親に強いられるイメージが強かった事業承継を能動的でポジティブなものに変えたいと考え、「ベンチャー型事業承継」という概念を提唱しました。
まず、山野代表理事自ら、2016 年に祖父が手掛けていた醤油蔵の屋号を継承し、「株式会社千年治商店」を起業することで、ベンチャー型事業承継を実践しました。
その後、これらの取組を特定の地域や属人的な支援ではなく、広域かつ全国区に組織的な支援として広げる必要があると考え、2018 年6月に一般社団法人を設立しました。
現在の主な事業内容は、
- 若手後継者を対象とする研修事業、
- 新規事業開発支援、
- 事業化サポート、
- 事例の発信や政策への提言
です。
野心ある後継者や後継者候補(アトツギ)が自ら事業承継後の経営に向けて学ぶためのコミュニティの構築を目指し、家業の経営資源を活用した新規事業の開発(新サービス・製品の開発、業態転換、新市場参入など)や事業化などの支援を行っています。
若手後継者などの会員制システムが特徴であり、入会できるのは家業というフィールドで何か新しい挑戦をしたい、家業の経営資源を活用してビジネスを起こしたいと考えています「U34(34 歳未満)のアトツギ」です。
こうしたアトツギは、新たな事業への挑戦に向けた不安や家業の人間関係などで悩みを抱えていることも多いですが、同法人の多様な講座やセミナー、勉強会等を活用したり、同じような境遇にあるアトツギ同士で気軽に悩みを共有したりすることで、課題解決のヒントを得られます。
また、既にベンチャー型事業承継を成功させた先輩経営者である「メンター会員」が親身に相談に乗ってくれるので、経験に基づいた具体的かつ実践的なアドバイスを得ることもできます。
「若い世代が、胸を張って家業を継ぐ。
自分がやりたいことを家業で実現する。
そんなカルチャーが定着し、各地に地域に根ざすアトツギベンチャーが続々と登場することで、メディアなどを通じて世の中に広まれば、後継者不在問題の解消につながる可能性がある。」と山野代表理事は語っています。
まとめ
ここまでは、起業・事業承継の両面から、経営者を目指すきっかけや、経営者になるまでの課題について見てきました。
起業と事業承継に共通していえるのは、起業であれば勤務先での経験や起業家教育、事業承継であれば継ぐ事業での従事経験などを通して、自身の能力が経営者として通用するか否かを少しでも肌感覚で理解できている方が、経営者になろうという気持ちにつながりやすいということでしょう。
経営者になりたい者を増やすには、働きながらでも経営の経験を積めるような機会や、自らのアイデアを相談できる機会を増やし、経営者としての感覚を事前に理解・体験してもらうことが重要といえます。
起業と事業承継で大きく違う点は、経営資源が最初から揃っているかどうかです。
経営資源を引き継がずに起業する場合は、制約なく事業を展開できる一方で、ノウハウや技術といった無形資産を作り上げるには時間が掛かり、事業を軌道に乗せるまでのコストとリスクが大きいことが多いです。
成し遂げたいことに必要な事業や経営資源を、他者が持っているのなら、一から作るのではなく他者から引き継ぐという選択肢も検討に値するでしょう。
事業承継では、自身の求めていない経営資源まで引き継がざるを得ないケースも中にはあるが、事業が軌道に乗っているというメリットがある。
事業承継特有の課題や不安を払拭できれば、むしろ新しい取組に挑戦しやすい環境になり得るのではないでしょうか。
事業や経営資源を譲り受ける場合は、譲り渡す側との合意形成が必要になります。
親族から譲り受ける場合でも、事業承継に向けた話合いは、日常会話とは別に行わなければなりません。
当事者である現経営者や後継者が主体となって対話を進めていくことが重要であり、1対1での対話が難しければ第三者を交えて進めるのも選択肢の一つといえます。
役員・従業員が譲り受ける場合も、これまで培ってきた人間関係があり、同様に当事者が周囲を巻き込んでいくことも選択肢の一つといえます。
第三者からの事業や経営資源の引継ぎについては、М&Aに向けたマッチングサービスなどは充実しつつあるが、引継ぎを円滑に進める施策は、まだ拡充の余地があるといえます。
