約30 年続いた「平成」が終わり、5月から「令和」が始まります。平成の約30 年間を振り返ると経済・社会の構造は大きく変化し,今後この変化はさらに大きく速くなることが見込まれます。中小企業経営者は、このような社会変化の中で、柔軟に変化に対応し自己変革を続けていく必要があります。本章では、日本の中小企業を取り巻く経済・社会の構造変化と、今後、中小企業に期待される役割について考察していきます。
またここで用いる図や画像は全て、中小企業白書2019を引用したものです。https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2019/PDF/chusho/00Hakusyo_zentai.pdf
構造変化への対応
3つの経済・社会の構造変化
前回の記事
では、中小企業の景況感は緩やかに改善しているが、人手不足にあえぎ、かといって生産性も上がっていないということが示されました。ここからは、引合いは必ずしも少なくないが、目の前の仕事をこなすのに精一杯で、業務改善や新事業展開に関する手を打てていない、という中小企業像が浮かび上がります。しかし、本章冒頭でも述べたとおり、経済・社会構造はこの約30 年間で大きく変わっています。そこで、本節では、中小企業を取り巻く
- 「人口減少」、
- 「デジタル化」、
- 「グローバル化」
の3つ経済・社会の変化が中小企業にもたらす影響を分析していきます。
人口減少
日本の人口変化
現在の日本が直面する大きな課題としてまず挙げられるのが、少子高齢化とそれに伴う人口減少です。こちらの記事で説明してきたとおり、これまで日本の人口は増加し続けてきましたが、2008年をピークに減少に転じました。
特に地方部では、既に人口が大きく減少しています。第3-1-1 図は、市区町村別に見た、1990 年から2015 年までの日本の人口変化です。これを見ると東京・大阪・名古屋など、都市部の人口は増加しているが、地方部の人口は大きく減少しており、都市部への人口集中と地方の過疎化が顕著となっています。今後、日本の人口は2050 年までに約1億200 万人(2015 年対比マイナス約2,500 万人)まで減少すると予想されており、都市部と地方部の人口格差は更に拡大することが見込まれます。
人口減少と中小企業
次に、各地域と中小企業の関係を確認していきます。第3-1-5 2 図、第3-1-3 図は、市区町村別に見た中小企業の事業所数の割合及び中小企業の事業所に勤務する従業者数の割合です。この図では、地図上で赤色が濃い地域ほど、中小企業の割合が高いことを示しています。これを見ると、特に人口減少が顕著な地域において、中小企業の事業所数及び中小企業の事業所に勤める従業者数の割合が高い傾向が見られます。また、都道府県別に中小企業の事業所に勤める従業者数の割合を見ると、人口減少率の高い都道府県と中小企業の事業所に勤める従業者数の割合の高い都道府県はほぼ一致しており、特に人口減少地域において、中小企業は就業機会の担い手としての役割を果たしていると考えられます。
中小企業の労働生産性と人口密度の関係
次に、地域の産業構造の変化について見ていきます。第3-1-4 図は1986 年から2016 年までの従業者数で見た地域の中心産業の変化です。一般に、産業構造は、経済の発展・成熟に伴い小売・サービス業などの第3次産業へシフトすると言われていますが、これを見ると、日本においても、製造業(緑色)が減少した反面、小売(青色)、医療・福祉(橙色)、サービス(赤色)が増加していることが分かります。
次に、人口密度と労働生産性の関係を、
- 企業規模別(大企業・中小企業)、
- 業種別(製造業・非製造業)
に見ていきます(第3-1-5 図、第3-1-6 図)。
本分析では、まず、
- 総務省「平成27 年国勢調査」と
- 総務省「統計でみる市区町村のすがた2016」
を利用し、市区町村の可住地面積(1㎢)当たりの人口密度を算出し、人口密度の高さから市区町村を4つのランクに分類しました。その上で、各市区町村に立地する事業所ベースの労働生産性を算出し、
- 企業規模別(大企業・中小企業)、
- 業種別(製造業・非製造業)
に見たものです。これを見ると、製造業・非製造業ともに、中小企業の事業所では、人口密度が高いほど労働生産性が高くなっていることが分かります。他方、大企業の事業所では人口密度の高さと労働生産性の高さには関係がないことが見て取れます。また、製造業・非製造業で労働生産性を比較すると、人口密度の低い地域における労働生産性が最も低くなっています。
以上を踏まえると、中小企業の事業所の労働生産性は、立地地域の人口密度との関係性が強いことが確認されました。しかしながら、人口減少という事象そのものは一朝一夕に解決できる問題ではないため、今後は人口減少を前提としたビジネスモデルを構築していく必要があります。こうした中で、次項から解説を行う「2.デジタル化」、「3.グローバル化」は大きな追い風になると考えられます。デジタル化は、新たな販路拡大の可能性や、不足する経営資源の補完や経営の合理化を後押しする流れであり、規模の大小を問わず事業を拡大させる可能性を高めるものと考えられます。グローバル化の流れは、新興国を中心とした海外の需要を獲得することができれば、成長の余地が十分にあることを示しています。このように、人口減少という大きな課題に直面する中でも、足下の経済・社会変化は中小企業にとってマイナスの影響ばかりではありません。今、中小企業に求められるのは、追い風となる経済・社会変化を、いかに自社の経営に取り込むか、ということであるといえるでしょう。
事例 株式会社スーパーまるまつ
「人口減少・競合参入という経営環境で、利便性の向上や固定客の獲得により地域内シェア首位を維持する企業」
株式会社スーパーまるまつ(従業員24名、資本金2,500万円)は、福岡県柳川市で地域密着型のスーパーを経営する企業です。同社が所在する福岡県柳川市は、この20 年間で人口がおよそ1割減少しました。さらに同地域には、1990 年代後半から大手ディスカウントストアや小売チェーン、コンビニなどの進出が相次ぎ、地域の小売店や地場スーパーなどは次々に淘汰されていきました。このような人口減少・競合の増加という非常に厳しい経営環境にもかかわらず、同社は徹底した効率化と既存顧客の単価向上・固定客化によって同地域におけるシェア1位を維持し、創業以来無借金経営を継続しています。同社は、かねてより人手不足に悩まされていたこともあり、徹底した業務効率化を行ってきました。40 年以上前からPOS システムを導入し、販売情報を一元管理するとともに、POS システムで把握した販売データと天気予報などの情報から翌日の販売数を予測し、在庫リスクの低減などを図ってきました。また同社は、実際に販売された分だけ仕入れに計上される「消化仕入れ」を行っています。消化仕入れでは、仕入れ時に納品数をチェックする必要が無く、検品業務を省くことができ、大きな業務効率化効果があります。同社がPOS システムを導入し、販売個数を正確に管理しているため、この消化仕入れが可能となります。現在約120 社ある取引先のうち、約35 社から消化仕入れを行っています。さらに、同社は20 年以上前からチラシの配布を止め、固定客の取込を強化するために、ポイントカードを導入しました。ポイントカードの会員に対する特別価格の設定を行うなどの取組により優良顧客の囲い込みを実現しました。近年では、同社の主要顧客である高齢者に対して更なる利便性を提供するために送迎サービスも開始しました。同地域では公共交通機関が乏しく、日常の移動は自家用車が主ですが、高齢者にとっては負担が少なくありません。このサービスは必ずしも当社の採算性を高めるものではないが、送迎サービスの車内で交わされるコミュニケーションが、当社と顧客との関係をより強固なものにしています。松岡尚志社長は「今後、地域の人口が減少し高齢化が進む中でも、ICTなどのツールを有効に活用することで人手不足を克服していくとともに、高齢者に対するサービスを充実させ、顧客との関係をさらに強化していきたい」と語ります。
事例 株式会社富山銀行・国立大学法人富山大学
「地域の中小企業の採用活動を金融機関と大学が連携して支援する事例」
富山県高岡市に本店を構える株式会社富山銀行は、同県富山市の国立大学法人富山大学と連携し、県内中小企業の新卒採用の支援に取り組む地域密着型の金融機関です。富山県では、大卒の多くが三大都市圏へ就職してしまうため、県内の中小企業は新卒採用に苦戦していました。このため同行には、主要顧客である多くの県内中小企業から新卒採用に関する強い支援要請がありました。他方、富山大学は地域に根差した大学として、学生の県内就職率を現状の
- 38.7%から
- 48.7%まで
引き上げる目標を掲げており、地元企業との連携が不可欠でした。このように共通した目標を持つ両者の協業が実現し、富山県の中小企業に対する新卒学生の採用支援が始まりました。まずは、同行が地元優良企業を推薦し、紹介するパンフレット「企業研究冊子」を作成することになりました。パンフレット作成に当たっては、同大学の学生を巻き込んで企業インタビューをしてもらうことで、学生ならではの視点を盛り込みました。また、学生に対し、応募する企業を選ぶ際に欲しい情報について事前にアンケートを行いました。その結果、これまで企業側は自社製品・サービスの強みをアピールしていたのが、学生側は働く環境や活躍の場としての魅力を知りたいと考えており、企業が伝えたいことと学生が知りたいことにミスマッチがあることが分かりました。そこで、「企業研究冊子」は学生の知りたいことを中心に内容を充実させました。中小企業にとっては、本パンフレットに掲載されることで、事業の先進性や社内の労働環境などについて富山銀行からの推薦コメントが得られるため、第三者目線でも魅力ある企業であることをアピールできるというメリットがありました。さらに、「企業研究冊子」で紹介を行うだけでなく、中小企業自身が学生に魅力を伝えることが必要という問題意識から、「TOYAMA採用イノベーションスクール」も開講しています。これは、中小企業の採用力向上を目的とした経営者・採用担当者向けの塾で、講義とワークショップ、個別ゼミを組み合わせ、全6回で行われています。初回は平成30 年に実施され、14 社が参加しました。「採用学」を確立した神戸大学教授による講義があったほか、参加企業が他社とディスカッションし、取組を共有し合うことで、自社の課題を整理し、主体的に採用戦略を考えるプログラムとなっています。今後も同行・同大学は、県内中小企業の人手不足という課題解決の支援を行っていく方針であり、県全体の人材確保・育成を充実させることで、地域経済の活性化につなげることを目指しています。
デジタル化
インターネットの普及
第2の変化はデジタル化の進展です。1990 年代に入って、民間でもインターネットの利用が可能になり、1997 年時点において9.2%に過ぎなかったインターネットの世帯普及率は、2002 年時点では54.5%と急拡大し、2010 年以降はおおむね80%程度の水準で推移しています。第3-1-7 図は世帯主年齢別のパソコン・スマートフォンの保有率の2010 年から2017年までの推移です。これを見ると、2010 年時点でパソコンの保有率はスマートフォンの保有率を大きく上回っていたが、2017 年時点では20~64 歳までの世代でスマートフォンの保有率がパソコンの保有率を上回っています。また、パソコンの保有率は全世代を通じて2010 年から2017 年にかけて低下しているが、スマートフォンの保有率は全世代を通じて大幅に上昇しています。第3-1-8 図は、インターネットで利用したサービス・機能を年齢別に2010 年と2017年で比較したものです。まず、電子メールの利用状況を見ると、2010 年と比較して、特に年齢の高い層の利用割合が高くなっていることが分かります。注目すべき変化として挙げられるのは、ソーシャルネットワーキングサービス(以下、「SNS」といいます。)8の活用であり、2010 年から2017 年にかけて利用率が大幅に高まっていることが分かります。これとは対照的にホームページ・ブログの利用状況を見ると、2010 年から2017 年にかけて低下していますが、15~59 歳までの世代を見ると2017 年時点においても約40%の人が利用しています。また、商品・サービスの購入・取引については大きな変化がなく、20~50 代の世代で40%超の人が利用しています。このように個人レベルで見ると、インターネット上の活動は一般化、活発化していることが分かります。
中小企業のICT 活用状況
ここからは、中小企業のインターネットの活用状況を、総務省「平成29 年通信利用動向調査」を利用して見ていきます。インターネットの普及を企業側から見ると、情報発信や取引の手段の範囲が大きく広がったと捉えることができます。インターネット普及時代の購買行動は、「AISAS10」というモデルで知られており、購買の過程で、インターネット上で「検索」をすることが一般的になっています。言い換えれば、顧客との接点がインターネット上で設けられるようになっており、自社の存在や商品・サービスの認知度を高めるためにはインターネット上での情報発信が重要であるといえます。第3-1-9 図は、従業員規模別に見た、ホームページの開設状況の推移です。これを見ると、2010 年と2017 年を比較すると、中小企業、大企業ともにホームページを開設している企業の割合が若干増加しているが、2010 年時点で既に大部分の企業がホームページを開設しており、顧客との接点となる窓口は設けられているといえます。
次に、企業におけるソーシャルメディアサービスの活用状況を確認する(第3-1-10図)。これを見ると、2011 年時点において、大企業、中小企業ともに活用状況は1割程度と大きな差は見られなかったが、2017 年時点においては中小企業の活用状況が25%に対して大企業が37%となり、差が拡大しています。ここでのソーシャルメディアサービスは、ブログ、SNS や動画共有サイトを指しています。これらのサービスは無料・安価で利用できるサービスが多い点に特徴があり、中小企業にとって、始めやすいマーケティングツールであると考えられます。
また、2017 年におけるソーシャルメディアサービスの活用目的・用途を確認(第3-1-11 図)すると、「マーケティング」ツールとしての活用について大企業と中小企業の差が見て取れます。ソーシャルメディアサービスを活用した情報発信は、マスメディアを通じたテレビCM や広告チラシのような一方的で画一的な情報発信と異なり、双方的でターゲットに合わせた情報発信を行うことができる点が特徴的であり、「顧客との関係性」をより強固にする可能性があります。運用方法に関しては慎重に検討する必要がありますものの、このような新たなツールを積極的に取り込んでいくことは重要であると考えられます。
コラム デジタル・プラットフォーマーの台頭
インターネット及びモバイル端末などの普及により、新たなビジネスモデルも多く誕生しています。現在、インターネット上では、経済活動を含む様々な活動が行われているが、これらのネット上の広範な活動の基盤を提供する者として、デジタル・プラットフォーマー12が、世界的に非常に大きな存在となっています。コラム3-1-1①図は、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)と呼ばれる代表的なデジタル・プラットフォームを提供する事業者の売上高の推移です。これを見ると、デジタル・プラットフォーマーは、スマートフォンなどのモバイル端末の普及と時期を同じくして急速に成長していることが分かります。
日本でも、デジタル・プラットフォーマーは既に生活の中に浸透しています。コラム3-1-1②図は、日本におけるスマートフォンからインターネットサービス利用者の数を示したものです。これを見ると、いかに多くの人々がデジタル・プラットフォームを利用しているかが分かります。
中小企業における電子商取引(Electric Commerce, 以下、「EC」)の利用状況
人口減少により、特に地方部では需要の減少が顕著ですが、ICT 技術は地域を超えた販路拡大の可能性をもたらします。その1つとして注目されるのは、EC です。一般に、EC はインターネット上で行われる商品・サービスの取引を指し、第3-1-12 図、第3-1-13 図を見ても分かるように、企業同士の取引(BtoB14)、消費者向けの取引(BtoC15)の両面で拡大を続けています。
次に、中小企業のEC の利用状況を確認します。第3-1-14 図は従業員規模別に見たECの利用状況です。中小企業でEC を利用している企業の割合は44.7%と大企業を約10 ポイント下回る水準となっており、拡大の余地が残されている可能性があります。また、第3-1-15 図はEC を利用している企業の利用目的を示しています。これを見ると、「販売」より「調達」でEC が活用されていることが分かります。最後に、特にBtoC のEC での販売モデルについて確認する(第3-1-16 図)。大企業と中小企業との販売モデルを比較すると、自社サイトと電子モールの活用割合が異なる点が特徴的です。日本でも、高い認知度を誇る電子モールが存在し、その存在感は非常に大きなものになりつつあります。このような電子モールへの出店は、集客力の観点からは出店者にとって大きなメリットがある反面、電子モール運営者により定められたルールに従い、決められた手数料を支払う必要があります。他方、自社サイトでの販売は自由な運営が可能ですが、一定の認知度が無ければ自社サイトへの集客は困難であると考えられます。自社サイト、電子モールともにメリットとデメリットがあるので、電子モールへの出店を行うことで自社の認知度を高めつつ、リピーターを自社サイトへ誘導するなど、うまく活用していくことが重要です。
事例3-1-3 に見られるように、EC を自社の経営に取り入れて有効に活用することは、地域内需要の減少が進む地方部において、海外も含めた販売を拡大する有効な手段になりうるでしょう。また、近年は人口減少とEC の発達により、小売店の苦境が指摘されています。このような環境下において、「店舗で顧客を待つ」、「EC で買うことができる商品を販売する」というビジネスモデルには限界があります。事例3-1-4 のように、顧客に対して「特別な価値や経験」を「事業者サイドから届けていく」ことも、経済・社会の変化に対応する1つの方法であると考えられます。
事例 ホシサン株式会社
「EC の戦略的な活用により、販路の拡大を実現した老舗企業」
熊本県熊本市のホシサン株式会社(従業員50 名、資本金3,850 万円)は、
- 醤油
- 味噌
- ドレッシング
などの調味料を製造・販売している企業です。同社は創業100 年超の老舗調味料メーカーであり、問屋を通して熊本市内の小売店や飲食店向けに醤油・味噌を中心とした調味料を販売してきました。しかし、約30 年前から熊本市内に量販店の進出が進み、大手メーカーが市場を席巻し始めました。また、近年は共働き世帯の増加などライフスタイルが変化し、一般家庭では調理済食品が食卓に並ぶ機会が増えるなどの要因を背景に、醤油や味噌の販売量も減少していました。このような背景から、熊本市内にとどまらずに販路を全国拡大させる必要性を感じ、約10年前から社内でEC販売の準備を進めてきました。EC 販売の本格的導入に向けて専門的な知見を持つ人材を確保するため、ICT やネット通販に精通した人材の募集を継続していたところ、4年前に採用に成功。自社のホームページを作成し、大手通販サイトを利用してEC 販売を本格的に始めることになりました。実際にEC 販売を開始したところ、「火の国ぽん酢」などの熊本県らしい商品が、全国の消費者から高い評価を得ました。熊本市内中心の従来の販売チャネルでは、醤油や味噌などの定番商品の販売が中心だったことから、既存の商品との棲み分けを行いながら、新たな販路を獲得できたことは当社にとって大きな成果でした。この成功体験は、当社の新商品開発のモチベーションにもつながっています。EC 販売が軌道に乗る中で、同社はEC の活用方法についても戦略的に見直しを進めています。EC は販路拡大のために非常に有効である一方、商品の認知度を高めるためにEC サイト上で広告を行うと、多額の広告掲載料が利益を圧迫します。同社が販売する商品は、その特性上、1商品当たりの単価が1,000円に満たないものが中心であり、高額な広告掲載料は費用対効果の観点から見合いませんでした。そこで、当社は2018 年9月からEC サイト上での広告掲載を取り止めました。しかし、同社の商品は、その魅力から既に「ブランド」が確立され、十分な認知度を有していたほか、自社HP を利用した情報発信が十分に機能しており、広告掲載の取り止めによる販売量の減少といった問題は生じていません。また、現在は自社HP にてEC 販売も行っています。同社はさらに、海外の日本食ブームを機会として捉え、ECを活用した海外展開も視野に入れています。古荘完二社長は「近年は、社会的トレンドが急速に変化します。この変化に遅れずついていくため、今後は、IoTやAI といった技術も積極的に取り入れていきたい。」と語ります。
事例 こども古本店
「顧客価値の追及により、他社では真似できない自社独自の付加価値や強みを発揮している事業者」
愛知県北名古屋市のこども古本店(従業員5名、個人事業者)は、主として子供向けの絵本のリサイクル販売を行っている事業者です。近年、大手ネット通販の台頭により、従来型の本屋が次々と姿を消していく中で、事業主の中島英昭氏は、2012 年に子供向け絵本(古書)を主力商品とするネット通販事業を、2015 年には車による絵本の移動販売を開始しました。古書の販売に当たって、利便性では大手ネット通販会社、価格優位性ではネットオークションに敵わないと考え、同事業者は独自の付加価値として、
- 子供向けの絵本に特化し、
- 徹底的に「品質」(きれいで安心・安全)を重視することと、
- 絵本の楽しさを体験・共有してもらう
といった他社では真似できない価値を提供するため、顧客(絵本を手に取る子供や母親など)の視点に立った販売戦略を展開しています。同事業者は、古書店として初めて最新の図書消毒機を導入しており、
- ごみ
- ほこり
- 細菌
- ダニ
などの除去を可能としています。これによって、手作業でできない細部の消毒まで可能にし、「安心安全な絵本」としての商品展開を可能にしています。高品質な商品であることを顧客への最大の訴求ポイントとし、クリーニングの方法や過程などの詳細をホームページ上で紹介するなど、顧客へのPR を積極的に行っています。また、車での移動販売においては、絵本に精通した専門のスタッフによる「読み聞かせライブ」を開催しています。現代の子供たちは携帯ゲーム機やタブレット端末で遊ぶことが多くなっているが、この取組を通じ、子供たちに絵本の楽しさを実体験として感じてもらうことを狙いとしています。また、専門スタッフによる臨場感あふれる読み聞かせで絵本の魅力をPRするとともに、地域の児童館等に子供たちの呼び込みをしてもらうなど、移動販売ならではの機動性や利便性といった強みをいかし、他社との差別化を図っています。なお、上述したクリーニング技術や、絵本の販売・読み聞かせライブに係る技能など、絵本に関する知識や専門性を習得させるため、従業員に対して4~6か月間の研修を実施しています。また、同社はEC での販売を行っており、移動販売で絵本の魅力を知った顧客がリピーターとして購入することも多いといいます。中島氏は「本屋の一番の魅力は人だと考えています。新しい本との出会いや接点をつくるのが本屋の本来の仕事であり、子供と母親の思い出が詰まった絵本のリサイクルを通じて、『あたらしいより、あたたかい。』という方針の下、徹底して安心・安全な商品を提供しています。絵本を含めて、ものを大切にする心を伝えたい。」と語っています。
第4次産業革命がもたらす、「経営資源の格差解消」の可能性
ICT 技術の急速な発達を背景にした経済社会のデジタル化は、人とモノだけでなく、今まで分散していたキー技術がつながり、相互に影響を及ぼしあうことが予想されています。これはICT 産業に閉じた潮流ではなく、産業構造を大きく変化させる可能性があり、既にこれらの新技術を基盤とした新たな製品・サービスも生み出されつつあります。この大きな変化は、
- 18 世紀末以降の水力や蒸気機関による工場の機械化である第1次産業革命、
- 20 世紀初頭の電力を用いた大量生産である第2次産業革命、
- 1970 年代初頭からの電子工学や情報技術を用いた一層のオートメーション化である第3次産業革命に続く産業革命として、
- 「第4次産業革命」と言われています。
第4次産業革命はまさに進行しているところであり、今後、社会経済にもたらす影響を正確に予測することは困難です。しかし、これらの新しい技術をベースとした新たな商品やサービスは、過去から指摘されてきた「大企業と中小企業における規模の格差」を解消する可能性を秘めていると考えられます。ここでは、特に中小企業の経営の在り方を大きく変える可能性がある、
- 「モノのインターネット(Internet of Things, 以下、「IoT」。)、
- 人工知能(ArtificialIntelligence,以下、「AI」。)」、
- 「シェアリングエコノミー」、「フィンテック」
の三つの新しい技術の動向に触れるとともに、これらを有効に活用している事例を紹介します。
◇「IoT、AI」
近年、新しい技術としてIoT、AI が注目されています。その理由としては、「大量のデータを収集・分析することで様々な課題解決に活用できる」ことへの期待によるところが大きい。通信技術、センサー技術などの発達により、様々なモノがインターネットでつながること(IoT)で、実社会の大量の情報を電子データとして扱えるようになりました。さらに、AIにより大量のデータを分析することで、一定の条件の下での最適解を導き出すことが可能になりつつある流れは、今後の経営の在り方を大きく変えていくでしょう。こうした中で、中小企業におけるIoT・ AI の活用実態はどうなっているでしょうか。まず、中小企業のIoT・AI の導入状況を確認します。第3-1-17 図は従業員規模別に見た、IoT・AI の導入状況です。これを見ると、中小企業は大企業と比較してIoT・AI の導入に総じて消極的であり、「IoT・AI どちらも導入意向はない」企業の割合が中小企業の半数を超えています。
次に、IoT の導入に着目して分析を行っていきます。第3-1-18 図はIoT の導入意向がない企業に対して、導入しない理由を見たものです。大企業・中小企業ともに導入しない最大の理由が「導入後のビジネスモデルが不明確」となっている点が特徴的です。IoT は近年流行しているといっても、企業にとってはあくまで経営上の課題を解決するためのツールです。自社の経営課題が明らかになっていない状況では、IoT を導入する必然性は乏しいため、まずは自社の経営課題を明らかにした上で、IoT の活用可能性を検討することが重要です。
本項の冒頭で触れたとおり、モノとインターネットがつながることで、様々なデータを収集・蓄積できるようになったが、より重要なことは収集・蓄積したデータをいかに活用するかということです。第3-1-19 図は、IoT を導入している企業に対し、収集・蓄積したデータの活用状況を見たものです。収集・蓄積したデータの活用方法は、大きく
- 「既存業務の改善」と
- 「商品・サービスの開発や展開」
の2つの方向性に分けられます。これを見ると、「既存の業務改善」への活用は大企業・中小企業ともに一定程度進んでいるが、「商品・サービスの開発や展開」に関しては、活用が進んでいないことが分かります。中小企業にとって、収集・蓄積したデータを基に新たな事業展開を検討していくことは、新たな成長機会につながる可能性があります。
IoT・AI は、まだ縁遠い存在のように感じられるかもしれないが、例えば、スマートフォンの音声アシスタント機能や掃除ロボットなど、生活の中で既に浸透し始めているものも多い。中小企業においては、IoT・AI を自社の経営に活用できるか否かの検討を行い、経営課題の解消に役立てていくことが期待されます。事例3-1-5、事例3-1-6 はIoT・AI を導入することで、経営課題の解決を図っている中小企業の事例です。
事例 杉崎リース工業株式会社
「IoT システムの導入でマネジメントを強化し、多拠点展開をする企業」
新潟県新潟市の杉崎リース工業株式会社(従業員76 名、資本金5,000 万円)は、工事用の敷鉄板など、建設用仮設資材のリースを行う企業です。同社は国内トップクラスの敷鉄板保有数を誇り、国内の敷鉄板リース企業シェア1位を目指しています。これまで同社は、支店・営業所・工場を全国に展開し、順調に事業を拡大してきました。しかし、近年では拠点が増加するにつれて、全社的にコミュニケーション不足になり、各拠点の詳細な状況を把握することが困難になりつつありました。また、全国の拠点には1、2名の社員で営業している支店・営業所・工場もあり、「つながり」が失われ、社員のモチベーション低下やトラブル発生時のリスクの増大、業務効率の低下といった問題につながることを懸念していました。このような状況で、杉崎由樹社長は、全国の従業員が安心して効率的に業務を行える仕組みの構築を目指し、まずリアルタイムの情報管理の導入を進めました。同社では、支店・営業所で契約・請求管理や顧客対応を行い、工場で敷鉄板などの
- 貸出
- 返却
- 保管業務
を行っているため、顧客対応を行う支店・営業所では工場の在庫状況の把握が難しく、入出庫管理にかかる手間が非常に大きかったです。そこで、この問題を解決するために、工場にカメラを設置し、その映像をスマートフォンやタブレットから、いつでもどこでも確認できるシステム(まとめてネットワークカメラ with Safie)を構築しました。その結果、急な顧客からの要望に対しても応えられるようになるなど、支店工場間の連携が大幅に改善されました。また、リアルタイムの在庫把握により工場間の在庫融通が容易になり、逸注を減らすことができました。さらに、カメラ映像での管理はトラブル発生時の対処にも役立ちます。例えば、工場内での同社商品と顧客の車両が接触した際の事故検証で大いに役立ちました。また、全社のコミュニケーションを充実させるために、スマートフォンでも利用できるテレビ会議システムの導入も行いました。この結果、リモートでのミーティングが可能となり、失われつつあった一体感を取り戻すことができました。杉崎氏は「中小企業の最大の強みは、密なコミュニケーションによる柔軟かつ迅速な対応ですが、これを失うことを恐れ、全国展開を断念する経営者も多いです。しかし、IoT はこの問題を解決する有効な手段です。また、従業員の負荷軽減にも有効であり、今後も積極的なシステム導入を進め、働きやすい環境を整備したい。」と語ります。
事例 有限会社ゑびや
三重県伊勢市の有限会社ゑびや(従業員45 名、資本金500 万円)は、1912 年に創業し、100 年以上、伊勢神宮の内宮前で経営してきた飲食店です。大手IT 企業に勤めていた現社長の小田島春樹氏が、2012 年に入社した当時は、レジもない食券式の大衆食堂であり、「経験と勘」に基づく事業運営が常態化していました。このため、正確な需要予測ができず、仕入や調理品のロス(フードロス)がかなり発生していたほか、非効率なオペレーションにより現場で働く従業員は疲弊していました。このような状況を改善するため、同氏は「来客予測」を重点課題と定め、ICT を活用した課題解決を検討しました。ITベンダーと解決の方法を探る中で、来客数の予測を行うためには膨大なデータ処理が必要であり、AIを利用することが最適であるとの結論に至りました。AI を用いた来客数の予測などを進めるに当たっては、150 種類ものデータと来客数の関係性についてデータ分析を重ね、天候や近隣の宿泊者数との関係など、来客数と関連性の深い項目に絞って分析していきました。その結果、
- 「どの時間帯に、何人のお客様が来店するか」
- 「お客様が注文するメニューは何か」
といった項目について、90%以上の精度での事前予測ができるようになりました。需要予測の精度向上は、事前の仕入れや仕込みの効率化につながり、フードロスの大幅な改善にもつながりました。また、従業員にとっても余計な調理を行う必要が無くなり、業務負担が軽減されるとともに、時間帯別の来客数の予測により、業務時間中の「空き時間」を有効活用することに成功しました。この効率化により、従業員を増やすことなく店舗の一部スペースで商店や屋台の販売を開始するなど、多様な業務を行うことができるようになりました。また、従業員に余裕ができ、接客の質が向上しただけでなく、従業員から業務改善の提案が出るようになるなど、活気ある職場作りにもつながっています。さらに、需要予測だけでなく、店舗の内外に設置したカメラの画像をAI で解析することで、
- 来客数
- 性別
- 年齢構成
など詳細な顧客分析も可能となり、データに基づく業務改善を進めています。これらの取組により、従業員数を増やさずに、当社は従来と比べ
- 売上高を4倍に増加させることができたほか、
- 週休二日制や長期休暇の導入、
- 従業員の給与アップ
も実現しました。小田島社長は、自社のAIを活用した一連の経営改革の実績を踏まえ、2018年6月に(株)EBILABを設立し、自社で構築したデータ活用の仕組みの外販も開始しています。同氏は「EBILAB を通じて日本のサービス業の課題解決に貢献していきたい」と語ります。
コラム 中小企業のAI 等の導入を支援するサポイン事業
戦略的基盤技術高度化支援事業(サポイン事業)は、中小企業が担うものづくり基盤技術の高度化に向けた研究開発及びその成果の利用を支援する事業で、3年間で5 最大9,750万円の補助金が受けられる制度です。サポイン事業の支援を受けるためには、中小企業のものづくり基盤技術の高度化に関する法律(ものづくり高度化法、平成18 年施行)で定める中小企業者が取り組むべき研究開発の方向性を示す「指針」に沿って研究開発を行うことが求められます。この「指針」は平成30 年3月に改正が行われ、近年深刻化する人手不足を背景に、中小企業の生産性を高める研究開発投資を促すため、IoT・AI 等の活用が技術指針に盛り込まれるとともに、IoT・AI 時代の研究開発の方向性が明示されました。IoT・AI 時代の研究開発の方向性は、
- ①中小企業自らによるIoT・AI 等の技術の高度化と
- ②IoT・AI 等を活用した中小企業自らの基盤技術の高度化
の2つの方向性を示しており、IoT・AI 等の技術の高度化を牽引する研究開発を行うこと(①)と、IoT・AI 等の技術を活用し自社の事業に活用するための研究開発を行うこと(②)を支援し
ていく方針です。
サポイン補助金を活用し、AI を使った研究開発の事例として、茨城県東海村の株式会社ヒバラコーポレーション(従業員40 名、資本金3,000 万円)を紹介していきます。同社は、平成28 年度にサポイン補助金の採択を受け、熟練技術者の塗装技術を、AI 等を利用することで、ロボットにより再現することに取り組みました。具体的には塗装の現場で熟練技術者の操作をデータベース化し、AI 等を活用することで最適なスプレーガンの操作を算出し、ロボットアームに学習させることで、多品種少量生産に対応する自動塗装に向けた仕組みを開発しました。これにより塗装の現場における熟練技術者の減少や技能の伝承などの課題解決につながることが期待されます。