経営者の引退が加速する今だからこそ、次世代の経営者に需要のある既存の経営資源を引き継ぎ、有効利用してもらうことが重要です。
起業後に成長を果たす起業家の実態
ここまでは、経営者になるまでの過程における課題について見てきました。
こうした課題を払拭し、経営者の数を増やすための取組が重要である一方で、時代の変化に合わせて日本や各地域の経済を牽引する企業や、新たな雇用の受け皿となる企業が増えていくことも、日本が継続的に発展していくために重要です。
ここでは、
- 売上高を成長させたい、
- 雇用を拡大させたい
と考えている起業準備者や、起業後実際に
- 売上高を成長させている、
- 雇用を拡大させている
企業について分析することで、特に成長していく起業家への支援の在り方について、都市部と地方部の環境の違いという観点も交えながら検討していきます。
起業準備者の売上高に対する成長意向
はじめに、売上高の成長について分析します。
ここでは「経営者参入調査」における起業準備者を、前項と同様に、起業後の売上高を
- 「短期間で拡大させる」者を
- 「急成長型」
- 「中長期的かつ安定的に拡大させる」者を
- 「安定成長型」
- 「拡大を意図しない」者を
- 「事業継続型」
に分類して、それぞれの特徴について見ていきます。
起業準備者の年齢構成
以下の図は、起業準備者の現在の年齢を売上高に対する成長意向別に見たものです。
これを見ると、急成長型及び安定成長型では39 歳以下の若い年代が相対的に多いことが分かります。
起業準備者の準備期間
次の図は、売上高に対する成長意向別に、起業準備者が経営者になるために必要だと思う準備期間について見たものです。
これを見ると、準備期間は売上高の成長意向にかかわらず大きく変わらないことが分かります。
起業準備者が起業を検討している業種
以下の図は、売上高に対する成長意向別に、起業準備者が起業を検討している業種を見たものです。
これを見てみると、売上高の成長意向にかかわらず、
- その他のサービス業、
- 小売業、
- 専門・技術サービス業
などで起業を検討する者が多い傾向にあり、成長意向が強い者も同じ傾向を示していることが分かります。
また、情報通信業では売上高に対する成長意向が強い者の割合が顕著に高いことが分かります。
起業準備者の起業希望地
次の図は、起業準備者の起業希望地別に、売上高の成長意向を見たものです。
これを見ると、売上高に対する成長意向は、起業希望地が三大都市圏か否かで大きく変わらないことが分かります。
次の図は、起業準備者が起業希望地を選んだ理由を、起業希望地別と、売上高に対する成長意向別に見たものである。
三大都市圏以外の急成長型・安定成長型では、
- 「その地域に貢献したい・愛着があるから」
- 「自分が今住んでいる地域だから」
- 「自分が生まれた又は過去住んでいた地域だから」
- 「家族にゆかりのある地域だから」
- 「その地域に知人・友人が多いから」
の割合が高くなっています。
これは三大都市圏の急成長型・安定成長型の割合に比較しても高く、三大都市圏以外で起業したいと思うかどうかは、地域への愛着や人間関係がより強く影響していると考えられます。
その一方で、三大都市圏以外の急成長型・安定成長型では、
- 「新しいアイデアがわいてきそうだから」
- 「人材を探しやすいから」
- 「情報収集しやすいから」
の割合が三大都市圏の急成長型・安定成長型に比較して低いことが分かります。
情報や人材面での課題を地方部でも解決できる具体的な対応策を示すことができれば、地方で起業を考えている者の後押しができる可能性があると言えます。
売上高急成長企業の実態
前項では、売上高の成長意向別に起業準備者の特徴を見てきましたが、実際に近年起業して売上高を成長させている企業にはどのような特徴があるだろうか。
ここからは、株式会社東京商工リサーチの企業情報ファイルに収録されている2010 年に設立された企業(以下、「2010 年設立企業」。)、特にその中でも起業後に売上高を成長させている企業について分析していきます。
次の図は、抽出した2010 年設立企業の売上高増減を見たものです。
このうち、事業が軌道に乗り始めていることが多いと考えられる起業2年目(2012 年)からの5年間で売上高を3億円以上増加させた企業を「売上急成長企業」と定義し、その特徴について見て行きます。