サポイン事業では指針改正をきっかけとして中小企業によるAI・IoT を使った新たなビジネスモデルへの展開、中小企業によるデータ活用、企業間のデータ連携等を促進していきます。
「シェアリングエコノミー」
インターネットやスマートフォンなどの普及を背景に「シェアリングエコノミー」と呼ばれる新たな経済活動が拡大しています。シェアリングエコノミーの基本的なビジネスモデルは、
- 「使われていない資産(供給者)を、
- 必要としている人(需要者)に提供することで、
- 新たな価値を生み出す」
という捉え方ができます。この需要者と供給者を結びつける「場(プラットフォーム)」をインターネット上で設けることで、これまで結びつけることが困難であった二者のマッチングを効率的に行う仕組みが普及し始めています。(一社)シェアリングエコノミー協会ではシェアの対象となるものに着目し、以下の5類型にサービスを分類しています(第3-1-20 図)。この分類で特徴的な点は、「有形」資産だけでなく、スキルなどの「無形」資産もシェアの対象となっていることが挙げられます。
第3-1-21図はシェアリングサービスを提供する事業者の売上に基づき推計された、日本のシェアリングエコノミーの市場規模です。これを見ると、シェアリングエコノミーは、今後も伸長を続ける市場であり、新たなサービスが生まれることが予想されます。
このように盛り上がりを見せるシェアリングエコノミーは、中小企業にどのようなメリットをもたらす可能性があるのでしょうか。第3-1-22 図はシェアリングエコノミーが中小企業にもたらす可能性をまとめたものです。先述のとおり、シェアリングエコノミーは、
- 仲介の場を提供する「プラットフォーマー」、
- 資産などを提供する「供給者」、
- 資産などを利用する「需要者」
の三者から構成されますが、いずれの役割でもシェアリングエコノミーに参加することで経
営課題の解決につながる可能性があります。
ここからは、中小企業のシェアリングエコノミーの認知度について確認していきます。第3-1-23 図は、2016 年時点における、企業規模別に見たシェアリングエコノミーの認知状況です。これを見ると、中小企業は大企業と比較してシェアリングエコノミーの認知度が低いことが分かります。他方で、活用状況を見ると大企業と中小企業の間で顕著な差は見られません。一因としては、シェアリングエコノミーは個人間のマッチングを中心に成長している市場であることが挙げられます。しかし、事例3-1-7 からも分かるとおり、今後は企業向けのシェアリングサービス
も増加していくと考えられます。
第3-1-24 図は、「シェアリングエコノミーを知っているが、活用していない中小企業」に対して、シェアリングエコノミーを構成する3つの役割に対する関心度を示しています。これを見ると、中小企業は需要者としてシェアリングエコノミーを活用するニーズが高いことがうかがえます。特に、近年では人手不足が進む中、シェアリングサービスを活用することで、設備などの固定資産だけでなく、人手やノウハウまでもが、これまでより低いコストで獲得できるようになっていくと考えられます。これは、中小企業の経営資源の過小性を解消する大きなチャンスです。
事例 株式会社シェアリングファクトリー
「設備のシェアを通じて、中小製造業の設備に関する課題を解決している企業」
愛知県名古屋市の株式会社シェアリングファクトリー(従業員3名、資本金500 万円)は、「使っていない設備を持っている企業」と「設備を使いたいが自前での購入は難しい企業」をマッチングし、多額の設備投資をすることなく製造業を営むことを可能にするプラットフォーマー企業です。一般に、製造業は設備を自ら所有することが多いが、技術革新の速度が速まる中で、
- 「設備を購入したいが、来年も同じ仕事があるか分からない」
- 「数年後には、全く違うものを製造している可能性が高い」
といった理由から、特に中小企業は思い切った設備投資を行いにくいです。近年、民泊やカーシェアなど、個人間取引でシェアリングエコノミーが普及する中で、日本特殊陶業株式会社の従業員だった長谷川祐貴氏は、「企業間でもシェアリングエコノミーを活用すれば、中小企業の設備投資に関する課題を解決できる」と考え、2016 年に社内プロジェクトを立ち上げ、2018 年にスピンオフする形でシェアリングファクトリーを設立しました。同社は、まず「設備のシェア」の事業性を探るべく、多くの町工場を訪問し、多くの企業が稼働していない設備を多数所有していることを確認しました。また、これらの設備の他社への貸出し可否を尋ねたところ、
- 「いつでも可能」や
- 「一部の時間帯(夕方など)は可能」
と回答する企業が多くありました。同じ工業団地の中で、設備を借りたいと考える企業のすぐ近くに、その設備を使わずに眠らせている企業があるという事例もありました。このような調査に基づき、同社は、貸与可能もしくは売却可能な設備を有する企業と、それを使用したいもしくは安価で購入したい企業をマッチングさせる、BtoB のプラットフォームを新たなビジネスとして開始しました。同社のサービスは、「設備の所有者」が
- 設備の種類
- 貸与に関する価格
- 時間帯
- 売却価格
などの条件をWeb上に掲載し、それを見た「借りたい人」もしくは「買いたい人」が相談・申込みをしてマッチングする仕組みです。現在、登録されている機械装置や計測機器などの設備は400 を超え、サービス開始時から毎月マッチング件数は伸びているといいます。同社の長谷川祐貴社長は「当初は想定していなかった、これから製造業で起業する人による利用もあり、初期費用を低く抑えられると好評を頂いている。今後も、シェアリングエコノミーによる設備の稼働率向上と固定費の削減を通じて、日本の製造業の発展に貢献していきたい。」と語っています。
コラム 所有から使用へ~価値観の変化とシェアリングサービス~
これまで自分で利用するモノに関しては、購入し「所有」することが一般的でしたが、近年はこの価値観についても変化が生じています。コラム3-1-3 図は、(株)野村総合研究所が行った「生活者1万人アンケート調査」による、レンタルやリースの使用に対する抵抗感についての回答結果です。これを見ると、1985 年の調査では、特に40 代以降の世代でモノを所有することに対する意識が高いことが分かるが、2018 年の調査結果を見ると20 代以降の全世代でレンタルやリースに対する抵抗感が低い割合が増加していることが分かります。
レンタルやリースは、これまでもDVD やウェディングドレス、スキー用品など、特定の領域では一般的なことでした。しかしながら、ここまで見てきたとおり、シェアリングエコノミーの拡大によって、これまで購入し所有することが一般的であった財・サービスも、レンタルやリースの形態に代わっていく可能性があります。事例3-1-8 のように、この変化を機会として捉え、プラットフォーマーとして事業を展開する中小企業も現れています。
事例 合同会社atsumari
「『所有』から『共有』へという消費者の新たなニーズに応え、楽器のシェアリング・プラットフォームを構築・運営する企業」
東京都千代田区の合同会社atsumari(CEO:木附篤人、COO:カポラリ真亮)は、弦楽器の国内外における卸売事業と楽器の利用者・出品者・職人をつなぐ新たなプラットフォームを開発運営する企業です。モノを持たないライフスタイルが加速する中、楽器をシェアするという選択も可能になりました。同社のサービスを利用することで、
- 楽器の利用者は、
- 気に入った楽器をリーズナブルな価格で気軽に使うことが可能に、
- 楽器の所有者は、
- タンスの肥やしと化している楽器を利用して副収入を得ることが可能に、そして、
- 楽器の職人は、
- 幅広い利用者に職人技を体験してもらうチャンス拡大に
つながる、シェアリング・エコノミー時代における三方良しの革新的なサービスとなっています。世の中には、「楽器を持ってはいるが、使わずに保管している」という所有者が数多く存在します。しかし、楽器をショップなどに販売しようとすると、希望の買取価格から程遠い価格になってしまう傾向にあります。他方で、楽器を必要としている人たちがインターネットで購入する場合、「試奏できない」、「楽器についての情報が少ない」といった点がネックとなり、購入に抵抗を感じるケースも少なくないです。しかし、同社のサービスでは、これまでの卸売事業によって築いた知見により出品される楽器の厳密な審査(出品された楽器を全て同社が画像、動画、説明文を目視で確認し、価格や説明文の訂正を出品者に促す)が行われます。その他にも、利用者は出品者に対してコミュニティ機能で質問ができるので、信頼できる情報の下に、安心して楽器を使うことが可能となっています。また、
- 音大生
- 音楽教室の生徒
- サークル
- 部活動
などで楽器を使用する人々のほか、
- コンクールなど一定期間だけ特定の楽器を使用したい奏者
- 趣味で音楽を楽しみたい人々
- 成長に応じて楽器をサイズアップさせたい子供
といった、幅広い利用者の要望に応えるサービスとなっています。さらに、同サービスの大きな特色は、出品者枠に「楽器職人」を採用している点です。シカゴでヴァイオリン製作を学んだCOO のカポラリ真亮氏から、学生仲間が「リペア職人と楽器製作を両立させたい」「奏者ともつながりたい」といった卒業後の希望を持つことを聞いたCEO の木附篤人氏が、この機能を発案しました。楽器職人は職人会員としてアカウント登録をすることによって、今までになかった新しいつながりを作ることが可能となっており、幅広い利用者に職人技を駆使したハイクオリティーな楽器を体験してもらう機会を提供します。利用者は気に入った楽器をそれまでの利用料を差し引いたリーズナブルな価格で購入できるため、楽器の販路拡大にも資するサービスとなっています。今後の展望として、木附篤人CEO は「2~3年後を目途に、音楽教室の講師や経験者による演奏指導のスキルシェアリングサービスや、演奏場所の共同利用など場所のシェアリングサービスを同プラットフォーム上で全て完結できるサービスを開発していきたい」と語っています。
フィンテック
フィンテック(FinTech)とは、
- 金融(Finance)と
- 技術(Technology)
を組み合わせた造語であり、金融サービスと情報技術を結び付けた様々な革新的な動きを指します。第3-1-25 図はICT 技術の進展による金融サービスの進化のイメージです。フィンテックにより、これまで銀行・証券会社に依存していた金融システムは、法人・個人を問わず、より柔軟な形で効率的なものへと変容していく可能性があります。
企業の業務プロセスも、フィンテックを利用することで大きく効率化する可能性を秘めています。第3-1-26 図はフィンテックにより代替可能性のある業務領域を示したものです。特に中小企業では、受発注や経理・会計などの間接業務が紙で行われていることが多いですが、フィンテックを導入することで間接業務の軽減が期待されます。
以上のように、フィンテックは「お金」に関わる様々な領域において、自動化・効率化を進める可能性があります。ここでは中小企業の「経営資源の補完」という観点から、資金調達、特に「クラウドファンディング」について確認していきます。
第 3-1-28 図は国内クラウドファンディングの新規プロジェクト支援額(市場規模)の推移です。これを見ると 2014 年度におけるクラウドファンディングによる資金調達規模は約 222 億円だったのに対して、2018 年度の見込みでは約 2,045 億円と 10倍近い水準まで拡大しており、新たな資金調達手段として浸透しつつあることがうかがえます。
通常の資金調達を行う際、資金の提供者に対して何らかの対価を支払う必要があります。特に中小企業では、金融機関からの借入で資金調達を行い、元金と合わせて「利息」を返済するのが一般的です。他方、クラウドファンディングについては、対価の支払いが一様ではない点が特徴的です。現在、一般的に知られているクラウドファンディングは以下の5つの種類が知られています。(詳細はコラム 3-1-4 を参照)
- 「購入型」
- 「寄付型」
- 「ファンド型」
- 「貸付型(ソーシャルレンディング)」
- 「株式型」
クラウドファンディングのもう一つの特徴として、事例 3-1-9 のように、新たな商品を開発する際のテストマーケティングにも活用できることが挙げられます。今後、クラウドファンディングに限らず、多様な資金調達手段が登場すると予想され、昔から中小企業の大きな課題として挙げられ続けてきた「資金調達」の在り方が、大きく変わる可能性があります。ただし、中小企業がこのような新たな資金調達の方法を活用していくためには、資金提供者に対していかに魅力的な対価提供するかを考えなければならず、通常の資金調達とは別の工夫が必要です。
事例 株式会社前原光榮商店
「クラウドファンディングにより、新たな商品開発と顧客開拓につなげた企業」
東京都台東区の株式会社前原光榮商店(従業員 10 名、資本金 2,400 万円)は、1948 年に創業した、傘の製造・販売を行う企業です。同社の製品は、「高級傘」として知られており、16 本骨の傘(通常は8本)、手元(持ち手)には天然の木材を使用しているほか、1本1本職人の手作りで製造されています。前原慎史社長は、かねてより周囲から
- 「傘は、常に電車での忘れ物の第1位であり、
- どうしたら傘を無くさずに済むか。」
との悩みを聞いており、同社の高級傘も「無くす」リスクを低減することができれば、さらに多くの顧客を獲得できるのではないかと考えました。その結果、IoT デバイスを取り付けた「常に場所を把握できる傘」の開発を思い立ちました。しかし、この新商品はあくまで「ニーズがあるのではないか?」という仮説に基づく企画であり、実際に売れるかは分からなかったため、極力リスクを排除した形で商品開発及び販売方法を検討しました。そこで同社が活用したのが、クラウドファンディングでした。同社はこれまでクラウドファンディングを使ったことはなかったが、活用実績のある取引先から話を聞き、興味を持っていました。クラウドファンディングであれば、顧客からの購入が確約された中で製造を行うことになるため、低リスクで資金調達が可能であるとともに、資金の調達状況から「消費者にとって本当に価値のある商品か」を確認できる点に魅力を感じたといいます。さらに、この取組による情報発信が、今回発案した新商品の知名度向上につながることにも期待し、2017 年 11 月にインターネット上のクラウドファンディングサイトで出品を行いました。結果、1か月の出品期間で約 50 万円の資金を確保することができ、新商品の製造・販売につなげることがでました。販売面においては、売上そのもの以上に、価格設定や商品設計面の課題が明らかになった点で大きな成果を得ることができました。また、クラウドファンディングの活用は、これまでリーチできていなかった顧客に商品を知ってもらうという点でも、大きな成果がありました。さらに、同社の従業員にとって新しいものを作り、多くの人に知ってもらう喜びを知る機会になるなど、社内の雰囲気にもよい変化が生じたといいます。前原社長は、「今回の取組は、新たな顧客へのアプローチにもなり、今までリピーター中心だった当社の事業に風穴を空けることになりました。今後は、社内での技術継承にも取り組みつつ、新商品開発や他社とのコラボレーションに力を入れていきたい。」と語っています。
コラム クラウドファンディングの種類
ここでは、現在一般的に知られているクラウドファンディングの5つの種類である、
- 「購入型」
- 「寄付型」
- 「ファンド型」
- 「貸付型(ソーシャルレンディング)」
- 「株式型」
について確認していきます。
・「購入型」
「購入型」は、商品・サービスの開発や生産に必要な資金を、その商品やサービスの提供を希望する人々から調達する方法です。資金提供者に対しては、調達した資金で開発・生産した商品やサービスを提供することが一般的であり、予約販売に近い形態であると捉えることができます。この方法のメリットとして、単に資金調達という側面だけでなく、必要な資金を集めることができるか否かによって、その商品やサービスの需要の有無を確認することができる点が挙げられます。
・「寄付型」
「寄付型」は文字どおり、資金の提供者から寄付を募るものであり、基本的には対価の支払いを要しない形態です。この形態で資金調達を行う際、クラウドファンディングの運営事業者によって、寄付の対象となるプロジェクトとして適切であるか否かについて判断されるのが一般的です。「寄付型」の特性を踏まえると、この形態での資金調達を行うプロジェクト等に関しては、社会的意義が求められると考えられます。
・「ファンド型」
「ファンド型」は、ある事業(プロジェクト)を行うために匿名組合契約を設定することで、資金調達を行うものです。資金提供者は「投資家」としての性質を持つため、資金提供者に対しては当該事業(プロジェクト)から発生した利益を金銭で支払うことが一般的です。この形態で資金調達を行うメリットとしては、事業(プロジェクト)単位での資金調達・利益の分配が行われるため、リスク分散が可能となる点等が挙げられます。他方、リスクとしては事業計画が公表されることからアイデアの流出等が挙げられます。
・「貸付型」
「貸付型」もファンド型と同様、匿名組合契約を利用した資金調達方法です。ファンド型との相違点は、クラウドファンディング運営事業者が匿名組合を設立し、資金提供者(投資家)から資金を調達するとともに、資金調達を希望する企業に対して資金を提供する点にあります。資金調達を希望する企業にとって、借入れを行う(融資を受ける)という意味では、その相手方が金融機関からクラウドファンディングの運営事業者に代わるだけで、通常の借入れ(融資)と同様であると考えられます。しかしながら、クラウドファンディングの運営事業者は、資金調達を行っている投資家に対して、一般に預金や国債等と比較して相対的に高い利回りで配当を支払う必要性が生じます。従って、事業リスクがある程度存在する企業であっても、そのリスクに見合った利率で利息を支払うことによって資金調達できる可能性があります。
・「株式型」
「株式型」は、株式未公開企業が自社の株式を対価とし、資金提供者(投資家)から資金調達を行うものです。この資金調達方法は、2015 年 5 月の金融商品取引法改正により解禁されました。この方式を利用することのメリットは、上場せずとも個人投資家から資金調達を行うことで自己資本の充実を図ることができる点が挙げられます。他方で、投資家からの理解を得るために、事業概要・計画等の適正な開示を始めとし、外部株主とのコミュニケーションが重要になると想定され、ステークホルダーを意識した経営体制の整備が必要になると推察されます。
コラム 中小企業の EDI 利活用による生産性向上
本コラムでは、IT 技術活用による中小企業の生産性向上の具体的方策として、中小企業の EDI 利活用支援に係る取組について紹介します。
◇中小企業共通 EDI 標準の策定
中小企業庁は、平成 28 年度補正予算次世代企業間データ連携調査事業において、IT の利用に不慣れな中小企業でも使えるよう、
- 簡単
- 便利
- 低コスト
を実現する共通仕様として、「中小企業共通 EDI 標準」を策定しました。この仕様に基づく「中小企業共通 EDI」を用いて、地域・業界において実証事業を実施したところ、実証に参加した中小企業において平均して約 50%の業務時間削減効果がありました。
◇商流・決済情報の連携による業務効率化の実証中小企業共通 EDI 活用による実証の成果、また、2018 年 12 月から全銀 EDI システムが稼働する状況を踏まえ、中小企業共通 EDI の更なる高付加価値化のため、平成 29年度補正予算の中小企業・小規模事業者決済情報管理支援事業にて、商流情報の活用による決済事務の合理化を目的として、企業内並びに企業間の商流情報と決済情報のデータ連携を可能にする仕組みの構築、実証を行いました。その結果、事業に参加した全ての発注・受注企業で決済業務の削減効果があり、
- 発注企業では約 58%、
- 受注企業では約 55%
の時間が削減されました。
◇中小企業共通 EDI 導入支援団体「つなぐ IT コンソーシアム」
中小企業共通 EDI の導入等については、中小企業共通 EDI の普及推進を目的として、次世代企業間データ連携調査事業の実証検証に参加した IT ベンダーを中心に結成された「つなぐ IT コンソーシアム」が支援を行っています。
コラム デジタルガバメントで社会を変える
本コラムでは、デジタル技術を用いた、中小企業・小規模事業者にとって利便性の高い行政サービスを提供するための取組について紹介します。
補助金の申請や計画認定などの行政手続は、
- 申請に当たって大量の書類が必要になる、
- 申請のたびに同じ情報を何度も提出しなければならない、
- 書類の不備や記載の誤りがあった場合に面倒なやりとりが発生するなど、
事業者にとって大きな負担となっていました。また、行政においても、これまで行政手続を通じて得られたデータを十分に蓄積しておらず、施策立案に十分に活用しきれていませんでした。こうした状況を改善するため、中小企業庁は、行政手続の電子化を通じた利便性の向上と、データに基づいた政策立案を推進するため、2018 年7月に「中小企業庁デジタル・トランスフォーメーション室」を設置し、デジタル技術による質の高い行政サービスの提供に向けて始動しました。
2018 年度は、中小企業向けの支援情報の発信から行政手続までワンストップで完結する新たなウェブサイト「ミラサポ plus」の構築や、行政手続の電子申請を通じて得られるデータの共有・利活用に関するルールの検討、経営力向上計画申請をはじめとする中小企業向け申請制度の電子申請システムの構築等に着手しました。
◇新たな中小企業支援サイト「ミラサポ plus」の構築
現状、中小企業向けの支援情報サイトが複数存在しており、事業者から混乱の声が上がっていることを踏まえ、1つのサイトで情報発信から申請手続まで完結できるプラットフォーム「ミラサポ plus」の運用を 2020 年度に開始することを目指します。事業者は、
- 行政に一度提出した情報を二度提出することはなくなり(ワンスオンリー)、
- 数多くある中小企業支援施策について、個々の事業者のニーズや事情に合わせて簡易に入手可能となります(リコメンデーション)。
また、オンライン行政手続により得られたデータは、行政職員が分析などに有効活用することで、行政サービスの質の向上に繋げていきます。
◇中小企業に関するデータの共有・利活用のあり方の検討
「ミラサポ plus」で電子申請を行った補助金・計画認定などの申請データを蓄積し、
- データに基づく施策の効果分析(EBPM)や、
- 効果的な中小企業施策の広報
に活用するため、中小企業庁や中小企業支援機関が有するデータを連携させるインフラである「中小企業支援プラットフォーム」の構築を目指しています。現在、
- データに基づく施策分析の実証、
- 様々な関係機関におけるデータ利活用のユースケースの特定、
- 官民でデータ連携を行うに当たっての技術的・制度的課題の整理・検討
を行っています。今後、データ連携の範囲を
- 行政機関、
- 中小企業支援機関、
- 民間事業者
等、徐々に拡張していくことでシナジー効果を出し、「中小企業支援プラットフォーム」が中小企業支援の基盤として持続的発展をしていくことを目指します。
◇計画認定、支援機関認定の電子申請システムの構築
行政手続の負担軽減のため、特に申請数の多い
- 経営力向上計画、
- 認定経営革新等支援機関、
- 認定情報処理支援機関
について電子申請システムを構築しています。システムの構築に当たっては、事業者による申請から行政機関内の決裁、事業者への通知に至るまでの一連の手続のプロセスを一から見直し、既存の手続プロセスにシステムを合わせるのではなく、事業者目線に立った運用の改善を目指すこととしています。今後は、2020 年4月の「中小企業支援プラットフォーム」の本格運用を見据え、データを活用した施策効果分析の具体的な実践や、官民でのデータの共有・連携に係るルール設定、事業者にとって使いやすい「ミラサポ plus」の開発、複数の申請システム間の連携等を進めています。
グローバル化
①新興国の台頭
海運や航空インフラなど、輸送技術が発達する中で、国際取引の在り方も大きく変化しています。これまでは、一つの製品を生産するために必要な様々な工程は、一国内で完結していました。しかし、輸送技術の発達は生産工程の地理的な分散を可能とし、日本の製造業でも、特に労働集約的な工程は人件費の安価な新興国への移転が進められました。国際的な分業が進む中で、新興国が加工や部品製造など、生産に係る中間工程を担うようになってきました。さらに、近年では資本・技術の蓄積が進んだ結果、新興国からも数多くの最終製品メーカーが登場し、市場を席巻しています。第 3-1-28 図は、日本における主要輸入品の推移です。これを見ると、1988 年から 2018 年にかけて、日本の輸入額は、
- 機械類及び輸送機器で
- 約5 倍、
- 化学製品で
- 約5 倍、
- 雑製品で
- 約2 倍
となるなど、海外製品の国内市場への流入は非常に大きくなっていることが分かります。輸入自体は、消費者にとっては選択肢が広がり、価格も下がりやすくなるため、好ましいものですが、個々の中小企業にとっては、競合の増加につながるため、こうした状況に対応していく必要があります。また、国・地域別の主要輸入品における輸入額の推移を見ると(第 3-1-29 図)、1988年時点においては、米国・EU の存在感は大きかったが、1990 年代後半から中国の存在感は非常に大きなものとなっています。
中国に代表される新興国の台頭は、国際競争力という観点から見ると大きな脅威として捉えられます。他方で、新興国の急速な経済成長は、各国の所得水準を引き上げており、需要が大きく拡大しています。国内市場の縮小が予想される中で、この需要の拡大は日本の中小企業にとって大きな追い風であり、積極的に海外需要を取り込んで成長につなげていくことが重要です。
② 中小企業の海外展開の状況
ここからは、中小企業の海外展開の状況について確認していきます。第 3-1-30 図のとおり、一般に、海外展開については大きく分けて、
- 「間接輸出」
- 「直接輸出」
- 「直接投資」
の三つのステップがあると考えられます。
「間接輸出」は、商社などを通じて自社の商品・サービスを海外に展開するものであり、日系商社であれば通常の商取引となることから実施に係るハードルは相対的に低いと考えられます。
「直接輸出」は、海外展開を行う企業が直接外国企業との取引を行うものであり、商社に支払う手数料が必要なくなるほか、取引先と柔軟に取引条件を決めることが可能となります。他方で、海外との取引に係る事務コスト(契約や貿易手続)や取引国のカントリーリスクは自己負担となるため、間接輸出と比較してコストがかかる面もあります。
「直接投資」は、他国に自社の子会社を設立したり、現地企業を買収したりすることで、経営権を有する企業を他国に設けることを指します。コストの低い海外での生産や、海外での販売網を拡大させることを目的として行われるものですが、全てのリスクを自己負担しなければならず、この三つの形態の中で最もコストが高いです。
以上を踏まえ、ここからは中小企業の海外展開の状況を確認していきます。第 3-1-31 図は大企業と中小企業の直接輸出企業の割合の推移です。これを見ると、中小企業の輸出企業割合は徐々に増加していることが分かります。また、中小企業の輸出額と売上高輸出比率の推移を見ても(第 3-1-32 図)、輸出額は製造業・非製造業ともに増加傾向にあり、売上高に占める輸出額の割合も増加傾向にあることが分かります。
次に、中小企業の海外直接投資の状況を確認します。第 3-1-33 図は、大企業と中小企業の海外現地法人の保有率の推移です。これを見ると、海外子会社を保有する中小企業の割合は、増加傾向にあり直近では 14.2%の中小企業が海外子会社を保有しています。また、第 3-1-34 図は海外直接投資を行っている企業が進出した国・地域の推移です。これを見ると、2000 年代前半までは中国への進出が約 50%を占めていたが、その後、中国に設立される子会社の数は緩やかに減少しています。これに対して、ASEANを始めとしたアジア諸国への進出が増加しており、この中でも、
- タイ
- インドネシア
- ベトナム
への進出割合が高くなっています。
③地域別に見た中小企業の海外展開の動向
次に、中小企業の海外展開の動向を、都市部 44と地方部 45に分けて確認していきます。第 3-1-35 図は、都市部・地方部別に見た、直接輸出を行っている中小企業数と企業割合の推移です。これを見ると、都市部・地方部ともに直接輸出企業数と企業割合が増加していることが分かるほか、直接輸出企業の割合は、地方部と比較して都市部の割合が高いです。 また、都市部・地方部の直接輸出企業の増加率(1997 年度基準)の推移を確認していきます(第 3-1-36 図)。これを見ると、都市部と比較して地方部において大きな伸び率になっていることが分かります。 他方、第 3-1-37 図から、都市部・地方部別の中小企業における輸出額及び売上高輸出比率を見ると、輸出額は都市部・地方部ともに伸びているものの、売上高輸出比率は地方部で 2.6%となっており、地方部では輸出を伸ばしていく余地がまだ十分に 残されていると考えられます。
同様に、都市部・地方部別に見た、直接投資を行っている中小企業数と企業割合の推移を見ていきます(第 3-1-38 図)。こちらについても、都市部・地方部ともに直接投資企業数と企業割合が増加しているほか、直接輸出企業の割合は、地方部と比較して都市部の割合が高いことが分かります。また、都市部・地方部の直接投資企業の増加率(1997 年度基準)の推移を確認していきます(第 3-1-39 図)。これを見ると、都市部・地方部ともに 1997 年度から約2倍の数になっていることが分かります。
ここまで見たとおり、中小企業の海外展開は順調な伸びを見せています。今後、国内市場の縮小が予想される中で、海外市場の積極的な開拓は、重要な取組です。事例 3-1-10 からも分かるとおり、実際に海外展開を行う際は検討すべき事項が多々あり、一朝一夕に実現できるものではないです。しかし、高品質な日本製品はニーズの高いものも多いと考えられ、常に海外市場を念頭に置いた経営を行っていくことが重要であると考えられます。また、デジタル化の進展の中で、中小企業の海外展開を後押しする流れもあります。その代表的な例として挙げられるのは越境 EC です。越境 EC は、「2.デジタル化」で触れた EC を海外の顧客に向けて行うものです。第 3-1-40 図は米国・中国消費者による日本の事業者からの EC 購入額の推移を示すものです。その市場規模は急速に拡大しており、2017 年においては、中国・米国の2か国合計で約2兆円(中国 1.3 兆円、米国 0.7 兆円)となっています。事例 3-1-11 のように、海外の大手 EC サイトも日本企業が利用しやすいような仕組みを構築している例も見られ、中小企業の海外展開のチャンスは拡大しているといえます。
事例 株式会社マストロ・ジェッペット
「デザイン性と高品質を兼ね備えた国産木製玩具で、海外進出を目指す企業」
福島県南会津町の株式会社マストロ・ジェッペット(従業員6名、資本金 250 万円)は、「優れたデザイン性」、「頑丈で壊れにくい」、「安全性」を追及した木製玩具(おもちゃ)のデザイン・企画から製作、販売までを手掛ける企業です。南会津地域は、「あかべこ」や「起き上がり小法師」といった郷土玩具の発祥の地であり、木造製品の歴史と伝統を有しています。武藤桂一社長も、家具製品などを製造する木工所を経営し、大手百貨店向けに木製玩具の製造も行ってきました。しかし、新しい技術やコンテンツが現れる中で、同社製品は顧客ニーズに合わなくなり、売上は徐々に減少しました。このような社会変化を背景に、地域の木工関係業者が一丸となって、地域の木工産業の在り方を見直す必要性を強く感じました。同氏は技術力には自信があったが、その魅力を引き出すデザインとプロモーションが不足していることを痛感していました。このような問題意識の中、取引先に紹介されたデザイナーと知り合ったことをきっかけに、地域の木工関係業者と連携しました。そして、地域の木製玩具の再ブランディングを目指し、2010 年に設立されたのが同社です。同社製品のコンセプトは「子供達が、木の温もりを感じ、安心して遊べるおもちゃ」です。これを基に、世界観を作り上げるデザイナー、良質な素材を供給する木材店、デザインを形にする木工所が、お互いの強みを発揮し、不足を補い合うことで同社製品は作られています。同社製品の強みは
- 「デザイン性」
- 「頑丈・壊れにくさ」
- 「安全性」
であり、販売開始から国内はもとより、海外でも高い評価を得ています。同社が海外市場の可能性を把握できたきっかけは、同社のデザイナーがイタリアでも活動していたことでした。現地の展示会への出展が実現し、木製玩具の本場であるヨーロッパで、日本製ならではの精密な設計による頑丈さ、手触り、デザインの全ての面で高い評価を得て海外展開の可能性を掴むことができました。現在は、同社の売上の大部分が国内市場ですが、今後は海外展開を積極化していく方針です。特に同社が注目している市場は、香港・台湾などの東アジアです。販路拡大のために、独立行政法人中小企業基盤整備機構が企画した台湾マーケティング販売会に出展するなど、営業活動を積極的に進めています。東アジア市場でも、同社の玩具の「高いデザイン性」、「頑丈・壊れにくさ」、「安全性」は高い評価を得られています。武藤社長は「『木材の街、南会津』という地域ブランドを確立するために、地元の人々のロイヤリティを高めつつ、そのブランドを海外でも展開していきたい。」と語っています。
事例 RedMart Limited
「海外 EC サイトで日本の商品の販売・プロモーションを行う企業
RedMart Limited はシンガポールの食品 EC サイト最大手の「RedMart」を運営する事業者です。ASEAN の EC市場は、2025 年には 2015 年比で約 16 倍となる 880 億ドルに急拡大すると推計されており、特にシンガポールは、スマートフォンの普及も相まって EC 消費が拡大しています。同社は、独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)の事業に協力し、RedMart 内に日本の商品の販売・プロモーションを行う「Japan Hyper Fest」(通称:Japan Mall)を開設しました。同社が現地ニーズを踏まえて日本の商品を選定し、中小・大企業含む 40 社から合計 200 品目以上の買取・販売を実施しています。中小企業に越境 EC を活用して海外市場に進出したいという意欲があっても、クレーム対応や返品などのリスクがあり、なかなか踏み込めないという課題があります。しかし、本事業は RedMart による日本国内での「買取」を基本とし、Redmart が指定した輸出事業者を通じて参加できること等からリスクが低いため、初めての輸出や海外での越境 EC 販売にチャレンジしたい企業も参加しやすいといった特徴があります。このような海外 EC サイトの活用は中小企業の海外展開の架け橋となることが期待されます。
コラム 経済連携協定(EPA)の関税メリットを活用しよう
2018 年末から 2019 年にかけ、多国間の経済連携協定(EPA)です、CPTPP(通称TPP11、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)や日 EU・EPA(日 EU 経済連携協定)が相次いで発効に至りました。これらは、幅広い国・地域をカバーする EPA 協定(いわゆるメガ FTA)であり、既存 EPA と合わせ、様々な恩恵を日本含む締約国にもたらすものです。
CPTPPとは
- 豪州
- ブルネイ
- カナダ
- チリ
- 日本
- マレーシア
- メキシコ
- NZ
- ペルー
- シンガポール
- ベトナム
の11か国の間の協定。2018 年 12 月 30 日発効。(2019 年3月現在、日本を含む7か国で発効)
日EU・EPAとは
EU(28 か国)と日本の間の協定。2019 年2月1日発効。
そもそも、EPA とは二つ以上の国・地域が、相互に物品の関税やその他の貿易障壁等を
- 削減・撤廃、
- 及び投資、
- 人の移動、
- 知的財産の保護
- 競争政策におけるルール作り、
など幅広い経済関係の強化を目的として締結する条約のことです。EPA のメリットは多岐に渡ります。その中でも、協定の締約国との貿易(輸出入)において、EPA による特恵関税を利用できる点(すなわち、輸出入の際の関税が削減・撤廃される点)は、事業者にとって大きなメリットの一つです。例えば、100 万円の商品(産品)をある締約国に輸出する場合、EPA により当該品目の従来 10%の関税が特恵関税としてゼロになれば、特恵分(=10 万円)のコスト競争力を得ることができます。ただ、日本と締結国との間の貿易全てが、EPA の特恵関税の対象となるわけではありません。特恵関税を適用できるのは、産品が特恵関税の対象品目であることの他、当該産品が協定で定められた「原産地規則」という要件を満たしていることを、輸出入の際に(輸入国税関に対して)証明する必要があります。
なお、CPTPP や日 EU・EPA においては、原産地証明の「自己申告制度」のみが採用されており、事業者自身(輸出者、生産者もしくは輸入者)が原産地証明書や原産品申告書を作成することになります。その際に、輸入国税関からの原産性にかかる確認の可能性にも備え、関連書類を保存しておくことが求められます。具体的な手続については、経済産業省や JETRO のウェブサイトにおいて、EPA の特恵関税の活用に関する解説書等を公開しているので、ご参照ください(※「TPP11 解説書、日 EU・EPA 解説書」と検索ください)。また、ご不明な点は、経済産業省・JETRO・「EPA 相談デスク」や(特に輸入について)税関の問合せ窓口等にお問合せいただきたいです。
インバウンド需要の増加
ここまで、海外展開という観点からグローバル化について見てきましたが、近年は国内でインバウンド需要が増加しており、縮小が懸念される国内市場では大きなビジネスチャンスになり得ます。第 3-1-41 図は訪日外国者数及び旅行消費額の推移です。2011 年以降、一貫して大幅な増加が続いており、足下では訪日外国者の旅行消費額は4.5兆円に上っています。また、第 3-1-42 図のとおり、訪日外国人の旅行消費額の内訳を確認すると、約半分を宿泊・飲食代が占めているため、特に地域内需要に依存するビジネスモデルにとって、インバウンド需要は事業を拡大させる大きなチャンスと捉えることができます。
次に、日本を訪れる外国人の国・地域について確認します。第 3-1-43 図を見ると、近年は中国や東南アジアからの訪日外客が増加していることが分かります。国・地域ごとに異なる訪日外客の国民性を考慮した事業展開の必要性も考えられます。
次に、インバウンドが地域に与える影響について確認します。第 3-1-44 図は、地域別に見た、外国人延べ宿泊者数の推移です。外国人の宿泊者数は、関東、近畿が突出しているものの、2011 年から 2017 年にかけての伸び率で見ると、最も外国人の宿泊者少ない四国地域においても7.3倍となるなど、全国的に大きな伸びを示しています。また、第 3-1-45 図は 2011 年と 2017 年の外国人宿泊者数の増加が特に大きい上位県を示したものです。特に、地方部で外国人観光客が大きく増加していることが分かります。
最後に、訪日外国人旅行者の獲得に向けて中小企業が行うべき取組について、観光庁の調査を基に見ていきます。まず、訪日外国人が出発前の情報収集方法を第 3-1-46 図で確認します。特徴としては、
- 個人のブログや
- SNS、
- 自国の親族・知人
などが上位に挙がっている点です。また、訪日外国人の旅行手配方法(第 3-1-47 図)を見ると、団体ツアーへの参加や個人旅行向けパッケージ商品を利用するより、個別手配を行う観光客の割合が高く、2014 年と 2017 年との比較においてその割合が高まっていることが分かります。ここから、実際に日本を訪れたことのある外国人旅行者の口コミなどを参考にし、ツアーなどでは達成できない特別な体験を期待して、日本を訪れる訪日外国人像が浮かび上がります。
次に、訪日外国人旅行者の消費動向を確認します。第 3-1-48 図は訪日外国人の娯楽サービス費とその内訳となる費目に対する購入率の推移です。まず、娯楽サービス費(合計)の購入率は、3年間で増加傾向にあることが分かります。次に、その内訳である娯楽サービス費の内訳を見ると、
- ゴルフ場
- テーマパーク
- 美術館
- 博物館
- 動物園
- 水族館
の購入率が伸びています。このような状況を見ると、訪日外国人の「コト消費」への関心が高まっていると考えられます。事実、事例 3-1-12 に見られるように、日本の文化を体験できる企画は、 特別な体験を求める外国人旅行者に好評を博しています。このような取組は、まずアイデアが重要であり、中小企業も工夫次第でインバウンド需要を獲得できる余地は広がるものと考えられます。
最後に、訪日外国人旅行者の満足度を更に高めるために必要な取組を確認します。第3-1-49 図は、訪日外国人旅行者の旅行中に困ったことの上位5項目を示したものです。これを見ると、「施設等のスタッフとのコミュニケーションが取れない」ことが、第1位となっており、第3位には多言語表示の少なさ・分かりにくさが挙げられています。中小企業においても、多言語対応を進めることはインバウンド需要を獲得するための課題の一つといえます。
事例 株式会社梅守本店
「『体験=コト消費』を提供することで、インバウンドのニーズを捉えた企業」
奈良県奈良市の株式会社梅守本店(従業員 100 名、資本金 1,000 万円)は、1994 年に設立された、寿司などの製造販売を行う企業です。同社は、「食」を通じて世界中の人の心が感動と笑顔で結ばれることを志としています。同社は、郊外型回転寿司店として事業を開始し、寿司物販店を展開していたが、梅守康之社長は、子女の入院がきっかけで病院に入院する子供たちに寿司を振る舞った際、子供たちの幸せそうな笑顔を見て、食を通じて人々を笑顔にし、幸せにすることができることに気がつきました。そこで、寿司という「モノ」だけでなく、「体験=コト」の提供をすることに思い至り、同社は 2012 年に寿司の体験教室「うめもり寿司学校」を始めました。当初は、地域住民向けに行っていたが、あるとき、東大寺の参道に外国人観光客が増えているという話を聞いて、外国人観光客をターゲットとした寿司教室を開くことを思い立ちました。梅守社長の三女が香港の旅行業者に熱心に提案を行った結果、2013 年8月 22 日、団体旅行のお客様を迎え、初めて外国人観光客向けの寿司体験教室を開催することになりました。「うめもり寿司学校」では、外国人観光客が「寿司職人」になりきることができるよう、職人が実際に着ている衣装に着替え、実際に寿司を握ります。また、エンターテイメント性を高めるため、梅守社長とスタッフ全員で、日本語で明るく場を盛り上げるよう努めており、観光客は笑顔で寿司づくりを体験しています。この取組は非常に好評で、海外大手旅行業者の評判を呼んでいます。現在、「うめもり寿司学校」は4店舗まで拡大し、5年間で 30 万人の外国人観光客が寿司体験を楽しみました。また、「多種多様な人に、食を通じて幸せになって欲しい」という想いを実現するための取組は寿司体験教室に留まらず、ムスリム向けにハラール弁当を提供するなど、新たな機会にも積極的に挑戦しています。また、ホームページの多言語化を進め、外国人に対する情報発信にも配慮を欠かしません。今後は人口が流出している地域の空き家をインバウンド向けにリフォームし、宿泊と、地域の伝統にまつわる体験を提供するといった事業も進んでいます。梅守社長は、「食を通じ、世界の方と、1億人の笑顔をつないでいきたい。心に残る感動体験を提供するビジネスを展開していきたい。」と語っています。
事例 福岡県福岡市
「国内需要の減少する伝統工芸品をインバウンド向けに開発し、新たな需要の創出を支援する地方自治体」
福岡県福岡市では、2017 年に福岡空港・博多港から入国した外国人の数は 298 万人と、6年連続で外国人訪問者数が過去最高を更新し、同市内の観光消費額も毎年増加しています。他方、同市の伝統工芸品産業は、国内需要の低下を受け、出荷額や従事者数が年々減少傾向にあります。近年のライフスタイルや住宅環境の変化などにより、今後、国内需要の拡大を見込むことが難しい同市の伝統工芸産業界にとって、インバウンド需要の拡大は大きな追い風になる可能性を秘めています。しかし、同市の伝統工芸品産業は、十分なインバウンド需要を獲得できていない状況にありました。同市はこの要因を分析した結果、同市の伝統工芸品は確かな技術と伝統に裏打ちされているものの、土産品として外国人がどのような商品を求めているかを把握できていないことが判明しました。これを受け、同市は、外国人観光客のニーズを国・地域別に把握するためにアンケート調査を実施しました。これにより、伝統工芸品メーカーは外国人観光客のニーズを把握するとともに、商品開発の方向性を定めることができ、業界全体の商品開発の機運を向上させました。具体的な例としては、観光客の多くが日本で化粧品を購入することから、日本の伝統的な風呂敷を外国人にも使いやすい化粧品を入れられるポーチの形にした「つつ美」や、
- 中国
- 韓国
- イスラム圏
では猫の人気が高いことから、博多人形の招き猫である「福かぶり猫」などの開発に至りました。これらの商品は、
- 市内のはかた伝統工芸館
- 博物館
- 百貨店
- ネット
でも販売されており、国内メディアの取材が増えたことで同市の伝統工芸品産業の認知度が向上し、Web 媒体での販売増加にもつながっています。また、これらの伝統工芸品の認知を広め、外国人旅行者に土産物として購入してもらうため、外国語版のパンフレット作成や記念品に伝統工芸品を取り入れてもらうなどの PR 活動を進めています。実際、2018 年度には「福かぶり猫」が中国・広州市議団への記念品として贈呈されたり、「アジア太平洋都市サミット」や「福岡国際マラソン」の記念品として博多織の額装が採用されたりしました。これらは好評を得ており、今後も積極的に PR 活動を行っていく方針です。同市は、伝統工芸品を通じて博多の
- 風土
- 歴史
- 文化
を感じてもらうことで、観光地として魅力を向上し、多くの外国人観光客に福岡を訪れてもらうことを目指しています。
社会構造の変化と中小企業に期待される役割
本節では、第1節で確認した社会変化を踏まえて、今後の中小企業に期待される役割について考察を行っていきます。考察に当たっては、まず、1999 年の中小企業基本法改正時に示された「21 世紀の中小企業像」を振り返るとともに、日本における中小企業の位置づけを確認します。次に、中小企業を取り巻くステークホルダーの価値観の変化を確認し、最後に、今後の中小企業に期待される役割を見ていきます。
1.日本経済における中小企業の位置づけ
1999 年に中小企業基本法の抜本改正が行われました。中小企業基本法改正のポイント(第 3-1-50 図)を見ると、中小企業を「弱者」として画一的なマイナスのイメージで捉えることは不適切であり、21 世紀における中小企業は、
- 機動性
- 柔軟性
- 創造性
を発揮し、日本経済の「ダイナミズム」の源泉と位置づけました。
また、中小企業基本法の改正に合わせ、「21 世紀の中小企業像」についても示されました(第 3-1-51 図)。これを見ると、中小企業は日本経済を支える重要な存在として、位置づけられており、中小企業に対する期待の大きさが分かります。
次に、日本経済における中小企業の位置づけについて、総務省・経済産業省「平成 28 年経済センサス‐活動調査」より確認しておきます。第 3-1-52 図は、日本の企業数・従業者総数・付加価値額・売上高のうち中小企業の占める割合を示したものです。企業数・従業者総数から見ると、日本の企業の 99.7%は中小企業であり、雇用の約 70%を創出しているなど、その存在感は非常に大きいです。また、付加価値額・売上高を見ると、日本経済に占める割合は、約 53%、約 44%となっており、中小企業は日本経済の根幹を担う存在と捉えることができます。
ステークホルダーの価値観の変化
前項で見たとおり、中小企業は日本において大きな存在感を示しており、ステークホルダーから寄せられる期待も大きいです。このため、ステークホルダーのニーズについて応えていくことが、今後の中小企業の存続要件につながると考えられます。ここからは、中小企業のステークホルダーである
- 「消費者」
- 「従業員」
- 「社会」
の三つの観点から、それぞれのステークホルダーの価値観の変化を確認していきます。
「消費者」の価値観
まず、消費者の価値観の変化について確認していきます。日本は、戦後から高度成長期にかけて目覚ましい経済成長を遂げ、現在は、分配面の課題は残りつつも、基本的なインフラと生活必需品はおおむね充足される状況にあります。このような環境の中で、消費者の消費に対する考え方は大きく変容していると考えられます。第 3-1-53 図は、(株)野村総合研究所が実施した「生活者1万人アンケート」による消費スタイルの変化です。この調査から、消費者の「利便性」を重視する姿勢と、消費に対する「こだわり」が高まっていることが分かります。これに対して、「安ければよい」という価値観は、2000年の調査と比較して大きく減少しています。
この流れは、中小企業が顧客に対して提供していくべき価値について、大きな示唆が得られるでしょう。特に、「安ければよい(安さ納得消費)」という価値観の減退は、中小企業にとって追い風になる可能性がります。一般に価格面の競争は、企業の規模で優劣がつきやすい領域であり、大企業の優位性が発揮されると考えられます。反対に、消費者の求める
- 「利便性(利便性消費)」
- 「こだわり・特別感(プレミアム消費)」
は消費者との距離が近い中小企業に優位性がある可能性があります。事例 3-1-14 や 3-1-15 に見られるように、顧客との関係性を強固なものにし、特別な価値を提供していくことは、中小企業にとって特に重要な取組になると考えられます。
事例 株式会社東京銭湯
「古いビジネスモデルに捉われず、新たな価値を創出し続ける銭湯」
東京都渋谷区の株式会社東京銭湯(従業員6名、資本金 1,010 円)は、
- 銭湯の活性化を目的とした「東京銭湯」という Web メディアと、
- 埼玉県川口市にある銭湯「喜楽湯」
の運営を行う企業です。同社の日野祥太郎社長は、大の銭湯好きであり、2015 年に Web メディア「東京銭湯」を立ち上げました。当時、「東京銭湯」を運営する中で数多くの銭湯オーナー達の取材を行っており、そのうちの一つが「喜楽湯」でした。現在、銭湯は週に1件が廃業しているといわれるほどの斜陽産業とされているが、同社では外部から見て、厳しい事業環境の中でも成長に向けた打ち手があるのではないかと考えていました。そこで、オーナーからの経営の相談をきっかけに喜楽湯を引き継ぎ、同社の社員である中橋悠祐氏と湊研雄氏が番頭として喜楽湯の立て直しに取り組むことになりました。喜楽湯は、1950 年代に川口駅近くの商店街に開業した銭湯です。商店街の衰退に伴い客数が減り、経営が苦しい状況でした。両氏は、まずは新規顧客の獲得を最優先と考えました。しかし、銭湯は内部の様子が見えず、新規顧客が入るには心理的なハードルが高い。両氏は、喜楽湯の内部を実際に見て、「気楽に来られる場所」と認識してもらうため、顧客になり得る近隣住民に呼びかけ、
- 近隣のカフェ
- 雑貨屋
- 古着屋
などに協力してもらい、フリーマーケットを開催しました。その結果、多くの住民が喜楽湯を訪れ、内部の様子や、経営者の人となりを知ってもらうことができ、喜楽湯に対する心理的ハードルを下げることに成功しました。また、「喜楽湯」では接客を大事にしており、「銭湯を地域の人たちのふれあいの場にしたい」と考えています。自宅に風呂がなかった時代は銭湯に行くことは当たり前でしたが、今はわざわざ銭湯に行く動機を作る必要があります。そこで両氏は、喜楽湯がコミュニティとしての機能を持つような仕掛けづくりとして、
- ワークショップの開催
- 映画上映会
など、これまでの銭湯には無かった取組を行っています。喜楽湯のような地域の銭湯は、設備の面ではスーパー銭湯にはかなわないため、差別化するためには、このような取組に加え
- 「温かい接客」
- 「居心地のよいコミュニティ」
を提供していくことが重要であると考えています。積極的な情報発信や、顧客との密なコミュニケーションもあり、客数は徐々に増加し、両氏が経営を引き継いでから 1.5 倍以上になりました。現在は、女性客を増やすため、新たに女性従業員も雇い、「女性の視点」での改善を進めることで、女性客にとっても居心地のよい場所にしていきたいと考えています。
事例 有限会社内山眼鏡店
「地域顧客との関係を強化して量販店と差別化し、独自の経営基盤を確立する企業」
福島県いわき市の有限会社内山眼鏡店(従業員 23 名、資本金 800 万円)は、
- 眼鏡・補聴器の販売・修理
- コンタクトの販売
- スマートフォンの修理
を行う企業です。現在、福島県に5店舗、茨城県に1店舗を構えます。近年、眼鏡の市場規模は縮小しており、また量販店の参入も相次いでいます。また、かつては店頭でしか購入できなかった眼鏡が EC サイトでも購入できるようになるなど、地域の中小眼鏡店を取り巻く外部環境は厳しいです。しかし、同社は「視える歓び聴こえる感動」の社訓のもと、地域顧客との強い関係を構築することで確たる経営基盤を築くことに成功しています。この社訓を象徴する同社の取組として、「U-SAS(ユーサス)」というサービスが挙げられます。これは、自宅や老人ホームを訪問し、眼鏡や補聴器を修理するサービスであり、10 年以上前から続けています。このサービスを始めたきっかけは、内山義弘社長が眼科で手伝いをしていたときに、老人ホームの入居者が眼鏡の修理だけのためにわざわざ来院する姿を見たことでした。眼鏡や補聴器は高齢者の日常生活を支える重要な道具ですが、車での移動が一般的ないわき市にあって、移動が困難な高齢者は「視える歓び聴こえる感動」が損なわれている、と内山社長は感じました。このサービスは、同社と主要顧客である高齢者との関係を強固なものとしており、同社は地域の高齢者にとって非常に重要な存在になっています。また、同社は眼鏡を通じた社会貢献活動にも積極的です。2011 年の東日本大震災の際、同氏は、津波で眼鏡を流されてしまった女の子が眼鏡を求めていることを偶然耳にし、眼鏡店として被災者に貢献したいと考えました。そこで、日本一の眼鏡の産地である福井県の
- 眼鏡工場
- 眼鏡協会
- レンズメーカー
の協力を得て、約 500 本の眼鏡を被災者に無償提供しました。さらに、
- 同社鹿島店でのラジオパーソナリティによる読み聞かせ活動「ハートに読み聞かせナイト」や、
- 同社の店長らによるライブ活動である「10cho’s ライブ」など、
事業以外でも地域の顧客との接点を持つ活動を積極的に展開することで、地域顧客とのつながりをより強固にしています。内山社長は、「量販店と価格で競争するつもりはなく、顧客に対して自社にしかできない価値を提供していきたいです。特に、
- 安心できる品質の眼鏡に対するニーズが強い子供や、
- 老眼鏡や補聴器の購入、修理など様々なニーズを持つ高齢者
をメインターゲットとして、今後も事業展開をしていきたい。」と語っています。
「従業員」の価値観
第1部で触れたとおり、現在、日本の企業は企業規模の大小を問わず、深刻な人手不足に直面しています。これまでは、従業員を確保するための手段として、専ら金銭面の報酬に注目されてきました。当然、企業は従業員の生活を預かる存在であり、経営努力により金銭面の報酬を充実させていくことは大前提となります。しかしながら、現代社会において、企業は従業員に対して「金銭面の報酬」を支払うだけでは不十分になりつつあります。第 3-1-54 図は、内閣府「国民生活に関する世論調査」による収入と自由時間に対する考え方の推移です。収入と自由時間を比較すると、収入を優先する傾向は過去の調査から一貫しています。しかし1993 年からの推移を見ると、「収入をもっと増やしたい」と回答する者の割合が減少する一方、「自由時間をもっと増やしたい」と回答する者の割合が増加していることが分かります。また、働き方に対する意識の変化(第 3-1-55 図)を見ると、
- 「仕事よりも家族などを優先したい」という考え方や、
- 「男女の区別なく家事育児を負担したい」という価値観
が高まっていることが分かります。
これらの結果を踏まえると、企業は従業員を確保するために適正な賃金を支払うだけでなく、従業員の家庭にまで配慮した働きやすい労働環境を提供することも重要であるといえます。このような社会的背景を踏まえ、政府は 2016 年より「働き方改革」を推進しており、2019 年4月1日から「働き方改革関連法」が順次施行されています。同法のポイントは第 3-1-56 図のとおりであり、中小企業も「働き方改革」への適切な対応が必要となります。なお、厚生労働省は、働き方改革の推進に向けた課題を解決するために、「働き方改革推進支援センター」を 47 都道府県に開設しています。中小企業も法律施行までに支援拠点を活用するなどし、準備を行っていくことが求められます。
「社会」の価値観
日本には、近江商人の言葉にあるように「三方よし」という考え方が古くから知られています。これは、商売を行う上で、
- 「売り手」と
- 「買い手」だけではなく、
- 「世間」
にとっても貢献できることが重要であるという考え方です。近年、世界的に CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)に対する注目が高まっているが、この考え方を「三方よし」と同じものと捉えれば、日本の企業でも馴染み深いものであると分かるでしょう。CSR が世界的に注目される背景には、様々な社会問題が複雑化する中で、法律などの制度による規制が必ずしも効果的ではない状況が見られるようになったことが挙げられます。この流れの中で、企業に対しては、単に利益を追求するだけの存在ではなく、自主的に社会的責任を果たす存在としての役割が求められることが世界的にも一般化しているといえます。EU では、企業に対して「社会的責任を果たすためには、
- 社会
- 環境
- 倫理
- 人権
- 消費者問題
を、ステークホルダーとの密接な協力のもとで、事業活動と中心的な戦略に統合するためのしかるべきプロセスを持つこと」を要求しています。CSR は法律ではないが、企業の自主的行動を促すため、国際的な指針が示されています。第 3-1-57 図は、CSR に関する世界的な取組の中で、主だったものをまとめたものです。
近年、特に注目されている CSR の世界的な取組として、
- 「ESG」
- 「SDGs」
が挙げられます。「ESG」、「SDGs」の用語解説は第 3-1-58 図に示したとおりですが、これらの考え方は世界の共通認識となりつつあり、中小企業もこれらの流れにいち早く対応することが企業価値の向上につながる可能性があります。
しかしながら、ESG や SDGs という言葉は、中小企業にとって縁遠いものとして捉えられがちです。第 3-1-59 図は、関東の中小企業における SDGs の認知度・対応状況についてアンケート調査を行ったものです。これを見ると、中小企業の大半が SDGsを認知していないことが分かります。
また、第 3-1-60 図は、同アンケートで SDGs を認知していない、または認知していても対応を検討していない中小企業に対して、SDGs の概要を解説した後の SDGs に対する認識を示したものです。これを見ると、SDGs の存在や概要を知ったとしても、自社にとって関係ないという認識の中小企業の割合が高いことが分かります。
今後、日本においても社会課題が複雑化・多様化することが予想され、事例 3-1-16、3-1-17、3-1-18 の例に見られるように、事業とともに社会的な役割を果たしていくことで、自社の企業価値を高める可能性があります。また、第 3-1-61 図にあるように、金融機関の中には、ESG や SDGs に取り組む中小企業を後押しする動きも見られ、中小企業が CSR に取り組んでいくことは重要であると考えられます。
事例 株式会社ラグーナ出版
「障がいのある者の活躍の場を見出すことで、社会的貢献を果たしている企業」
鹿児島県鹿児島市の株式会社ラグーナ出版 (従業員 43 名、資本金 1,000 万円)は、2008 年に設立された、精神に疾患がある人の就労継続支援A型事業所として、メンタルヘルスに関する雑誌や書籍の刊行などを行う企業です。出版事業は、就労継続支援A型事業として患者とともに活動しており、全国でも珍しい取組となっています。同社の川畑善博社長は、以前、看護助手として精神科にて勤務していました。その際、
- 安全のためとはいえ、入院患者の自由が制限されている状況や、
- 退院した患者が社会に出ても、働く場所がなく再入院するケースが多く、彼らに働く場所を提供すれば再入院を防ぐことができ、
- 自由な生き方をすることにつながるのではないか
と考えました。そこで、社長自ら PSW(精神科ソーシャルワーカー)を取得し、
- 患者8名
- 医師1名
- 心理士1名
- 看護師3名
とともに、NPO 法人「精神をつなぐ・ラグーナ」を設立しました。入院患者が持ってきた、心に響く文章や詩をまとめた雑誌「シナプスの笑い」を刊行したところ、売行きは非常に好評であった。その後は、株式会社として法人化し、患者8名とともに規模を拡大させていきました。同社の強みは、障害を持つ患者(従業員)も重要な戦力として裁量を持って働き、自立した戦力として事業に貢献していることです。同社では、業務の内容を細かく分解し、患者の得意不得意を考慮に入れた上で仕事を任せています。これにより、患者も任された喜びと責任感を持って仕事ができるようになり、
- 経理事務
- 営業
- 編集
- 製本
など、様々な仕事を担当しています。また、各患者の体調と業務相談は、日々の日報(睡眠時間、気分、体調、疲れ具合、翌日の作業予定など)から把握し、その人の体調と能力に合った勤務時間を月ごとに設定するなど体力面の考慮も欠かさないようにしています。上記の取組の結果、全国各地域からの見学や、入社希望者が後を絶ちません。同社の中に同じ疾患を抱えた人達がいるということも、入社希望者にとって安心できる要因だといいます。なお、鹿児島県が精神疾患への対処に注力し始めたこともあって、行政からの支援も得られており、経営も安定しています。今後は、精神的な問題を抱える人に対する接し方について、実際の患者の声を参考に、できるだけ具体的な言葉で伝える本を出版する予定だといいます。川畑社長は、「長期入院者や身寄りのない入院者が退院することは容易ではなく、このような患者が外の世界に出る支援をしたい。今後も、鹿児島を拠点に多くの人の支えになっていきたい」と語っています。
事例 株式会社フェローシステム
「障がいのある人に学ぶ場・働く場を提供する企業」
愛媛県松山市の株式会社フェローシステム(従業員 24 名、資本金 1,000 万円)は、地元企業を顧客として
- システム開発、
- Web 制作
- 就労移行支援事業
を行う企業です。同社は、三好大助社長が以前勤めていた会社の松山支店閉鎖をきっかけに、解雇された従業員を率いて 1997 年に設立されました。三好社長は、障がいのある子供を持つ友人から障がい者が限られた職にしか就けない現実を聞き、「ハンディキャップを持つ障がい者に ICT スキルを身に付けてもらい、付加価値の大きい仕事をして欲しい」と考えていました。そこで 2009 年に就労移行支援事業として、障害者就労移行支援事業所「フェローICT」を開設し、一般企業への就職を目指す障がい者を対象に、ICT をはじめとした総合的なスキル向上の支援を開始しました。しかし、この仕組みでは、支援期間が最大2年間に限られ、一般企業に採用されるためのスキルを身に付けるには、必ずしも十分な期間ではありませんでした。そこで三好社長は、「フェローICT」の卒業生を雇用する環境を整備するため、2010 年に「NPO法人フェロージョブステーション」を立ち上げました。同 NPO 法人では、就労継続支援A型事業所として「フェローICT」の卒業生と雇用契約を結び、ICT スキルを活用した仕事に取り組むとともに、スキル向上のための訓練を行っています。また、当社の障がい者支援は、子供たちにも広がっています。一般に、ICT の知識・スキルは、少年期の方が早く習得できると言われます。同社は、障がいを持つ子供たちが、将来的に就労に役立つ ICT スキルを身に付けることができるよう、2014 年に「放課後等デイサービス事業」を開始しました。ここでは、小学生から高校生までの約 60 名が、PC を使った資料作成やプログラミングに取り組んでいます。同社が目指すビジョンは「多様性のある職場」であり、障がい者だけでなく外国人留学生の登用も積極的に行っています。このような「多様性のある職場」は、従業員のコミュニケーション能力の向上や、従業員がお互いに助け合う中で成長していく組織作りに大きく貢献し、企業価値を高めることにつながっています。今後、三好社長は「子供から大人までが学べる・働ける場」を提供していくことで事業領域を拡大させていく方針であり、福祉分野における事業から保育園・未就学児への支援、さらに介護・グループホームなど、「生涯お付き合いできる場所」を作っていきたいと考えています。
事例 日本ステンレス工業株式会社
「更生保護事業等を通じ、青少年の更生に貢献する企業」
山梨県大月市の日本ステンレス工業株式会社(従業員 33 名、資本金 1,000 万円)は、
- 金属瓦屋根
- リフォームの施工
を行う企業です。同社は、「他利自繁」を企業理念の根幹に掲げ、CSR 活動や企業メセナに積極的に取り組んでいる企業です。同社の活動は、青少年の更生保護の活動をはじめ、震災ボランティア、ネパール支援活動など多岐にわたり、2016年には第 59 回山梨県更生保護大会にて感謝状を授与されています。この中で同社が特に力を入れて取り組んでいる活動の一つが、青少年の更生保護活動です。一般に、
- 犯罪・非行の前歴を持つ者や
- 刑務所出所者
などが定職を見つけて社会に溶け込むことは、容易ではありません。石岡博実会長は、こうした前歴のために定職に就くことに苦労している人々を従業員として雇用し、社会復帰を支援する更生保護としての活動を行っています。同社ではかねてより「不良」と呼ばれる若者を積極的に採用していたため、更生保護事業では、彼らを社会人として育成してきた長年の経験がいかされています。青年を育成・更生することを目的の一つとして同社が行っている活動に、紅富士太鼓という和太鼓チームによる海外公演があります。同社の社員の多くがメンバーとして参加する同チームによる海外公演は毎回好評を博し、「不良」と呼ばれた青年たちに、人から認められ賞賛される経験を与えています。また、同じく青年の育成・更生を目的に行っている活動に、災害ボランティア活動があります。同社は 1995 年の阪神・淡路大震災以来、災害のたびにボランティア活動に参加しています。主な活動内容は、被災した家屋へのブルーシート掛けです。参加期間中、同社の社員は一つ屋根の下で共同生活を送ることになるが、このボランティア活動とその間の共同生活により、会社や社会への帰属意識が強まり、青年の更生保護に大きな効果が得られるといいます。さらに、これらの取組は、同社と従業員との信頼関係の強化につながり、同社の従業員定着率向上にも寄与しています。石岡会長は、これまで取り組んできた更生保護事業などの社会貢献活動を通じ、実践的な知見を蓄積してきました。今後は、自身が持つこれらの知見と、自ら支援を実行する姿勢を、社員をはじめ、地域・社会につないでいきたいと考えています。
コラム SDGs 達成を通じた中小企業等の競争力強化に向けて~関東経済産業局の取組~
SDGs は、
- 経済面
- 社会面
- 環境面
の幅広い課題の統合的な解決を目指すものであり、持続的な社会の実現のために、民間セクターの積極的な関与が求められています。ESG投資の潮流を背景に、大企業などを中心に社会課題解決に向けて戦略的な SDGs の取組が創発され始めている一方、中小企業への SDGs の浸透はいまだ限定的です。関東経済産業局では、SDGs 推進に積極的な長野県と連携し、SDGs 達成を通じた企業の競争力強化を目的として、
- 産学官金の地域ステークホルダーや
- 有識者
等とともに「地域 SDGs コンソーシアム」を立ち上げ、SDGs に取り組む地域中小企業等を後押しするための支援モデルを取りまとめました。
- SDGs に取り組む地域中小企業等を後押しするための支援モデル
本支援モデルは、地方公共団体がSDGsへ取り組む企業の登録・認定等を通じて「SDGsに取り組む企業の見える化」を行い、産学官金のステークホルダーのサポートにより、当該企業の競争力強化を地域として後押し(専門家派遣、ビジネスマッチング、学生向けの企業 PR、金融支援など)する仕組みです。登録・認定等の要件として「自社の将来の成長に向けて、
- 経済・社会・環境の各分野における SDGs 達成に向けた新たな取組等を宣言すること」(要件1)と
- 「SDGs の観点で市場・社会から期待される基本的な事項への対応の確認(非財務情報等に関するセルフチェック)」(要件2)
の2つの要素を設定しています。
SDGs は世界の共通言語となりつつあります。国内外の様々なプレーヤーと社会的課題を克服していくという理念を共有することで、「消費者」や「取引先」等の価値観の変容を捉え、新たなビジネスチャンスを獲得することが可能です。また、非財務情報への対応を通じて内部組織力強化を図ることで、「従業員」のモチベーション向上や新たな人材確保、「金融機関」からの資金調達の円滑化等に寄与することが期待されます。関東経済産業局は、支援モデルの横展開を図りながら、引き続き SDGs 達成を通じた中小企業などの競争力強化に取り組んでいきます。
最後に、今後、日本の中小企業に対して大きな影響を与える可能性がある「ISO20400」について解説します。「ISO20400」は、2017 年に正式発効された「持続可能な調達」に関する世界初の国際規格となるガイドラインです。
「持続可能な調達」とは、
- 「組織が購入する製品及びサービスの環境影響が最も小さく、
- また実現可能なものとして社会・経済的好影響をもつことを確認すること」