売上高急成長企業の代表者の年齢構成
次の図は、売上高急成長企業とその他の2010 年設立企業の代表者の年齢構成について見たものです。
これによると、売上高急成長企業の方が30~39 歳、40~49 歳と比較的若い年代の割合が高いことが分かります。
売上高急成長企業の業種構成
次の図は、売上高急成長企業とその他の2010 年設立企業の業種構成について見たものです。
これによると、売上高急成長企業では、建設業の割合が特に高く、他には、運輸業・郵便業、卸売業、不動産業・物品賃貸業などの割合が相対的に高いことが分かります。
所在地別に見た売上高急成長企業の割合
次の図は、2010 年設立企業に占める売上高急成長企業の割合を、三大都市圏に所在するか否か、また、製造業か非製造業かで見たものです。
製造業では、三大都市圏と三大都市圏以外で売上高急成長企業の割合に大きな差異はないことがわかります。
また、非製造業では、売上高急成長企業の割合は三大都市圏の方が高いことが分かります。
起業準備者の雇用に対する拡大意向
ここからは、以下の図を用いて雇用の拡大について分析していきます。
「経営者参入調査」では、起業準備者の雇用に対する拡大意向についても聞いており、本項では雇用を、
- 「短期間で拡大させる」者を
- 「急拡大型」
- 「中長期的かつ安定的に拡大させる」者を
- 「安定拡大型」
- 「拡大を意図しない」者を
- 「非拡大型」
に分類し、それぞれの特徴について見ていきます。
起業準備者の年齢構成
次の図は、起業準備者の現在の年齢を雇用の成長意向別に見たものです。
これを見ると、急拡大型では39 歳以下の若い年代が多いことが分かります。
起業準備者の準備期間
次の図は、起業後の雇用に対する拡大意向別に、起業準備者が経営者になるために必要だと思う準備期間について見たものです。
売上高に対する成長意向別で見た場合と異なり、雇用の拡大意向が強いほど準備期間に時間がかかると回答する傾向にあることがわかります。
起業準備者が起業を検討している業種
図は、起業準備者が起業を検討している業種を雇用の拡大意向別に見たものです。
これを見ると、雇用の拡大意向が強い者は、製造業やその他サービス業、小売業などで起業を検討する傾向にあることが分かります。
また、製造業、情報通信業、運輸業では、雇用の拡大意向が強い者の割合が他の意向を持つ人よりも高いことが分かります。
起業準備者の起業希望地
次の図は、起業準備者の起業希望地別に、雇用の拡大意向を見たものです。
これを見ると、雇用の拡大意向は三大都市圏か否かで大きく変わらないことがわかります。
次の図は、起業準備者が起業希望地を選んだ理由を、起業希望地別、雇用の拡大意向別に見たものです。
売上高に対する成長意向別に見た場合と同様、三大都市圏以外の急拡大型・安定拡大型では、
- 「その地域に貢献したい・愛着があるから」、
- 「自分が今住んでいる地域だから」、
- 「自分が生まれた又は過去住んでいた地域だから」、
- 「家族にゆかりのある地域だから」、
- 「その地域に知人・友人が多いから」
の割合が高く、三大都市圏の急拡大型・安定拡大型の割合と比較しても高いことが分かります。
雇用急拡大企業の実態
ここからは、株式会社東京商工リサーチの企業情報ファイルに収録されている2010 年設立企業を基に、起業後雇用を拡大させている企業について分析します。
次の図は、抽出した2010 年設立企業の従業員数の増減を見たものです。
このうち、事業が軌道に乗り始めていることが多いと考えられる起業2年目(2012 年)からの5年間で従業員数を10 名以上増加させた企業を「雇用急拡大企業」と定義し、その特徴について見て行きます。
雇用急拡大企業の代表者の年齢構成
次の図は、雇用急拡大企業、及びその他の2010 年設立企業の代表者の年齢について見たものです。
これを見ると、雇用急拡大企業の方が30~39 歳、40~49歳の割合が高いことがわかります。
雇用急拡大企業の業種構成
次に示す図は、雇用急拡大企業とその他の2010 年設立企業の業種構成について見たものです。