とされています。企業が行う調達活動は、環境から取引先の従業員まで幅広い範囲の影響を及ぼします。このため企業の調達活動においても、
- 「ガバナンス」
- 「人権」
- 「労働慣行」
- 「環境」
- 「公正な事業慣行」
- 「消費者問題」
- 「コミュニティへの対応及び開発」
などといった観点からの配慮が求められるようになりつつあります。大手グローバル企業は、世界中にステークホルダーを抱えており、対応を誤れば世界的な不買運動に発展するなどブランドイメージを大きく毀損する可能性もあることから、「持続可能な調達」に関して積極的な対応を進めています。この流れの中で、事例 3-1-19 からも分かるように、大手グローバル企業が調達先を選定する際には、
- 「品質の高さ」や
- 「価格」だけでなく、
- 調達先の「環境保護への取組み状況」や
- 「労働者の人権に対する配慮」
なども重要な評価基準になりつつあり、この流れはサプライチェーン全体に広がっていく可能性があります。従って、中小企業にとっても、取引先と現状の取引関係を維持していくために、環境や社会に対する積極的な対応が求められます。
事例 富士フイルムホールディングス株式会社
「グループ全体で CSR 調達を推進する企業」
東京都港区に本社を構える富士フイルムホールディングス株式会社は、傘下に富士フイルム株式会社と富士ゼロックス株式会社を抱える日本を代表するグローバル企業です。いずれも多くの中小企業と取引があり、グループ全体で CSR 調達を推進しています。同社は調達の理念として、「富士フイルムグループ調達方針」を明示しています。近年、発注側がサプライヤーに対しCSRの取組強化を依頼する動きが世界的に強まっており、同社は 2015 年に同方針を改定し、サプライヤーの選定基準にCSRの視点を加えました。この方針をベースとし、富士フイルムと富士ゼロックスは、各々の生産の特徴を反映したCSR調達を行っています。富士フイルムは、従来製造してきた写真フイルムが、撮影前に製品の品質を試すことのできない「信頼を売る商品」であったため、サプライヤーまで含めた品質管理が習慣づいています。同社は
- 化学品
- 機能性材料
- 医療機器
など幅広い製品を製造していますが、
- 原材料
- 部品
- 部材
に含まれる化学物質の基準を「富士フイルムグリーン調達基準」として定め、サプライヤーと協力して化学物質の適正な管理を進めています。毎年半年ごとに少人数規模の取引先説明会を複数回開催し、含有化学物質の管理・登録手法、CSR調達の概念や法規制動向等を共有しています。2017 年には製品の化学物質情報を企業間で授受する新たな仕組み「chemSHERPA(ケムシェルパ)」の導入を日本で完了し、アジアのサプライヤーにも広げています。富士ゼロックスは、主に中国とベトナムでプリンタや複合機を生産しており、これらの国で CSR 調達に力を入れています。同社はサプライヤーが自社の CSR について自己診断を行うチェックリストの配布や、サプライヤーの工場を訪問して改善アドバイスを行う活動を 2007 年に開始しました。2012 年に中国全土で工場ストライキが急増した際には、機械組立が主である富士ゼロックスの中国工場でも生産ライン停止に追い込まれるケースが発生しました。その後 CSR 調達を強化した結果、サプライヤーの工場の労働環境や環境規制対策が改善され、同社中国工場において、サプライヤーからの納品遅延を減らすことができました。2015 年にはサプライヤーの CSR 問題に起因する同社工場の年間ラインストップ時間はゼロを達成し、以降ゼロを継続するという成果を上げています。世界的に CSR 調達が益々重視される中、同グループは、サプライヤー企業が CSR 経営を自社の問題として捉え、継続的な改善を進めるよう、引き続き取り組んでいくといいます。
これからの中小企業に期待される役割
日本経済において期待される中小企業像は、中小企業基本法改正時から大きく変わっていないと考えられます。しかしながら、今後、中小企業はステークホルダーの求める価値観の変化を踏まえ、自社が社会の中で果たすべき役割を自ら見出していくことが期待されます。ここからは、これからの中小企業に期待される役割を、小規模企業振興基本計画の変更に関する議論も踏まえ、
- 「日本経済を牽引する役割」
- 「サプライチェーンを支える役割」
- 「地域経済を活性化する役割」
- 「地域の生活・コミュニティを支える役割」
の四つの切り口から確認していきます。
日本経済を牽引する役割
本章第1節では、日本経済は少子高齢化に伴う人口減少を背景に、需要が縮小していくという懸念を指摘するとともに、グローバル化に対応することで外需を取り込み、そうした難局を乗り越えられるという旨を述べました。しかし、グローバル経済の進展に手を打てずにいると、国内産業の衰退に拍車がかかる懸念があります。第 3-1-62 図は、海外への製造委託を行っている企業の割合及び委託額の推移です。2009 年度からの推移を見ると、海外への製造委託を行っている企業割合及び委託額は大きく伸びており、
- 2016 年度における海外への製造委託額は
- 6 兆円(2009 年度比+1.6 兆円)、
- 海外への製造委託を行っている企業の割合は
- 3%(同比+3.7%pt)
となっています。また、デジタル化の進展により、製造工程だけでなく企業内の業務プロセス(例えば、経理・法務・顧客サポート)についても海外に移転させることが可能になっています。第 3-1-63 図は、海外への製造以外の委託を行っている企業割合及び委託額の推移です。これを見ると、委託額は製造委託に及ばないものの、企業割合及び委託額は増加傾向にあることが分かります。既に、製造業はかなりの部分が海外に流出していますが、非製造業についても今後流出が加速することが懸念されるため、今はグローバル競争にさらされていないサービス業などでも、海外との競争を意識して経営をしていく必要があるでしょう。
第3-1-62図海外への製造委託を行っている企業の割合及び委託額の推移。第3-1-63図海外への製造以外の委託を行っている企業の割合及び委託額の推移
また、同様に本章第1節で確認したとおり、新興国の経済成長は目覚ましく、世界市場に占める日本の存在感は相対的に低下しています。第 3-1-64 図は、主要国におけるハイテクノロジー産業輸出額の推移です。これを見ると、米国やドイツは緩やかな増加傾向で、中国は 2000 年代前半から大きく伸ばし、現在では世界最大のハイテクノロジー産業輸出国となっているのに対して、日本の同輸出額は 1995 年から 2016 年にかけて緩やかに減少しています。
以上を踏まえると、日本経済の国際競争力は低下していくことが懸念されます。このような状況下で、まず期待される役割として「日本経済を牽引する役割」が挙げられます。日本経済の停滞が懸念される中で、国際的な競争力を維持・向上させることは重要であり、そのためには、新たな財・サービスを生み出すための研究開発活動が重要な要素の一つになると考えられます。中小企業においても、研究開発などによって得られた技術力を源泉に、グローバル展開を目指し、日本の経済を牽引する役割を担うことが期待されます。とはいえ、実際には中小企業が研究開発に取り組むのは容易ではありません。第 3-1-65図は経済産業省「企業活動基本調査」から、売上高に占める研究開発費の推移を、
- 企業規模別
- 業種別
に見たものです。これを見ると、中小企業には大企業と比較して、製造業・非製造業とも、金額・伸び率の両面から、研究開発に消極的な姿勢が見られます。
一般に、研究開発を行うためには、十分な設備・人材・資金などの経営資源が必要であり、中小企業が独自に研究開発を行うのはハードルが高いです。他方、現在は、オープン・イノベーションという考え方に基づき、必ずしも自社のみの経営資源に依存することなく、外部と連携しながら研究開発を行うケースも増えつつあり、この流れは中小企業にとって追い風になると考えられます。第 3-1-66 図は、大学などの共同研究・受託研究の実施件数の推移です。これを見ると、大学などと民間企業との連携は増加傾向にあることが分かります。事例 3-1-20 は実際に大学などと連携し、新商品の開発を行った事例です。このような形で、大学等の研究機関を活用することは、商品に新たな付加価値をもたらしたり、新商品の開発に役立てたりすることができ、自社の競争力の源泉をさらに強固なものにすることにつながるでしょう。
また、大企業側も外部資源を利用した研究開発に対して積極的です。第 3-1-67 図は、資本金1億円以上で、かつ社内で研究開発を実施している企業に対し、2014 年度から 2016 年度までに外部組織との連携したことがあるかどうかを尋ねたものです。この結果を見ると、全体で約 75%の企業が外部機関との連携を行った経験があり、その割合は企業規模が大きくなるほど高くなっています。他方、1億円以上 10 億円未満の企業の中には、中小製造業も含まれます。この点を踏まえると、外部組織との連携を行っている中小企業も一定数存在すると推察されます。第 3-1-68 図は、同調査で「連携したことがある」と回答した企業に対して、連携先の種類を尋ねたものです。これを見ると、中小企業は連携先として第3位に挙がっています。以上から、大企業側も外部との連携によりイノベーションのきっかけを探していることが分かり、中小企業にとっては大きな機会であると考えられます。事例 3-1-21、3-1-22 は大企業との連携により新たなビジネスチャンスを見出した事例です。
最後に、知的財産に関しても触れておきます。研究開発によって得られた技術やノウハウは、事例 3-1-23、3-1-24 の例からも分かるとおり、長期的な競争優位を築くことができます。第 3-1-69 図は、日本の特許出願件数と中小企業の特許出願件数の推移です。日本の特許出願件数は 2010 年から漸減傾向にあるが、中小企業の特許出願件数は増加基調で推移しています。このような流れは、日本経済を牽引していくための重要な取組を中小企業が積極的に行っていることを示唆しており、今後更なる積極的な取組が期待されます。
事例 有限会社幸伸食品
「大学や研究機関等と連携することで、自社のリソースを補完し、高品質・高付加価値商品を開発・展開している企業」
有限会社幸伸食品(従業員 20 名、資本金 1,000 万円)は、ごま豆腐をはじめとする豆腐料理や加工食品の製造・販売を行う企業です。同社の立地する福井県永平寺町は、「禅(ZEN)」で世界的にも有名な曹洞宗大本山永平寺があり、1977 年の創業後、この地で 800 年をかけて受け継がれてきた精進料理の教えから学び、現代のニーズに合う、「ヘルシーで上質な本物志向の食品」を追求しています。同社の主力商品であるごま豆腐は、スーパーマーケットでの販売が主力でしたが、大手の練りものメーカーが安く大量に製造できるようになったことから、販売が落ち込んでいきました。久保透社長は悩んだが、大手ほどのリソースを持たない同社は価格競争で勝つことは困難と考え、「高品質でこだわりのある新商品」の開発を目指しました。新商品の開発に当たっては、豆腐業界の閑散期である1、2月に、バレンタインで販売できる豆腐屋ならではの濃厚なチョコレートを開発すべく、豆腐に含まれる水分を抜く研究を行いました。この際、同社内には新商品開発に必要な生産設備(撹拌機)を有していなかったため、福井県食品加工研究所が一般開放している設備を利用し、繰り返し試作を行いました。この試作の過程で、濃厚な「豆乳クリーム」が開発されました。この開発から 10 年程は豆乳チョコレートの素材として使用していたが、飲食業界に販路開拓を進める中で、菓子業界などから動物性クリームの代用品として使用したい、あるいはインバウンドで増加するベジタリアン向けのスイーツの材料として使用したいといった声が多く寄せられたため、「豆乳クリーム」として商品化に至りました。また、研究開発を背景にした同社の技術は、福井県内の病院の目に留まり、摂食・嚥下障害 61の患者向けの食品開発の依頼につながりました。この商品の研究開発に当たり、(独)中小企業基盤整備機構に相談を行ったところ、専門のアドバイザーを通じて、福井県立大学・石川県立大学・静岡県工業技術研究所との共同研究開発が実現しました。この連携による研究開発は、新商品の開発に留まらず、開発の過程で冷凍しても作りたての風味を損なわない技術の獲得につながりました。この技術は、高品質な「ごま豆腐」を求めるホテルチェーンや高級料亭にとって大きな魅力であり、当社の BtoB 事業は順調に拡大しています。このように、連携を通じた研究開発は、高品質・高付加価値の商品開発を実現し、同社独自のポジションを確立することに大きく寄与しました。今後の展望として、久保社長は「高速道路や新幹線などの交通アクセスが整うことを機会と捉え、拡大が見込まれるインバウンド向けの商品開発・プロモーションを強化したい。また、“福井といえば”と称されるお土産を開発し、全国の空港や駅で販売されるようにしつつ、輸出も強化することを考えている。」と語っています。
事例 髙木金属株式会社
「大企業の開放特許を活用し、積極的な技術開発を進める企業」
京都府京都市の髙木金属株式会社(資本金 1,000 万円、従業員 32 人)は、電子機器やインフラ設備などに使われる工業部品のめっき加工を行う企業です。「現代の名工」を受賞した繊細なめっき加工技術は、高い評価を得ています。同社は、海外メーカーが価格競争力を高める中で、量産加工による価格競争を続けていくことに限界を感じ、付加価値の高いビジネスモデルの構築を目指していました。この中で同社が着目したのは「単品・小ロット試作」です。一般に、単品・小ロット試作は手間がかかるため、他社は手を出したがりません。しかし同社は「現代の名工」と評される高い技術力を背景に試作段階から顧客に関わり、顧客に高付加価値な提案をして技術開発を支援することで、他社との差別化を実現しています。また同社は、常に新技術の開発に取り組んでおり、外部リソースの活用にも積極的です。この典型例が、2019年2月より販売を開始している「抗菌めっき技術」です。同社は、昨今の抗菌・健康志向の高まりから、「抗菌」に対する需要は高いと考え、この技術の獲得を目指しました。しかし、人材面・金銭面の観点から、自社のリソースのみで研究開発や実証実験を行うにはハードルが高かった。当初、産学官連携も考えたが、めっき加工の専門家はなかなか見つかりませんでした。そこで、近畿経済産業局の「知財ビジネスマッチング事業」を活用し、開放特許の活用を模索しました。開放特許とは、特許の権利者が第三者に開放する意思のある特許で、利用希望者は権利者とライセンス契約を結ぶことで、その技術を自社の商品開発などに用いることができるものです。ここで同社は、高機能抗菌めっき技術「ケニファイン」の紹介を受けました。この開放技術を有する(株)神戸製鋼所は、「ケニファイン」を開発したものの、用途の具体化に課題があり、小ロットでの試作と精度の高い表面処理ができる企業を探しており、「知財ビジネスマッチング事業」に参加していたのであった。こうして両社の条件がマッチし、開放特許を利用した研究開発が実現しました。現在、同社は「ケニファイン」を用いた抗菌めっき事業を開始し、医療機器メーカーや食器メーカーに対する提案を進めています。また、大企業の特許技術を活用した効果は、技術力の獲得による競争力の向上だけに留まらず、同業他社と比較し「特殊技術に優れている企業」としてのブランドを印象付けることにもつながり、既存事業における提案活動も一層行いやすくなりました。髙木正司社長は「中小企業が 10 年、20 年先も存続するには、将来を見据えた『種まき』が重要である。既存事業に頼るのではなく、常に新しい提案を行うことができるよう、自社技術のアップデートは必要不可欠であり、今後も試作や他社との共同開発を継続していきたい」と語っています。
事例 株式会社 HCI
「独自の技術力をいかして大企業の課題を解決するオープン・イノベーションを実現する企業」
大阪府泉大津市の株式会社 HCI(従業員 48 名、資本金 2,000 万円)は、2002 年に創業し、ケーブル・ワイヤーなどの製造装置の製造・販売及びロボットシステムを扱う企業です。同社は、ケーブル・ワイヤー製造装置のメーカーとして始まりました。2010 年頃、携帯電話に用いる極細同軸ケーブルのニーズが高まっていたが、通常の撚線機で高速でケーブルを撚ると振動で切れるという課題がありました。そこで同社は、軸受を磁気で浮かした無振動の撚線機を開発し、極細ケーブルを高速で安定して撚ることに成功。これは世界トップクラスの技術になっています。また、ロボットシステムについては、様々な産業用ロボットで1つのシステムを構築するロボット SIer として 2009 年から事業を行っています。2014 年、同社は、ロボットシステムの技術の高さを三菱電機株式会社から高く評価され、三菱電機のロボットSIer パートナーになることになりました。その頃、三菱電機はケーブルを扱うロボットシステムを開発していたが、満足のいくものができていませんでした。そのような状況で HCI は、撚線機の製造などで培ったノウハウを活かして、ケーブル、特にワイヤーハーネスを製造するロボットシステムを独自に開発していました。ワイヤーハーネスの製造工程は、
- 長いケーブルを切断し、
- 両端の皮の部分を剥ぎ、
- 端子をつける
という複雑なもので、特に芯が複数あるものを実用レベルで自動化することは、どのロボットメーカーやロボット SIer でも難しい技術でした。そうした中で、三菱電機の主席技監であり HCI の技術を高く評価していた小平紀生氏は、HCI が開発したロボットシステムを絶賛。HCI が同システムの開発を進めるにあたり、両社は要素技術の1つである画像技術などで意見交換を行うことで、三菱電機製のロボットを使った「多芯ワイヤーハーネス自動製造ロボットシステム」は、実用段階に至りました。また、同社の技術は、三菱電機の事業領域を拡大させる可能性を秘めていることから、新たにシステムを開発したり、ロボット展示会の三菱電機ブースに HCI 社のロボットシステムを出展したりするなど、両社の関係は深化しています。同社は、AI システムでも技術力を磨き、同システムにも AI を導入しています。今は、泉大津駅前の商工会議所に「HCI ROBOT CENTER」を開設し、ロボットの普及に努めているほか、HCI-RT 協会を立ち上げ、南大阪地域のロボット&AI システム導入促進と、ロボットエンジニア、AI 人材の育成にも精力的に取り組んでいます。HCI 社の奥山剛旭社長は、「今は、ワイヤーハーネス製造後のハンダ付けまでを自動製造するロボットシステムや、強化学習 AI を搭載したロボットシステムを計画している。また、全国組織である(一社)日本ロボット工業会及び FA・ロボットシステムインテグレータ協会で、当社は、広報分科会の主査を拝命しており、ロボットシステムインテグレータの職業観の形成に努めたい」と語っています。
事例 KTX 株式会社
「オンリーワンの優れた特許技術により、確固たる地位を獲得している企業」
愛知県江南市の KTX 株式会社(従業員 190 名、資本金 9,390 万円)は、
- 自動車、
- 航空機、
- 医療機器及び
- 住宅設備生産用の各種金型製作、
- 各種生産設備機械
の製作を行う企業です。量産の際にはあらゆる製品で用いられている金型ですが、近年は中国・韓国などでも生産が可能となり、技術力も向上しています。このような環境下で、苦戦を強いられている国内金型メーカーは多い。しかし、同社は、ポーラス電鋳という独自の特許技術により、大手自動車メーカーをはじめとした国内外の製造業に、精巧な樹脂部品を作るための金型を納めるグローバル企業としての地位を確立しています。創業者である野田泰義氏(現会長)は、1965 年の創業以降、電気鋳造(以下、電鋳)の金型製作に試行錯誤を繰り返してきました。電鋳金型の最大の特徴は、シボ(絞)と呼ばれる皮模様や縫い目など、繊細な仕上がりを実現できることです。他方、この金型を利用して成形するには手間がかかります。同氏は、この問題を解決できれば、ものづくりに革命をもたらすことができると考えました。様々なアイデアを巡らせていたとき、社内で穴が空いた不良品の電鋳金型を見かけたことがきっかけで、ポーラス電鋳の技術が誕生しました。ポーラス電鋳により製造された金型は、無数の穴が空いており、金型の裏側から空気を抜くことで成形が可能です。同社の金型を利用すれば、一般的な電鋳金型と比べて、製造に要する時間・工数・エネルギーを大幅に削減できます。また、繊細な仕上がりが特徴の電鋳金型にあって、これまでの電鋳金型の精度を凌ぐものであった。また、ポーラス電鋳金型は部品の軽量化も実現可能です。自動車業界が電気自動車にシフトする中で部品の軽量化の要請も高まっており、同社の競争優位性を更に高める可能性を秘めています。現在、同社はこの技術の特許を武器に自動車メーカーのサプライヤーとしての地位を確立しており、商社などを介さずに、
- 営業から
- 設計、
- 製造、
- アフターフォローまで
ワンストップで行っています。商社を介さない取引はマージンを取られないこともさることながら、顧客の声を直接聞いてニーズを把握できることが最大のメリットであり、それが同社の技術力や品質にいかされています。2014 年、野田太一現社長に代替わりしたが、同社の研究開発に対する姿勢は変わりません。現在も同社では、ポーラス電鋳の研究・開発に特化した研究者が日々改良を重ねているほか、製品の軽量化や歩留まりの向上などで、環境・エネルギーの負荷を低減できる電鋳金型の開発製造を進めています。
事例 コーマ株式会社
「ユーザーの意見を取り入れて自社ブランド製品を開発し、高付加価値化に取り組む企業」
大阪府松原市のコーマ株式会社(従業員数 78 名、資本金 1,800 万円)は、1922 年創業の靴下を製造している企業です。品質管理と自社国内一貫工程、量産と試作品製作の両方に対応できる点が強みです。受託生産を行いつつ、10 年前から自社ブランド製品開発による高付加価値化に取り組んでいます。当時は、ありふれた靴下と認識されて海外製品との価格競争になることは避けたいが、ファッション性には自社に優位性がない、という悩みを抱えていました。ナイロン製靴下が流行した時代にも、表と裏で色や素材が異なる靴下を作るなどの独自技術を追求しながら生き残り、1970 年には業界初の大阪府品質管理推進優良工場になった同社は、靴下の品質や機能で勝負する方向で高付加価値化を目指しました。ものづくりの原点に立ち返り、実際に靴下を履く消費者から直接求められるものを考えることで、薄利多売のビジネスモデルからの脱却に挑みました。その結果たどり着いたのが、同社のオリジナルのアスリート向け靴下ブランド「FOOT MAX」の展開です。スポーツの愛好者は、プロでなくてもスポーツ用品にお金をかけているため、アスリート向けの靴下に注目しました。特許を取得した「3D SOX」という技術を用いて、足の複雑な形状や足の動きに合わせた単純な左右対称ではない立体構造にすることで、これまでにない履き心地や動きやすさを実現しています。この技術に加えて、近隣の大学と連携したことも効果的でした。大学の教員と共同での機能検証や、サッカー部や陸上部へのモニター依頼も製品開発に寄与しました。履き心地の微妙な違いにも敏感なアスリートの率直な感想は貴重であり、機能の向上に生かすアイデアを得ることができました。また、同社は、地元の要望を受けて敷地内で老人ホームを運営しています。「らくらく博士」は、この老人ホームが契機で誕生した高齢者向け靴下のブランドです。高齢者と話す中で
- 「履き口のゴムの締め付け感がゼロで
- 介助を受けなくても
- 一人で履ける靴下」
というニーズをつかみ、入居者にモニターを依頼して開発を進めました。今では高齢者だけでなく妊婦からも好評を得ているといいます。吉村盛善社長は「ユーザーの意見を聞き、ユーザー目線で開発してきたことが成功につながっている。靴下を履かない方が良い記録が出ると考えられている競技でも機能を発揮するような靴下や、ユニバーサルデザインの靴下など、今後もユーザー目線で商品ラインナップを展開していきたい。」と語っています。
コラム オープン・イノベーションの重要性
企業が今まで以上に成長するには、既存のビジネスを超えて、新分野への進出や新規顧客の開拓などの新しい取組が必要で、その手法の1つがオープン・イノベーションです。オープン・イノベーションとは、「企業内部と外部のアイデアを有機的に結合させ、価値を創造すること」をいう 62。自社のみで商品やサービスを開発するより、他社、大学、公設試験研究機関、顧客などと協力する方が、優れたアイデアを素早く得られます。また、自社で考えたアイデアを外部に提供することで、自社の経営資源ではできなかった商品・サービス化を行うこともできます。オープン・イノベーションを、その対義語であるクローズド・イノベーションと比較すると、コラム 3-1-9 図のようになります。
どちらが優れているかはケース・バイ・ケースではあるが、激しい社会変化により素早い対応が求められることや、ICT により社外とのコミュニケーション・コストが下がったことを考えれば、オープン・イノベーションの重要性が相対的に大きくなっていることは間違いないです。オープン・イノベーションの文脈で紹介される事例には大企業が多いが、こうして見ると内部の資源に限界がある中小企業にこそ、オープン・イノベーションが必要です。吉田(2019)は、中小企業6社による産学連携を中心としたオープン・イノベーションのケーススタディを行い、オープン・イノベーションを起こしているのは経営者です、と結論づけています。すなわち、経営者自らがネットワークを持ち、行動を起こす必要がある、ということです。しかし、中小企業がオープン・イノベーションに取り組むには、相手を見つけるコストが高いため、
- 行政、
- 大学の技術移転機関(TLO)や
- 商工会・商工会議所
といった支援組織による貢献も、重要になります。経営者を中心として、様々な主体が信頼関係を構築し、協力体制を作れば、中小企業もオープン・イノベーションを起こすことは十分に可能です。
コラム 両利きの経営
先にも述べたとおり、第1部の分析からは、景況感は悪くないが、人手不足に直面して目の前の仕事をこなすのに精一杯で、生産性向上には手を打てていない、という中小企業像が浮かび上がりました。しかし、人口減少・少子高齢化、デジタル化やグローバル化といった事業環境の大きな変化に対応していかないと、いつか仕事はなくなってしまいます。こうした変化にうまく対応するための経営手法として、経営学界で広く知られているのが「両利きの経営」です。これは、自身・自社の持つ一定分野の知を継続して深掘りし、磨き込んでいく「深化」と、自身・自社の既存の認知の範囲を超えて、遠くに認知を広げていこうとする「探索」の両方が経営には必要である、という考え方です。既存事業をこれまで以上にうまく行っていく「深化」が重要であることは言うまでもないし、ほとんどの企業で行われているでしょう。しかし、「深化」に寄り過ぎた企業は、「サクセストラップ」に陥りやすいです。これは、既存事業の成功のために、人材の獲得・育成、評価基準の開発、業務プロセスの改善などをすることが、かえって新事業を開拓する「探索」のための組織変革を難しくする、ということを意味します。「サクセストラップ」から抜け出し、「深化」と「探索」のバランスのとれた経営を目指すには、意識的に「深化」と「探索」を調整するリーダーの存在が必要であるといいます。リーダーの役割には、
- 「探索」と「深化」が必要であることを正当化するための明確な戦略の策定
- 「探索」している事業で競合に対して優位に立つための企業内部の資源や能力が何かを突き止めること
- 「深化」している事業が「探索」している事業の勢いを削がないように、支援・監督すること
などが挙げられます。中小企業では、経営者たる社長か、その右腕である経営の補佐役が、ここで言うリーダーに該当することが多いでしょう。大企業であれば、「探索」自体は他の幹部やグループに任せることもできるが、中小企業では「探索」自体もリーダーの仕事になりがちです。しかし、そのことは、自分で「探索」をコントロールできるため、「サクセストラップ」から抜け出しやすいという利点でもあり、中小企業の強みと言えます。一般的に中小企業の経営者は、仕事の獲得やそれを実行するための人繰りに忙殺されがちです。しかし、そればかりでは長期的な発展にはつながりません。短期的な効率性の低下には少し目を瞑ってでも、「探索」の方向性と、「探索」と「深化」のバランスの取り方について、考える時間を確保してみてはいかがでしょうか。
コラム 中小企業と特許
第4次産業革命により既存の業種の垣根を越えたオープン・イノベーションが進む中、中小企業が優れた技術を活かして飛躍するチャンスが拡大しています。そのため、特許庁では、中小企業が、優れた技術やアイデアを知的財産権として保護し、戦略的に活用できるよう、以下のように支援しています。◇知財訴訟制度の見直し中小企業が取得した知的財産権で大切な技術などを十分守れるよう、知財訴訟制度を改善する「特許法等の一部を改正する法律案」を平成 31 年3月1日に閣議決定し、法案を国会に提出しました。具体的には、原告に代わり、中立な技術専門家が現地で証拠収集する制度(査証)を創設するとともに、原告の実施能力を超えて、ライセンス料相当額を損害賠償額として認めることができるよう見直しを行っています。
◇特許料等の新たな減免制度
これまで、特許料等(審査請求料、特許料 1~10 年分、国際出願に係る手数料)が減免されるのは、一定の要件を満たした一部の中小企業のみであったが、2019 年4月1日から、全ての中小企業の特許料などを1/2とする新たな減免制度が施行されます。2019 年4月1日以降に審査請求又は国際出願を行う案件が対象となっています。これらの案件は減免申請に係る手続が大幅に簡素化されます。具体的には、国内出願では「出願審査請求書」の【手数料に関する特記事項】、又は「特許料納付書」の【特許料等に関する特記事項】に「減免を受ける旨」と「減免申請書の提出を省略する旨」の記載をすれば、減免申請書と証明書類の提出が省略可能となります。また、国際出願についても、証明書類の提出が省略可能となります。
◇知財総合支援窓口
初めて出願する方々を含め、誰でも身近に相談できる場所として、全国 47 都道府県に「知財総合支援窓口」を設置し、独立行政法人工業所有権情報・研修館が運営しています。知財総合支援窓口では、無料・秘密厳守で知的財産に関するアイデア段階から事業展開、海外展開までの様々な課題に対して、企業知財部 OB や中小企業の知財支援に長年携わっている者などの経験豊富な支援担当者がアドバイスを行っています。さらに、より専門性が高い課題等には弁理士・弁護士等の専門家をコーディネートして支援しています。
◇海外展開支援事業
海外市場での販路開拓や模倣被害への対策には、進出先において特許権などの知的財産権を取得することが重要です。それら外国出願手続等の情報については、「知財総合支援窓口」において、弁理士・弁護士等の専門家が助言を行っています。知財関係のトラブルに巻き込まれた場合には、ジェトロ等の海外事務所に駐在する知財専門家が相談に応じています。外国出願の際の費用や、海外で模倣品が出回ってしまった場合等の費用の補助制度もあります。逆に海外企業から知財侵害で訴えられるリスクのための保険費用も補助しています。そのほかにも、多くの中小企業向け施策があります。詳しくは、特許庁のホームページを参照してください。
② サプライチェーンを支える役割
かつて、日本の製造業の企業間取引は、「系列取引」と言われる長期安定的な関係が特徴であった。しかし、第1節で触れたとおり、グローバル化やデジタル化の進展を背景に、少数の親事業者に依存した取引関係から、多数の取引先と多面的な取引関係に変化している可能性が指摘されてきました。日本の強みとされてきた「ものづくり」の技術は、その基盤となるサプライチェーンを構築する中小企業によるところが大きい。従って、サプライチェーンを構築する中小企業の経営基盤の充実は、日本の強みの源泉の充実につながると考えられます。他方で、サプライチェーン構造が仮に大きく変化しているという指摘が事実であるならば、中小企業はサプライチェーンの中で新たなポジションを確保していく必要があると考えられます。本項では、2007 年から 2017 年までの製造業における取引関係の変化を、(株)東京商工リサーチ「企業情報ファイル」、「財務情報ファイル」、「企業相関ファイル」を利用し概観していくとともに、取引階層内の企業の特徴について考察していきます。なお、一般にサプライチェーンという言葉は良く知られているが、その意味するところは非常に広範です。ここでは、対象を製造業に限定し、上場企業を頂点とした取引関係の階層構造から分析を行っている点に留意してください。第 3-1-70 図、第 3-1-71 図は、上場企業を頂点とした取引関係を1次から6次まで階層化し、それぞれ企業数・構成比率を見たものです。なお、上場企業から6次取引企業までに分類されなかった企業を独立企業として分類しています。これを見ると、1次取引企業の数が約 2,000 社減少(マイナス1.68%)しているのに対して、2次取引企業が約 4,000 社(+2.65%)増加していることが分かるが、2007 年から 2017 年にかけて大きな変化は見られないといえます。日本の製造業は、1980 年代後半から製造拠点の海外進出が進み、1990 年代から2000 年代前半にかけて国内産業の空洞化が指摘されました。この流れの中で、取引構造の解体と再構築が一巡した可能性が考えられます。
次に、
- 売上高、
- 当期純利益、
- 売上高対当期純利益率
の三つの財務指標の変化(2007年→2017 年)を取引階層別に確認します。売上高の中央値を見ると(第 3-1-72 図)、2007 年から 2017 年にかけて、どの階層でも売上高の中央値は減少していることが分かります。また、売上高の規模は、2、3次取引企業が低い傾向にあり、4~6次企業は2、3次取引企業と比較して僅かに高い。他方、独立型企業の売上高は、取引階層内企業(上場企業~6次取引企業)よりも低い水準です。次に、当期純利益の水準を確認します。第 3-1-73 図を見ると、1次取引企業と2次取引企業では後者の利益額が小さいが、それ以下の取引階層企業では、当期純利益の水準に大きな差がないことが分かります。最後に、売上高当期純利益率を見ると(第 3-1-74 図)、2007 年から 2017 年にかけて、どの階層においても高まっています。また、取引階層別に見ると、上場企業から5次取引企業にかけて低下していく傾向にあることが分かります。これに対して独立型企業は4、5次取引企業より高い水準です。
次に、同じデータセットを利用し、2007 年と 2017 年の2時点のデータが確認できる企業を対象とし、2007 年から 2017 年にかけて取引階層の変化について確認を行った(第 3-1-75 図)。まず、取引階層の変化を確認するに当たって、階層変化のパターンにより企業を以下の6つのパターンに類型化します。
◆「変化なし」
→2007 年と 2017 年の2時点において、上場企業から6次取引企業までに属しており、その中で取引階層が変化していない企業
◆「階層上昇」
→2007 年と 2017 年の2時点において、上場企業から6次取引企業までに属しており、その中で取引階層が上位になった企業
◆「階層下降」→2007 年と 2017 年の2時点において、上場企業から6次取引企業までに属しており、その中で取引階層が下位になった企業
◆「非独立から独立」
→2007 年時点では上場企業から6次取引企業までに属していたが、2017 年時点では独立型企業に属している企業◆「独立から非独立」
→2007 年時点では独立型企業に属していたが、2017 年時点では場企業から6次取引企業までに属している企業
◆「独立型のまま」
→2007 年と 2017 年の2時点において独立型の企業
これを見ると、2007 年と 2017 年の2時点において、同一階層にとどまる企業は全体の 71.1%(内訳:変化なし 48.3%、独立型のまま 22.8%)、階層が変化した企業は全体の 16.4%(内訳:階層上昇 8.7%、階層下降 7.7%)、取引階層内と独立型が入れ替わった企業は 12.5%(内訳:非独立から独立 5.0%、独立から非独立 7.5%)となっており、約 30%の企業では取引階層とポジションの関係に変化が見られます。
次に、階層変化の6類型ごとに企業の財務パフォーマンスを比較していきます。まず、第 3-1-76 図は売上高(中央値)の比較です。2007 年から 2017 年にかけて、全ての類型で売上高は減少しています。次に、第 3-1-77 図は営業利益(中央値)を見ると、「変化なし」と「非独立型から独立型」の企業は減少しているが、
- 「階層上昇」、
- 「階層下降」、
- 「独立型から非独立型」、
- 「独立型のまま」
の企業では増加が確認され、階層上昇企業では特に大きく増加していることが分かります。また、売上高営業利益率(中央値)についても(第 3-1-78 図)、
- 「階層上昇」、
- 「階層下降」、
- 「非独立型から独立型」、
- 「独立型から非独立型」、
- 「独立型のまま」
の企業は、「変化なし」の企業と比較し、売上高営業利益率の改善が大きいです。加えて、総資産営業利益率(ROA)の変化についても確認します。第 3-1-79 図を見ると、「変化なし」については低下しているのに対し、その他の類型については程度の差はあるものの、増加していることが分かります。最後に、労働生産性について見ると(第 3-1-80 図)、労働生産性については、2007年と 2017 年の比較において、どの類型でも増加していることが分かります。類型別で見ると、「変化なし」の増加額が最も低いです。
以上を踏まえると、2時点比較において、独立型のままの企業及びポジションが変化した企業は、取引階層内に属する企業(上場企業~6次取引企業)でポジションが変化していない企業と比較し、財務指標の改善が大きい傾向が見て取れます。取引関係は自社だけでコントロールできるものではないが、戦略的に自社のポジショニングを見直していくことが業績の改善に寄与している可能性があります。既存の取引関係の見直しについて、事例 3-1-25 は重要な示唆を与えてくれます。この事例では、下請からの脱却を図ることで企業の価値を高めることに成功しています。また、取引構造において上流に位置している企業は、自社を支える取引先との関係強化を進めていくことも重要です。事例 3-1-26 では、自社の業務改革を進めていく中で、仕入先の資金繰り改善につながっている事例が紹介されています。さらに、事例 3-1-27 で紹介されている事例のように、取引に係る受発注の業務を効率化するとともに取引関係の拡大に寄与するシステムを提供する企業も現れており、今後、取引関係に関してはさらに流動化していく可能性も示唆されます。大企業においても中小企業との関係性については見直しが進められています。例えば、事例 3-1-28 に見られるように、自社のサプライチェーンをより強固なものにするため、サプライチェーン下の中小企業に対する後継者教育を積極的に取り組む大企業も存在します。いずれにしても、社会変化を踏まえれば、既存の取引関係が今後も長期的に保証されるとは言い切れません。サプライチェーンの中で重要な役割を果たしている中小企業も、常に自社のポジションについて見直しを行うことが重要です。
事例 株式会社最上インクス
「自社製品を武器に『請負型』から『提案型』のビジネスモデルへ転換する
ことにより、サプライチェーン内で高付加価値なポジションを確立した企業」京都府京都市の株式会社最上インクス(従業員 103 名、資本金 4,600 万円)は、
- 電気・電子部品製造、
- 薄板金属加工品の量産・試作
を行う企業です。同社は 1950 年の創業以来、国内の大手電機機器・部品メーカーを顧客に、金属部品の量産や試作事業を手掛け、日本経済の拡大とともに順調に業績を拡大してきました。しかし、2008 年のリーマンショックで量産・試作ともに受注が大きく減少した状況を、先代の横で見ていた鈴木滋朗氏は、2010 年に社長に就任するに当たり、顧客から受注して製造するという『請負型』のビジネスモデルでは、今後の社会変化に取り残されてしまうという危機感を抱いていました。同氏はビジネスモデルの転換を模索する中で、同社が受注している試作品は、発注元企業が新たに開発する製品に使われるものであり、「次のトレンド」を知るために重要な情報源であることに気付きました。そして、顧客が新製品を開発する際に、重要な部品(キーパーツ)を自社製品として開発・製造できれば、『請負型』のビジネスモデル脱却を実現できるのではないかと考えました。しかし、このビジネスモデルの転換にはリスクが伴います。『請負型』であれば販売先、販売量や単価があらかじめ決まっていて、予算の見積もりが容易で在庫リスクもありません。他方、自社製品を製造から販売まで行う場合、予算の見積もりは困難で、在庫リスクもあります。それでも、キーパーツを自社製品として販売する『提案型』のビジネスモデルは、付加価値に応じて自社で値決めできる点が大きな魅力でした。自社製品の開発に当たり、同社内の意識を「顧客の要望にどのように応えるか?」という考え方から、「顧客が求めるもの・解決したい課題は何か?そのためにどのような製品・部品が必要か?」という考え方に変えていました。また、ものづくり補助金を活用し、新たな生産設備の開発や導入を行い、生産体制を整備しました。このような取組の結果、現在、同社は『提案型』のビジネスモデルを確立し、これまで取引関係のなかった
- 重工業メーカー
- 自動車メーカー
- 発電メーカーや
- 欧米を中心とした企業
からも引き合いを受けるなど、事業機会が拡大しています。また、従来は顧客の言い値で決まっていた価格を、付加価値を考慮して自社で決められるようになっています。鈴木社長は、「今後、製造業でも『モノ中心』ではなく、『顧客中心』に考えなければ生き残れない。より付加価値の高い仕事をしていくために、顧客の課題を解決する製品を生み出し続けていきたい」と語ります。
事例 菊川工業株式会社
「サプライチェーン・ファイナンスを導入し、仕入先との協力関係を強化する企業」
東京都墨田区の菊川工業株式会社(従業員 202 名、資本金1億円)は、建築物等の金属製内外装工事の設計・製造・施工等を行う企業です。同社の金属建材加工に関する技術力は国内外から高い評価を得ており、著名な建物やモニュメント、高級ブランドショップの内外装などで採用されています。代表的な例として、お台場にあるフジテレビのチタン球体や、東京タワー・東京スカイツリーの展望台の金属パネルといったものがあります。従来、建材の金属加工業界では受注から納期までの期間が数か月から2,3年と長いです。また、
- 見積り、
- 値段決定、
- 受注
という製造業の一般的プロセスを省略して仕事が始まることが多いため、コストや利益が予測できないまま業務が進んでいました。こうした中、2016 年末の下請取引支払遅延等防止法(下請法)の運用基準の改正に伴い、親事業者は下請事業者への支払期間の短縮が強く求められるようになりました。これを機に、同社は上述した支払に関する慣習を打破し、下請法に求められる水準以上の支払システムに変更しようと決意し、協力会社(当社の中核的取引先であるサプライヤー)に対しては原則、納品の翌月に現金払いを行うことにしました。また、協力会社以外の取引先に対しても、サプライチェーン・ファイナンスの導入により、売掛債権の低利かつ早期の現金化を行うことを可能にしました。この支払に関するシステムの導入により、同社においても、支払業務の簡略化や手形の発行・管理業務の大幅な削減などにより、1か月あたり 20~30 時間程度の業務量を削減できました。これにより、経理部門の人員を1人減らすことができ、月額 100 万円以上のコスト削減効果を得られたといいます。同社の取引先には材料商社が多いが、宇津野嘉彦社長は「材料商社などは金利にとても敏感です。手形を早期かつ低利で現金化できるようになれば、取引先のキャッシュフローが改善され、その分、研究開発や品質改善にリソースを注ぐことができ、経営の安定化にも資する。当社が製品の品質を維持できるのは、サプライヤーから高品質の資材が提供されることが大前提であるため、サプライヤーの経営の安定化は、当社とサプライヤーとの良好な関係を長期的に維持し、金属加工製品のサプライチェーン全体の安定の基盤となる。」と語っています。
事例 キャディ株式会社
「革新的な受発注システムにより、調達に係る煩雑な見積もり作成業務を大幅に効率化する企業」
東京都墨田区のキャディ株式会社(従業員 30 名、資本金 10 億9千万円)は、AI を駆使して様々な金属加工製品の受発注のマッチングを行っている企業です。同社は金属加工製品の中でも、産業機械や医療機器、鉄道、航空機など、多品種小ロット生産の製品を得意分野としていす。同社が開発した金属加工製品の自動見積・リアルタイム発注システム「CADDi」では、見積もりフォームに CAD のデータと発注スペック(加工方法・材質・色など)を入力すると、品質や価格を考慮した上でベストなマッチングを行い、発注者に見積もりを提供することができます。CAD のデータが 3D であれば約7秒、2D でも最短2時間、原則即日の見積もり提示が可能であるといいます。このようなスピード見積もりが可能なのは、同社が板金加工の受注を
- サイズ
- 材料
- 加工方法
等によって 321のカテゴリーに細分化し、それぞれを得意分野とする協力会社(パートナー)を採用し、固定価格で生産委託する体制を構築しているからです。同社のパートナーはほとんどが従業員数 20 名以下の町工場で、それぞれの町工場の得意な技術や分野を見極めた上でパートナーになってもらい、顧客からの受注内容に応じて最適なパートナーに生産委託をしています。得意分野はパートナーによって違うため、同じ加工でも一番得意な企業と不得意な企業を比較すると、金額の差が約3〜5倍にもなるといいます。この際、あらかじめ取り決めた固定価格で発注を行い、相見積もりを一切取らないため、驚異的なスピードでの見積もり提示を可能としています。同社のパートナーにとっても、多大な負担となっていた見積もり作成の手間が大幅に省けるとともに、年間を通じて安定した受注を見込めることから、多品種小ロットであっても製造コストの低減や一定の利益を享受できる仕組みとなっています。同社の加藤勇志郎社長は「一般的に小さな町工場の社長は、受注の引き合いがあるたびに見積もりを作成する手間に忙殺される上にその約8割が失注となっており、まさに『見積もり地獄』とも言える状況です。当社のシステムでは相見積もりを取る必要がなく、全てシステムで処理するため、見積もり作成の手間から解放され、例えば受注の際に足下を見られて安く買い叩かれたり、コスト低減要請を見越して見積額を高めに設定しておくといった無駄な駆け引きが入り込む余地がなく、明朗会計で分かりやすいです。受発注業務を抜本的に改善することで、社長の負担を軽減して新しい取組をする時間を作ることで、町工場の活性化を後押ししていきたい。」と語っています。
事例 株式会社小松製作所
「サプライチェーンを構成する企業に対して事業承継を支援する大企業」
東京都港区の株式会社小松製作所は、
- 建設機械
- 車両の製造
- 販売
を行っており、海外売上高比率が 85%を超えるグローバル企業です。同社は、1969 年、主要取引先からの長期安定調達の実現と取引先における QCD(品質、コスト、納期)向上により、競争力を維持するため、「コマツみどり会」を設立しました。現在、日本国内の取引先企業 156 社から構成されています。同会の会員企業のうち 90 社以上は地域の中小企業であり、支払条件の優遇や同社からの優先発注、さらに各種教育・技術指導を行っています。同会が設立されてから約 50 年が経過し、会員企業で世代交代が進む中で、次世代経営者の育成が重要課題となってきました。人材育成に当たり、外部の研修サービスを活用することも考えられるが、中小企業にとっては費用面での負担が大きい。一方、同社にとって取引先企業が長期的に安定した経営を行うことは、安定調達のために必要不可欠です。そこで同社は、会員企業への支援の中でも、人材育成を最重要テーマとして取り組んでいます。同社は、会員企業の経営者のご子息等を同社の新入社員として OJT で育成する研修を 1972 年から実施してきたが、それに加えて 2005 年からは会員企業の次期社長候補を対象とした研修を提供しています。これは、もともと同社内で自社の課長クラスを対象に実施してきた「ミドルマネジメント研修」に参加する形で行われています。研修にはこれまでに会員企業から 23 名が参加、うち 19 名が研修参加後に社長として経営に携わっており、経営者としてのマインドセットや戦略立案のスキルなど研修で学んだ内容が、各社の経営方針・事業計画策定といった実践で活用されていると同社は見ています。これら支援により会員企業で世代交代が着実に進むことは、同社にとって大きなメリットであるとともに、会員企業の後継者人材と同社の将来の経営を担う人材が「同じ釜の飯を食う」経験をすることで、薄れがちであった人的ネットワークが強固なものになり、より一層の協力関係の構築が可能になっていると考えています。同社から支援を受けた会員企業からも、実践的な研修を受講することで社長業を始める前の有意義な機会になったという声や、同社の同世代の社員との密なコミュニケーションを通じ、同社の経営方針のより深い理解と人的ネットワーク構築につながったとの反応が寄せられています。
コラム サプライチェーン下の中小企業を支えるステークホルダーの取組
中国地域の自動車産業集積の特徴は、
- ①中部・関東地域の同業種に比べ相対的に事業規模が小さく、
- ②樹脂成形や塑性加工などの自動車部品の技術力は高いものの、電動・ソフトウェア系部品の集積は薄いこと
です。自動車の電動化などの自動車技術及び事業環境の大きな変化の中で、従来の取引構造を越えて事業展開するための技術提案力の強化が大きな課題となっていました。このため、中国経済産業局は、平成 19(2007)年度に地元金融機関(広島銀行や山陰合同銀行)などと連携し、「中国地域 新技術・新工法展示商談会」を開始しました。その後、同局と
- 鳥取県、
- 島根県、
- 岡山県、
- 広島県、
- 山口県
との中国5県連携事業として継続し、現在まで 10 年以上にわたり実施しています。その取組の狙いは、
- ①全国の完成車メーカーの敷地内で行い、これまでに接点のなかった幅広い領域の設計・開発などのエンジニアが隙間時間に仕事を抜けて来場しやすくすることで、多くの出会いの機会を創出すること、
- ②来場者との意見交換を通じ幅広い知見を得て、更なる技術提案につなげること、
- ③事前に完成車メーカーなどからニーズ発信や自動車技術の動向に係る講演、ベンチマーキング活動、目利き専門家による提案書作成指導などにより技術提案力の“磨き”を行うこと
などがあります。これらの取組の中で、完成車メーカーなどからは「技術提案は、相手の技術や社会の課題を十分に知った上で、それに合う説明を行わなければならない」と助言を受け、部品サプライヤーからは
- 「完成車メーカーからこの技術は別の領域で使えるのではないかと逆提案された」
- 「既存取引担当者とは別の担当者が当社の技術に関心を示し、新たな部品の検討が始まった」
といった反応が得られました。社会が様々に変化することをビジネスチャンスと捉えれば、事業規模が小さい中小企業にはそれぞれの企業特性に合った事業戦略を作ることができます。本展示会は、技術提案を通して「新たな発見」を見出し、それを新たなイノベーションにつなげる、サステイナブルな価値創造活動の大きな柱となっています。
③ 地域経済を活性化する中小企業
第1節で見たとおり、特に地方部では人口減少を背景とする需要縮小により、地域経済の停滞が懸念されます。こうした中で、地域の外から所得を稼ぎ、地域経済を活性するために「地域資源」の有効活用が期待されています。日本では、長い歴史の中で多くの地域に特定の産業が集積し、地域間・地域内で分業を行うことで地域ごとの特色を作り、その経済を支えてきました。しかしながら、経済環境・産業構造が変化する中で、従来の地域資源を活用した産地産業は徐々に失われつつあります。ここでは、特に産地産業の動向について、経済産業省「工業統計表」から代表的な品目 73について見ていきます。第 3-1-81 図、第 3-1-82 図は代表的な産地産業の産出事業所数の推移です。多くの産地産業の産出事業所数は 1999 年と比較し大きく減少しており、特に衣料や陶磁器類の事業所は約6割減少しています。
他方、同じ産地産業の出荷額を見ると、日用品に関してはおおむね減少基調から横ばいとなっている(第 3-1-83 図)が、飲食料品に関しては出荷額の減少傾向に歯止めがかかり、足下で増加基調に転じている品目も存在する(第 3-1-84 図)。
日本には、長い歴史を持つ数多くの「地域資源」が存在しているが、時代の変化により苦戦を強いられている地域資源も数多く存在していると考えられます。しかしながら、社会変化にうまく適応していくことで、事業を拡大させていくことも可能です。「地域資源」を活用した新たな展開を検討するに当たって、経営戦略の策定で利用される「アンゾフマトリクス 」のフレームワークを利用することは一つの有効な手段でしょう(第 3-1-85 図)。地域資源は、その地域に根差した歴史や伝統を有しており、大きな価値があると考えられます。しかし、個人の嗜好やライフスタイルは絶えず変化しており、「地域資源である」ことだけで需要を獲得し続けることは困難です。そこで、地域資源の持つ特徴(強み)を再度見直し、地域資源の価値がより評価される市場を開拓することや、地域資源の特徴(強み)をいかした新たな商品を開発することが重要であると考えられます。事例 3-1-29、3-1-30、3-1-31、3-1-32 は、いずれも地域産品の特徴をいかしながら、時代の変化の中で的確にポジションを見直してきた事例であり、大きな示唆が得られるものであると考えられます。
中小企業にとって、新製品開発や市場開拓は非常に重要な対応策ですが、既存市場が縮小する環境で、単独で新たな事業展開の可能性を探ることは難しい。近年では、中小企業の新たな事業展開を支援する事業者も現れており、特に注目されている存在として「地域商社」が挙げられます。「地域商社」の明確な定義は存在しないが、一般には、地域資源の良さをいかした商品開発や新たな販路開拓を支援する存在として知られている(事例 3-1-33)。このような事業者の支援を得ながら、地域資源の新たな価値を追求し、地域経済の活性化を目指していくことが期待されます。
事例 株式会社高澤商店
「地域産品の良さを活かし、海外展開を図る企業」
石川県七尾市の株式会社高澤商店(従業員 27 名、資本金 1,000 万円)は 1892 年に創業し、江戸時代初期から七尾に伝わる「和ろうそく」の製造や、線香など仏事用品の販売を行っています。同社は、1960 年代の高度経済成長期に、これまで全て手作りが一般的であった「和ろうそく」の製造工程を抜本的に見直し、「型」を導入することで安定的な生産体制を実現しました。この結果、同社は能登地域から東海地方にまで商圏を拡大させることに成功し、現在に至るまで「和ろうそく」の国内シェア首位を維持しています。しかし、同社の高澤久社長は、今後、国内の人口減少などに伴い長期的な視点では仏事用の和ろうそくの需要が減少することに危機感を感じており、「和ろうそく」の新たな可能性を探し続けてきました。この中で、同社が新たな可能性の一つとして注目したのが海外市場です。同社は、石川県から受けた 2005 年パリ国際総合生活見本市への出品依頼を、「和ろうそく」が海外市場でどのように評価されるのかを知る絶好の機会と捉え、この見本市に参加しました。そこで、
- ①植物由来の原料を利用している「和ろうそく」は、海外市場で高評価が得られること、
- ②独自の芯の構造から生まれる力強い炎が評価されること
を確認し、海外展開に当たっての「和ろうそく」の
- 「強み」と
- 「海外市場のニーズ」
を把握することができました。この経験をいかし、同社は、2006年に新商品「和ろうそく ななお」を開発しました。同商品は、シンプルなデザインを追求しつつ、植物由来の原料を利用していることが伝わるよう、植物の持つ曲線をイメージしたデザインを取り入れています。また、海外展開に当たっては人材不足が課題であったが、株式会社御祓川が企画・運営する「能登留学」を活用することで、この課題の解決を図りました。「能登留学」は、地域活性化プロジェクトの一つで、大学生に対して能登地域の中小企業で働く経験を提供するインターン制度です。同社は、本格的に海外展開を検討する担当者としてインターン生を受け入れ、海外の小売店への営業戦略立案やインバウンド需要獲得のための営業活動を行いました。現在、同社の海外売上シェアはまだ2%程度にとどまっているが、今後は海外向け販売担当者を新たに採用するなど、海外展開を更に積極的に進めていく方針です。高澤社長は、「海外展開を本格化して、日本の伝統産業を海外に広げるきっかけにしていきたい」と語ります。
事例 井上スダレ株式会社
「歴史と伝統の伝承と、時代に合わせた提案の両方に、第一人者として取り組む企業」
大阪府河内長野市の井上スダレ株式会社(従業員 57 名、資本金 1,080 万円)は、1916 年に国内用すだれを製造する企業として創業し、1972 年にすだれに着色する技術から多角化した粉体塗装事業を開始しました。現在は、
- すだれ事業部(竹と木の加工、防炎加工などの化学処理)と
- 粉体塗装の流れをくむ継手事業部(金属加工とプラスチック射出)
の2事業部制で、両方の事業部で使用する生産機械の設計・開発も行っています。国内のすだれ生産の最盛期は 1970 年頃で、その後需要が縮小に転じると、同社は事業の多角化とすだれの高付加価値化で対応しました。すだれに関する主な取組に、伝統的工芸品(大阪金剛簾)の認定取得(1996 年)、すだれ資料館の開館(2004 年)及びショールームの開設(2007 年)があります。伝統的工芸品の認定取得とすだれ資料館の開設は同社のブランドを高めました。歴史的な資料を集めた資料館はメディアに取り上げられ、小学校の社会見学を受け入れるなど、知名度向上につながりました。ショールームは商談の円滑化に役立っています。すだれの良さは、見て感じることで初めて分かる部分があるため、実物が展示されるショールームはその魅力を伝える貴重な場となっています。他にも、伝統的なすだれを徹底的に目立たせたホームページの設計や、sudare ドメイン(sudare.co.jp,sudare.com)の取得などの取組を行っています。これらの取組もあって、20 年前と比べて空間演出や内装に関わる会社との取引が増加し、現代建築のインテリアデザインという新市場を開拓できました。このように、同社では知名度向上を含め、すだれを高付加価値化するための多数の取組を行っているが、すだれの創意工夫にはすだれ以外の技術的知見もいきると考えられています。井上義弘社長は「今後もすだれの第一人者として伝統工芸の伝承に取り組みつつ、生産機械の設計・開発などの強みをいかして時代に合ったすだれの見せ方・扱い方の提案を行っている。さらに、強みを伸ばすための新事業展開も考えている。」と語ります。同社は、生産面では画像認識や AI を活用した人手不足対応にも取り組み、従来の
- ノギスなどを用いた目視による測定方式から
- 画像認識の活用
で時間短縮を実現しています。調達面では海外と販売代理店契約を結んで国内生産が困難な建材の取扱いを始めました。2018 年からはスケートボードのスクール運営会社と連携して、練習場の設計や運営管理の事業を始めました。連結・可動式のユニットの組合せで練習場のコースが変更できるようにした点が特徴であり、コース変更作業の容易さと安全性を両立するユニット接合部の金属加工に同社の強みがいかされています。
事例 三和製紙株式会社
「地域の伝統産業の技術を活用し、他社との差別化を図っている企業」
高知県土佐市の三和製紙株式会社(従業員 119 名、資本金 3,000 万円)は、1962 年に創業し、江戸時代から和紙製造で蓄積された技術やノウハウを用いて、
- 食品用、
- 住宅用、
- 産業用
の不織布や特殊紙を製造・販売している企業です。戦後、国内で家庭向けのティッシュペーパーの製造が始まり、同社も 1967 年にティッシュペーパーの製造に着手しました。しかし、このような大量生産型の商品は大企業にはかなわず、1987 年にはティッシュペーパーの製造からは撤退し、不織布の製造に特化することにしました。不織布を用いた化粧品関連製品などは、1商品あたりのボリュームが小さく、小ロットの製品ごとに様々な要望に応える柔軟性が必要であり、大手企業は参入しにくいです。加えて、高知県は古くから和紙の産地で、同社はもともと障子紙や食品包装紙などの和紙を製造していたため、和紙特有の技法に精通していました。このような点に同社は着目し、他社には真似できない和紙の伝統技術を取り入れた不織布の開発や、小ロットの受注への対応など、地域の伝統産業や中小企業ならではの優位性を活かし、大企業や競合他社との差別化を図っていました。和紙の技法を取り入れた同社の製品には、繊維に高圧の水流を当てることで立体方向に繊維を絡めさせて強度を出す手法を用いた「スパンレース不織布」というものがあり、接着剤を使用しないことを特徴の一つとしています。例えば化粧品関連製品などでは、接着剤の種類によっては肌に合わない場合がありますが、同製法ではその心配がありません。このように、用途に応じて、
- マイクロファイバーなどナノレベルの繊維との多種多様な組み合わせ、
- 積層方法、
- 水流・水圧の噴射方法の調節
など、高度な技術を追及しています。また、不織布の原料として、吸水性が高いものの、加工の難しさから使われにくいパルプについても、同社の技術によりレーヨンに組み合わせることで、強度と吸水性を両立させて使用されています。これも和紙製造の技法やノウハウを新しい技術と組み合わせて応用したものであり、同社ならではの強みとして、他社との差別化につながっています。森澤正博社長は、「紙の市場は洋紙と和紙に分類されるが、洋紙業界はボリュームが大きく大企業が強い一方で、和紙業界はもともとボリュームも小さく衰退気味。当社の不織布は和紙に近い技術であるが、不織布は他の繊維や各種素材などを取り込むことで製品として発展性があり、将来性があると考えている。洋紙と異なり、和紙の技術は繊維の特性をいかす技術であり、こうした技術の本質を応用する先を見つけられれば、今後も発展の余地がある。」と語っています。
事例 株式会社ファッションキャンディ
「地域資源を活用した新製品で、高付加価値化と販路開拓に取り組む企業」
沖縄県宜野湾市の株式会社ファッションキャンディ(従業員 140 名、資本金 8,000 万円)は
- 菓子製造
- 卸
- 小売
業者です。沖縄国際海洋博覧会が開催された 1975 年に外国製菓子の輸入販売で創業し、1989 年にチョコレート菓子の自社製造を始め、1996 年には「ちんすこうショコラ」を生み出しました。沖縄土産のちんすこう関連商品としては後発ながら同社の主力商品に育つなど順調であったが、2007 年に有名チョコレートブランドが沖縄県内に進出し、競争が激化しました。そこで、同社は、売上の維持増加には全国で高級チョコレートブランドとして認知される必要があると考え、その手段として「ちんすこうショコラ」とは別ブランドでの新商品の開発を始めました。新ブランドの第一弾が 2016 年に立ち上げた「MAKUKURU」です。売上の大部分を占めるバレンタインに向けた女性向けブランドであり、厳選した沖縄産フルーツを使用して付加価値を高めました。2017 年 2 月のバレンタインに県内の百貨店で販売するに至り、高級チョコレートブランドとしての認知度向上の第一歩となりました。女性向け製品に続く第二弾として、男性向け商品の開発を考えた同社は、沖縄を代表する特産品の泡盛に着目し、2018 年に「泡盛 BONBON ショコラ」が誕生しました。最大の特徴は沖縄県内の 46 泡盛酒造所の新酒をそろえた点です。酒造所の協力を取り付けるのは容易ではなかったが、46 酒造所というインパクトが泡盛需要を掘り起こし泡盛消費の拡大につながると、根気強く説得を重ねました。熱意が通じて 46 酒造所の協力を得て、さらに同社の企画は経済産業省中小企業庁による地域産業資源活用事業の認定を受けました。同商品は泡盛以外にも沖縄由来の素材を用いています。泡盛の割り水は沖縄の地下から採取した「陸地珊瑚礁浸透古代海水」であり、砂糖は沖縄県産のきび糖です。沖縄の要素が満載で、沖縄への観光客・インバウンド客にも印象的で記憶に残りやすいです。2018 年2月のバレンタインでは大阪の百貨店での販売し、46 種そろった商品は1 万 3,000 円と高価でしたが贈答用として好評を得た。城間敏光専務は「2019 年のバレンタインでは、日本経済新聞の何でもランキングに古酒泡盛 BONBON が取り上げられてトップ 10 に入った。沖縄県外でも着実に知名度が向上しており手ごたえを感じている。今後は海外にも展開する取組を進めていきたい。」と語ります。
事例 地域商社やまぐち株式会社
「地域産品の販路拡大を支援する、地銀発の地域商社」
山口県下関市の地域商社やまぐち株式会社(従業員9名、資本金 5,000 万円)は、2015 年の山口県と山口フィナンシャルグループの地方創生に関わる包括連携協定に基づき、2017 年に設立された企業。販路開拓に苦心する地域産品のメーカーを、
- 商品開発
- 営業
- 販売
などの面から一貫して支援することを目的としています。同社は、山口県内の地域産品の販路拡大に資する一般的な商社機能を有しているが、ただ商品を仕入れて販売するだけでなく、仕入先の中小企業に対する品質管理の指導やマーケティング支援、また、後述の「やまぐち三ツ星セレクション」は、オリジナル商品として全量買取り・販売といった手厚い支援体制に特徴があります。さらに、山口県の県産品を厳選し、「やまぐち三ツ星セレクション」として首都圏をはじめとした地域外への販売を行っています。従来、県産品は生産量の少なさゆえに、都市部のバイヤーからは取扱いを断られるケースが多かったです。そこで同社が県産品を厳選し、「やまぐち三ツ星セレクション」として複数の県産品をまとめて取引することで、県産品のメーカーと小売店のバイヤーの双方にとってメリットのあるシステムを実現しました。「やまぐち三ツ星セレクション」は、主に山口県の公募によって候補が集められ、都市圏のバイヤーなどの審査員により厳格な審査が行われます。審査に当たっては、
- 「山口県のこだわりの一品であること」、
- 「原料に山口県のものを使用していること」、
- 「商品のストーリー性」
などが考慮されます。また、「やまぐち三ツ星セレクション」の商品開発候補として認定されると、メーカーと同社の共同で商品開発が行われ、また山口県からは1社あたり 150万円を上限として、研究開発費の 2/3 が補助金として支給されます。現在、「岩国がんね栗 煌」や「純米大吟醸 華ほのり」など、16 社 34 アイテムが「やまぐち三ツ星セレクション」として販売されています。同社が取り扱う商品は、今は飲食料品がメインですが、今後、事業が軌道に乗れば、製造業を含め他産業の商品を取り扱うなど、支援の幅を広げることも検討しています。
④ 地域の生活・コミュニティを支える中小企業
これまでに述べてきたとおり、人口減少を背景にした地域内需要の減少は、地域に根差して事業を行っている中小企業にとって大きな影響を与えることが懸念されています。実際、過疎化が進んでいる地方では、小売・飲食などの地域内の需要に対応する企業の密度も下がり、人々の生活基盤やコミュニティが失われているところも存在します。このような背景の中で、事例 3-1-34 のように地域の衰退という社会課題を自社の経営課題として捉え、積極的に解決に向けた取組を進めている中小企業も存在します。また、事例 3-1-35 のように中小企業のネットワークを構築することで、地域課題の解決に取り組む動きも見られます。さらに、事例 3-1-36 や事例 3-1-37 のように、人口減少・高齢化という課題に対応している合同会社や NPO 法人といった存在も注目されています。今後、地方部の人口密度が低下していく中で、地域コミュニティを支える役割の重要性はますます高まるものと見込まれます。中小企業もこの社会課題に対して当事者として向き合っていく必要があり、自社に果たすことができる役割を果たしていくことが期待されます。
事例 斑鳩産業株式会社
「地域の課題を自社の経営課題と捉え、地域活性化に貢献する企業」
奈良県斑鳩町の斑鳩産業株式会社(従業員 26 名、資本金 2,000 万円)は、1975 年創業の不動産・リフォーム・保険業を中心に行う企業です。井上雅仁社長が 2013 年に就任した直後、中小企業庁の第二創業を支援するプロジェクトに参加したことをきっかけに、新たな事業として立ち上げたのが「まちづくり事業部」です。もともと同氏は商工会青年部に所属しており、斑鳩地域の商工業者の事業承継が上手くいっていないことなど、地域経済の衰退に問題意識を抱いていました。一方で斑鳩町には法隆寺をはじめ多くの著名な寺院があり、これらの観光資源を活用することで来訪客を増やし、新たな需要を創出すれば、地域経済が活性化するのではないかと考えました。また、地域経済の活性化により人口の流入が増加すれば、同社の主力事業である不動産事業にも寄与すると考えました。そこで同氏は、観光の側面から地域経済を支援するため、観光事業を行う「まちづくり事業部」を創設することにしました。「まちづくり事業部」の活動として、同社は、地域の資源をいかして観光客を増加させるべく、各種イベントや企画を実施しました。木魚や写経、茶道を体験する中で若者が交流を図る「寺コン」や、寂れてしまった商店街でフリーマーケットを開催する「常楽市(じょうらくいち)」がその一例です。「常楽市」は、2013~2017 年までの5年間開催され、最終年度には約 8,000 人が来場しました。「常楽市」の取組は一旦終了し、現在はイベントによる一時的な集客から、恒常的な集客の仕組み作りに注力しています。2014 年以降同商店街地域に、同社直営の飲食店「布穀薗(ふこくえん)」を含む5店舗の飲食店が開店し、年間3万5千人の集客を誇っています。こうした事業による観光客の増加が、新たな需要を創出し、地域活性化の第一歩となっています。現在は、自治体と協力し、斑鳩で飲食店などを創業する人を探し支援する「創業セミナー」を開催し、新たな地域経済の担い手の獲得を狙っています。さらに旅行ガイドブック「るるぶ」に、朱印帳作り体験や機織体験、奈良漬作り体験など、斑鳩の特集を掲載し、観光客の増加による更なる需要創出を図っています。同氏は、「まちづくり事業部がきっかけとなり、観光による地域活性化という1つの目標に向かって地域のまとまりが出てきた。まずは斑鳩の活性化を実現し、これをモデルケースとして、将来的には全国の衰退地域に応用していきたい。」と語ります。