これを見ると、雇用急拡大企業では、医療・福祉が占める割合が特に高く、他には、製造業、情報通信業、運輸業・郵便業、宿泊業・飲食サービス業などの割合が相対的に高いことが分かります。
所在地別の雇用急拡大企業の割合
以下の図は、2010 年設立企業に占める雇用急拡大企業の割合を、三大都市圏に所在するか否か、また、製造業か非製造業かで見たものです。
製造業では、三大都市圏以外の方が雇用急拡大企業の割合が高いことが分かります。
また、非製造業では、三大都市圏と三大都市圏以外で、割合に大きな差異はないことが分かります。
評論
日本のスタートアップエコシステムの強化に向けて(J-Startup プログラム)
政府では、「企業価値又は時価総額が10 億ドル以上となる、未上場ベンチャー企業(ユニコーン)又は上場ベンチャー企業を2023 年までに20 社創出」という目標を新たに掲げました。
J-Startup プログラムでは、グローバルで成長するスタートアップの創出を通じて政府の目標達成を目指すとともに、ロールモデルの創出により、自ら企業を立ち上げて挑戦をするという起業家精神を社会全体で醸成し、日本のスタートアップエコシステムのさらなる強化を図ることを目的とします。
- ロールモデルの創出
- トップベンチャーキャピタリスト、アクセラレーター、大企業のイノベーション担当などにより、ミッション・独創性・成長性等の観点から推薦されたスタートアップを「J-Startup企業」として選定。
- 政府関係機関や「J-Startup Supporters(大企業、ベンチャーキャピタル、アクセラレーター等)」による、J-Startup 企業への官民での集中支援を通じ、世界で活躍するロールモデルの創出を行う。
- <政府による集中支援の例>
- J-Startup ロゴの使用(選定企業としてのブランディング)
- 特設ホームページ、国内外メディアによるPR
- 大臣等政府の海外ミッションへの参加
- 海外・国内大規模イベントへの出展支援
- 海外展開支援
- 国内外で開催される展示会等への出展支援を実施し、国内外における日本のスタートアップのプレゼンス向上を目指します。
- また、先進地域に設置されたJETRO グローバルアクセラレーション・ハブによる現地情報の提供やメンタリング、現地コミュニティの形成支援等による日本のスタートアップの海外展開支援を実施します。
- インバウンド支援
- JETRO グローバルアクセラレーション・ハブにて外国人起業家等の日本への進出を支援し、日本側での市場調査やビジネスプラン作成の支援等で連携を実施します。
- また、国の認定を受けた地方公共団体において、外国人起業家が起業の準備をするために、最長1 年間の在留資格を獲得可能となる制度を設け、外国人起業家の日本への呼び込みを強化し、グローバルなスタートアップエコシステムの構築を推進します。
移住創業者
この評論では、移住に合わせて起業する「移住創業者」について分析します。
次の図は「経営者参入調査」における起業準備者・起業希望者の現在の居住地と起業希望地の関係性について見たものです。
これを見ると、現在の居住地は都市部(三大都市圏)だが、地方部(三大都市圏以外)で起業しようとしている者が少ないながら一定数いることがわかります。
地方部で移住創業者を取り込むことが地域人口の維持に直接つながるわけではありません。
しかし、移住創業者が地域外の情報や人脈をもたらしてくれれば、地域内の起業希望者や経営者の刺激となり、地域経済全体の活性化が期待できます。
起業や移住を前提とせず、その地域に興味のある地域外の人材が地域内の人々と交流する場を設けるような取組も、地域経済を活性化するためには有効ではないでしょうか。
事例
株式会社スリーアイバード
「地域の起業支援拠点をいかし、新たな挑戦をする企業」
秋田県五城目町の株式会社スリーアイバード(従業員4名、資本金300万円)は、無人航空機(以下「ドローン」。)の操縦士や安全運航管理者を養成する企業である。
廃校となった旧馬場目小学校を活用した町営の起業家支援施設である五城目町地域活性化支援センター(通称BABAME BASE)に入居し、ドローンスクール「Dアカデミー東北」を運営しています。