事例 コスモス・ベリーズ株式会社
「地域の中小小売業・サービス業事業者による新たなネットワーク経営の形(ローカルプラットフォーム)を推進する企業」
愛知県名古屋市のコスモス・ベリーズ株式会社(従業員 73 名、資本金1億円)は、ローカルプラットフォームという、地域の中小小売業・サービス業事業者による新たなネットワーク経営の在り方を推進している企業です。同社は、地域市場を販売エリアとする小売業の地域店・小規模店を取り巻く環境が、少子高齢化や業界の成熟による市場規模の停滞、量販店やネット販売による競争の激化といった厳しい状況になっていることを踏まえ、地域の小売・サービスの新しい姿として、単一種類の商品だけでなく、様々な商品や生活におけるソリューションを取り扱う、「業態店」という形を提案。具体的には、加盟店をリーダーとし、非加盟店を含む地域の複数の異業種店舗との間で、元請・下請の関係ではない水平分業型の協業関係(ローカルプラットフォーム)を構築し、地域生活者の困りごとをワンストップで解決するビジネスモデルです。例えば、エアコンなどの家電修理のために顧客の家を訪問した電気店が、水道の調子が悪いという相談を受けた場合、ローカルプラットフォームの事務局(リーダー店舗)を通して、プラットフォームに協力する水道工事の業者を紹介します。これにより、顧客側はいつもの信頼できる店舗に困りごとを何でも相談することができ、店舗側は協力企業と顧客ニーズを共有することにより信頼関係をもとに顧客数を拡大することができています。ローカルプラットフォームの取組は 2014 年頃から徐々に広がり、2019 年2月 28 日現在で5例(山形、千葉、長野、香川、福岡)に拡大。日本が少子高齢化・人口減少の流れにある中で、人口密度の低下による小売業・サービス業の生産性の低下をカバーしつつ、高齢化に伴うサービス業への需要の増加を捉えた、地域の中小小売業・サービス業事業者による新たなネットワーク経営の形として、業界においても注目を集めています。同社の牧野達社長は、「少子高齢化が進み、買い物弱者の増加に伴い、生活全ての困りごとの相談に乗り、解決することのニーズの多さに直面し、『いつもの顔がわかる地域店』がワンストップで受けて地域専門店同士の連携で解決するローカルプラットフォームを立ち上げた。これにより、地域社会の活性化と地域店(事業者)の生産性の向上を図り、地域社会に貢献していきたい。」と語ります。
事例 特定非営利活動法人こやだいら
「衰退する地域を支える事業を展開する団体」
徳島県美馬市の特定非営利活動(NPO)法人こやだいら(会員 220 名)は、地域に不足するインフラを補完し、住民生活の支援・充実を図る NPO 法人です。同法人が活動する木屋平(こやだいら)地区は、1955 年に 6,500 人いた人口が 600 人に減少し、2005 年には市町村合併で美馬市の一地区になりました。合併後も若者の流出は激しく、現在は住民の 62%が 60 歳以上の高齢者、そのうちおよそ3割が一人暮らしをしており、同地域の子供は、幼稚園児から中学生まで合わせて約 15 人しかいません。市町村合併前、旧木屋平村は行政サービスとして交通弱者である高齢者を対象に、タクシーを利用した移動支援サービスを運営していました。高齢者はこれを利用して、買い物や診療などに通っており、地域には欠かせないサービスでした。しかし市町村合併から2年後、美馬市の行財政改革の中で同サービスが継続できないことになりました。そこで、2007 年、それまで木屋平村で職員を務めていた阿部義則代表が同法人を設立し、自治体に代わって高齢者の移動を支えるサービスを提供する事業を開始しました。同法人の「送迎サービス事業」は、自宅前から目的地まで送迎する予約制のサービスで、主に高齢者が利用しています。市営のバスも運行しているが、1日当たりの本数が非常に少なく、バス停から目的地までは別の移動手段が必要になるため、利便性に勝る同サービスは、特に高齢の利用者から非常に高い評判を得ています。利用者の中には、自宅からバス停までの乗り継ぎ手段として同サービスを利用する方もいるといいます。また、同法人は高齢者の農林作業を支援する「農林作業支援事業」も行っています。同事業では、農林作業の一部の力仕事を代行することで、高齢者が農林作業を継続できるようにしています。これにより高齢者の日々の生きがいを創出し、また認知症の予防など、心身の健康にもつながっています。これらのサービスは有料で(送迎サービス:130 円/1km、農林業支援サービス:900~1300 円/1時間)、料金の 85%がサービスを提供した会員への対価として支払われ、残りの 15%が同法人の収益となります。この高い還元率がサービスを提供する会員へのインセンティブとなり、これが同サービスの基礎となっています。同法人がこれらの事業を展開し、地域の生活を支える中で、「自治体に頼らず、地域で支え合い、自分たちの力で生活していこう」という共同意識が芽生え、アンケート調査で、60 歳以上の住民の 95%が「今後も同地域に住み続けたい」と回答するなど、現状の生活に対する高い満足度が見られました。「今後も継続的に住民のニーズを把握し、住民が求めるサービスを充実させるとともに、今後さらに住民が減少しても住民の生活が成り立つ仕組み作りを進めていきたい」と阿部代表は語っています。
事例 合同会社あば村
「生活基盤を守るため、住民により設立された企業」
合同会社あば村(出資者 181 名、出資金 527 万円)は、過疎化が進んだ岡山県津山市阿波(あば)地区内の地域住民が出資して設立した会社で、住民向けのガソリンスタンドや日用品を取り扱う商店を運営しています。阿波地区は、明治時代から阿波村として続いていたが、過疎化が進み、2005 年に津山市に合併されました。2013 年には、幼稚園や小学校が休園・閉校し、地元住民に必要とされてきた JA のガソリンスタンドの撤退も決まりました。相次いで地域インフラが閉鎖する中、住民で構成される自治協議会は、ガソリンスタンドを存続させるために、地域住民の意見も踏まえ、住民たちが自ら会社を設立し経営していく方針を打ち立てました。設立費用が小さい合同会社という組織形態を選択し、設立に賛同した住民から出資金を募り、2004 年2月に「合同会社あば村」を設立し、ガソリンスタンドの経営を引き継ぎました。また、阿波地域では、高齢者の「買い物難民」の問題も抱えていました。阿波地域は最寄りのスーパーまで 12 ㎞あり、特に高齢者とっては、食品や日用品を買いにくい環境でした。そのため JA の事務所を商店に改装、さらに、つやま産業支援センターの協力を得て地元スーパーと提携し、配達型スーパーを展開しました。週2回、住民があらかじめ申し込んだ品物を同社が一括して注文し、提携スーパーが同社まで運搬、同社から各世帯まで配達する仕組みで、住民は1回 100 円の配達料を支払います。つやま産業支援センターが地元スーパーに提携を持ちかけ、同スーパーは地域課題の解決に関わりたいという思いから事業内容に理解を示し、提携が実現しました。しかし、この取組は、つやま産業支援センターの支援期間が満了したことで、2019 年3月末で終了することになりました。これを受け、同社は地域の生活基盤を維持するために、収益性を抜本的に見直すことにしました。具体的には、同社が提携スーパーから食材や日用品を仕入れ、移動型スーパーとして運営する形態を取り、その代わりに通常価格よりも2~3割上乗せすることとしています。車が使えない高齢者は、多少価格が割高でも自宅の近くで買い物をしたいと考えており、住民の理解を得て事業の形態をシフトさせています。同社は、住民の生活基盤を維持するためにも、安定的に利益が得られる体質にしたいと考えています。このため、新たな取組として豊富な水資源を活用した小水力発電事業も検討しており、農林水産省の「農山漁村活性化再生可能エネルギー総合推進事業補助金」を活用して、水力発電の可能性の調査を実施したところです。今後も過疎地域の生活インフラを守るとともに、そこで得たノウハウを日本全国の過疎地域に展開し、地域全体で支え合う社会の実現を目指しています。
まとめ
本章では、まず、中小企業を取り巻く外部環境の変化を
- 「人口減少」
- 「デジタル化」
- 「グローバル化」
の3つの観点から整理し、「人口減少」という脅威に対して「デジタル化」「グローバル化」は大きな機会になる可能性を示しました。次に、
- 「消費者」
- 「従業員」
- 「社会」
の観点から、中小企業を取り巻くステークホルダーの価値観の変化を分析し、ステークホルダーが求める価値を提供していくことが、これからの社会で事業を継続していくために重要であることを述べました。最後に、以上の社会変化を踏まえ、これからの中小企業に期待される役割を
- 「日本経済を牽引する役割」
- 「サプライチェーンを支える役割」
- 「地域経済を活性化する役割」
- 「地域の生活・コミュニティを支える役割」
の4つの切り口から見てきました。これからの社会は、これまで以上の速度で変化していくと予想され、その見通しも不透明です。中小企業は、引き続き日本の経済・社会を支える重要な存在であり続けると考えられます。しかし、デジタル化やグローバル化で、企業規模が小さいことによる有利も不利も解消されつつある中では、中小企業という存在を捉えなおすことも必要です。こうした中でこれからの中小企業に求められるのは、日本が置かれている現状を踏まえ、自社が社会から求められている役割を改めて明確にするとともに、その役割を果たすために必要な自己変革を積極的に行っていくことであると考えられます。
防災・減災対策
前章では、中小企業の事業環境の変化について分析をするとともに、それに対応するための自己変革や、周囲の関係者(ステークホルダー)の役割について議論しました。そうした取組の中で重要なものの一つに、防災・減災対策が挙げられます。改めて言うまでもなく、日本は自然災害が多く、2018 年は大阪府北部地震、平成 30 年7月豪雨(西日本豪雨)、台風第 19~21 号、北海道胆振東部地震など、地域の中小企業・小規模事業者に大きな影響を与える大規模な災害が続けて発生した(第 3-2-1 図)。こうした事業環境の変化に対応すべく、中小企業は自ら自然災害への事前対策に取り組み、周囲の関係者を巻き込んで、事業を継続するための体制を構築する必要があります。
また、首都直下地震や南海トラフ地震の発生が想定されることに加えて、近年は水害の発生リスクも上昇しています。大規模災害は、中小企業の事業継続に大きな影響を及ぼし、そうした影響を小さくするには、自然災害に対する事前の備えが重要です。第3部第2章では、日本の自然災害の発生状況や中小企業への影響を概観するとともに、中小企業における自然災害に対する備えの状況などについて分析していきます。
中小企業に対する自然災害の影響
世界における日本での自然災害の被害額
はじめに、世界における日本での自然災害の被害額について確認します。第 3-2-2図は、世界における 1985 年から 2018 年までの自然災害による累積被害額構成を示しています。これを見ると、日本における自然災害による被害額の割合は世界全体の14.3%と高い水準にあることが分かります。
日本における自然災害の発生状況
次に、日本における自然災害の発生状況などについて確認します。日本における自然災害による被害の内訳を見ると、発生件数は「台風」が 57.1%と最も多く、次いで「地震」、「洪水」が多い(第 3-2-3 図)。他方、被害額は、一たび発生すれば広域に甚大な被害をもたらす「地震」が8割超を占めており、次いで「台風」、「洪水」の順となっています。
3-2-4 図は、日本における自然災害の発生件数と被害額の推移を示しています。これを見ると、自然災害の発生件数が変動を伴いながら増加傾向にあり、阪神・淡路大震災(1995 年)、東日本大震災(2011 年)の発生時には大規模な被害を記録しています。
第3-2-4 図は、日本における自然災害の発生件数と被害額の推移を示しています。これを見ると、自然災害の発生件数が変動を伴いながら増加傾向にあり、阪神・淡路大震災(1995 年)、東日本大震災(2011 年)の発生時には大規模な被害を記録しています。
中でも、平成 30 年7月豪雨(西日本豪雨)では、豪雨災害としては初めて中小企業被害が激甚災害 1(本激)として指定されるなど、広範囲に大きな被害をもたらしました。第 3-2-5 図によれば、こうした被害をもたらす大雨について、1時間降水量 50mmを上回る大雨の発生件数が、この 30 年間で 1.4 倍に増加していることが分かります。今後も気候変動の影響により、水害が頻発することが懸念されます。
第 3-2-6 図は、1995 年から 2017 年にかけて災害救助法 2が適用された都道府県及びその回数を示したものです。ほとんどの都道府県において災害救助法が適用されており、大きな自然災害は、地域によらず各地で発生する可能性のあることが示唆されています。
日本はその地形、地質、気候などの自然条件から、自然災害の発生リスクが高い。また、自然災害は全国各地で発生しており、各地の中小企業にとっては、決して「他人事」ではありません。各々の事業者は自らの立地地域における自然災害のリスクを認識し、「自分事」として災害への備えを考えていく必要があります。
被災による中小企業への影響
①中小企業が被災した際に生じる問題
本項では、中小企業が自然災害によって受けた被害の実態などについて把握します。ここでは、「中小企業の災害対応に関する調査 」(以下、「アンケート調査」。)を用いて分析を行っていきます。なお、本アンケート調査は、大規模災害の被災地域における 20,006 者(回収率 15.3%)、その他の地域における 9,994 者(回収率 14.6%)、計 30,000 者(回収率 15.1%5)を送付対象としています。
②中小企業が過去に被災した自然災害
第3-2-7図は、過去に事業上の損害を被った自然災害について確認したものです。アンケート回答者は「平成 23 年3月:東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)」により被害を受けたと回答する企業が最も多く、次いで「平成 30 年7月:西日本豪雨(平成 30 年7月豪雨)」、「平成 28 年4月:熊本地震」となっています。
③自然災害が中小企業に与える損害
第 3-2-8 図は、前掲第 3-2-7 図で回答した災害時における事業上の被害内容を示したものです。これを見ると、「役員・従業員の出勤不可」と回答する企業が最も多い。また、「販売先・顧客の被災による、売上の減少」及び「仕入先の被災による、自社への原材料等の供給停止」との回答も一定割合を占めており、自社の被災だけでなく、仕入先や顧客の被災を要因とした事業上の損害も数多く発生していることが分かります。
被災時における物的損失額を示す第 3-2-9 図によると、従業員の規模に関わらず、100 万円以上の損害を受けた企業の割合が7割を超え、1,000 万円以上の損害を受けた企業の割合も3割を超えています。
3-2-10 図は、中小企業が過去に被災した災害別に、被った物的損失額を見たものです。いずれの災害においても、100 万円を超える物的損害を被っている企業の割合が大部分を占めていることが分かります。
中小企業の被災時における営業停止期間を示す第 3-2-11 図によると、従業員規模に関わらず、約半数が「営業は停止せず」と回答する一方、4日以上営業を停止した企業は3割を超えていることが分かります。
第 3-2-12 図は、被災による営業停止期間を、物的損失額別に示したものです。損害額が大きいほど、「営業は停止せず」と回答した企業の割合が低くなり、営業停止期間が長くなる傾向があります。建物・設備などの物的損害が、復旧に影響を及ぼしているものと推察されます。
第 3-2-13 図は、被災による営業停止期間別に、被災3か月後における被災前と比較した取引先数の推移を見たものです。これによると、営業停止期間が長いほど、取引先数が減少する傾向にあります。
第 3-2-14 図は、過去に被災経験がある企業の、被災3か月後における、被災前と比較した売上高の変化を見たものです。被災した企業の 35%で、売上高が減少しています。また、売上高が減少した企業における売上高の減少割合を見ると、3割以上と回答した企業が半数近くを占めていることが分かります。
3-2-15 図は、売上高が下がった企業を対象にして、取引先数減少の有無別に、売上高が元の水準に戻るまでの期間を示しています。被災して取引先数が減少した企業では、横ばいの企業と比べて、元の水準に戻るまでに1年超を要した企業や、元の水準に戻っていない企業の割合が高い。被災によって取引先が減少すれば、売上高が元に戻るまでに時間が掛かる傾向が見て取れます。したがって、売上高を被災前の水準に維持するためには、取引先数の減少を防ぐ必要もあると考えられます。
以上のとおり、自然災害による中小企業の被災は、
- 物的損失に加えて、
- 営業停止、
- 取引先数の減少、
- 売上高の減少
などの事業上の影響をもたらすことが分かります。さらに、営業停止期間が長引くほど取引先数が減少する可能性が高まり、それにより、被災によって下がった売上高が元の水準に戻るまでの期間が長期化することを踏まえると、被災後における円滑な事業継続のためにも、営業停止期間を短期間に抑えることが重要と考えられます。
④復興に向けて活用したもの
第 3-2-16 図では、被災した中小企業が復興する際に活用した支援策などを示しています。これを見ると、「損害保険」と回答した割合が最も高く、次いで「民間金融機関による貸付」、「国・自治体の補助金」と続いており、公的な支援策のみならず民間サービスの活用も重要であることが分かります。
【コラム 3-2-1 中小企業の災害に備えた強靱化の取組】
- 中小企業強靱化研究会の開催(2018 年 11 月~)
2018 年度は、2018 年7月の西日本豪雨をはじめ、相次ぐ台風被害や北海道胆振東部地震など、地域の中小企業・小規模事業者(以下、「中小企業等」。)に甚大な影響を及ぼす大規模災害が頻発しました。とりわけ、西日本豪雨においては、被害が 11府県に及び、中小企業被害額は 4,738 億円(※)の被害が生ずるなど、広範囲かつ大規模な被害となりました。こうした自然災害に対して、事前のリスク認知や備えを講ずることなく被災した場合、発災直後の混乱や被害により、影響が拡大するおそれがあります。一方、平時から防災・減災対策や災害時の代替先の確保、他社との連携、保険・共済などのリスクファイナンスの活用に取り組んでいる事業者は、被災した場合であっても、被害の拡大の回避や復旧支援の獲得、早期の事業再開に成功している事例が存在します。これまでも中小企業庁では、BCP の策定・運用に必要な事項などをまとめた「中小企業 BCP 策定運用指針」の公表や、日本政策金融公庫では当該指針に基づき策定したBCP による施設の耐震化などの取組に対して融資を行う制度を設けて、自然災害への事前の備えを後押しするための施策を講じてきているが、未だ中小企業・小規模事業者の取組は一部に止まっており、一連の自然災害の教訓も踏まえて、更なる取組を促すため、外部有識者からなる「中小企業強靱化研究会」を立ち上げました。中小企業・小規模事業者の取組を促すためには、事業者自らの取組に加えて、中小企業・小規模事業者を取り巻く関係者の協力も必要です。このため、防災・減災の専門家に加えて、サプライチェーンの大企業や損害保険業界などにも参画いただき、事前の備えを促進するために官民に期待される取組を多角的に検討し、検討結果は、「中小企業・小規模事業者強靱化対策パッケージ」(2019 年1月)としてとりまとめました。(※)中小企業被害額については、激甚災害指定に係る被害調査時点において、自治体から直接被害として報告のあったものです。
- 「中小企業・小規模事業者強靱化対策パッケージ」について
官民の多様な主体による取組を強化し、中小企業・小規模事業者の防災・減災対策の取組を加速化していくために、2018 年 12 月 14 日に改訂された「国土強靱化基本計画(閣議決定)」に沿って総合的な取組を進めていきます。
- (1)中小企業が、自然災害に備えた事前対策を強化する取組に対して、新たに公的認定制度を設け各種支援措置を講ずる。
- (2)公的認定制度の取組内容として、保険加入などを始めとするリスクファイナンス対策の取組を盛り込むことで、リスクファイナンスの取組の促進を図る。
- (3)2018 年度補正予算を活用して、中小企業の自然災害対応を強化していくため、
- ①商工会・商工会議所などの経営指導員による事前対策の啓発活動や、中小企業向けセミナーを全国各地で開催する。
- ②公的認定制度を中小企業が活用できるよう、全国各地でワークショップ開催や、中小企業に赴き計画策定を支援するハンズオン支援を実施し、事業者単体又は連携して実施する事前対策の取組を広めていく。
- ③中小企業の取組を支援・指導できる人材育成のため、経営指導員や地域の中小企業診断士向けの研修会を開催し、指導人材などを各地に配置していく。
- (4)こうした取組を進めていくに当たり、サプライチェーン上の親事業者、地方自治体、損害保険会社・代理店、地域金融機関、商工団体などの中小企業を取り巻く関係者の役割は大きく、これら機関からの働きかけが期待される。
- 中小企業強靱化法案による支援措置
「中小企業・小規模事業者強靱化対策パッケージ」における対策の実現に向けて今通常国会に、「中小企業の事業活動の継続に資するための中小企業等経営強化法等の一部を改正する法律案(中小企業強靱化法案)」を提出した。
同法律案における主要な措置事項は以下のとおりとなっている。
- (1)事業継続力強化に対する基本方針を策定する。
- (2)中小企業の事業継続力強化に関する計画を認定し、認定事業者に対し、信用保証枠の追加、低利融資、防災・減災設備への税制措置、補助金優先採択などの支援措置を講ずる。
- (3)商工会又は商工会議所が市町村と共同して行う、小規模事業者の事業継続力強化に係る支援事業(普及啓発、指導助言など)に関する計画を都道府県が認定する制度を創設する。
まとめ
本節では、日本における自然災害の被災状況などについて概観しました。世界的に見ても日本は自然災害による被害額が大きく、中でも地震により大きな損害を被ってきたことが分かります。他方で、近年は豪雨の発生件数も増えてきており、今後も頻発することが懸念されます。また、自然災害が中小企業に与える影響なども確認しました。被害の内容は多岐にわたり、大きな物的損害の発生や、営業停止に陥る可能性もあることが分かりました。加えて、営業停止が長引くにつれて、取引先が減少することも懸念されます。安定して事業継続をしていくためにも、今後、自然災害への事前対策がより一層重要になってくるといえます。
中小企業における、自然災害への対策状況
1.自然災害に関するリスク認知の取組
①リスクの把握状況
一口に自然災害といっても、
- 地震、
- 水害、
- 土砂災害
など、その種類は多岐にわたります。中小企業が自然災害への備えを講じる上では、自社がどの自然災害のリスクをどの程度抱えているかを知ることが、取組の入口になります。本節では、自然災害対策に具体的に取り組む前段階としての、リスクの把握状況について分析を行っていきます。第 3-2-17 図は、自然災害に関して自社が抱えるリスクの把握状況を従業員規模別に見たものです。従業員規模が大きくなるにつれてリスクを把握している度合いは高くなるものの、全体を通して「いずれ調べてリスクを把握したい」との回答が多く、いずれの従業員規模においても、半数以上の中小企業が現時点においてリスクを把握していないことが分かります。さらに、「既に調べて把握し、被災時の損害金額まで想定できている」との回答は、従業員規模に関わらず最も少なくなっており、総じて、自社が抱えるリスクを把握する取組は十分に進んでいないことが分かります。
3-2-18 図は、自然災害への備えに取り組むための社内体制別に見た、自社が抱えるリスクの把握状況です。「既に調べて把握し、被災時の損害金額まで想定できている」、「既に調べて、一定程度把握している」の合計割合は、全社単位で取り組んでいる企業で 57.4%である一方、社内での体制が特にない企業においては 37.8%にとどまっています。リスクを把握するに当たり、社内体制の整備が取組の土台になっていると考えられます。
第 3-2-19 図は、自社が抱えるリスクの把握状況別に、自然災害に対する具体的な備えの取組状況を見たものです。リスクを把握する取組を行っている企業では、自然災害への備えに取り組んでいる者の割合が高いことが分かります。両者の因果関係は明らかではないものの、抱えるリスクを調べて把握することが、具体的な備えに取り組むきっかけとなっている可能性が示唆されています。
②リスクを把握する際における支援者
第 3-2-20 図は、リスクを把握できている中小企業が、自社の抱えるリスクを把握するに当たって支援を受けた者を示しています。「特になし(自社のみで対応)」との回答が最も多くなっており、既に取り組んでいる企業においては、周囲の支援を受けずに自力でリスク把握に取り組む企業が多いことが分かります。他方、外部からの支援を受けた者では、「取引のある保険会社・保険代理店」が最も多く、保険販売の際などに、中小企業が自社の抱えるリスクを把握する機会が提供されているものと推察されます。また、「仕入先」や「販売先」など、サプライチェーン上の取引先に該当する者から支援を受けているケースも一定数存在しており、サプライチェーン単位での災害対応を進める観点からの取組も見て取れます。これに加え、
- 「行政機関」、
- 「取引のある金融機関」、
- 「地域の支援機関」
など、自然災害以外でも経営支援を行っている支援者が自然災害に対しても支援を行っていることが分かります。こうした中小企業を取り巻く周囲の関係者の働きかけも、中小企業のリスク把握において一定の効果があるといえます。
③ハザードマップの活用状況
自社の地域の自然災害発生リスクを把握するためのツールの一つに、ハザードマップがあります。ハザードマップは、国土交通省ハザードマップポータルサイト 6や各自治体の発信する情報で見ることができます。ハザードマップは、例えば、豪雨発生時の浸水リスクや、地震発生時の土砂災害リスクなどの把握に役立ちます。また、自然災害リスクを把握することで、水災を補償する損害保険への加入や、安全な地域への立地変更、従業員の避難計画作成など、事前対策の内容を検討する際にも役立ちます。しかし、中小企業におけるハザードマップの活用状況を見ると、従業員数が 100 人以下の企業ではハザードマップを見たことのある割合は4割程度であり、101 人以上の企業でも5割に満たないことが分かる(第 3-2-21 図)。ハザードマップの活用による防災への取組は、まだ拡大の余地があると考えられます。
第 3-2-22 図は、アンケート調査の回答企業における自社の地域のハザードマップの確認状況を、ハザードマップ上での浸水リスク区分別に示したものです。ハザードマップを確認したことがあると回答した企業の割合は総じて5割以下となっており、浸水の可能性がほぼない0mの地域に立地する企業を除くと、大きな差は見受けられません。ハザードマップ以外の情報で自社の浸水リスクを把握しているケースもあり得るものの、リスク把握の取組は徹底されていないと考えられます。
3-2-23 図は、自然災害に対する備えの取組状況を、自社の地域のハザードマップの確認有無別に見たものです。ハザードマップを見たことがある企業では、自然災害への備えに取り組んでいる割合が、そうでない企業に対して高くなっています。両者の因果関係は明らかではないが、ハザードマップを確認した結果として自然災害への備えに取り組んでいる、若しくは自然災害への備えに取り組む第一歩としてハザードマップによるリスク状況の把握に取り組んでいることが推察されます。
コラム ハザードマップの活用方法
国土交通省ハザードマップポータルサイトでは、
- ①「重ねるハザードマップ(防災に役立つ災害リスク情報などを、地図や写真に自由に重ねて表示することが可能)」、
- ②わがまちハザードマップ(全国の市町村が作成したハザードマップを、地図や災害種別から検索することが可能)、
の2種類のハザードマップを公開しています。これにより、
- 「浸水リスク」、
- 「土砂災害発生リスク」、
- 「津波浸水リスク」
などを確認することが可能となっている(コラム 3-2-2 図)。
事例 有限会社池ちゃん家・ドリームケア
「ハザードマップの情報を基に事業所の高台移転を行うなど、利用者・従業員の安全確保に注力する企業」
静岡県焼津市の有限会社池ちゃん家・ドリームケア(従業員 40 名、資本金 400 万円)は、2000 年 11 月に 4 人体制、定員 10 名の介護施設として設立し、現在では合計 17 事業所、利用者 230 名まで事業を拡大している企業です。静岡県は東海地震による被害が想定されていることから、設立当初より、地震災害を念頭に置いた防災体制を構築していました。しかし、東日本大震災での津波被害を見た結果、自社の防災体制に不安を感じ、事業継続計画(BCP)に関するセミナーへの参加を決意したといいます。その後は、緊急時における、他事業所への利用者の受入体制の整備や、紙で行っていた施設利用者の健康情報管理の電子化などの事前対策に取り組みました。また、同社は、BCP 策定の過程で自社の地域のハザードマップを確認したところ、焼津市内の 1 事業所が津波浸水想定地区にあり、実際に災害が発生した際、利用者及び従業員の安全が保証できないことを知りました。そこで池谷千尋社長は、課題解決のため、津波浸水想定地区でない高台へ一部の事業所を移転することを検討しました。移転費用の負担は大きく、社内で反対の声もあったが、災害時における利用者や従業員の安全を確保し事業継続を図る上では必要不可欠と捉え、関係者との協議・合意を経て、2012 年 6 月に移転を行いました。また、新築移転した建物は、震度 7 の地震に耐えられる構造となっています。なお、施設利用者の多くが移動困難な方です。そのため、災害時には避難所に避難することなく施設で引き続きサービスを受けられるようにするため、災害発生時において必要な備品を調達することを目的とし、日常から地元の複数業者と取引を行うこととしています。「BCP 策定を通じ、自然災害への備えについて頭の整理をすることができた。現在、後継者の育成も自社の事業継続には必要なことと認識しており、今後は人材育成にも取り組んでいきたい。」と池谷社長は語ります。
④まとめ
以上、中小企業における、自然災害に関するリスクの把握状況について見てきました。自社の抱えるリスクを調べて把握し、被災時における損害金額まで想定できている企業はごく一部にとどまっており、現時点において自社の自然災害に対するリスクを把握していない企業が半数以上を占めているのが実態です。なお、自社のリスクを把握している企業においては、周囲の関係者の支援を受けた者も一定数存在し、今後もそのような支援者の役割が重要になると考えられます。こうした自然災害に関するリスク把握は、災害への備えを進めていくに当たっての第一歩であると考えられ、リスク把握の取組を進めていく意義は大きいです。他方で、リスクを把握するためのツールの一つにハザードマップがあるが、被災リスクが存在する企業であっても、実際に確認したことがある者は一定割合にとどまっており、認知度を向上させていく必要があります。
2.自然災害に対する備えの状況
①自然災害に対する具体的な備えの取組状況
第 3-2-24 図は、実際に、自然災害への備えに具体的に取り組んでいる中小企業の割合を示したものです。「取り組んでいる」と回答した企業の割合は 45.9%であり、半数以上の中小企業が具体的な備えを行っていないことが分かります。
3-2-25 図は、自然災害に対する備えに取り組んでいる企業に、その理由を聞いたものです。最も回答が多かったのは、「自身の被災経験」、次いで「国内での災害報道」です。他方、行政機関や販売先など、周囲の関係者から勧められて取組を始めた企業も存在しており、こうした周囲からの働きかけも一定の役割を果たすと考えられます。
第 3-2-26 図は、被災経験がある事業者について、被災により下がった売上が元の水準に戻るまでの期間を、被災前における自然災害対策の実施有無別に見たものです。被災以前に自然災害への備えを行っていた企業では、そうでない者に比べて「半年以内」といった比較的短い期間で元の水準に戻った割合が高く、「元の水準に戻っていない」企業の割合も低くなっています。
②具体的な取組内容
次に、自然災害への備えに取り組んでいる企業が具体的にどのようなことを行っているか、
- 大きな設備投資を必要とせずとも実施できるソフト面での対策(以下、「ソフト対策」。)と、
- 施設整備などを必要とするハード面での対策(以下、「ハード対策」。)
ごとに見ていきます。第 3-2-27 図は、具体的に取り組んでいるソフト対策を示したものです。
- 「従業員の安否確認に関するルールの策定」の回答が多く、
- 次いで「水・食料・災害用品などの備蓄」、
- 「従業員への避難経路や避難場所の周知」と続いています。
全体として、従業員規模が大きいほど取組が進んでいる傾向にあるが、規模によらず十分に取組が進んでいない項目も多い。一般的な防災対策として挙げられる、安否確認ルールや非常食などの準備、防災訓練の実施などに比べて、被災時に活用するための取引先の連絡先リストの準備や、事業継続に必要な資金の確保、代替生産先の確保などの、事業再開に向けて必要となる対策については、実施しているとの回答が相対的に少ない。
3-2-28 図は、自然災害への備えに取り組んでいる企業が行っているハード対策を示すものです。
- 「建屋や機械設備の耐震・免震、耐震のための固定の実施」、
- 「事業継続に必要な情報のバックアップ対策」、
- 「非常用発電機などの、停電に備えた機器の導入」
が上位に挙げられているが、いずれの取組も、従業員規模に関わらず取り組んでいる企業は半数を切っていることが分かります。
事例 株式会社白謙蒲鉾店
「東日本大震災での被災を契機に、全社的に災害対策の取組を充実させた企業」
宮城県石巻市の株式会社白謙蒲鉾店(従業員 193 名、資本金 1 億円)は、1912 年に創業した、蒲鉾などの製造販売事業者です。地域特産品である笹かまぼこのトップシェア企業の一つであり、石巻市中心部の本店と石巻港に近い門脇工場の2か所に主な製造拠点を有し、県内や首都圏の百貨店などに直営店を構えています。同社は、2011 年3月 11 日、東日本大震災に伴い発生した津波で、本店は 80cm、門脇工場は6mの浸水被害を受けました。主力製造拠点である門脇工場は、泥の除去を始めとした復旧作業に時間を大きく要したものの、同年7月上旬に再開しました。被災を契機に、同社は BCP の策定に取り組み、2014 年には ISO22301 の認証を取得しました。BCP では、人命確保を最優先事項とし、深夜や通勤時など各自で判断が求められる時間帯に被災した場合でも、適切な行動が取れるようにすることを目的としました。そこで、従業員にも意識を定着させるため、緊急時における行動判断の基準を示した「防災・危機管理マニュアル」を作成しました。内容が多過ぎて覚えられないと役に立たないため、
- 「津波編」や「火災編」などの災害別、また、
- 派遣社員向けやアルバイト向け
など、立場別に作成することで、簡潔で実効性のあるようにしたといいます。次に、現場の声を取り入れることを重視し、毎年3月 11 日が近づくと、従業員とその家族を対象としてアンケートを実施し、その結果を基に事前対策を強化しています。これにより、
- 救助用ボートの購入、
- 食糧の備蓄量の拡大、
- 4階に避難スペースを設置した新管理棟の建設
などを門脇工場敷地内に行ったといいます。なお、
- 机上演習や
- おう吐物処理、
- 上級救命講習、
- 取引業者を巻き込んだ訓練
など、防災訓練は年間 50 回を超えます。意図的に防災訓練の頻度を増減させたり、時期を開けたりするなど、工夫を行っています。上記の取組によって、被災時に各自が自主的に考え行動できる環境を整備できたほか、副次的な効果として、人命を最優先する企業というイメージが口コミで広がり、新卒採用におけるエントリー増加という好影響ももたらしているといいます。白出雄太常務は、「食品業界は食品安全への取組が優先され、事業継続が後回しになりやすいが、サプライチェーン寸断や風評被害など、災害に関するリスクは大きい。自治体による無償の支援策も効果的に活用しながら、BCP を策定していくべきだ。」と語ります。同社では、今後発生が懸念される南海トラフ地震に備え、人命確保及び事業継続に資するべく、より一層の検討を進めていくといいます。
事例 株式会社寺方工作所
「事前対策の実施により、地震の被害を最小限に抑えた企業」
鳥取県北栄町の株式会社寺方工作所(従業員 146 名、資本金 3,000 万円)は、1946 年に創業したプレス加工と金型製造を行う企業です。同社は、
- プリンター、
- パソコンのディスプレイや
- 携帯電話から
- 現在では自動車部品
へと、時代とともに多岐にわたる技術分野へ部品・製品を提供してきました。東日本大震災の被害状況を見た寺方泰夫社長は、災害時にも部品の供給責任を果たす必要性を感じ、取引先からの要望もあって、BCP 策定に取り組みました。策定に当たっては、鳥取県から勧められた「鳥取県中小企業 BCP 策定支援補助金」を活用し、BCP に係る専門家派遣制度を利用しました。管理職がワークショップ形式の議論で、専門家が用意したひな形に基づいて業務継続上の課題を具体化し、総務課職員が震度6弱の地震及び火災を想定した計画を取りまとめました。特に、2か所の生産拠点での出荷体制を整え、
- 一定量の在庫確保と、
- 各生産拠点での検査・出荷体制
について具体的な方策をまとめ、社内や取引先との連絡体制や被害状況チェックシートなども整理しました。また、
- 消火器などの設備や
- 落下物の危険箇所
を示した避難経路図も作成し、従業員がいち早く避難できるように工場内にも掲示しました。BCP 策定後も、電話による従業員の安否確認訓練で、
- 所要時間を計測する、
- 日常的な安全パトロールの一環で、金型などの工場内での落下防止策のチェックを行う
など、BCP の見直しとその定着に向けた取組を続けています。BCP に基づき、注文が減少する時期に、他社で代替生産が難しい部品の生産量を維持して在庫を確保していた結果、2016 年 10 月の鳥取県中部地震の時も、顧客への納品を止めずに済んだといいます。また、事前に取引先の連絡窓口や連絡書式のひな形などを整備していたため、地震発生後、早期に関係企業等に第一報を送ることができ、信頼の獲得にもつながりました。さらに、日々金型の落下防止などに目を配っていたことで、金型には被害が及ばず、業務遂行上最小限の被害にとどめるなど、事前対策の効果を感じられたといいます。寺方社長は、「元々BCP を策定していたが、鳥取県中部地震の経験をいかして対策を上積みしたことで、今はより実践的な対策になった。今後は、現在の BCP に載っていない、業務内容の変化に合わせて現れる新たなリスクにも対応できるよう、検討を進めていきたい。」と語っています。
事例 株式会社戸田家
「被災時の地域貢献を見据えつつ、災害対策を重ねて自社の体制を強化する企業」
三重県鳥羽市の株式会社戸田家(従業員 230 名、資本金 4,000 万円)は 1830 年に割烹料理店として開業し、1868年に業態転換した老舗ホテルであり、客室数は市内最大規模の 169 室を誇ります。2010 年に三重県が、県内の企業が防災について話し合う「みえ企業等防災ネットワーク」を設置し、同社も事務局であった三重大学から要請を受けて参加しました。その中でワークショップなどの活動を行い、専門家の指導を受けながら 2011 年 10 月に BCP を策定しました。現在は改定を重ね、第8版となっています。以前から火災を想定した防災訓練は実施していたが、BCP の策定を契機に、南海トラフ地震に備えるための津波を想定した訓練も行うようになりました。火災時とは違い、津波の場合は地上や下階から上階に避難する必要があるため、初訓練では混乱が生じたが、車いすの宿泊者への対応など課題が明確となりました。その後、従業員から様々な提案があり、災害への意識の高まりを感じているといいます。さらに、災害発生時に社長と連絡が取れないことによる混乱を防ぐため、BCP に基づいて
- 鳥羽市内の社長宅と
- 同社、
- 同社から徒歩5分ほどの社員寮
の3か所に無線機を設置し、緊急時に連絡を取り合える環境を整えた。なお、緊急時には寮で待機している従業員に出社を要請する体制も整備しています。また、「みえ企業等防災ネットワーク」にて知り合った三重大学の教授に相談し、対策を検討してもらうことになりました。厨房に定点カメラを設置して調査した結果、
- 安全面の問題や、
- 使用頻度の低い設備・備品や
- 非効率な導線配置
について指摘を受けるなど、さらなる対策を進めています。防災を専門とする専門家と接点ができたことは、判断に迷う難しいことでも直接相談できるため、災害対策を進める上で非常に大きいといいます。現在では、災害対策に取り組むホテルとしてのイメージが形成され、行政や金融機関からの信頼も高まりつつある。2019 年2月には、鳥羽市と「災害時における避難所等施設利用等に関する協定」を締結し、災害時には最大 4,400 人をホテル内に収容することになりました。同社は、2018 年に耐震工事も全て終えており、今後も被災時の避難拠点として貢献度を高めていくといいます。宍倉秀明業務支配人は「今後は、受入れ拠点としての機能を一層強化し、地域の旅館全体での防災対策も推進していくつもりである。また、より広域での対応も検討し、緊急時に多くの人の支援を行えるようにしたい。」と語っています。
③自然災害への備えを行うに当たって、支援を受けた者
第 3-2-29 図は、中小企業が自然災害への備えを行うに当たって支援を受けた者を示したものです。「特になし(自社のみで対応)」の割合が 57.5%と最も高いものの、
- 「行政機関」、
- 「取引のある保険会社、保険代理店」、
- 「地域の支援機関(商工会・商工会議所、中小企業団体中央会など)」
を始めとした周囲の関係者の支援を受けている者が一定数存在することが分かります。
事例 泉谷電気工事株式会社
「商工会の伴走支援により、効率的に BCP を策定した企業」
泉谷電気工事株式会社(従業員 24 名、資本金 8,080 万円)は、1976 年に現会長の泉谷隆雄氏が大阪府泉大津市で創業した、
- 電気設備工事、
- 情報・通信工事、
- 空調設備工事、
- 消防設備工事
などの企画・設計・施工・保守及び関西電力株式会社の変電所工事を行う事業者です。2013 年に泉谷仁博氏が2代目社長に就任し、2017 年には既存顧客との取引強化や新規顧客開拓を目指し、大阪市に本社を移転しました。同社の営業エリアは
- 和歌山、
- 滋賀、
- 兵庫
と複数県にまたがり、それぞれの工事現場に従業員が従事しています。1995 年に発生した阪神・淡路大震災では、同社は被災せず、防災や事業継続の意識は低かったといいます。しかし、東日本大震災では、東北地方の復旧・復興優先のため、電線などの資材の供給が滞り、工期に影響が出るなど間接被害を経験しました。また、同社が受け持つ現場は各地に点在しており、大規模災害が発生した際の、従業員の安否確認方法について社内から疑問の声が上がったことで、防災や事業継続に対する問題意識が芽生えたといいます。そのような中、大阪府商工会連合会が主催する BCP 策定支援セミナーを受講し、社会インフラである電気を支える企業として、大規模災害でも確実に事業を継続し、被災後の復旧・復興に必要な電力を供給する責任があるという想いを強くしました。そこで、同連合会の事業継続計画(BCP)策定支援制度に申し込み、派遣された講師の指導により BCP を策定しました。BCP は、泉谷社長と安全衛生管理担当者、総務担当者が中心となり策定しました。講師は2か月に1回、計3回派遣され、伴走支援により効率的に検討を進められ、半年ほどで計画を策定できたといいます。結果、当初の課題だった安否確認方法が確立し、被災後の行動(作業継続・帰社・帰宅など)の基準も現場ごとに作られました。また、被災した従業員が帰宅できないことを考え、1週間程度の食糧を本社、事業所それぞれで備蓄しています。さらに、BCP 策定を通じ、火災や取引先の倒産などの事態に対しても備えが必要であるという気付きが得られたといいます。また、策定に当たっては、既存のマニュアルに則るのではなく、自社独自に検討を行ったことなどが評価され、2018 年度に国土強靱化貢献団体認証(レジリエンス認証)の認定を得ることができました。同社の事業継続に関する取組は取引先からも評価されており、「BCP を策定したことで取引先の信頼を得ることができています。インフラを担う企業として、災害発生時に地域に貢献するためにも、今後も事業継続力の強化に努めたい。」と泉谷社長は語ります。
事例 内外香料株式会社
「支援機関の力を借りたことで、災害対策に取り組む体制を整備した企業」
東京都台東区の内外香料株式会社(従業員 62 名、資本金 1,000 万円)は、食品香料やシーズニング(粉末調味料)などの食品添加物を取り扱う企業です。東京都台東区内に本社と開発部の2拠点を構え、千葉県成田市に製造工場を有します。同社は、主に
- 国内の製菓メーカーからオーダーメイドで製品の製造・開発を請け負い、
- 定番商品数千点の製造に加え、
- 取引先の新商品開発に合わせて年間1~2万点の試作品を開発し、
- 月 30~40 点が新商品として採用されています。
東日本大震災発災時、自社の製造ラインに影響はなかったが、原料の仕入先の業務停止により、顧客の希望する納期に製造が間に合わないといった混乱が生じました。この経験を通じて、自社の供給責任や災害対応への意識が高まったが、社内に災害対応のノウハウがなかったことから、東京都の商工会議所が実施した BCP 策定セミナーに参加することから取組を開始しました。初回のセミナーでは机上でのシミュレーション訓練を行い、それ以降は BCPの目的や作成方法などについて学びました。セミナーには主に社歴の長い従業員が参加し、そのメンバーを中心に、社内の全5部署横断で「BCP 委員会」を設立し、BCP の素案を策定しました。その後、取組を次世代につなげるため、委員会メンバーを若手従業員に交代し、公益財団法人東京都中小企業振興公社が実施する個別コンサルティング支援プログラムに参加しました。全3回の集中研修に参加し、計5回の個別コンサルティング支援を受けて、2017 年に地震を想定した BCP を完成させました。支援を受けながら取り組むことで、被災時の優先事項と対応策を効率的に検討できたといいます。以降も、BCP 委員会の定例会議は2か月に1回程度開催しており、
- 従業員の防災意識の醸成や
- BCP の内容
について検討を行う場となっています。従業員の提案により、一部の秤を乾電池式に変えたほか、現在は非常用電源の導入に向けた検討も行っています。BCP 委員会のメンバーは通常業務と兼任であるため、策定作業の負担は小さくなかったものの、策定を通じて、
- 災害時に起こり得る事象の洗い出しや、
- 課題が生じた際に行うべきことが把握・整理できたこと
は、大きな成果だったといいます。今後は、東日本大震災時の混乱を経験した者としていない者の間の意識の差を埋めるため、毎年全社で実施している災害研修における情報共有や、他部署との業務の代替実施についての仕組みづくりを進めていく予定であるといいます。
事例 有限会社岩間東華堂
「地域の健康福祉拠点として、災害発生時の機能保持に向け取り組む企業」
茨城県水戸市の有限会社岩間東華堂(従業員5名、資本金 300 万円)は、水戸徳川家御免の生薬屋「筑波屋」として 1683 年に創業し、主に漢方薬を中心に扱ってきた老舗薬局です(現「岩間東華堂薬局」)。その後、
- まちなかデイサービス「ななほし」や
- 「岩間東華堂クリニック」
も開業し、300 余年にわたり地域の健康と医療を支え続けています。2011 年の東日本大震災時、岩間東華堂薬局では医薬品や商品などが散乱し、ガラス製の薬瓶が破損しました。薬剤の臭いが充満し、加えて、店の奥の倉庫も倒壊するなど甚大な被害を受けました。また、店舗入口の電動シャッターが停電の影響で閉じることができなくなってしまい、防犯のため、岩間みち子社長や子息である取締役の岩間賢太郎氏らは、店に寝泊まりしながら復旧活動を続けました。水戸市街地のライフラインの早期復旧により、発災後3日目には業務再開したが、体調を崩した高齢者や小さな子を抱えた母親などが店に駆け込んでくる姿を見て、岩間社長は、「医薬品や医療機器を取り扱う薬局は、平時の健康情報拠点及び医療提供拠点であるとともに、災害時には、医師や医療機関と連携して地域を守る役割がある。地域の健康医療を守り抜くためにも、災害時も事業を維持できる体制を整える必要がある。」と実感したといいます。こうした中、岩間賢太郎取締役は、地域のことをもっと知る必要があると考え、震災直後に地元消防団に入団しました。そして、茨城県主催の「いばらき防災大学」を受講し、防災士を取得する過程で BCP の存在を知りました。BCPは、大手の医療機関での策定実績はあるものの、薬局での策定がないと知り、薬局版 BCP を策定すべく水戸商工会議所の声がけを受け「茨城県 BCP 策定支援事業」を活用、2014 年度に第一版を策定しました。BCP 策定後、店内のレイアウトも見直し、瓶など割れやすい薬品や重い商品は棚の下部に、紙箱に入った漢方薬などは上部に配置しました。また、岩間社長中心に、停電時において自動分包機に頼らずに調剤ができるよう、手作業での分包作業方法を、職員や、薬局で受け入れている薬学生へ指導しました。このほか、緊急時における近隣の医療機関や薬局との連携体制を構築しました。災害時に顧客が持参した処方箋で指定された医薬品が無く、且つ、処方した医師にも連絡がつかないような場合には、近隣の医療機関と交わした「医療の提供についての同意書」に基づき、近隣薬局と相互に薬剤の不足分を補うこととしています。BCP による事業継続環境が整備されたことで、2015 年 9 月に発生した茨城県内の大雨では、BCP に添付していたハザードマップを確認しながら、薬局周辺の安全を確認し、状況が悪化する前に従業員を帰宅させるなどに役立ったといいます。岩間賢太郎取締役は「今後も BCP の整備を進め、被災時においては地域の健康情報拠点・医療提供拠点としての役割を果たしたい。」と語ります。
事例 協同組合横浜マーチャンダイジングセンター
「災害対策の取組を牽引することで、組合員の事業継続力強化につなげている協同組合」
神奈川県横浜市の協同組合横浜マーチャンダイジングセンター(以下、「MDC」)は、横浜市金沢区の埋立地に進出していた卸売事業者などにより設立された組合で、1980 年に卸商業団地の造成を協同して実施した事業体です。組合員 86 社にて構成され、共同保有施設の組合会館(会議室、飲食店)や駐車場を経営するとともに、組合員に対する共同経済事業(共同販売・研修など)などを実施しています。新潟県中越地震等を契機に、組合員の防災意識が高まったこと、卸商業団地が液状化するリスクがあると判明したことを通して、MDC が先導して防災・減災対策に着手しました。取組は複数年かけ、三つのステップで進めました。
はじめに、卸商業団地に立地する事業者の従業員が災害時に安全に非難し、命を守ることが事業継続につながるとの考えから、「BCP 推進委員会」を組成し、「安全な避難経路と避難場所」を設定しました。加えて、団地内を 12 ブロックに編成し、
- 「防災指導員」と
- 「自衛消防隊」
を組成したほか、災害時の対応組織として組合理事長を本部長とする「災害対策本部」を設置しました。また、各種防災機器(ジャッキ、スチールカッター、発電機、ストレッチャーなど)を配備するとともに、年 2 回の「合同防災訓練」を通して、実働環境も整えました。
第二に、個別企業の防災力を高めるため、各企業での BCP の策定を促す取組を行いました。中小企業が無理なく BCPの策定ができるようマニュアルを作成するとともに、複数の事業者をモデルに BCP の検討を行い、各社の計画内容を相互に発表・意見交換することで、ノウハウの共有・相互協力意識の向上を進めました。結果、組合員の意識が醸成され、BCP を策定していなかった 30 社の中小企業の組合員のうち、12 社において BCP が策定されました。
第三に、団地内事業所が被災しても、経理情報などを別の場所で復旧・活用できる環境を整備しました。
- バックアップができるクラウドサーバーの構築を進めるとともに、
- 県卸商業団地組合協議会を構成する 4 団地で「災害時団地間相互応援協定」を締結し、
- 災害発生時において物資供給、備品貸与、倉庫・駐車場等の一時貸与や
- 人的な相互支援
を行うこととしました。結果、被災しても他の団地で事業継続できる環境を整えることができました。同組合では今後、災害直後に必要となる「資金調達」、商品流通に欠かせない「輸送手段」の確保などについて、関係機関との協議、調整を進めていく予定です。
④自然災害への備えに取り組んでいない理由
第 3-2-30 図は、自然災害への備えに取り組んでいない企業について、その理由を示したものです。最も回答が多いのは「何から始めれば良いか分からない」であり、「人手不足」、「複雑と感じ、取り組むハードルが高い」と続いています。このように、災害への備えについてのノウハウが不足しがちな中小企業においては、取り組むに当たっての心理的ハードルも高いと推察され、こうした企業に対しては、周囲の関係者が支援を行うことが効果的な可能性がある。他方、
- 「法律や規則での要請がない」、
- 「顧客や取引先からの要求がない」といった他律的な要因がないために取り組まないとする回答や、
- 「被災した時に対応を考えれば良い」、
- 「災害には遭わないと考えている」
といった回答も一定数存在しており、災害への備えの必要性について一層の啓発の余地があると考えられます。
第 3-2-31 図は、前掲第 3-2-30 図で「何から始めれば良いか分からない」と回答した企業における、自社の地域のハザードマップの確認状況を示したものです。「何から始めれば良いか分からない」と回答した者のうち、ハザードマップを見たことがある者の割合は 28.9%にとどまり、7割以上の者がハザードマップを確認していないことが分かります。さらに、ハザードマップを見たことがない者の約 33%は水害による浸水リスクを抱えており、こうした企業が被災すれば大きな事業上の被害を受ける恐れがあります。ハザードマップは国土交通省のホームページや各地方自治体などで公開されており、容易に見ることができます。自然災害対策を考えるには、まずは、ハザードマップを確認することから始めるのが良いといえます。
コラム 自然災害に対する防災・減災のための事前対策例
自然災害の発生時において被害を軽減させ、中小企業におけるその後の事業継続につなげるためにも、事前に対策を講じておくことは重要です。他方、自然災害への事前対策の種類は多岐にわたり、対象とする自然災害の種類によって備えの内容も異なることなどから、具体的にどのような取組を行えば良いか判断のつかない事業者も存在すると考えられます。2018 年 11 月から中小企業庁にて開催された、「中小企業強靱化研究会」における中間取りまとめでは、自然災害の種類ごとに、効果的と考えられる具体的な事前対策の例を示しています(コラム 3-2-3 図)。
コラム3-2-3図 自然災害に対する防災・減災のための事前対策例
- 災害全般に関する対策
- ハザードマップを確認し、自社の拠点が立地する場所について、地震、水災(含む土砂災害)、高潮などのリスクを把握する。
- 標語を策定し、従業員の目に触れる場所に掲示する。
- 建物の修繕計画を策定し、運用する。
- 事前防災マニュアルを策定し事前に確認する。<災害のピークから逆算した時間軸での対策を策定、発動する基準の明確化>
- 対応マニュアルの整備、事前の確認<避難場所の確認、安否連絡・確認方法の統一、発災時の出社ルールの明確化、設備の安
- 全な停止方法の確認、緊急時の対策の優先順位付け>
- 事業継続計画(BCP)を策定する。
- 策定した防災計画・事業継続計画に基づき、訓練を定期的に実施する。
- 訓練実施後、振り返り・改善を実施する。
- 重要データについて、複製する。
- 被災後も顧客や取引先と連絡を取り続けることができる。
- 自社の拠点ごとに事業運営に必要な電力量及び停電の影響を把握し、必要に応じて自前で非常用発電機を準備する。
- 気象情報・防災情報の獲得ソース(※)を把握し、定期的にチェックし、自社の防災・減災対策に活用する。
- ※主な気象情報・防災情報の獲得ソース-気象庁HP(各種気象情報、警報等)、国土交通省HP(ハザードマップポータル、川の防災情報等)、各自治体の防災ポータルサイト 等
- 常備しておくべき資機材・備蓄品を列挙し、常備する。
- 例:<施設・収容品防護用> 土のう・止水板・排水ポンプ・防水シート・バケツ・パレット(保管品の嵩上げ用)等
- <人命安全確保用>ヘルメット・長靴・手袋・懐中電灯・雨合羽・ゴムボート・担架・拡声器・トランシーバー等
- <事業継続・帰宅困難対応>非常用発電機・非常食・飲料水・非常用トイレ・毛布・簡易間仕切り等
- <その他>配置図(建物や設備、保管品の設置場所が示されたもの)・危険箇所図(危険箇所が図面に示されたもの)
- 既存のリスクファイナンス策(保険・共済等)について、補償内容(災害ごとの補償の有無や補償額等)の十分性を確認し、必要に応じて見直す。
- 発災後の資金需要を予想し、「資金ショートを起こさない」という観点で、既存のリスクファイナンス策の有効性を確認し、必要に応じて見直す。
- 過去の災害による自社拠点の罹災歴を把握し、同種災害の発生頻度や事業への影響度等から、防災・減災対策の優先度を決めて対策を実行する。
- 拠点別に獲得可能なプッシュ型の災害予報情報を常に確認し、各拠点又は本社主導でそれら災害予報情報を有効活用する態勢を整備する。
- 代替品の早期調達が困難な生産設備・部品を特定し、大規模自然災害発生時の早期復旧に向けた事前対策を生産設備メーカーや取引先と協力して策定する。
- 緊急時対策の本社・各拠点間の情報伝達・対策実施状況や十分性のチェックを行える通信インフラ(web会議システム、安否確認システム等)を事前に特定・整備しておく。
- 災害発生時の状況・情報(※)を都度記録する態勢を整え、そうした災害が再発する前提で次の災害への事前対策にいかす。
- ※気象状況(降水量、風速、震度等)、各拠点の状況(水深、積雪量、地盤状況等)、被害の状況(物的被害、休業損失等)
- 地震に関する対策
- 自社の拠点の建物について、耐震性を確認する。
- 耐震が不十分な建物について、中長期的な建物耐震化計画を策定する。
- 帰宅困難者向けの備品を用意する。
- ライフライン途絶に備えた機器(非常用発電機、衛星携帯電話)を準備する。
- 照明やつり天井など、吊りものの落下対策を実施する。
- 感震ブレーカーを設置する。
- 感震装置について、定期的な動作試験を実施する。
- ボイラーや火気設備に感震機を設置し、自動停止機能を備える。
- 被災時における事業を継続するに当たっての代替施設の確保ができる。
- ラックへ設備等を保管する場合は、基本的に下段から保管するように徹底されている。
- 設備機械・什器等が床面に固定されている。高所の重量物を下ろす。
- 水災に関する対策
- 想定浸水深より低い位置にある開口部(通気口など)を止水処置する。
- 敷地外周にコンクリート塀などを設置し、敷地内に水が流入しないようにする。
- 敷地内の周囲より窪んでいる箇所に商品などを保管・仮置きしない。
- 排水溝を定期的に掃除する。
- 建物出入口等の開口部に防水板を設置する。
- 重要設備周囲に防水堤を設け、周りを囲う。
- 重要設備の架台を高く作り、上方へ持ち上げる。
- 事業継続に欠かせない建物や、設備・在庫品の保管場所を嵩上げする。
- データサーバーや重要書類の保管庫を上階へ移動させる。
- 設備ピット下部に釜場を作り、排水ポンプを設置する。
- 受変電設備を嵩上げする。又は、周囲に防水堤を設ける。
- 排水溝・排水管の径を拡大する。
- 水と接触することにより発火するおそれのある危険物(アルミ粉末、マグネシウム粉末等)が浸水しないよう、上階に保管する。
- 有害物質(重金属等)、劇物(硫酸等)、油類等が浸水により流出しないような保管方法や保管場所を取る。
- 止水板、土のう、水のう、吸水マット、発電機などの水災対策資機材を備蓄する。
- 気象庁HPその他気象情報を入手し、確認する。(特に台風シーズンは1日1回以上)
- 雨漏り箇所の確認・対策を実施する。
- 潮位の状況について、気象庁のHPで確認ができるよう、URLを確認。
- 民間気象予報会社のアラート配信サービスを活用する。
- 直前対策が整ったら、安全な場所へ避難する。
資料:中小企業庁「中小企業強靭化研究会 中間取りまとめ」(2019年1月)より
⑤まとめ
本項では、中小企業における自然災害への事前の備えの取組状況を見てきました。具体的な備えに取り組んでいる中小企業の割合は半数に満たず、取組を拡大する余地が大きいと考えられます。第1節でも見たように、経営資源が脆弱な中小企業は一たび被災すれば、
- 物的損失にとどまらず、
- 営業停止、
- 取引先の減少、
- 売上高の減少
といった事業上の影響を受ける恐れが高いです。災害への備えはこうした被災時の事業影響の軽減に資するものであり、実際に、災害への備えに取り組んでいる者では、下がった売上が元に戻るまでの期間が短かったです。また、備えに取り組んだ理由としては、自身の被災経験や国内の災害報道が多い一方、行政機関、販売先を始めとした、周囲の勧めがきっかけとなっていることも分かりました。リスク認知の取組と同様に、周囲の関係者の働きかけが重要であると考えられます。他方、自然災害への備えに取り組んでいない理由として、何から始めれば良いか分からないという回答が比較的多かったです。こうした企業について、取組の第一歩と言うべきハザードマップの確認状況を見てみると、確認している企業の割合はあまり高くはない一方、その中には実際に浸水リスクを抱えている事業者が一定数含まれていることが分かりました。今後も発生が懸念される自然災害による被害を軽減するためにも、事前に対策を講ずる者が増加していくことが期待されます。
3.損害保険・火災共済の活用状況
一たび自然災害が発生すると、
- 建物(事務所、工場など)、
- 設備・什器、
- 商品
などの経営資源が損害を受け、修理費用や買替費用等などが発生することが想定されます。修理・買替が終わるまで営業停止に陥り、その間も
- 人件費、
- 土地・建物の賃料、
- リース料
などの固定費の支払が継続することもあります。こうした復旧・復興に要する費用や、営業停止時も生じる固定費などについて、事前に対策を講じていないと、想定外の支出が生じ経営に大きな影響を及ぼすおそれがあります。そこで、本項においては、こうした事態に対応するためのリスクファイナンスとして、損害保険・火災共済に焦点を当てます。前掲第 3-2-16 図では、被災企業が復興する際に損害保険を活用している割合が高いことを示しました。中小企業が損害保険・火災共済をどれだけ活用し、被災時に効果が発揮されているのか、実態を分析します。
①損害保険・火災共済の加入状況
第 3-2-32 図は、自然災害に対応する損害保険・火災共済の加入状況を示しています。損害保険・火災共済を合計すると、約9割の企業が加入しています。他方で、「加入なし」と回答した企業は 8.1%であり、加入有無について把握していない者も一部存在しています。
第 3-2-33 図は、前掲第 3-2-32 図で、損害保険・火災共済に加入していないと回答した企業に対し、その理由を聞いたものです。最も多い回答は、「被災時にどの程度の金銭的被害が発生するかイメージできない」であり、次いで「加入を意識したことが無かった(今後、加入したい)」となっています。他方、「保険料や共済掛金を支払う原資がない」といった金銭的な理由の回答は相対的に少ない。したがって、より一層の情報提供が、損害保険などで自然災害に備える事業者の増加に資するものと考えられます。
②損害保険・火災共済の効果
第 3-2-34 図は、過去の被災時における、事業復旧に対する損害保険・火災共済の貢献度を示しています。「役立った」、「やや役立った」の合計が半数を超えており、被災時における中小企業の資金確保を通じて復旧・復興に貢献していることが分かります。
第 3-2-35 図は、被災時に損害保険や火災共済が「役立った」、「やや役立った」と回答した企業が、そう考えた理由を示したものです。「保険金や共済金の支払いが迅速だった」や「担当者の対応が丁寧だった」が上位に挙げられています。また、「復旧資金の確保により事業を継続することができた」の項目は、従業員規模が小さくなるほど回答割合が高くなり、事業継続において資金の確保が重要となっていることが分かります。
第 3-2-36 図は、被災時に、損害保険や火災共済が事業復旧に対し「あまり役立たなかった」、「全く役立たなかった」と回答した企業が、そう考えた理由です。最も回答割合が高かったのは、「被災した災害は補償の対象外であった」となっています。損害保険などに加入していても、補償の内容によって保険金支払いの対象外になる場合があり、それが役立たなかったと感じる主な要因になっていると推察されます。被災時のリスクに十分に備えるには、加入している損害保険・火災共済における補償内容の確認及び見直しなどが重要であるといえるでしょう。
③水災被害に対する補償内容の違い
損害保険・火災共済には多様な商品及び特約が存在し、それにより補償対象も異なります。円滑な事業再開のためには、事前に自社にとって適切な補償内容の商品を選択し、加入しておくことが重要です。ここでは、その中でも水災によって受けた損害を補償する損害保険・火災共済に焦点を当て、加入する商品の補償内容による被災時の効果の違いなどを分析する。はじめに、第 3-2-37 図にて、中小企業がリスクを感じる自然災害について確認します。「地震」の回答が最も多く、次いで「豪雨・洪水」、「台風・高潮」と続いています。従来から発生頻度が高い「地震」へのリスク認識は8割を超えるのに対し、平成 30年7月豪雨を経ても、「豪雨・洪水」は半数程度にとどまっています。
第 3-2-38 図は、自然災害に対応する損害保険・火災共済に加入している企業における、加入している商品の水災被害への補償内容を示したものです。「豪雨・洪水」の発生を危惧している企業は、そうでない企業と比べて「水災は補償しない商品」、「分からない」と回答した割合が少なく、相対的に、水災に対する意識の強さが表れています。しかし、「豪雨・洪水」を危惧する者であっても、「水災は補償しない商品」に加入している者が 18.4%もいることに加え、「水災に対応しており、損害の一部割合を補償する商品」に加入している割合が 32.5%と最も高くなっており、被災時において十分な補償を受けられないおそれもあります。また、「水災に対応しており、損害の満額を補償する商品」に加入している割合は 32.1%にとどまっており、「豪雨・洪水」を危惧していない者とさほど変わりません。さらに、「豪雨・洪水」の発生を危惧するか否かに関わらず、そもそも自社の加入している保険商品について水災を補償するか否かが「分からない」と回答する者が2割弱存在しています。こうした企業においては、損害保険に加入しているということで安心してしまっているおそれもあり、契約内容をしっかりと確認するように促していく必要があります。加入する保険などの補償内容は、個々の資金的余裕の状況やリスクの想定を踏まえて選択されるべきものですが、補償内容の違いにより、被災時に受け取れる保険金の金額が大きく変わる可能性があるため、それを踏まえて加入する商品の補償内容を決める必要があります。
3-2-39 図は、過去に水災の被害を受けた際に損害保険・火災共済に加入していた企業における、損害保険・火災共済の事業復旧への貢献度を、水災による損害への補償内容別に示したものです。加入商品の補償が小さくなるほど、水災による損害に対し十分な保険金を受け取れず、貢献度の低下につながっていることが分かります。
第 3-2-40 図は、水災被害による損害に対する補償内容について、「損害の一部割合を補償」又は「補償無し」の商品を選択した理由を示しています。
- 「自社の地域における水災の発生リスクは低い(ハザードマップ等で根拠を確認済み)」の回答が最も多い一方で、
- 「自社の地域における水災の発生リスクは低い(ハザードマップ等の根拠を未確認)」、
- 「何かしらの補償に加入していれば安心と考えた」、
- 「補償の違いを意識したことがない(今後、補償を拡充させたい)」
の回答が上位となっていることが分かります。自身が抱えるリスクを十分に把握していないため、適切な商品の選択を行えていない者も一定程度存在するものと考えられます。
3-2-41 図は、アンケートの回答企業におけるハザードマップ上での浸水リスク区分別に、水災による損害への補償内容について示したものです。これによると、浸水リスクが存在する企業においても、「水災に対応しており、損害の満額を補償する商品」に加入している者の割合は3割程度にとどまっている。また、「水災は補償しない商品」、「分からない」の回答の合計も3~4割を占めており、当該企業が浸水被害を受けた場合に補償の対象とならないことが懸念されます。
事例 株式会社ヤスナガ
「BCP 策定を契機に水災対応の保険に見直したことで、被災後の早期復旧につなげた企業」
福岡県柳川市の株式会社ヤスナガ(従業員 54 名、資本金 3,850 万円)は、1968 年に設立した、
- 鋼板切断、
- 曲げ加工、
- 精密板金加工