また、建設業団体、秋田県及び五城目町と、建設業のICT 技術者育成を支援するため設立された、五城目町のスキー場を拠点とする「i-Academy 恋地」の運営の中核を担っています。
同社社長である伊藤驍氏は、秋田工業高等専門学校で名誉教授として教鞭をとっていたが、県内企業とともに人口減少が加速する中、地元秋田を元気にしたいという思いがありました。
そして、これまでの知識・経験や人的ネットワークを活かして地域の抱える課題の解決ができないかと模索をし始めました。
起業に向けて、知人の出身地だった五城目町役場に相談すると、BABAME BASE を紹介された。
座学と実習を同一の場所で実施できるドローンスクールは少ないが、BABAME BASE では学校の広い校庭や体育館、近隣の恋地スキー場でドローンや重機を自由に使うことができるため、ここに入居すれば1か所で実践的な研修を行えることが同業者との差別化につながると考えました。
また、BABAME BASE には多様な事業を手掛ける起業家が入居しており、地域の起業コミュニティとしても魅力がありました。
2016 年、秋田市の測量調査会社などから出資を得て起業し、BABAME BASE へ入居しました。
ドローンの活用により、人手不足の建設業界で多様な人材が活躍できる社会を実現すべく、若者や女性をターゲットに研修を開始しました。
建設業やドローンに関心のない若者や女性に少しでも目を向けてもらえるよう、ABAME BASEに入居する広告デザイン会社に研修パンフレットを作成してもらうなど、BABAME BASE 内での連携が事業にいかされることもありました。
また、自社の事業展開に加え、BABAME BASE に入居するハバタク株式会社(秋田県五城目町)が実施しているベンチャー育成事業「ドチャベン(土着ベンチャー)・アクセラレータープログラム」の運営に協力するなど、地元の創業機運の盛り上げにも一役買っています。
既にBABAME BASE には地元出身の起業家だけでなく、県外から移住してきた起業家も入居しており、またその年代も幅広いです。
多様なバックグラウンドをもつ起業家同士の交流次第では、新しい事業が次々立ち上がる可能性もあると言います。
「地方にも新しいことに挑戦する環境が整い始めている。
五城目を起点に、地域を更に盛り上げていきたい」と伊藤社長は語っています。
株式会社エヌビィー健康研究所
「地域の高度人材を有効活用し、成長を図る企業」
北海道札幌市の株式会社エヌビィー健康研究所(従業員13名、資本金3億3,960万円)は、新薬の研究開発に特化した創薬ベンチャー企業です。
同社社長の髙山喜好氏は、博士課程修了後、大手製薬企業で医薬品の研究開発に従事する中で、臨床現場のニーズと製薬業界の研究テーマが必ずしも一致しないことに疑問を感じていました。
また、製薬業界の研究開発が、自前主義から大学や中小企業の技術を活用するスタイルへ変化しつつあると感じていた。
こうした背景から、髙山社長は自由度の高い創薬ビジネスを立ち上げるため、2006年に埼玉県で起業しました。
当初は創薬のコンサルティング事業を主力としていたが、起業翌年、埼玉県が運営するインキュベーション施設への入居を機に、創薬の初期段階の分析や試験などの研究開発を受託する事業を開始しました。
当時はリーマン・ショックの影響もあって資金繰りには苦労しましたが、前職で培った人脈を活かして効率的な設備投資を行い、徐々に雇用も増やしていきました。
2012年、インキュベーション施設の入居期限を迎え、転居先を探すことになりました。
髙山社長は、同社の強みを深掘りするには
- 「設備機器の充実」、
- 「社員のレベルアップ」、
- 「携わる高度人材の採用」
が欠かせないと考え、自らの出身地でもある北海道のインキュベーション施設「北大ビジネス・スプリング」に移転を決定しました。
社員が大学の実験施設や専門機器を利用したり、セミナーに参加したりできる環境を整えました。
さらに、北海道には製薬企業が少なく、道内の高度理系人材が就職を機に道外に流出してしまうという行政課題があり、自治体や公的機関の支援を受けやすいというメリットがあったことも大きかったといいます。
髙山社長の狙いは的中し、移転後に北海道大学の研究員や大学院生の採用に成功しました。