などのシートメタル加工全般を主な生業とする事業者です。100%受注生産が特徴で、取り扱う受注図面は月間 4,000 種類以上、少量多品種の製造が強みです。同社が立地する柳川市は、昭和 28 年西日本水害以降、甚大な被害を伴う水害は発生せず、地震も少ない地域ですが、2012 年1月に、サプライチェーン全体における災害時の事業継続性を高める観点で、主要取引先から BCPの策定を求められました。そこで安永修社長は、その主要取引先から策定方法や内容の指導を受けて、台風による風水害を前提とした BCP の策定を進めました。この策定過程で、水災に対応した損害保険に加入しているのは本社事務所のみで、製造業として最も重要な工場や機械が対象外になっていることが判明。前年と同内容で更新手続きを終えた直後であり、次年度に補償内容を厚くすることも可能でしたが、BCP 策定の過程で、被災時に事業を早期復旧し、従業員の生活を守るための保険の重要性を理解していたため、すぐに水災補償を付保しました。この直後に、平成 24 年7月九州北部豪雨が発生しました。これにより、工場や機械などが浸水し甚大な被害を受けたものの、水災補償を付保していたため、損害保険で多くを賄うことができました。水災補償の付保に伴い追加で支払った年間保険料はそれほど多額ではなかったが、本件での支払保険金は約1億 7,000 万円でした。仮に、工場や機械に新たに水災補償を付けていなかった場合、保険金の支払対象外となり、経営に大きな悪影響を及ぼした可能性がありました。また、保険金があったため、復旧に尽くしてくれた従業員に対し、予定通り夏季賞与を支払うこともできたといいます。同社は、被災した7月 14 日を「防災の日」と定め、2013 年以降防災訓練を続けています。訓練は、
- 人員点呼、
- 機材の点検、
- 放水の実施、
- 連絡網の確認
など多岐にわたりますが、2018 年の訓練では消防署員を講師として招き、心肺蘇生の方法や AED の使用方法も学習しました。このほか、水害へ備えるための防災対応用品の充実も図っています。具体的には、
- 水、
- 食料などとともに、
- 被災時の復旧作業に使用する掃除道具類(デッキブラシ、トンボ、高圧水洗浄機など)
を準備し、水災時でも浸水しないよう高い場所(工場の2階に新設した防災用品置場)に配置しています。「損害保険の水災補償をすぐに付けておいたことで救われた。また、BCP 策定を契機に大手事業者からの問合せが増え、BCP の策定・実施状況について高評価を得ており、今後の受注拡大につなげたいと思っている。今後も、事業継続性の強化に向けた BCP の改定や訓練内容を工夫するとともに、自治体や取引先との連携強化を図りつつ、防災を切り口とした地域貢献にも取り組んでいきたい。」と安永社長は語ります。
事例 株式会社マイヤ
「地震保険の活用により、事業継続に必要な資金を確保した企業」
岩手県大船渡市の株式会社マイヤ(従業員 1,100 名、資本金 5,000 万円)は、県内に 16 店舗を展開し、グループ全体で 18 店舗を有する食品スーパーです。大船渡市は歴史的に津波が多い地域で、1960 年のチリ地震津波で大船渡が被災した翌年に創業した同社は、創業当初から積極的に災害対策に取り組んできました。しかし、東日本大震災では、想定を超える津波の発生により、6店舗と管理本部、営業本部の2拠点を失いました。予め備蓄していた
- 食料や
- 水、
- 発電機、
- データサーバー
など全てが流され、衛星電話も停電で充電できず、バッテリーが切れると使いものにならなかったといいます。津波による被害の大きかった気仙地区では、電気や通信が途絶えていたものの、唯一津波の影響を受けなかった大船渡インター店では、顧客の要望に応えるためにも発災後直ちに安全を確認し、従業員の自家用車のライトで店頭を照らしながら、営業を再開しました。翌日からは、同社が所属するCGCグループ(各地の中堅・中小スーパーマーケットにて構成される協業組織)にて、加盟する 211 社(2019 年現在)が、災害発生時に被災地域の事業者に商品を支援する仕組みがあったことと、各取引先の特段の協力もあり販売を継続することができました。震災による被害金額は6店舗で約 16 億円にも上り、売上も失い厳しい状況に置かれました。しかし、同社は以前から地震の被害を経験しており、三陸沖を震源とする地震発生を懸念していたため、2005 年頃から地震保険に加入していました。その結果、損害保険金として現金約4億円を受け取ることができたといいます。また、複数の金融機関と1か月程度の仕入れ相当額の貸越契約を締結していたため、当面の支払を賄うことができました。これらの取組により、十分な資金を確保できたため、ほとんどの仕入先から信用を得て取引を継続できたといいます。「失った店舗を早期再建するに当たり、国の補助金も大いに役立ったが、支給まで時間が掛かるため、一旦、自社で支払う金銭面での負担が大きい。早い段階から現金が手元に入る損害保険は、事業継続や再建に欠かせないものだった。また、保険はできるだけ広く掛けた方が良いが、自社にとってどこまでを保険の対象とするかを見極めた上で加入することが重要である。」と新沼達央取締役は語ります。
④利益の喪失(休業損害)を補償する損害保険・共済への加入状況
一たび被災により事業停止に陥った場合、
- 従業員の給与や
- 土地・建物の賃料、
- 設備のリース料金
などの固定費支出が発生し続け、資金繰りに窮する場合もあります。このようなケースに備えるため、各保険会社では事業停止によって発生した利益の喪失を補填する商品も取り扱っています。第 3-2-42 図は、中小企業における、上記の保険商品への加入状況を示したものです。これを見ると、現状では加入している者の割合は2割に満たず、約3割は存在も知らないことが分かります。
事例 株式会社ゑびすや
「加入していた損害保険の利益補償により、資金面の不安なく事業再開に至った企業」
京都・木津温泉の株式会社ゑびすや(従業員 5 名、資本金 2,000 万円)は、1930 年に創業した、京都府京丹後市で温泉旅館業を営む企業です。創業時の雰囲気を伝えるアールヌーボー調の本館(大正館)が特徴であり、文豪・松本清張氏が執筆のために滞在したことでも知られている。2017 年9月の台風第 18 号がもたらした局地的豪雨は、同社の近くを流れる木津川の堤防を越える増水をもたらし、同社に大きな被害を与えました。水は 30 分ほどで引いたものの、同社の特徴である本館は濁流の中にさらされ、新館の一部も床上浸水の被害を受けました。また、
- ボイラー、
- 空調、
- 冷蔵庫・冷凍庫、
- 雑排水ポンプ
などの設備も損壊するなど甚大な被害を受け、本館及び新館の
- 修繕
- 改修
- 設備更新
のために、約 1 か月の営業停止に陥りました。そこで役に立ったのが、同社の加入する損害保険商品に付いていた利益補償でした。これにより、営業していれば得られるはずだった利益相当分約 1,300 万円の保険金を受け取ることができたといいます(利益補償部分に係る年間保険料は約7万円)。営業停止期間においても、
- 人件費、
- 水道光熱費、
- 借地代、
- リース料、
- 支払利息
などの固定費は発生したものの、この保険により、資金繰りに苦慮することなく復旧作業に専念することができました。蛭子正之社長は、約2年前まで、利益喪失分を補償する保険商品の存在を知らなかったものの、その頃に付き合いを始めた保険代理店である株式会社葵総合保険の担当者から、被災後の事業継続のためにも、営業停止によって発生する利益喪失に備えることが重要であると説かれた結果、加入を決断していたものでした。以前は、物損の補償のみ加入していれば問題ないと考えていたものの、同代理店の丁寧な説明により、その必要性を理解できたといいます。また、同社の立地状況に鑑み、水災補償を厚く付保することも並行して勧められており、結果、今回の水害で被った物的損害に対しても、約 3,600 万円の保険金を受け取り、復旧につなげることができました。「営業停止による事業への影響は非常に大きかったが、損害保険で十分な補償を受けたことで、従業員に不安や負担を掛けることなく早期に事業が再開でき、復旧へ向けてモチベーションを保つことができた。また、自然災害の発生により、当社の被害を懸念する顧客からキャンセルが入るといったこともリスクの一つであり、被害状況に関する情報発信に力を入れることで対策としていきたい。」と蛭子社長は語ります。
⑤まとめ
本項では、中小企業における損害保険・火災共済の活用状況などについて分析を行ってきました。大多数の中小企業は何らかの損害保険・火災共済に加入しているものの、被災時に発生する損害のイメージができないなどの理由で未加入の企業も一定数存在しています。加入していた企業では、過去の被災時に損害保険・火災共済を使用して事業再開に役立ったという声が多かったです。
他方、役立たなかった場合の理由としては、自社が被災した災害が補償の対象外となることが大部分を占めていることが分かりました。水災による被害への補償については、補償が小さくなるほど、被災時における事業復旧への貢献度が低下することが分かりました。なお、水災被害への補償を手厚くしていなかった理由には、
- ハザードマップなどで浸水リスクを把握せずに水災のリスクは低いと判断していた、
- 何かしらの補償に加入していれば安心と考えていた、
というものが多いことも分かりました。損害保険・火災共済は、被災時において中小企業が必要な資金を確保し、その後の円滑な事業継続につなげるために重要な役割を果たします。平時から、加入している商品の補償内容を把握し、自社が抱えるリスクをカバーできる状況にしておくことが求められているといえます。
4.BCP(事業継続計画)の取組
①中小企業における BCP(事業継続計画)の取組状況
事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)とは、
- 大地震などの自然災害、
- 感染症のまん延、
- テロ等の事件、
- 大事故、
- サプライチェーン(供給網)の途絶、
- 突発的な経営環境の変化
などの不測の事態が発生しても、重要な事業を中断させない、又は中断しても可能な限り短い期間で復旧させるための方針、体制、手順などを示した計画のことを指します。BCP を事前に策定することで、被災時における早期の事業再開が期待されています。優先して継続・再開すべき中核事業を絞り込み、対応策を盛り込んだ BCP を策定しておけば、活用できる経営資源が限られる緊急時でも、復旧度合い、スピードは大きく改善します(第 3-2-43 図)。業務を継続・早期再開できれば、取引先や顧客などへの責任を果たすことができ、取引先を失うリスクも低減すると考えられます。
第 3-2-44 図は、従業員規模別に BCP の策定状況を示したものです。これによると、BCP を策定している割合は全体の 16.9%となっています。また、従業員規模が小さくなるほど策定割合が低くなり、名称を知らない企業の割合が高くなっていくことが分かります。
第 3-2-45 図は、BCP を策定している企業にとって、そのきっかけとなったことを示したものです。「販売先からの勧め」の回答が最も多く、「行政機関からの勧め」が続いています。BCP の策定を進めるには、周囲の働きかけが効果的であると考えられます。
3-2-46 図では、BCP を策定した企業が、その際に参考としたものを示しています。参考にしたものとして
- 「中小企業庁:BCP 策定運用指針」、
- 「セミナー等への参加」
が多いことが分かります。
第 3-2-47 図は、BCP を策定した企業が感じている平時のメリットを示したものです。「重要業務とは何か見直す機会になった」が約6割と最も多い。BCP の策定は自社の事業を見直し、生産性向上につながるような策を講ずるきっかけになっていることが見て取れます。「効果は感じていない」と回答した企業の割合は1割強にとどまっており、大半の企業が、BCP 策定により何らかの平時のメリットを感じていることが分かります。
3-2-48 図は、BCP を策定していない企業における、その理由を示したものです。「人手不足」が最も多いが、「複雑で、取り組むハードルが高い」、「策定の重要性や効果が不明」といった理由も多く、現状では BCP の策定は中小企業にとって難しい取組と考えられていることが分かります。
第 3-2-49 図は、BCP 未策定の企業における今後の策定予定を、過去の被災経験の有無別に示したものです。これによると、被災経験があっても、
- 「策定を考えていない」と
- 「策定予定だが、時期は不明」
の二つの項目で9割を超えます。過去に被災経験があっても、積極的に BCP 策定に向けて活動する企業は少ないことが分かります。
第 3-2-50 図は、自然災害の発生による自社及び他社への影響などについて、事前に検討したことがある事項を確認したものです。BCP を策定している企業では、いずれの取組においても、検討した経験があると回答した者が大半を占めています。他方、BCP を策定していない企業においても一定割合は検討を行っていることが分かります。BCPという形にはなっていなくとも、自然災害による事業への影響や対策などについて検討している企業が一定数存在するといえます。
事例 天草池田電機株式会社
「BCP 策定を社内の人材育成としても活用し、組織力向上につなげている企業」
熊本県上天草市の天草池田電機株式会社(従業員 212 名、資本金 5,890 万円)は、産業用機械等の部品生産を主な業務として 2002 年に設立した企業です。同社の
- 成型
- プレス
- 接着
- 溶接
などの高い技術を活かした主力製品であるマグネットリレーは高い精度と安全性を誇り、
- 原子力発電所、
- 水道の制御盤ボックス
などに搭載されています。同社が立地する熊本県では、2014 年 11 月に、県と損害保険会社、商工会議所連合会などの商工4団体が「熊本県事業継続計画策定支援に関する協定」を締結し、BCP 策定支援セミナーの開催、事業者の個別支援などを実施していました。そのような中、熊本県から BCP 策定について声が掛かり、東日本大震災以降、事業継続への危機意識を高めていた同社は、策定に取り組むこととしました。BCP 策定は、多くの事業者では会社の上層部を中心に進めているが、同社では、人材育成につなげることも目的とし、
- 若手
- 中堅
- 管理職
のバランスを考慮して選抜した約 30 名からなるチームを作り、検討を進めました。県の協定に基づいて損害保険会社から招聘されたコンサルタントの指導を受けながら、約8か月を経て 2016 年に BCPが完成しました。策定過程でチームメンバーは、
- 想定する被害や
- 安否確認体制、
- 社屋や設備の安全確保、
- 従業員の安全確保、
- 事業再開に向けた対応、
- 復旧に必要な人員や費用、
- 災害に対応する保険への加入、
- 顧客への連絡体制
など、幅広いテーマについて、議論を重ねました。ボトムアップで BCP を策定した結果、BCP への理解は従業員に素早く浸透し、改定もしやすい環境が整ったといいます。その結果、BCP 策定直後に発生した 2016 年の熊本地震では、従業員の意識が予想以上に高まっていたため、各々が確認作業などを的確に行うことができ、早期の業務再開につながったといいます。また、防災に限らず、幅広い業務で従業員から自発的な改善提案が行われるようになり、経費削減などの効果も出ています。加えて、BCP を策定した中小企業として外部からの注目度も高まり、講演依頼などが増え、社会や地域からの評価も高まっています。「BCP 策定により、従業員自ら行動する社風が構築されていった。また、BCP をきっかけとした従業員同士のコミュニケーションの活性化など、組織力の向上にもつながっている。」と池田博文常務取締役は語ります。
事例 株式会社焼津冷凍
「事業継続力を強化することで取引先からの信頼を高め、事業拡大につなげている企業」
静岡県藤枝市の株式会社焼津冷凍(従業員 50 名、資本金 2,100 万円)は、焼津港で水揚げされた水産物を中心に扱う冷凍倉庫業として 1975 年に設立されました。同社では、
- 外国産畜養マグロ、
- 鮪の加工製品等の商品
の保管を主業とする一方、焼津港の水揚高が減少傾向にあるため、冷凍倉庫業以外に
- 農業事業、
- ベーカリー事業
なども手掛けています。同社は、焼津港から離れた内陸部にあるため、焼津港周辺の水産加工事業者から遠いという、同業他社に比べて港が遠く不利な条件にあった関係で、販路開拓が進まないという課題がありました。同業他社が多い焼津港周辺は、東海地震による津波被害が想定される地域です。そこで、松村勲社長は、内陸部での立地が沿岸部と比較して地震や津波に強いことを打ち出して他社との差別化を図り、その過程で 2006 年に事業継続計画(BCP)を策定しました。それ以降、毎年7月には全社で防災訓練を兼ねた BCP 訓練を行い、その実効性を高めています。また、同社は BCM(事業継続マネジメント)にも取り組んでいます。ガントチャートを使い、
- 発災当日、
- 翌日、
- 3日後、
- 1週間後、
- 1か月後
のタイムラインを設定し、タイムラインごとの水道、電気などの復旧状況に応じて必要となる体制の検討を行っています。なお、従業員全体の意識を高めるため、このチャートは会議室に掲示し、常に確認できるようにしています。上記の取組の結果、2009 年8月 11 日早朝に発生した静岡沖地震では、地震発生後、BCP に基づいて従業員が安否確認や設備・施設点検を行い、迅速に被害状況を確認したことで、通常通り業務を開始することができました。さらに、東日本大震災以降、同社の大口取引先は荷物の分散保管の重要性を認識するようになり、BCP を進める同社に対して、
- 畜養マグロ、
- 鮪の製品、
- 冷凍食品
など様々な種類の商品の保管の依頼を行うようになり、同社の事業拡大にもつながっているといいます。また、2018 年の台風第 24 号被災時における停電の反省を踏まえ、被災時に事務所棟の電源を確保するため、新たに自家発電機を導入するなど、同社は災害対策を見直し続けています。加えて、災害時に、従業員が自らの判断で自発的に行動できることが重要であるという認識から、今後も、全社的に BCP 訓練を行いながら対策を進めていくといいます。
事例 一般社団法人金沢市中央市場運営協会
「BCP の策定により、災害時でも食を安定供給する体制を構築した業界団体」
石川県金沢市の一般社団法人金沢市中央市場運営協会(会員 33 社)は、市場を適切に運営し、生鮮食品の円滑な流通と消費生活の安定向上に寄与するために、1966 年に発足した業界団体です。1997 年時点で既に金沢市と災害時協力協定を締結していたが、東日本大震災を経て、災害に対する備えの必要性をより一層意識するようになっていました。そのため、2014 年に金沢市と協定を再締結し、協定の内容や運営の具体化について検討する過程で、災害時における市民への生鮮食料品供給機能の早期回復を目的とし、BCP の策定に取り組むことにしました。2017 年8月に市が職員による BCP 策定講習会を開催し、9月に「BCP 策定ワーキング会議」を設置しました。当会議は、協会内に設置している金沢市中央卸売市場の防火・防災管理委員会のメンバー16 名で構成され、2018 年1月までに3回の会議を開催して BCP を作成し、3月に策定が完了しました。 BCP の策定を進める中では、「大規模災害時には BCP も機能しないのではないか。」との意見もあったが、被災時こそ安心・安全な食品を安定供給するのが市場の使命であることを事務局から会員に丁寧に説明し、理解を得て取組を進めていきました。なお、策定に際しては、中小企業庁の BCP 策定運用指針や、先行して策定していた金沢市建設業協会の内容を参考にしたが、当初から完璧なものを目指すことはせず、まずは策定して時勢や実情を踏まえて改定していくことを前提としたといいます。加えて、災害時における、市民への食品無償提供・配送の経費として、10 年間で 250 万円を積み立てることとしました。また、卸売複数社に対し、BCP に関する必要事項を埋めてもらうようシートを提示し、その内容を編集して各社の BCP とするなど、会員の BCP 策定にも貢献しています。「卸売市場の業界を挙げての BCP 策定は全国初。これにより、市場関係者における災害への意識醸成につながった。また、
- 市長へのプレゼンテーション、
- 業界紙や会報誌での取扱い、
- 各自治体の市場からの視察
などにより、市場の効果的な PR にもつながった。過去の災害の教訓を踏まえ、今後も、様々な場面や状況を想定して BCP の改定を進めていきたい。」と新村光秀専務理事は語ります。
コラム 災害対策に関する、取引先との関係
過去の大規模災害において、例えば自動車製造や半導体製造のサプライチェーンに大きな影響が生じているように、自然災害の発生は、日本のサプライチェーンにも影響を及ぼすことが懸念されます。被災時にも製品供給を途絶えさせることのない、安定的な事業運営を行うためには、サプライチェーンに連なる各中小企業が自然災害に対する自社の強靱化を行うことが重要です。そして、前掲第 3-2-25 図で見たとおり、中小企業が自然災害への備えを進めていくに当たっては、取引先事業者の影響が少なからず存在します。本コラムでは、中小企業とその取引先の間における、災害対策に関する働きかけの実態について確認します。コラム 3-2-4①図は、主要事業におけるサプライチェーン内の位置付けを「下請」と回答した企業 12が、直接の取引先から働きかけを受けたことのある事項を示したものです。多くの下請中小企業が、取引先から品質管理についての取組を要請されているが、災害に関する事項として、「災害発生時に被害状況の報告を行うよう要請されている」の回答割合も高い。被災時に取引先の企業に対して被災状況を迅速に伝えることは重要であり、過去の災害においても、被災状況の報告を踏まえて親企業から迅速な支援を受けられたケースが報告されています。また、災害の事前対策に関する事項として
- 「BCP の策定を要請されている」、
- 「代替生産などの協定を結ぶように促されている」
などと回答した者も一定数存在しています。
コラム 3-2-4②図からは、直接の取引先に BCP の策定を要請された場合、7割弱の企業が策定に至ったことが確認できます。取引先からの働きかけが、中小企業におけるBCP 策定のきっかけとなっていることがうかがえます。
他方、コラム 3-2-4③図では、主要事業におけるサプライチェーン内の位置付けを「下請」と回答した企業が、災害対策に関して直接の取引先に求めることを示しています。これによると、取引先が行っている対策内容の紹介や、相談相手としての役割を始め、災害対策の取組に関して取引先に一定の支援を求めていることが分かります。サプライチェーン内の企業が、災害の備えに関し相互に働きかけを行うことで、災害対策が一層進んでいく可能性があるといえます。
事例 株式会社トヨックス
「災害時の供給責任を果たすため、取引先の事業継続体制の強化に取り組む企業」
株式会社トヨックス(従業員 300 名、資本金 9,880 万円)は、富山県黒部市に本社・工場を構え、耐圧樹脂ホースなどを開発・製造するメーカーです。2011 年の東日本大震災の時は、同社は直接的には被災しなかったものの、原材料の最大の仕入先である茨城県の企業が被災したため、6か月間原材料が調達できない事態に陥りました。航空輸送を活用し海外から原材料を調達することで対処したが、改めて自社の供給体制強化の必要性を感じたという。その後、同社は BCP 策定に着手しました。まず、自社の防災強化のため、国内拠点工場(黒部市前沢)とは別に、国内自社工場(黒部市宇奈月)と海外自社工場(タイ)を確保して工場を分散化し、代替生産体制を構築しました。国内拠点工場では、雨量監視・連絡システムや地震警報システムの導入、浸水防止対策や耐震強化などを実施しています。このような設備投資に加え、全従業員を対象とした防災訓練を実施し、災害時に誰でも初動対応ができるように備えているといいます。さらに、災害時でも納期が厳守できるよう、仕入先をも含めた BCP 策定に着手しました。同社の主力製品群 14 種を抽出し、
- その原材料や
- 素材、
- 部品のメーカー
など約 150 社にアンケートを行い、BCP 策定や代替生産体制構築の状況などを確認しています。そして、社内に「協力企業 BCP ワーキンググループ」を立ち上げ、未実施の仕入先に事前対策を促すためのアドバイスをすることで、事業継続体制を強化しています。上記の取組により、仕入先からは「どのような災害対策をすれば良いか分からなかったが、トヨックス社に働きかけられたことで取組が進んだ。」といった声も寄せられています。また、販売先からは、「トヨックス社は他社での代替ができない独自商品を多く取り扱っている中、自社の供給体制を強化したことで、安心して発注することができる。」と、同社の納期厳守の姿勢を一層高く評価されているといいます。中西誠社長の経営理念は「トヨックスファンを創造し続けることが永続と成長の経営を実現する」である。同社は、今後も安定した供給体制の構築に向けて取り組んでいくといいます。
事例 ナブテスコ株式会社
「取引先の事業継続を支援し、自社の事業継続力の強化に取り組む大企業」
東京都千代田区に本社を構えるナブテスコ株式会社は、モーションコントロール技術を核とし、鉄道車両用ブレーキシステムやドア開閉装置など多様なキーコーポ―ネントを製造し、販売しています。2015 年、同社が重大リスク調査を社内で実施したところ、自社工場の被災による操業停止や、取引先企業の被災による調達品の供給停止といった事業継続上のリスクが、最上位に浮かび上がりました。この実情を受け、サプライチェーンの視点での事業継続力強化が必要であると認識し、BCP の取組を本格化しました。自社の事業継続力を強化するためには、BCP の考え方や進め方を社内に普及し、実効的な活動を組織に定着させる必要があります。危機管理や BCP に関する従業員教育を基本の徹底に掲げて実施するとともに、主要な事業拠点全てが、2020 年までに「レジリエンス認証(事業継続に関する取組を積極的に行っている事業者を「国土強靱化貢献団体」に認証する制度)」を取得することを目標に掲げ、実行に移しました。そして、最初にレジリエンス認証を取得したのは、同社のグループ会社で、包装機事業を手掛ける東洋自動機株式会社 岩国工場であった(本年度において、鉄道事業を手掛けるナブテスコ(株)鉄道カンパニー神戸工場、及び自動車事業を手掛けるナブテスコオートモーテブィブ(株)山形工場が同認証を取得しました。)。同社は多くのサプライヤーとの取引があり、サプライヤーからの調達部品によって事業が成り立っています。代替発注が難しい部品供給元、取引額の多い発注先を含め、重要なサプライヤーは約 400 社存在します。その 400 の取引先に対し、BCP の有無を確認したところ、100 社が BCP 策定済み、300 社が未策定という状況であった。そこで、BCP 未策定の取引先に対し、事業継続の取組が不可欠であることを理解し、行動を促すため、次の3ステップで取引先の BCP を支援しています。
- ステップ1
- BCP 普及啓発セミナーの実施(全国各地の取引先企業に対し、各自治体と連携して開催)
- ステップ2
- BCP 策定講座の開催(ナブテスコ(株)が独自に BCP 策定講座を開催し、BCP に賛同する取引先に対し計画策定を支援)
- ステップ3
- 個別支援(取組企業の状況や要請に応じた後押し)
上記のステップで、取引先企業の BCP を実効性の観点から支援するとともに、同社自身の BCP も同時に見直し、サプライチェーンの強靱化による事業継続強化を図っています。なお、2019 年には、取引先の BCP 支援を加速させるため、直接取引関係のある調達部門(バイヤー)を対象にした BCP バイヤー養成講座を企画、取引先の BCP を直接指導できる“危機管理人財”の育成を開始したところです。
事例 株式会社紀陽銀行、紀陽リース・キャピタル株式会社
「地域企業の事業継続力強化に取り組む地方銀行」
和歌山県和歌山市の株式会社紀陽銀行は、和歌山県や大阪府を中心に営業している金融機関です。南海トラフ地震の被害想定によれば、和歌山県は沿岸部を中心に甚大な被害が生じる可能性が高いと言われています。主要顧客が立地するエリアでの大規模自然災害は同行の営業基盤を揺るがすため、取引先に対する事業継続計画の推進を重要課題として捉えていました。そこで、2013 年からグループ会社である紀陽リース・キャピタル株式会社と協働し、地域企業が実効性のある BCP を策定するための支援をすることにしました。まず、同行の主要顧客の企業に納入している、製造業の顧客企業を対象にアンケート調査を実施したところ、7割以上の企業が BCP を策定していないことが判明しました。そこで、BCP の専門家を招聘し、行内で、BCP の最新の動向を理解し、BCP の策定及び訓練を指導できる指導者3名とスタッフを育成しました。同行は、この指導者を中心に、BCP 啓発セミナーや、個別企業の BCP 策定に向けてのコンサルティング業務を行っています。また、企業が BCP を策定した後も、BCP の実効性を高めるため、企業向けの模擬訓練も実施しています。さらに、2016 年9月からは、BCP を策定している事業者や、今後策定を予定している事業者を対象に、事業継続計画の実行に必要な資金の融資(「ビジネスレジリエンスローン」)の取扱いを開始しています。同行は、事業性評価などにおいて、BCP の取組状況を事業継続などの観点から評価項目の一つにするなど、地域の中小企業が自ら BCP に取り組むための仕組み作りに向け、積極的に対応をしています。同行営業支援部の西川隆示部長は、「我々のような地域内の多くの企業と接点を持つ金融機関は、地域内の企業に BCP を普及させるリーダーシップを発揮できる立場にあります。BCP の取組は、単に書類を作成することが目的ではなく、個々の企業にとって真に実効性のある BCP を策定し、訓練により定着させていくことが重要。実際に、経営者がその本質理解に努め、息の長い経営戦略及び事業の承継戦略の一つとして捉え、BCP を人材の育成や発掘に活用している事例もある。今後も、お客様をサポートし、地域の基盤強化につなげていきたい。」と語っています。
コラム BCP の策定と被災後の業績について
BCP 策定の平時の効果については第 3-2-47 図で紹介しましたが、本コラムでは、企業のデータを利用して、
- 企業の BCP 策定の有無と、
- 被災後の業績(売上高成長率)に及ぼす影響、また、
- BCP 策定が被災後における取引先の業績に及ぼす影響
を分析します。分析対象としたのは、アンケート調査において、製造業に属し、2011 年の東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)の発生による事業上の損害(自然災害による被害に限る)を受けたことがあると回答した企業と、全く被災していないと回答した企業です。なお、BCP を策定した企業については、「自身の被災経験」をきっかけに BCP を策定した企業は除いています。(株)東京商工リサーチ「企業情報ファイル」、「財務情報ファイル」のデータを接合し、その上で、被災から1年経過した 2012 年の売上高について分析しました。BCP の効果は、被災規模が大きい場合に期待されます。そこで、企業を被災額の規模によって分類し、分類ごとに BCP 策定効果の有無を調べました。コラム 3-2-5①図は、被害額の階層ごとに、BCP を策定していない企業に対してBCP を策定した企業の売上高がどの程度異なるか示したものです。最も被害額の大きい1億円以上の階層において、BCP を策定した企業の売上高は、策定していない企業と比較して4割近く上回っています。
また、BCP の策定有無が取引先の業績にも影響している可能性を鑑み、(株)東京商工リサーチ「企業相関ファイル」のデータを利用し、同様に、アンケート調査において、2011 年の東日本大震災にて事業上の損害を受けたと回答した企業の仕入先企業(サプライチェーン上の川上企業)の業績に及ぼす影響を分析しました。コラム 3-2-5②図が、その結果です。この場合も、損害額が1億円を超えるような大規模な被害を受けた企業の場合、BCP を策定している企業の仕入先企業の業績は、策定していない企業の仕入先企業の売上高を1割以上上回っています。
以上の結果から、BCP の策定は、大規模な災害が発生した場合、短期的な回復に効果があると考えられます。また、その効果は BCP 策定企業だけにとどまらず、仕入れ先企業の売上高回復を後押しする効果が期待されます。
②まとめ
以上、中小企業における BCP の策定状況などについて見てきました。全体の策定率は約17%にとどまっており、一層取組を進めていく余地があることが分かりました。BCP を策定したきっかけとしては、自身の被災経験や販売先・行政機関からの勧めが多く、今後も周囲の働きかけが重要となることがうかがえます。策定した場合には、自社における重要業務の見直しに資するなどのメリットがあるものの、人手不足及び取り組むハードルが高いといった理由が策定の障壁となっています。また、今後の策定予定を確認すると、被災経験があった企業においても策定時期が明確になっていない者が大半を占めることが分かりました。他方で、BCP を策定していなくとも、自然災害の発生時における自社や他社への影響及び対策などを検討している企業が一定数存在することも明らかになりました。最終的に BCP の策定に至らずとも、中小企業が事前対策を行う場合、自然災害のリスクの状況や、取引先・顧客との関係などを踏まえた身の丈に合った形で検討を進めることが望ましいです。各々の中小企業が、できることから一歩ずつ対策を進めていくことで、被災時に早期復旧を可能とする体制が構築されることに期待しましょう。
まとめ
以上、本章では、中小企業における、自然災害に対する防災・減災対策などについて概観してきました。日本における自然災害の発生リスクは依然高い水準にあり、実際に被災した事業者は様々な損害を被っています。中小企業は被災時における事業継続力を高めるためにも、今後、一層の事前対策を講じていくことが必要とされます。災害対策の入口として考えられるリスク把握の取組については、大半が行っておらず、具体的な災害対策に取り組んでいる企業も半数に満たないことが分かりました。他方で、具体的な対策を実施している企業においては、行政機関や取引のある保険会社など、周囲の関係者の支援を受けている者が存在します。リスク把握の取組も含め、このような支援者の役割は今後も重要になると考えられます。損害保険は、被災時に重要な役割を果たしており、被災した事業者の資金確保を通じて、事業継続に寄与していることが分かりました。他方、補償内容によって受け取れる保険金に大きな差が出る可能性があるため、日頃から自社が抱えるリスクを把握した上で、それに見合った補償内容を選択する必要があるといえます。BCP を策定している中小企業は一部にとどまっており、今後策定する予定の企業もさほど多くはないことが分かりました。他方で、BCP を策定せずとも、自然災害の発生時における自社や他社への影響及び対策を検討している事業者は一定数存在します。引き続き、自社に見合った規模の取組から行い、事業継続へ向けた体制の整備が徐々に進んでいくことが期待されます。自然災害に対する備えの重要性がより一層理解されることで、具体的に対策を講じる事業者が増加し、それが被災時のみならず平時を含めた中小企業の事業継続力強化につながっていくことを期待して本章の結びとします。
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