その後も採用を続け、研究員を10 名にまで増員しています。
髙山社長は「当社が必要とする研究員の獲得と社員が充実した研究に従事できる環境の確保ができている。
今後も、事業の根幹である基礎研究を担う社員を採用・育成し、事業拡大を図っていきたい」と語っています。
同社は、2016年、2018年に相次いで大型の資金調達を行い、研究開発受託から創薬シーズ創出へビジネスモデルを変革し、更なる成長拡大を目指しています。
社会・社員・地域への貢献をミッションに掲げて、髙山社長は挑戦を続けていきます。
滋賀県東近江市
「市民に起業希望者へ出資をしてもらう新たな形態で起業を支援する地方自治体」
滋賀県東近江市は、人口約11万5,000人で、西に琵琶湖、東に鈴鹿山脈を望む水と緑の豊かな市で、近江商人の発祥地の一つでもあります。
こうした立地と時代背景から、かつてより豊富な自然資源を活用した事業活動が盛んな地域で、同市としても地域資源をいかした事業活動への支援に注力してきました。
同市では、2015 年度の検討会を皮切りに、2018 年度に「公益財団法人東近江三方よし基金」を立ち上げました。
近江商人の「三方よし」(「売り手よし」、「買い手よし」、「世間よし」)の精神に則り、市民による寄付を原資に設立されたコミュニティファンドです。
同基金の資金源には同市の補助金や市民からの寄付金のほか、地域金融機関からの融資などを組み合せ、官民組織そして地域住民が協働で起業希望者を支援する体制を整えています。
多様化する地域課題に対して、NPO 法人などが地域資源をいかして解決しようとする場合、金融機関からの資金調達が難航するケースが多いです。
そこで、2014 年度、同市は、そうした事業の立上げを支援しようと起業希望者に対して補助金を交付する制度である「コミュニティビジネススタートアップ支援事業」を立ち上げました。
しかし、従来の補助事業では、起業希望者が事業の意義をアピールしたりアドバイスを受けたりする相手が支援事業の窓口である行政のみで、事業活動の受益者である市民の意見を直接反映する機会が乏しく、「地域の課題や資源を市民と共有すること」と「収益を生み出すこと」の両立が課題でした。
こうした背景から2016 年度、起業希望者自身が事業を進めるに当たり市民からの出資を募り、支援金を集める手法を導入し、成果連動型の補助金交付制度に改めました。
2018 年度からは東近江三方よし基金も同制度の中で本格的に運用され始めています。
まず、同基金から資金提供を受けたい起業希望者は、事業計画の策定に合わせて何らかの明確な成果目標を設定します。
事業計画は公開され、これに共感した市民は金融会社を通じて起業希望者に対して小口の出資を行います。
起業希望者は市民投資家の出資金を元手に事業を展開し、当初掲げた目標を達成した場合は同基金から金融会社を通じて市民投資家に対して配当を加えて償還が行われます。
支援を受けた起業家は市民投資家から応援されているという実感と、出資金を返さなければならないという責任感を覚え、公益性と事業性の両面の向上を意識するようになります。
また、市民投資家も出資金を回収するために、当事者意識を持って起業家の支援をするようになるのも特徴であるといいます。
「人と人、人と自然をつなぐ『志のあるお金』が地域の中を循環することで、持続可能な地域社会を創っていきたい」と同市まちづくり協働課と基金事務局の担当はともに語っています。
チャレンジショップASUCOME(明日香夢-あすかむ-)
「行政、商工会、よろず支援拠点が連携して起業を支援する施設」
奈良県明日香村のチャレンジショップASUCOME(明日香夢-あすかむ-)は、明日香村が2014年4月にオープンした施設です。
同施設は、周辺に奈良県立万葉文化館や酒船石遺跡、飛鳥寺などの豊富な歴史遺産に恵まれ、村内観光周遊の一拠点となっています。
村内で開業を目指す創業希望者は、原則2年間、同施設内で、低予算で店舗運営の実践ができ、これまでに累計15 人が出店し、10 人が卒業、卒業者のうちの5人が村内で新店舗を開業しています。
同施設では、明日香村、明日香村商工会、奈良県よろず支援拠点等が連携し、出店者の創業を支援しています。
それぞれの役割分担としては、
- 明日香村が
- 月1回各店舗の売上確認や
- 出店者との定例会議を開催、
- よろず支援拠点が
- 3か月に1回専門性を活かした出張相談や
- 年1、2回個別相談会を実施、
- 商工会が
- 平時の相談相手となり
- 必要に応じて他の支援機関との顔つなぎ役、
という分担です。
出店者の選定は、公募による創業希望者の中から、
- 明日香村、
- 明日香村商工会、
- 飛鳥観光協会、
- よろず支援拠点
で構成する選定委員会が審査し、決定します。
同委員会において、連携する各団体が、出店者の支援の方向性などを共有することで、創業希望者は出店後、各団体の強みをいかした多角的なサポート体制の下、経営を実践で学び、課題解決や商品開発に取り組むことができます。
奈良県よろず支援拠点は、特定創業支援事業者に認定されている全国でも数少ないよろず支援拠点であり、創業支援に強みを持っています。
同拠点が2014 年9月から連携に加わったことで、より専門的な創業支援を行えるようになりました。
同拠点は、明日香村商工会にテレビ電話用タブレットを貸し出しており、同商工会内に設置されたテレビ電話はSUCOME の出店者も利用できるため、支援体制の充実に寄与しています。
同拠点のサブチーフコーディネーターの土本芳弘氏は「今後は創業後の支援を強化していきたい。
希望に添う立地で店舗を確保できなかったなどの理由で、村内で開業できなかった人もいる。
創業支援を維持継続しつつ、志半ばで断念する人を少しでも減らしたい。」と語っています。
まとめ
以上、ここまでは売上高を成長させたい、雇用を拡大させたい起業準備者や、実際に売上高を成長させた、雇用を拡大させた企業について見てきました。
若年層の方が、売上高成長意向、雇用拡大意向ともに強い傾向があり、実際に成長・拡大しているのも、代表者が若い企業であることを明らかにしました。
また、雇用を拡大させるためには、起業に向けた周到な準備が必要と考えている者が多いことが分かりました。
地域の観点からは、売上高急成長企業、雇用急拡大企業ともに都市部、地方部に偏りなく存在することが分かりました。
また、その土地で起業したいと思うかどうかは、地域に愛着があるか、地域に人脈があるかが影響していることも明らかになりました。
各地域で成長する起業家を生み出していくためには、例えば起業を検討している人に対し、地元のロールモデルとなっている起業家や住民との交流の場を設けるなどすることで、まずは地域への関心や愛着を深めてもらうこと有効であるといえます。
さらに、そうした交流を通して人脈が広がっていくことで、情報収集や人材確保といった地方特有の課題解決につながる可能性もあるのではないでしょうか。
まとめ
ここまでは、「次世代の経営者」に着目し、その実態と課題について分析を行ってきました。
まず、日本の経営者参入について、起業・事業承継の両方の観点から概観しました。
起業・事業承継ともに、若い年代が経営者に参入する割合が増えていることなどを明らかにしました。
また、起業意識について国際比較をしていく中で、日本では自身の能力などで起業ができるかどうか見極める機会が、起業に関心を持つきっかけになりやすいことも明らかになった。
次に、経営者に至るまでの実態と課題について見てきました。
起業家教育や継ぐ可能性のある事業での従事経験などを通して、時間をかけて経営者になるための準備を行うことの重要性、そして既存の経営資源を有効活用することで、起業後、事業承継後の事業の成長につなげられる可能性などが示されました。
さらに、起業後の売上高の成長及び雇用の拡大の実態と課題について、地域別の観点も交えながら見てきました。
売上高の成長や雇用の拡大のためには、地域への愛着や地域内での人脈も影響している可能性があることが分かりました。
経営者の高齢化が進み、経営の担い手の数が減少する中でも、ポスト「平成」に向けた世代交代は着実に進んでいます。
時代が変化する中で、一から新しい事業を作り上げる経営者と、引退した経営者の思いや有効活用できる経営資源を引き継いで成長を目指す経営者の双方が、今後の日本経済を牽引していくことを期待しています。
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